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トイレと感受性と2021 4



もうそろそろこの話も飽きたね。
※この話は第4話目です。

前回までの話でなんとなく感受性とトイレの結びつきがわかったかと思います。
理解できたよ。って人は助かります。
理解できなかったよ。って人は説明力不足でごめんね。

それでは最後はこういった点を踏まえた上で
実際にトイレを観察した結果を書いていければと思う。

結論
『面白かった』
それ以上でもそれ以下でもないんだけど。。。

それまでトイレをそこまで重要視して生きてきた事がなかったから
多種多様のトイレが街中に隠れている事に気づいた。
・公衆トイレ
・オフィスビル内のトイレ
・商業施設のトイレ
・飲食店のトイレ

上記の4つの項目分けをしたときに僕が感じた事は
・公衆トイレはなんか実家のようなラフさがある。デザイン性はその自治体の力の入れ方による。機能性はよくない。
・オフィスビルのトイレは結構つまらない。デザイン性は低く、機能性も普通。
・商業施設のトイレは商業施設の持つ雰囲気を保つようなブランディング思考のトイレが多い、デザイン性も比較的によく、機能性も高い。何より綺麗。
・飲食店のトイレは良くも悪くもその店のレベルが出てる。掃除の行き届き方がそこで働く人の感度レベルを表している。デザイン性は普通、機能性は低め。

みんなはどんなトイレが好きだろうか。

僕は商業施設内のトイレも好きだが、公衆トイレも結構好きだ。
公衆トイレにはその周辺を行き交う人たちを表現している。そんな感じがして見ていると俯瞰的に人を見ているようで面白い。

ちなみに上記の理由で公衆トイレは
感受性を高めたいという人にもオススメしておくね。

この一年間トイレを見続けて何かが変わったのかというと

たぶんあんまり変わってない気がする。
たった一年トイレを見ただけで感受性が高まるのなら今まで生きてきた中でとっくに感受性マックス人間になれたはずだろう。

一つ良かったことがあるとするならば

それは今ここにトイレと感受性についてを綴ったことだろう。
文章を書くにはちょうどいい長さの問題だった気がする。
だからまだまだ感受性は足りていない。という事はこの事案はまだ続けなければならないという事だろう。
2022年もまたトイレを見続けたい。
いつの日か『感受性が高くなった』と自覚できるくらいの人間になれたなら
この事について哲学的な部分をちゃんと取り入れて本を一冊出せたらいいなと思う。
そんなおっさんになったらきっと面白いんだろな。

またね✌️

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