★純白 湘南(1年8組村松和樹)

六月二十一日、夏至。
僕の心は虚無感に襲われ必然的に空も白に染まっていた。
澄んだ白色のカーテン、茶色のソファー、ソファーの上で気持ちよさそうに寝る犬。
全てが合致し一枚の絵画のように構成されている光景は僕を安心させた。

自分を変える機会を与えてくれた犬と出会ったのは一昨年の夏。梅雨が明け、蒸し蒸しとした空気の中僕は食材調達のため最寄りのスーパーに出掛けていた。割引券やクーポンが使える食品を優先的に確保していた僕は突然今の日常に疑問を覚えた。何も変わらない日々。毎日同じ時間に起き同じ電車に乗り同じ大学へ行く、そして帰ってくる。僕はこのままつまらない人生を送り老衰していくのか、そんな恐怖に怯えながらさっさと買い物を済ませた。
(観葉植物でも買うか。)
なぜかそう思った僕はスーパーの二階にあるホームセンターへ向かった。エレベーターを登っている時親子の楽しそうな声が耳に入ってくる。
「お母さん!見て!見て!可愛い!」
「そうだねぇ、可愛いねぇ」
親子の方を見てみると家庭用ペットがゲージの中に入り二列に並んでいた。
僕は見流しする程度に見物すると一匹の犬と目が合ってしまった。他の犬はおもちゃで遊んだりベッドで寝ていたりするのだがその一匹の白犬だけはこちらをジッと見て目を離そうとはしなかった。僕は直感的にこの犬が一度きりの人生を変えてくれるんだと思った。すぐさま白犬と飼育用の道具一色を購入し、帰宅した。
「はぁ、なんで犬なんか買ったんだろう。今月は金欠なのに。疲れてるかもしれないな、早く寝よう。」
そうして僕は今朝干しておいたフカフカのベッドに寝っ転がり、そっと目を閉じた。
二週間後、白犬を迎えに来るようホームセンターのスタッフから連絡が入った。正直忘れていた。ここ二週間、テストやら単位やらで毎日が憂鬱だったからだ。自分以外のことなんて考えてる暇がなかった。渋々だるい身体を起こしジャージを着てホームセンターへ向かった。その白犬はまたもや僕から目を離さずにスタッフの横にある椅子に鎮座していた。飼育のための説明を受け、さっさと白犬を持ち帰った。ゲージの中に入れられそうになったときもその犬はポカンとした顔でこちらを見ていた。
「こいつ名前なんだっけ。って俺が決めるのか。」
飼育用の道具を配置しながら俺なりに一生懸命名前を考える。
「んー。体が白いからら白って意味を持つラフとかでいいのかな。」
犬が返事できないのを承知しているが他人の名前をつけるのは初めてだったから確認せずにはいられなかった。一方ラフは一直線で僕の瞳を見ている。怖かった。僕の心の奥が見透かれてそうだから。
そんなかんなで未熟者とラフの生活が約二年と半年続いたある日。ラフが熱を出した。
この二年半いままで熱が出たり風邪を引いたことがないわけではなかったから、僕は冷静に対処し、ラフをゲージにいれ動物病院へ連れて行った。
「お持ちのペット様お預かりします。待機室でお待ち下さい。」
「どうかよろしくお願いします。」
そう言って僕はここで初めて安堵のため息を漏らした。正直この時はまだ薬や点滴を出されてすぐ治るだろうと思っていた。
「井家上様、診断室へお入り下さい。」アナウンスが入り僕は名前が呼ばれたと同時に急いで診断室へ入った。」
「単刀直入に言います。貴方のペットは心臓病を患わっています。」
「え、。」
思わず反射的声が漏れた。
「その中でも最も心臓病で発症する確率が高いとされる僧房弁閉鎖不全症という病です。原因はおそらく栄養失調と加齢でしょう。」
「加齢?ラフは十数年しか生きていなのですが。」
「チワワのような小型犬の平均寿命は大体そのくらいのなんです。」
少し興奮して荒げたつもりで言った僕の声は僕の知識不足によって完封されてしまう。
「あ、あとどのくらい生きられるのでしょうか。」
「もって一週間でしょう。ここ数週間嘔吐や咳などはしていましたか?」
「…していました。確かにしていました。その際にもちゃんと医者に駆け付けたんです。そしたら『不定期的な症状だから大丈夫ですよ。』って言われたんです!あれはなんだったんですか。教えてください、助けて下さい。お願いします。」
ここで何かを言ったところでこの現状が変わらないことぐらい僕にも知っている。だけど、この感情を誰かにぶつけたくてしょうがなかった。
「落ち着いて下さい。それは不定期的に発症していた為問題がないということなんです。今回みたいに定期的に症状が出るとそれは何かの病の前兆の可能性があるんですよ。」
僕は膝から崩れ落ちた。
「…残りの時間一緒にいてあげて下さい。」
僕は家にラフと一緒に帰ってくるなりすぐさまラフを抱き抱えた。
「ごめんよぉ、ごめんよ、俺が無能なばかりに、辛かったよな苦しかったよな」
途中から鼻水の啜る音と掠れた声で何を言ってるのか記憶にないがとにかく泣いて抱きしめて泣いた。
数日後、ラフが亡くなった。僕の親戚や友人、そしてラフを担当してくれてたホームセンターのスタッフまでもが葬儀に参列した。
「御気の毒様です。約二年半、ラフくんも井家上さんと一緒にいられて大変嬉しかったでしょう。」
「ありがとうございます。いや、ごめんなさい。」
喉からは謝意の気持ちしか出なかった。

窓から差し込む夕焼けの斜陽、オレンジ色に染まった部屋。僕は帰ってきたと同時に寂寞としたベッドに倒れ込んだ。

僕は新しく猫を飼った。ラフが居なくなった今、僕の心を健やかに保つには代用が必要だったのだ。本当に必要だったのはラフじゃなくて心の拠り所だったのかも知れない。と一瞬でも思った僕に嫌気がさし、何も考えずに猫を迎える準備をした。今度は失敗しない絶対に幸せにしてみせる、そう心に誓った僕は白い毛を漂わせた猫を迎い入れた。

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