見出し画像

盲腸の話

これだ!!と思いつくのはほとんど酔っ払ったときか、妙に目が冴えて寝付けない夜だから、後から見返すとさっぱり意味不明だけれど、「これは1本書けるんじゃないか」という思いつきを記したネタ帳のようなものがある。今この瞬間僕が死んだとして、見られたら恥ずかしいものベスト3には確実に入る代物である。恐る恐る開いてみたが、「死ぬべくして死んだ」とか「ぶっとい何かを口に突っ込まれている」とか、訳の分からないことばかり書いてあったのでそっと閉じた。いっそ葬り去ってしまった方が身のためなのは分かっているのだが、無い知恵の結晶のようにも思えてなかなか踏ん切りがつかずにいる。

そのメモの創設以来、一行目に長らく鎮座しているのが「盲腸の話」である。もちろんたいした話ではないが、そろそろ寿命を迎えそうなので、供養してあげようかなと思った次第である。

高校1年の頃だったと思う。腹痛を抱えて駆け込んだ近所の医者は盲腸ではないと断言し、その朗々たる宣言を信じて一晩耐えたが果たして痛みは収まらず、そればかりか強まるばかりで、翌朝駆け込んだ大病院で即刻手術となった。診断はいわゆる盲腸、もう一歩遅ければ破裂して腹膜炎になっていたそうで、そうなれば命の危険すらあったと言う。治るや否やヤブ医者に駆け込んで謝罪金をぶん取った両親に、当時の僕は「そこまでしなくてもいいんじゃないか。僕は無事だしお医者さんって大変だろうし」と眉をひそめたが、子を持つ立場になってみればその気持はよく分かる。脂汗を浮かべて「痛い痛い」と苦しむ子を前に巡る果てしない不安は、相応の怒りに変じて然るべきであろう。

その時の手術の傷跡は、僕の右下腹部にしっかりと残っている。誰が見ても手術跡だと分かる、明らかに異質な一本の線として。あの時の医者の戸惑った様子をよく覚えているが、僕はあえて手術跡を残す方を選択した。親の勧めに従って。綺麗にすることもできたのに、あえて跡が残るように。その方が面白いじゃん、という理由で。

子育てと同じく正解などないが、いざ子を育てる側になってみると、この傷跡は色々言いたげに見えてくる。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?