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竜を撫でる・序章(前)

あらすじ

 「天竜は人語を操り、竜を殺す。」近く成人を迎える王子のレイナードは、パレードで竜に乗る練習のため、地竜に乗る竜屋のディアナと北にある『天竜の滝』へと出かけた。その帰り、他国から突如襲撃を受け、飛竜に乗った正体不明の追手により、ディアナは瀕死の重傷を負ってしまう――。©2023 星子意匠 / UTF.

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本編

竜は王子と旅に出る
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 ◆ 01 竜使いと王子

宰相さいしょう「レイナード王子も
   もうじき成人を迎えられる」

竜屋りゅうや「ははぁ、それでレイナード様を
   地竜に乗せてパレード、ですか」

宰相「左様。しかし王子は
   まだ搭乗経験がないのでな」

竜屋「王家が竜に乗るとは時代ですな。
   昔は瘴気しょうきの元なんて言われたものだ」

宰相「まったくだ。
   私の時代では考えられんよ。
   しかし、これも王家の意向だ。
   年寄りが口出しすべきことではない」

竜屋「いや、まったく。年を食うとすぐ
   小言が増えていかんですな」

 ふたりは身分は違えど、同じ高齢の身を笑い合う。

宰相「王子に似合いのものはあるか?」

竜屋「では、あの子に任せましょう。
   大人しくて賢く、若い娘です」

 宰相の後ろで退屈そうにしていた王子レイナードの前に、巨大な竜たちが並ぶ。雪深いこの国でも竜たちの群れが放つ熱で、一部の雪は溶けている。つややかな黒い髪の王子は、独特の匂いと熱気に鼻を塞いだ。

 竜屋が指し示した先は、白い体毛を持つ竜。長い鼻先がキツネのようにも見える外見だが、その体長は大人十数人分に匹敵する。空を飛ぶための羽はなく、地竜と呼ばれる竜の種類である。尾はとても太くて大きい。

宰相「白い地竜とは、これは美しい」

竜屋「ディアナ。ディアナ!」

 主人に名前を呼ばれたにも関わらず、白い竜の首はそっぽを向いた。宰相はこの賢くない竜に良い顔をしない。しかし、ディアナは竜の名前ではなかった。

ディアナ「なんですか、旦那だんなぁ」

 竜の背の体毛から、金の髪をした女が出てきた。年の頃は王子と同じ、成人前後である。

竜屋「降りてこい。上客だ」

 ディアナは竜の背を軽く叩くと、白い竜は地に伏せて、彼女を地面に降りやすくした。ディアナは道具もなしに器用に地竜の身体を滑り降りる。

 ディアナは下町で働く娘だが、客商売故に身なりはそれなりに整っている。レイナードは自分よりも背が高い彼女が気に入らなかった。

ディアナ「お客さん、どちらまで?」

竜屋「旅の客じゃない。
   王子に竜の乗り方を教えてやれ」

ディアナ「王子ぃ?」

レイナード「この女が?」

 露骨に不満をあらわにしたレイナードの顔に、ディアナは息を吹き付ける。

レイナード「うぁ! なにをする!
      無礼な」

ディアナ「竜は繊細なんですよ。
     そんな態度ではこの子に
     嫌われてひと噛み。
     気をつけてください、王子さま」

竜屋「こりゃ、ディアナ」

 ディアナは叱られても満面の笑みで謝るので、竜屋の主人はこの若い娘に何も言えなくなる。

宰相「大丈夫ですか?」

竜屋「いや、ディアナの言う通り。
   竜は巨大であっても繊細です。
   扱いを間違えれば、ほれ」

 依頼主の心配は当然のことである。しかし竜屋は慣れたもので、懐に入れていた自らの失った右手首を見せる。王子は手首の先を見て血の気が失せた。

竜屋「この地竜もおとなしい子なんで、
   天竜様への挨拶なら何度もしてる。
   この子らが一番の適任でさ」

宰相「ならばよいが…。
   事故があっては困るからな。
   荷は多めに積んでくれよ」

ディアナ「ふひひっ…。料金割増~。
     それではよろしいですかな?
     王子さまは」

 王子であってもまだ幼く、巨大な竜を目の前にしてひるむ。そんなことを気にせず、奇妙に笑ったディアナは大きな革紐を持ってきて、地竜の腹に巻きつけた。

ディアナ「おい、スピナー!
     遊びじゃないんだぞっ!」

 地竜はその大きく鋭い爪で、紐と戯れたので、大声で叱責しっせきした。地竜は目を見開き、驚きと同時にこうべれる。王子も同時に驚き、萎縮いしゅくしてしまった。それから薪や食料なども乗せる。

