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4つの大型公共建築を手掛けた北九州市で磯崎新氏が講演(2019/11/18)。以下抄録

2019年に“建築界のノーベル賞”と呼ばれるプリツカー賞を受賞した磯崎新氏(以下、敬称略)が、同年11月18日に北九州国際会議場(上の写真、1997年竣工)で記念講演を行いました(北九州市主催)。磯崎氏はこの会議場を含め、北九州市で美術館・中央図書館・総合展示場という4つの大きな公共施設を手掛けています。講演は無料でしたが、抽選のため、多くの人が聴けなかったとのこと。以下に内容のポイントをまとめます。あくまでも私の記憶と理解に基づくものであることをご了承ください。

磯崎が設計の手がかりに求めた「北九州らしさ」とは。

磯崎は出身地である大分市で初期のキャリアを築き、その後、知人のつてで福岡に進出、初期の代表作である西日本シティ銀行本店(下の写真、1971年竣工)を設計した。

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さらに、丹下健三のもとで'70年大阪万博にかかわり、ちょうどその仕事が一段落する頃に、当時の北九州市長から、秘書を通して突然、市立美術館設計の打診を受けた。敷地は市を一望する小高い丘の上。ほかに何もない、広大な場所だ。

設計の手がかりをつかむため、磯崎は「北九州らしさとは何か」と考える。折しも滞在地付近では、祇園太鼓の音が鳴り続けていた。小倉では7月になると、街のいたるところで太鼓の練習が行われるのだ。「まるで、街全体が振動しているようかのようだった」。

磯崎が、まず着目したのは北九州の「位置」だ。

磯崎が考える「日本列島神話的構造線」(参考リンク)には、出雲から若狭を経て鹿島に至る東西軸と、若狭でこれと交差し、三輪山を経て熊野に至る南北軸がある。さらに、中心の三輪山から東に軸を伸ばせば伊勢、西に伸ばせば淡路を経て西安に至る、この東西軸の途中に、北九州はある。

さらに九州に目を移せば、北九州を挟んで東南に周防灘、西北に玄界灘がある。そして、周防灘を向く宇佐神宮、玄界灘を向く宗像大社に目が留まる。いずれも「陸から灘を見る関係」だ、と磯崎は考えた。「北九州の建築は、こぢんまりとした都市(人間)のスケールではなく、土木(国土)のスケールから発想するべきではないか」。

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上の写真は北九州市立美術館からの眺望。

「北九州らしさとは何か」。もうひとつ、磯崎が参照したのは、立原道造の「長崎紀行」だ。詩人として知られる立原だが、実は東京帝国大学で建築を学んでおり、丹下健三の1年先輩にあたる。丹下はすなわち、磯崎の師だ。そして磯崎は、立原の詩碑を設計してもいる。
 
磯崎が講演で引用した「長崎紀行」の北九州に触れた段落を、以下に採録する。

ーー北九州の工業地帯をひるすこしすぎの光のなかで見た。今はまた何もいえないくらい心打たれた。技術の美しさとでもいうのか、巨大なマスの美しさとでもいうのか、おそらく、その両方なのだろう。八幡製鋼所あたりの巨大なブロックは眼を奪う。そのあとの山々の自然のみすぼらしくあわれに見えたこと! この種類のものの人を奪う力は何だろう。浜口たちと語りあいたいテーマだ。ーー立原道造「長崎紀行」1938年

立原もまた、磯崎に「北九州のスケール」を強く印象づけたわけだ。

ちなみに立原は、この一文を書いた後、博多で発熱し、長崎で倒れ、東京に戻ってそのまま療養所に入院し、翌年春に24歳で夭折した。立原にとって最初の九州旅行は、人生最後の旅となった。

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上の写真が、北九州市立美術館(1974年)外観。丘の頂上に建つその姿は、確かに桁外れのスケール感を持って迫ってくる。

この後、磯崎は北九州でほかに、2つの大きな公共建築を手掛けた。

いずれも、前述のように、「北九州らしさ」としてヒューマンスケールを超越した土木的スケール、空間のパワーを意識している。
 
北九州市立美術館の着工直後に設計に取りかかることになったのが、北九州市立中央図書館(1974年、下の写真)だ。これは磯崎の出身地である豊後(大分)と豊前(小倉)の間で生まれ育った江戸時代の思想家・三浦梅園の『玄語』(参考リンク)に想を得ているという。現在の文学館側にあるステンドグラスは、『玄語』に示されたダイアグアムを表現している。

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続いて磯崎は、今回の講演会場である北九州国際会議場に隣接する西日本総合展示場(1977年、下の写真)を設計した。船を思わせる架構は、磯崎が60年代にたびたび通った、ニューヨークのブルックリン橋がイメージ源という。ブルックリン橋は1883年竣工、吊り橋として世界最初期の構造物だ。

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これほど大型の公共建築を立て続けに3つも磯崎に任せたのは、当時の北九州市長の英断によるものという。近年の地方行政では考えられないことだ。

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