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フラワー・ガーデン

ときどき顔を合わせる近所の家の
じょうろを持った奥さんは
優しくわたしにあいさつし
息するようにダメ出しをする

あらあら お母さん そんなぼろぼろの靴じゃ恥ずかしいわよ
お子さんのためにも きれいな格好してあげて
お洋服も もっと考えないと
そんな真っ黒じゃなくて
ベージュとかクリーム色とかグレージュなんかが好かれるわ
もしスカート履くならロングでね
短いのはみっともないから
でもズボンのほうがみっともない
女らしくないでしょう
それに お母さんなのに お化粧の色が濃すぎじゃない
薄い色にしなさいね

あなたはお母さんである前に ひとりの女性なんだから
ちゃんとしてないと いけないわ。

女らしく ちゃんとしてないといけない。
きっと それは 彼女がだれかに
かけ続けられた呪いの残滓

誰しも 自分の望む布に包まれ
自分の好きな色に装う自由がある前提を
彼女はどこで 摘まれたか

女も男も 大人も子どもも
好きなように 好きにして 道を闊歩して然るべき と
この国の人は 教わらず
みっともない、はずかしい、と 誰かの視点を刷り込まれ
規格から逸脱するのがまるで罪であるかの如く
咎め 諭し 噂して
背景に過ぎない他人のことさえ
規格化したくて仕方ない

奥さんは じょうろでたくさんの鉢植えに水を遣る
どれも上手に育てている
枯れた花は摘み 朽ちた枝は取り除き
せっせと 美しい庭を保って
幸せに暮らしている
人と 花は 違うことに
気づかないふりを
今生では 続けながら

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