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嘘つきと街クジラ #シロクマ文芸部


「街クジラ、見たことあるんだよね」
会社の屋上でタバコ休憩をしながら後輩につぶやいた。

「またまた〜それ私たちが小学生のときの都市伝説ですよね。本当適当な嘘ばっか言いますよね」
「先輩に向かって失礼だな〜」
陽が傾き、昼間の暑さは何かを諦めたように緩んでいた。

後輩の言う通り、私は嘘つきだ。
いや、嘘つきだった、かな。
私は、街クジラを見たことがある。

街クジラを見た日は、
確か夏休み最終日で、
今みたいな緩やかな夏の夕方だった。


私が小学生の頃、近くの海の浜辺に大きなクジラが打ち上げられた。

街クジラの都市伝説というのは、その死んだクジラが地縛霊となり、この街の市街地を夜な夜な泳いでいるというものだった。

「建物の屋上で街クジラに助けを呼ぶと、来てくれるらしいよ」という噂もあった。


当時の私は友達がいなかった。
体はごぼうのように細く、
髪の毛はぼさぼさで、
服はお兄ちゃんのお下がり、
DSなんてもってのほか、
りぼんでさえ買うお小遣いも貰えなかった。

暗くて話も面白くない私、誰とも話そうとしなかったし、誰とも話せなかった。
そんな私は、どうにか人と話したかった。


私は嘘をついた。

教室でカブトムシやクワガタが欲しいと男子が盛り上がっていれば、
「おじいちゃんちの栗の木は蜜が出てるから、クワガタやカブトムシもいるよ」
なんて嘘をついた。
蛾や黄金虫程度しか集まらないのに。

放課後、校庭で遊んでいる子たちに、「通学路の神社で幽霊を見た」という嘘で話しかけた。
いつも私に見向きもしないクラスで目立つみっちゃんや、女子にモテるケンタくんまでも私に興味を示し、色々質問してくれた。


皆が私に話しかけてくれる。
皆が私の話に驚いてくれる。
嘘なんてバレなければ、私は皆と話せる。


蝉が本格的に鳴くようになった夏休み前のある日、
クラスで目立つみっちゃんが、彼氏が欲しいなんて嘆いていた。

そういえば家の近所に転校生が来る、と母親から聞いた。
一回遠くから見かけたが、細身でなんとなくかっこいいと感じた。
「あんたと同級生なんじゃない?」と母親が言っていたので、確証はなかったがみっちゃんにそのことを話した。

みっちゃんは他の目立つ子たちと
「転校生、彼氏候補にする!」なんて大盛り上がりだった。
私が話したことでみっちゃんが喜んでいて、とても嬉しかった。
そして、私は嘘をついているつもりは全くなかった。


夏休みに入り、私は扇風機と、ぽっきんアイスと、キッズウォーと毎日を過ごした。
そんな日々を過ごしていてたらお盆が過ぎ、あっという間に夏休み最終日になった。

「そういえばあの転校生あんたの一個下らしいね」
パート終わりのお母さんが、私に教えてくれた。
「えっ」
「ほら、職場の人が親戚らしくて聞いたのよ。ぼちぼちうちにも挨拶来るんじゃない」
その日の夕方挨拶に来た子は、細身で坊主頭でゲジ眉の、お世辞にもかっこいいとは言えない子だった。

目の前が真っ暗になった。
せっかくクラスで目立つみっちゃんとも話せたのに。
これじゃきっと、私は嘘つき呼ばわりされる。


それは衝動だった。
マンションの階段を駆け上がり、屋上へ向かう。
遠くには青々とした連山が見え、足元には街が広がる。
小学校も、
私が幽霊を見たことにした神社も、
お母さんが働いてる店も、
全部私の視界に収まる。


ただ、飛ぶだけだ。
おじいちゃんちの栗の木にクワガタはいないし、
私は幽霊なんか見たことないし、
イケメンの転校生なんて来ない。

私はみんなの輪に入りたいだけ、
私はみんなの驚いた顔を見たいだけ、
ちょっと嘘をついちゃうだけ。


ああ無理だ。なんでだろう。

「建物の屋上で街クジラに助けを呼ぶと、来てくれるらしいよ」
頭の中で誰かがつぶやいた。

あぁ、そうだ、そんな噂もあったっけ。


「ここに来てよ、街クジラ」
小さい声でささやいた。
何も起きないか、と諦め遠くの夕陽を見ていた。

すると、街は静寂に包まれた。
遠くの電車の音も、船の汽笛の音も、街の喧騒もピタッと止まった。

うぉーんと大きな鳴き声と共に、大きい何かが泳いできて、私の前に止まる。
自然と私の体は街クジラの上に乗り、私は街クジラと一緒に街を泳いだ。


小学校も神社も公園も全部全部ミニチュアに見えた。
街クジラは透けていて、なんだか国語で習ったクジラ雲のようだった。
私は街クジラに、「もう嘘はやめようかな」とつぶやいた。


気がつくと私はマンションの屋上で寝ていて、心配したお母さんが私を起こしに来てくれていた。


「ってわけよ」
「いや、先輩の嘘つき歴史聞かされてるだけですやん!」
「ふふ、信じるか信じないかはあなた次第」
「うるさっ!」
このタバコの煙が空に上がり、街クジラの形にならないかな、なんて空を見上げた。


屋上から見える夏空には、クジラに似た雲は見当たらなかった。


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