歌声紀行/2019.11.22 の書き留め
■多くの楽器には共鳴部があり、その響きが音色を形成している。
声も同じだと、最近はまざまざと思う。
声の場合、響きの概念が、個体によってことごとく違うのだが、楽器になぞらえると一つの定義が生まれる。
まずは主音に対しての2倍音の調律。
調律という言い方が正しいか定かではないが、響きを掴みにいく感覚がそんな感じなのだ。
■ギターの他の音をミュートして、6弦だけを鳴らすと明らかに2倍音のハーモニクスが聞こえるが、倍音のハーモニクスを同時に鳴らした時の感覚が、発声の時の音を掴みに行くイメージと似ている。
その響かせ方は、共鳴部は口蓋付近。軟口蓋ではなくもう少し前の硬い部分の方がいい。
軟口蓋をむやみに鳴らしても、不安定で。音が音楽的にならない印象だが、もし軟口蓋部分を鳴らすのであれば、口蓋で生まれた響きを拡張するときだろうか。
また3倍音やその上を通常の歌唱で感じるのは難しいが、訓練としてドレミファソラシドを、3倍音つまり5度を聞きながら発声したりすることがいいと思う。
伴奏の中では、ルート音に対して、純正ピッチを当てられるか。
平均律の4度と5度以外は、ほぼ不協なので、その意識を作るために、さっきの訓練を、純正律との差が大きい3度6度7度とやってみるのもいいと思う。
テンションのかかったメロディーが多い曲は、純正律のイメージで当てると、やっぱりいい。
アルペジオの伴奏だからできることだと思うし、そのピッチが見えやすい。
■まずは声自体に楽音単体としての主音+響きと2倍音。
そして、その声を音楽の中に調和させる音感。
その二つの意識をもっている。
しかしまあ、難しい。。
母音が変わるたびに、音程が行くたびに、響きの形を追って整えるを瞬間的に繰り返す。
マシーンのように発声練習を繰り返すしかないのだが、
不思議と、歌に戻った時、これまでよりも楽しい。
楽しさが安定すると、ようやく、音楽の海に船を浮かべることができる。
■よくあるボイストレーニングをすれば、声はよくなるし、艶も生まれる。しかし、それが音楽的かどうかといことは全く別であると思う。
音楽的と芸術的もまた違う。心を打つ打たない、ということとも別だ。
大きな声、迫力、それらは母音を強くしてしまうので、どんどん音楽的な音から遠ざかる。
大きな音と、大きな響きは、まったく違う。
■リバーブの効果は、声の成分に含まれるものを強調して響かせてくれる役割があり、だからリバーブをかけると良く聴けてしまうのだ。
長く録音のエンジニアをしていると、生音の素っ気なさに愕然とする。
リバーブ、コンプなしではとても作品にならない。
クラシックのコンサートホールの音響が重要なのはそこに尽きると思うが、ポップスの場合、それがリバーブだったりテクノロジーの役割だったりする。
本当に素晴らし歌うたいにそれは必要ないだろうが、必要があるとすれば、さらに良いものにするという目的のためであり、劣っているものを補整するという概念ではないと思う。
ただ、響きを操る技術という意味で、響くホールやリバーブをうまく使う技術というのもあって、その概念でいうと、ホールやリバーブも楽器の一部だと言うこともできる。
それにしても素の音を高めることに越したことはない。
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