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このゲームには、ウラがある。(4)

あらすじ

 「楽しいことしてないのに、死ねないでしょ?」彼女はそう言った。 美大の試験日に入院してしまい目標のないフウガの病室に、いとこのウラが3年ぶりに現れた。クリエイターを目指すと宣言した彼女は、勝負を持ちかけひとつのゲームを作り出すが、そこには別の目的があった――。 ©2023 星子意匠 / UTF.

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4話『先輩のウラ』

 脚本・星子ほしこ意匠いしょう

■ 04-01 マンション


 ◆ 04-01-01 訪問者

ウラ「わたし、出てくる」

 妹を名乗る人物の存在に狼狽ろうばいするフウガに対し、ウラはダイニングの席を立ち、玄関で夜分に訪れた客を出迎えた。

ウラ「こんばんはー」

ティナ「ぎゃっ!」

 声を抑えつつも、その驚きによる悲鳴は廊下を抜けて、ダイニングにまで届いた。

ウラ「まあ入って入って。
   夜はとっても寒いでしょ」

 ウラはティナからなにも聞かず、ひとりの少女を部屋に招き入れる。

ティナ「いいんですか?」

ウラ「わたしがこの部屋の
   契約者だからいいの。
   帽子はそこら辺、
   置いとけばいいよ」

 コートにショルダーバッグをひとつだけ持つティナは、靴を脱いで靴箱の上に帽子を置いた。自ら触れた耳が赤く冷たく、それから痛い。

ウラ「フウガ、この子、カヤさんの
   再婚相手のひとり娘のティナちゃん」

フウガ「あれ? ウラねえ
    知り合いですか?」

ウラ「フウガがカヤさんの話を
   聞いてないだけでしょ」

ティナ「…本当に知らないんですね」

 ティナにまで白い目で見られるフウガ。


 ◆ 04-01-02 夜食

フウガ「で、なんでここに?」

 すぐに言い出せないティナに代わり、ウラが口を挟む。

ウラ「お腹空いてない?
   あ、ご飯もうないや。
   パン程度じゃお腹空くよね。
   ラーメン作るから待ってて」

ティナ「いえ、あの…」

 温かい部屋の隅で、バッグのベルトを握りしめて立ち尽くしていたティナは、お腹がキュッと鳴り、手で腹部を抑えた。

ウラ「フウガはお風呂の準備して」

フウガ「えっ?」

ウラ「なぁに?
   一緒に入りたい?」

フウガ「なに言ってるんですか!」

 からかわれたフウガは、なんだかダイニングに居づらくなってしまい、言われた通りに風呂の準備に出ていった。

 ウラが主語を抜いたせいで、誰と誰が一緒の風呂という話にはならなかったが、ティナはふたりの背中を見てドギマギとする。

ティナ「すみません。突然…」

ウラ「大丈夫。
   こう見えてわたし、
   家出の先輩だから」

ティナ「家出の?」

ウラ「一応、無駄に心配させないように
   家の方にはわたしから
   カヤさんに連絡するし、
   これで捜索願も出ないはず」

 取り出したスマホで手早くメッセージを送り、袋麺と玉子を用意する。

ウラ「醤油と塩、どっちが好き?
   ソーセージも入れようかな。
   あ、お客さんは座ってください」

ティナ「あ…はい…」

 座った途端に疲れがどっと出て、深くため息をついた。

ウラ「そのミカン食べてもいいよ。
   ついでに、わたしも食べようかな」

フウガ「こんな時間に?」

 風呂の準備を終えたフウガがすぐに戻ってきた。

ウラ「ふたりで半分コすれば大丈夫」

フウガ「大丈夫の根拠に欠けますけど、
    僕も食べる前提なんですね」

ウラ「夜食ってのはね
   みんなで食べれば、
   罪悪感も薄れるんだよ」

 沸騰した鍋に、袋麺をふたつ投入して満足そうにうなずいた。


 ◆ 04-01-03 幕間

 洗った茶碗に入れられた半分のラーメンを口に運び、複雑な味に首をひねるフウガ。

