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忘れられない人シリーズ①古着屋のたけちゃん

 高校のときに授業で書いたエッセイが中々気に入っているのでここに載せます。ちなみに中崎町の古着屋です。

「よっ。あんた落合陽一って知ってるか」
男は店の奥から出てくるや否や、 私に問いかけた。
「落合陽一ですか、 まあ、」
名前くらいは、聞いたことありますよ______私のたった一言は、 彼の第二声に思いっきり遮断されてしまった。
「おお! 知ってるか! 奴は天才や! 本気出したらタケコプターをも作る天才やで!」
勢いが怖い。 店内は可愛い服が並んでいて雰囲気も大人しめなのに、 店主であろうこの男は驚くほど場違いなテンションである。 しかも新規の客 (しかも若い女) に対する一番最初の話が落合陽一ってどうなんだろうか。 そして私が落合を認知していると聞いた(私は言ってない)事でスイッチが入ったのか、 彼はここから20分ほど私に落合愛を語ることとなる。
彼の名は「たけちゃん」という。 昼は古着屋の店主、夜はライブDJ をしているたけちゃんは前世の記憶を保持していて、 現在4度目の転生した人生を送っているらしい。 夢は世界を征服することで、 今それを最も成し遂げられそうな人間として落合陽一を崇拝しているようだった。 この文章だけだと余りにぶっ飛んだキャラなものだから 「おいおい、 中二病も程々にしろよな (笑)」 とすら思えてしまうが、これを中年の小太り眼鏡が真剣に言っているので中二病どころか一種の狂気を感じる。
「…とまあ要するに俺が確信してるのは、この日本を救えるのは安倍じゃなくて落合って
ことや。 あ、そや。 ついでに服見せたろ」
あ、服ついでなんだ。 私は服を見に来たんだけどなあ…ていうかたけちゃん、さっきから入ってきたお客さんが皆すごい早さで店出て行ってるよ…絶対マシンガントークのせいだ
よ…心のツッコミが止まらないが、それを口にする勇気を私は持ち合わせていなかった。
たけちゃんは自分の後ろに盛られた古着の山をあさり始める。 まるで干した洗濯物を回収してきた後みたいな状態だが、 それは客に見せてもいいものなんだろうか。
「こんなんとかどう? 可愛いやろ」
そう言って古着の山から取り出したのは真っ赤なポロシャツ。 ラコステブランドのものだ。
確かに可愛い。 私が頷くと、 たけちゃんは店の壁に掛けられた全く同じポロシャツを指してこう言う。
「ポロシャツには良いのと悪いのとあんねん。 あっちのは悪いやつやわ、 形が悪い」
えっ、掛かってる方が悪いやつなの? その布きれの山から出した方じゃなくて?
パッと見では私には良し悪しがわからないが、 どう考えても壁にある方が商品として綺麗である。へえ、 と私がその2つを見比べている間にも、 たけちゃんは古着の山から次々とおすすめの品を引っ張り出してくる。
「あんたはよう俺の話に耐えたからな。 色々見せたるわ」
やっぱり試練だったのか。しかも、自分がマシンガントークをしている自覚があったのか。
一周廻って、ここの店はそういうシステムで、 古着を買うには彼の話に耐える必要があるのかとすら思えてきた。
「・・あ、これ、 すごい可愛い!!」
私が思わず口に出したのは、 たけちゃんが古着の山から引っ張ってきたうちの一着を見てだった。
「あんま見ねえだろ、この形状のスカートは。 気に入ったんなら試着してみ」
そうして試着室を貸してくれた。 分厚いデニム生地で出来た、 膝丈のフレアスカート。 大胆な裾の広がり具合といい、 古着独特の擦れた色味といい、 かなり理想的だ、と思った。 履いた状態をたけちゃんに見てもらえば、
「あんた、 身長高いから丈も合ってるよ、似合う似合う」
と、案外普通に褒めてくれた。 これは試練に耐えた私に、神様が (たけちゃんが?) 褒美を与えてくれたのだと確信し、 私はすかさずこのスカートを買ってしまった。
「この店のインスタあっからよ、 フォローしてくれよな」
とたけちゃんが言うので、スマホを開きその場で相互フォロワーとなった。
「ありがとう。 話長かったけど、 良いもの買えて良かったよ」
「おう、また来てくれよな」
そんな言葉を交わし、 私は店を出る。 初めは入る店失敗した~、と思ったけれど、結果オーライである。
店のインスタには彼のDJとしての活動記録も多く載っていた。
「コラボライブ・・・ えっ、 Salyu と!?」
もしかすると彼は、 結構すごい奴なのかもしれない。

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