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例えばソフトクリームのように -2-

(本文:約1500文字)

文芸部というのは、取材ってかっこいい名前の旅行をするもんなんだ。まぁ、ファンタジー、異世界ものは取材なんてしなくても・・・」

駅のホームに現れた彼女は「やっほ」と短い挨拶に続けて文芸部について忙しく語りはじめた。理屈っぽい説明に相槌を打ちながら、私は彼女の様子がいつもと変わらないことに胸を撫でおろす。

「それで、取材して何か書くの?」
「ん~文章にするかどうかは、取材してからかな」
お説ごもっとも。ただ彼女も私も過去に文芸部だったことはない。私が誘った動機を感じ取ってくれたのだろう。

彼女の休日の装いを見るのは初めてだった。しっかりした生地のTシャツにポケット多めのカーゴパンツ、足元は履きこなれたスニーカーと荷物は背負って両手を空けている。想像していたよりもアクティブな感じに少し驚いた。取材だからだろうか。

「でね、やはり服装というのは実用性・機能性を大事にしたい。あと機動力だな。その点このカーゴパンツというのは米軍の・・・」

対する私はポイントに小さな花柄のついたワンピース。足元もパンプスで先週新調したもの。準備している間に当初の目的をすっかり置いてきぼりにして、友人との旅行に単純に浮かれてしまっているのが丸出しだ。

「あ、失敗したな。ごめん、歩くのにこんなパンプス履いてきちゃった」
気恥ずかしさから自らそこに言及してしまう。けれど彼女は私の足元を見やると先程とは違った楽しげな調子で言った。

「おっ!お似合いですね。そのワンピースにもピッタリでいいな。うん、今日はそんなには歩かないけど、足が辛くなったら現地で歩きやすいもの調達しよう」

私が言い出したことなのに、いつの間にか彼女がアテンドする側になっていた。

広島までは新幹線で約4時間、適当な自由席に横並びに座った。

有給で平日にした甲斐あってか空席が目立つ。最初は迷惑にならない程度に話をしていたが、厳しそうな顔の紺スーツのおじさんが前に座ってからは何となく話しにくくなった。

そこからは各々静かに過ごした。私はキヨスクで買った雑誌を読んだり窓の外を眺めながら音楽を聴いていた。彼女も何かを聴いているらしかったが目を閉じていたので眠っていたのかも知れない。

「あ、海」
新幹線が西明石を過ぎたあたりで濃い青が見えた。明石海峡のようだ。海は見慣れていても旅路で見るのはひと味もふた味も違う。

「ほら、みて」
私は彼女の肩を軽くつついてから窓の外を指さして短く促した。彼女はイヤホンを外しながら顔をあげ、窓の方を向いた。

「・・・青」
短く弱々しい返事が返ってきた。寝起きが理由ならいいけれど、静かにしていると忘れていたい事が頭を占領するのだと話してくれたことがある。

「大丈夫?」
面と向かって相談されたわけではない。でも忘れていたい事が何なのかは日頃の節々から見当はついている。

私の言葉が聞こえたのかいないのか、彼女は窓の外に視線を向けたまま独り言のようにつぶやいた。
「ソフトクリームあるかな」

「そりゃあるでしょ。たぶん名物とか・・・可愛い砂糖菓子がついたり流行りのゴージャスのとか色々あると思う。今の間に調べようか」

すると今度はこちらを向いて少しトーンを上げて即答した。
「普通のバニラがいい。普通がいい」
半ば懇願するかのように・・・僅かに楽し気に・・・

彼女との会話で「普通」という単語はまず使わない。使う際には良く考える必要がある単語だと分かっている。ただ、今この瞬間は潔く気持ちよく使うべきだと思った。

「そうだね。普通が最高だよね」

結局、広島駅に着いた私たちが選んだのは普通も普通、間違いない「マクドナルドのソフトクリーム」だった。

<つづく>


今回も無事に?シロクマ文芸部のお題提出には間に合わなかった。
どうせこのソフトクリームは続きを書くつもりだったから、いっそ今回のお題も消化してやる!とこうなった。もう少し文芸部について書きこむつもりだったが、くどくなりそうでやめた。

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ペンギンのえさ