フウガ「美味しい気もしますが、
    これ、なに味なんですか?」

ウラ「しょうゆしおミックス」

フウガ「ミックス?」

 丼で食べるティナは、味を気にもせず食べ進める。冷え切った身体が、胃のから温まるのを感じる。

ウラ「美味しい?」

ティナ「…はい」

フウガ「あ、お風呂、
    ふたりどっちか
    先に入ってください」

ティナ「わたし、服…」

フウガ「あぁ、着替え…?
    どうします?」

ウラ「わたしの貸すよ。
   用意してくる」

ティナ「あっ…」

 客に主導権はなかった。フウガとふたりきりのダイニングで、ティナは黙って麺をすすった。


■ 04-02 風呂


 ◆ 04-02-01 ティナとウラ

 ティナが湯船に浸かった途端、扉が開く。

ティナ「なんで、入ってくるんですかっ!」

ウラ「だってもう眠たいし。
   明日、バイトだもん」

ティナ「だもん
    じゃないですよっ!」

 湯船に浸かってくつろいでいたティナは慌てるが、そんな彼女に構わず、ウラは浴室にやってきて髪を洗い始めた。

 ティナは知りもしない相手との入浴に足を畳み、身体を小さくした。

ウラ「フウガとは従姉弟いとこ
   だって言ったっけ?」

ティナ「いえ、聞いてません」

ウラ「わたし相倉あいくらウラ。
   ティナちゃんと同じ高校で
   生徒会長やってたけど中退した」

ティナ「えっ? 生徒会長って
    もしかして、あの?
    実在したんだ…」

ウラ「そうだよ。
   いまはクリエイター目指すべく
   フリーターやってる」

 浴槽にふたりはやはり狭く、お湯が縁を越えてあふれ出た。

ティナ「どうしてこっち向きなんですかっ!」

ウラ「なぁに?
   わたしのお尻が見たいの?」

ティナ「違いますっ!」

 マイペースなウラに、ティナは辛抱ならず立ち上がって前を隠す。

ウラ「もう出ちゃうの?
   外でフウガが
   待ち構えてるかもよ」

 ウラにそう言われ、ティナは少し考えてから観念し、再び湯船に浸かった。

 そんなふたりが風呂に入っている間、間違いが起きないように、部屋にこもってベッドの梱包材を畳んで縛っているフウガであった。


■ 04-03 ベッド


 ◆ 04-03-01 鬼助きすけティナ

 ウラに翻弄ほんろうされ、彼女と同じベッドに渋々と入るティナ。

ウラ「狭い?」

ティナ「いえ…大丈夫です…」

ウラ「ティナちゃんはフウガよりは
   身体が小さいから、
   きょうはベッドが広く感じる」

ティナ「えっ?」

ウラ「あっ、ティナちゃんって
   ひとりじゃないと
   寝つけないタイプ?
   わたしがフウガのベッド
   潜り込むべきか…」

ティナ「なんなんですか、もぅ。
    ちゃんと眠れますから」

ウラ「それならよかった。
   じゃあ、おやすみ」

 薄暗闇の中で少しの沈黙。遠くで扉の開く音と足音が聞こえ、風呂から上がったフウガのドライヤーの音が耳に入る。

 しかしティナは普段、こんなに早い時間に寝ることがない。他人の家の、他人と一緒の布団という状況の、妙な緊張感もあってすぐには眠れない。

ティナ「わたし、どうしたら良いんだろう…」

 壁に向かったティナは自分にたずねるように、小さな声でつぶやいた。でもそれは隣で、寝息を立てていたウラに聞かれた。

ウラ「んー、そういうのはねぇ、
   どうしたいか言えばいいよ」

ティナ「でも…」

ウラ「悩むのも大事だけど、
   答えを後回しにしちゃうと
   時間がもったいない。
   わたしは最近までずっと、
   そんな感じだったから」

ティナ「ずっと…」

ウラ「言ったでしょ?
   わたし、家出の先輩だって。
   ティナちゃんが望む未来
   じゃないかもしれないし、
   拒まれるかもしれない。
   でも相談するのはタダなんだよね」