ディアナ「さぁ、乗って。
     ビビってると日が暮れますよ」

レイナード「なにを!
      ビビってなどいない!」

 レイナードは客用に出された縄梯子を、恐る恐るよじ登った。


 ◆ 02 竜の裁定さいてい

 竜の背に乗った王子レイナード。地竜、スピナーの腹に巻いた革紐は、転落防止程度の役割しかないので心もとない。城から見下ろす遠くの町よりも、現実味がある高さは優越感よりも恐怖が勝る。その上、揺れがひどく気分が悪い。

ディアナ「下ばかり見てると落ちるぞ」

レイナード「黙ってろ。
      いちいち命令するな」

ディアナ「命令だって? これは忠告。
     ビビってしがみつくより、
     前を見たほうがいい」

レイナード「だからビビってなどいない!」

 地竜が深い雪をかいて、揺れる背にディアナと王子を乗せる。歩く地面の流ればかり見ていたレイナードは顔を上げて、ディアナの背中越しに前を見た。

 宰相も竜屋の主人も居なくなれば、ディアナは粗野そやな態度を取った。こちらが素である。

 移動先はこの雪国の領地であり、王子の警護の必要もない。王子と平民と1頭で観光。

レイナード「はぁ…なんなんだ…」

ディアナ「王子さまでも
     使役竜に乗ったのは初めて?」

レイナード「なにがおかしい」

ディアナ「何も笑ってはいないだろ。
     誰だって初めてはあるんだ、
     私がスピナー…、この子に
     乗せる客はみな初めての人
     ばかりだからな」

レイナード「上から目線で言うな。
      俺は王子だぞ!
      うわっやめろ!」

 ディアナにふたたび息を吹きかけられる。レイナードは背後に避けようにも、竜の背の上では逃げ場がない。

ディアナ「いまのあんたは私の客。
     肩書きなんて関係ない。
     手綱たずな握ってるのは私の方だ。
     スピナーの背に文句があるなら、
     さっさと飛び降りればいい」

レイナード「それが俺にしていい態度か?」

ディアナ「天竜さまに挨拶するんでしょ?
     そんな子供のお使いひとつ、
     まともにできないやつが
     王子を名乗れるのか?」

レイナード「下僕しもべのくせに! 許さんぞ」

 レイナードが拳を固め、怒りをあらわにするが、動く竜の上では弱々しい。

ディアナ「私はあんたの
     召使いじゃない」

 対照的にディアナは手綱を脚にからめて、軽業師のように器用に立ち上がり抗議する。

レイナード「おれはこの国の王子だぞ!
      先程から好き勝手…
      無礼なやつだ!
      女ならば言葉をつつしめ!」

ディアナ「あんたのその地位は、
     自分で獲得したもんじゃない。
     竜と国民が王家を他国から守って
     これまで続いてきたもんだ。
     そんなことも理解できないやつを
     この子には乗せられないな」

 そう言ってディアナはレイナードを、スピナーの背から蹴って突き落とした。

 死を覚悟したのは一瞬で、それから深い雪の上に落ちて一命をとりとめた。

ディアナ「機会を与える。
     こんな場所でひとり
     取り残されたくなければ、
     ただちにこうべれろ」

レイナード「なんだと!」

ディアナ「この状況が理解できないほど、
     王の愚息ぐそく矮小わいしょうなのか?」

 止めたスピナーの背に立ち、見下ろすディアナ。父親さえもバカにするような言い分だったが、スピナーにもにらまれてひるむ。そして雪と泥にまみれた自分の姿に、無力さを痛感してその場でひざをついた。