ティナ「…初対面にそんなの無理ですよ…」

ウラ「ふふふっ」

 突然笑われて、ムッとするティナ。

ウラ「夜になってひとりで
   フウガを頼って来た
   ティナちゃんなら、
   無理じゃないって」

 ウラからそんな指摘を受けて、ティナはまたしばらく黙った。突飛で無謀と思える自分の行動力に、いまになってジワジワと驚きと実感が湧く。

 ティナは振り向いてウラを見たが、彼女はすでに深い眠りにつき、小さな寝息を立てていた。それから小声でおやすみなさいとつぶやいた。


■ 04-04 ダイニング


 ◆ 04-04-01 朝食の風景

 ティナはいつもより早く起きた。普段より早く布団に入り、疲れていたせいもありよく眠れた。

 布団を出るとウラの部屋はまだ肌寒い。隣で寝ていたはずのウラはいない。部屋を出るとキッチンに立って朝食の支度をしているフウガと、テーブルでなにかを熱心に書いているウラがいた。エアコンが付いているおかげで、まだこの部屋の方が暖かい。

ティナ「おはよう、ございます…」

 ウラの寝間着のまま、居場所なく扉の前で立っているティナ。

ウラ「立ってないで、
   好きなとこ座っていいよ」

 ウラに促されて4人がけのテーブルの、近くのイスに腰掛ける。ウラはテーブルに紙とハサミでなにかを準備している。

フウガ「朝ごはん置くんで、
    そろそろ片付けてください」

ウラ「はーい」

 朝食はフレンチトーストとウィンナー。それからキャベツを千切りにしたザワークラウト風の漬物が出された。

 大皿に盛られたフレンチトーストはすべてひとくちサイズに切られているので、フォークで刺してそのまま口に運べる。

 3人は苦くないコーヒーとともに、静かに朝食を済ませる。昨日今日の成り行きに、誰がなにを言うでもなく、まず食事に集中するところは気が合うのかもしれない。


 ◆ 04-04-02 ゲーム説明

ウラ「きょうはわたしはお仕事行く前に
   みんなとゲームをします」

ティナ「朝から作ってたのは
    ゲームなんですか?」

ウラ「そそ」

 ウラは脇に置いた紙を出す。

 上部に描かれた5つの絵。その絵の下に長く伸びた線。紙の下部は折りたたまれ、線と線の間はハサミで切り込みが入れられている。

ウラ「フウガもちゃんと聞いてね」

 洗い物を終えたフウガも席につき、うなずいた。

ウラ「この5つの絵の中に、
   わたしの好きなものと
   苦手なもの、ダメなものが
   入ってます」

 しかし、5つの絵はどれも抽象的ちゅうしょうてきで、ただの図形にも見えるものもあれば、失敗した落書きにも見える。

ウラ「好きなものは3点、4点、5点と
   下に点数が割り振られているから、
   当てた人はその点数が獲られます」

ティナ「苦手と…ダメなものは?」

ウラ「苦手なものが-2点、
   ダメなものは-3点ね」

フウガ「絵が独特でどれもわかりませんよ」

ウラ「回答者はヒントを求められるよ。
   でも出題者はヒント先を
   自由に選べるから、
   自分の求める絵とは違うものの
   ヒントになるかもね」

ティナ「ハズレもヒントが出るんだ…」

ウラ「ヒントが出された絵は
   ポイントが引かれるけど、
   苦手とダメなのはマイナスが
   積み重なるから気をつけてね」

フウガ「絵心がないほど
    有利なんですか?」

ウラ「これ、ちゃんと描いたよ!
   苦手とダメのどちらかに
   ヒントを出しても、
   選ばれなかったら
   出題者が負けになるから
   そこは気をつけてね」

 それから説明書を取り出した。アンナちゃんが言った通り、眠たくなる説明書だった。


 ◆ 04-04-03 ゲーム開始

ウラ「先手はティナちゃんね」

ティナ「えっ…、それならヒントください」

ウラ「おっ! さっそくだね」

 ウラの出題用紙を見ても、フウガはどれが好きでどれが苦手かはさっぱりわからない。絵にはそれぞれ左から順に、番号が振られている。

1・四角の上辺隅にツノか葉っぱが
  左右対称についている抽象画
2・円筒の中央に穴の空いた物体
3・二重丸に真ん中が塗りつぶされた図形
4・細長い丸
5・縦に伸びた消し炭のような三角形