レイナード「これでいいか?」

 ディアナは無言のまま見下ろして金の髪をかき上げては挑発し、白い息を吹きかける仕草をした。

レイナード「なんて女だ…」

 ぼやき、足元を見て、泥にまみれた両膝に手をついて頭を下げた。

 王族である祖父母や両親、それから兄弟以外に、レイナードははじめてひざまずき、へりくだった。平民相手に初めてのことで、それは屈辱くつじょくでしかない。目には涙を浮かべ、殺意さえも抱いた。

 スピナーの顔が近づき、巨体を維持する体温が空気を伝わり、鼻息が不快感を与える。

ディアナ「裁定さいていの時間だ!
     食われんようにな」

 レイナードはスピナーの金色の目でにらみつけられ、恐怖で身がすくみ動けない。それから大きな口が開いた。まばらだが鋭い歯が並び、悪臭が立ち込める。

レイナード「ひっ!」

 スピナーの大きな舌が間近に迫り、レイナードは顔を、上半身を舐め尽くされた。ザリザリとした質感に、唾液だえきが顔や髪にこびりつく。

レイナード「うわぁっ」

ディアナ「ふひひっ!
     スピナーから許しを得たんだ。
     良かったな」

 袖で唾液だえきを拭うも泥にまみれていて、酷いありさまだった。

ディアナ「早く乗れ、日が暮れるぞ」

レイナード「待て、待ってくれ…」

 と、レイナードは後ろを振り向き、自らズボンを降ろして勢いよく排尿はいにょうした。あやうく失禁しっきんするところで、背筋を震えさせた。

ディアナ「愚息ぐそく愚息ぐそくもやはり
     また矮小わいしょうであったか」

 スピナーの背から飛び降りたディアナが、レイナードの縮みあがった男性器ちんちんを見つめてそう言った。

レイナード「なんで見てるんだ!」

 レイナードは唾液だえきと泥まみれの顔を紅潮させた。


 ◆ 03 天竜

 レイナードは恥辱ちじょく排尿はいにょうを済ませ、汚れた顔を袖で拭いてから、再び地竜の背に乗った。

 ディアナは気分良く鼻歌を歌う。レイナードはもう何も言わず、黙って前方を見つめる。

 地竜はゆっくりと歩く。背に乗れば、一歩ごとに大きく揺れ動くが、下を見ていた時よりはマシだった。しかし、緊張感で吐き気は耐えない。

ディアナ「見ろ、もうじき天竜の滝だ」

 川沿いに作られた竜の道。その先には切り立つ崖が遠くに立ちはだかる。成人のパレードを前にしたレイナードは、この地に初めて踏み込む。荘厳な自然の景色に息を呑む。

レイナード「…天竜は、本当にいるのか?」

ディアナ「なに? まだビビってるの?」

レイナード「ビビってないと言ってるだろ」

ディアナ「こんなとこにいるわけないって」

レイナード「俺をたぶらかすな。
      何度かここに来てるはずだ」

ディアナ「ひとの言葉を操り、
     竜を殺す力を持つ。
     そんな伝承なんて作り話だ。
     それじゃああなたたちの国なんて、
     あっと言う間に滅んでる。
     竜をまつる民たちが、
     いましめに作ったんだろ?
     竜に悪さしちゃダメだ、
     って具合に」

 人も踏み込めない巨大な崖から、流れ落ちる天竜の滝。瀑布ばくふが作る一本の巨大な線が、生命のようにも見え、人々は畏敬いけいの念でそう呼んだに過ぎない。

レイナード「不信心者め」

ディアナ「あのな。私はここらで
     生まれ育ったからわかるんだよ」

レイナード「こんなところで?」

 植物さえもてつくような環境で、にわかに信じがたいことを言った。

 真冬であれば、このあたりで一夜を明かすこともままならない厳しい環境。

ディアナ「それじゃあ
     竜に育てられたなんて
     言ったところで信じないだろ」

レイナード「こいつに?」

ディアナ「スピナーは私のきょうだい。
     ほかにも居たけど覚えてない」

レイナード「信じられるか…」

ディアナ「言っただろ。
     信じなくていい。
     竜と民にかしずくのが
     あんたら王族の役目だ」

レイナード「くっ…逆じゃないか」

ディアナ「あんたは成人し、これから
     数十万の民と竜たちの
     命を預かるんだ。
     天竜なんてもんは
     気休めに過ぎない。
     まあ、自分の治める土地を
     見限るんであれば別だけどな」

レイナード「好き勝手言ってくれる…」

 天竜はただの巨大な滝でしかない。見上げた滝にレイナードは白い息を吐いたが、伝承どおりの竜など存在せず、肩透かしを食う。

ディアナ「ふひひっ。
     おかげで気休めにはなっただろ」

レイナード「自分の小ささが身にしみる」

ディアナ「愚息ぐそくの話か?」

レイナード「違う! 断じて違う!」

 ディアナはレイナードを背から降ろし、竜屋を出る前に積んだ荷物を降ろす。

ディアナ「さぁ、ごはん食べたら
     さっさと帰るぞ。
     レイナード」


 ◆ 04 客と女

 荷物は血抜きされた裸の鶏と、パン、それから大量の薪だった。ディアナはナイフで薪を削ぎ、花びらのように割いてから着火する。そうすることで空気が通りやすく、燃えやすい。

 レイナードが積んだ石の上に鍋を置き、雪と一緒に鶏肉も入れた。鶏肉は凍っている。

レイナード「がさつな料理だ」

ディアナ「それはスピナーの食事。
     レイナードはこれ」

 投げ渡された石にそっくりのパン。レイナードはためしにかじってみたが、固くて食えたものではない。

レイナード「なんだこれは。
      本当に食い物か」

ディアナ「ふひひっ。
     それは湯にひたして食うんだ。
     軍が使うただの携行食だからな」

レイナード「こんなもので
      腹を満たしたところで、
      士気が高まるものか」

ディアナ「そう思うんなら、
     あんたが国を変えればいい」

レイナード「なんで俺が?」

ディアナ「説明しないとわからない?」

 竜に乗せ、観光で金を稼ぐディアナは、レイナードの事情を知りはしない。レイナードには兄弟がおり、軍事に関われるほどの権利は持ち合わせていない。それが劣等感となっていたが平民相手に説明など、レイナードのプライドが許さなかった。

レイナード「くっ! お前ってやつは…」

ディアナ「私の名前は、お前じゃない」

レイナード「なんと言うんだ」

ディアナ「知らないんじゃなくて
     忘れたんでしょ。
     竜屋で呼ばれてたのを
     聞いてたくせに」

 両のまぶたを強く閉じ、眉間に小さくシワを寄せて、ディアナの正論をこらえた。

レイナード「…すまない。
      ならば改めて聞かせてくれ。
      名前はなんというんだ」

ディアナ「そうそう。最初から
     そのくらい素直になればいいのに」

レイナード「名前は!」

ディアナ「ディアナ。姓はない。覚えた?」

レイナード「覚えた! 覚えた!」

 パンにナイフで切り込みを入れ、沸いた湯に浸して柔らかくする。それから解凍した鶏肉の足を切り落として、皮と身を挟みレイナードに渡した。

レイナード「いいのか?」

ディアナ「自分が客なの忘れてるでしょ。
     だからいいんだよ」

 鶏肉は生臭く、パンは砂のような味がしたが、香辛料が効いていて身体の中から温かくなり、口の中で溶ける。

ディアナ「スピナー! まだ熱いぞ?」

 ディアナに名前を呼ばれた地竜が、湯気を立てて口を大きく開ける。雪に落とされた片足の無い鶏肉を口に入れると、その熱さに口を何度か開閉を繰り返す。

 鶏肉の骨ごとバリバリと噛み砕き、満足そうに金の目を細める。

ディアナ「もうないから、
     ちゃんとしたごはんは帰ったらな」

 鼻の横から伸びるヒゲを根本から撫で、ディアナは自然とやわらかな表情を見せる。やがて両腕で撫で、乗り上げると手足を使って全身で撫でる。そうしてるうちに白い毛だらけになる。