 誰が見ても全てハズレに見える。

ウラ「ヒント。4番は、小さい生き物ね」

ティナ「えぇ…それわかんない…
    じゃあ2番で」
(2・円筒の中央に穴の空いた物体)

フウガ「ヒント以外も選べるんですよね」

ウラ「そうよ。じゃーん!
   プラス3点、正解は
   好物のバウムクーヘンでした」

 絵の下の線をたどり、切り分けられて折りたたまれた部分を開くと点数が出てくる。

 円筒に丸みはないが、少なくとも苦手意識を持つものでもないのでティナが選んだ。

ティナ「ドーナツだと思った」

フウガ「パイナップルじゃなかったんだ」

ウラ「パイナップルは食べられるよ、わたし。
   ほい次、フウガの番」

フウガ「この中から…?
    僕もヒントください」

ウラ「1番は赤くなるよ」
(1・四角の上辺隅にツノか葉っぱが
  左右対称についている抽象画)

フウガ「赤くなる…タコ?
    あっ! カニか」

ウラ「そうよ。じゃーん!
   プラス4点だけど
   ヒント出したので3点、
   正解はカニでした」

ティナ「あー、カニかぁ…カニ?」

フウガ「これハサミなんですね…」

 言われれば分かるが、言われなければまったく想像できないウラの絵心に妙な関心を覚える。

ティナ「もう1回ヒントください」

ウラ「いいよいいよ、点数下がるけどね。
   3番は落語にも出てくるかも」

ティナ「えっ落語…あぁまんじゅう?
    じゃあ3番で」
(3・二重丸に真ん中が塗りつぶされた図形)

ウラ「ででーん!
   正解はこしあん!
   苦手なものでした」

ティナ「えー。ダメなんですか?」

ウラ「つぶあんならイケるよ」

フウガ「マイナス2点…
    ヒントでマイナス3点?」

ウラ「ティナちゃんのトータルは0点ね。
   リードしたフウガの番だ」

 ティナは少し悔しそうにしている。

フウガ「4番の小さい生き物で」
(4・細長い丸)

 最初にヒントを出した絵で、リスクを回避しようとしたフウガは失敗だった。

ウラ「やったー!
   正解はナメクジ」

フウガ「ナメクジ?
    ウミウシじゃないんですね」

ティナ「なめくじ?」

ウラ「比良坂ひらさかで働いてると、
   キャベツの中から出てくるんだよ。
   慣れてきたけど、見かけると
   いつもうわってなるね」

ティナ「あっマイナス4点?」

ウラ「結果、ふたり仲良く
   加点なしだね」

ティナ「えー…」

フウガ「5番はなんですか?」

 黒く塗られた消し炭のような三角形。

ティナ「怪獣?」

ウラ「これはネコだよ?」

 そう言われてふたりはうなる。言われてみれば、後ろ足の座った黒ネコに見えなくもない。言われなければわからない。

ウラ「プラス5点だったから、
   ヒント出したらバレてたかもね」

フウガ「不審者かと思ってた」

ティナ「画力…」

ウラ「どうだった?」

ティナ「どうって…なんか、
    変な遊びでした」

フウガ「でもこれなら
    絵心なしでも、
    楽しめそうですね」

ウラ「そういうことに
   しておきましょう。
   そんじゃ次は、
   ふたりで出題しあって」

 紙をふたりに渡したウラは立ち上がる。

ウラ「おっし! わたしはこれから
   比良坂ひらさかでお仕事だ。
   晩ごはんまでには帰ってくるから、
   凄いごはん用意しといてね」

フウガ「なんですか、
    凄いごはんって…」

ウラ「普通じゃないやつね。
   あとでゲームの感想聞くから、
   ティナちゃんはまだ帰っちゃダメだよ」

ティナ「えっ! ちょっと?」

 ウラはさっさと着替えて、出勤してしまった。家に取り残されたティナは、義理の兄となったフウガと向き合うことをためらった。

(4話『先輩のウラ』終わり)

次回更新は7月12日(水曜日)予定。

眠たくなる説明書公開中。(外部サイト)
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