 竜とともに育った女。

 レイナードもにわかには信じがたいが、彼女のその表情は、自分に向けられたものとは違うのがわかった。


 ◆ 05 黄昏の国

 帰りは来た道をそのまま戻る。ディアナは竜の背にも慣れたレイナードに、スピナーの手綱たづなを握らせる。

ディアナ「地竜は使役竜のなかでも
     ひときわ賢いから、下手へた
     手綱たづなを引っ張ったりしないこと」

レイナード「竜はほかにも居るんだろ?」

ディアナ「ウチの竜屋で扱うのは、
     どれも地竜ばかりだ。
     温厚な性格の子が多いし、
     ごはんやおやつの鶏肉目当てに
     どの子も真面目に働いてくれる。
     竜に乗るなら竜を知るべき。
     それに個性もある」

レイナード「たしかにその通りだ。
      よその国の竜も見ておきたいな」

ディアナ「王族のレイナードなら、
     成人すれば好きなだけ見れるだろ」

レイナード「たしかに…」

 将来について考えてうなずく。

ディアナ「南の方には空を飛ぶ竜もいるが、
     身体が小さく寒さにめっぽう弱い。
     なんせ毛が無いんだとさ」

レイナード「こちらであまり見ないのは
      そのせいなのか」

ディアナ「夜は寒くて外出できないらしい」

 使役竜とはいえ、どんな竜でも人間の命令通りに動くわけではない。自分の生命が危ぶめば、賢い竜であれば忌避きひするのも当然だ。

レイナード「ディアナは見たことあるか?」

ディアナ「たまには南へ行ったりもする」

レイナード「ならば案内役もできるのか」

ディアナ「高いぜ?」

レイナード「…考えとく」

ディアナ「さらに南の小さな竜は、
     手紙を送るために使役する。
     おかげで戦争が耐えないんだと」

レイナード「なぜだ?
      手紙など立派な
      外交の手段だろう」

ディアナ「手紙を使って相手の悪口を
     熱心に送りつけるからだそうだ。
     使う人間の頭が悪ければ
     竜を使う意味がない」

レイナード「なんだそりゃ。
      竜も国民も
      たまったもんじゃないな」

ディアナ「だろう?」

 ふたりはスピナーの背の上で笑い合った。

 するとスピナーが鳴いた。地竜はその太い喉からギャー、ギャーと声を発して、天を仰ぐ。ディアナも聞きなれない声だった。

 日は傾き、街から昇るいくつもの炊煙すいえんが遠くに見える。

 その上空に鳥たちの影があった。しかし鳥ではない。大きな影。飛竜である。

レイナード「街が」

ディアナ「まずい、引き返すぞ」

 ディアナがレイナードを押しのけて手綱たずなを奪うと、背を平手で叩いて右旋回せんかいさせる。しかし手遅れだった。

レイナード「なんで! 戦争が?」

ディアナ「理由なんてどうでもいい。
     見つかったんだよ!」

 空を舞う使役竜が3体、その街を外れてこちらへ向かってきた。スピナーはすでに気づいて、警戒音を発していた。

ディアナ「ごめん、スピナー!
     気づくのが遅れた」

 スピナーは走る。しかし、泥と雪の上では地竜は速度はでない。天竜の滝を往復して、疲れている。空腹で一日の労働量を上回っていた。

 飛竜の方が速度は上回る。黒い影はより大きくなる。

レイナード「追いつかれるぞ」

ディアナ「伏せろって!」

 のん気に状況観察をしていたレイナードに、石弓いしゆみの矢が降り注ぐ。彼をスピナーの毛の中に埋めるように、ディアナが抑え込んだ。

レイナード「ディアナ!」

 彼女の首に、矢が深く突き刺さる。碧色へきいろの目を大きく見開いたが、手綱たづなを離すことはなく、スピナーの背を強く蹴った。

ディアナ「ごっぷ…」

 ディアナが何かを話そうにも血が気道を埋め尽くし、呼吸のために血を吐き出す。

 血をしたたらせるディアナに抑え込まれながらレイナードは忌々いまいましく振り向いたが、飛竜たちはそれ以上追ってはこなかった。

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序章(後)に続く。
https://note.com/utf/n/nda02367d7b8b