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FF14 Origin Episode -The Ghost in the Machine- Cp6


Final Chapter
-The Ghost in the Machine-


 夜の帳が下りた空に虫の鳴き声が響き渡る。
 海から流れてくる潮風は静かに流れ、崖上の青々とした草が揺れた。
 空に雲は少ない。
 月と星々が照らす、明るい夜だった。
 岸壁に押し寄せる波は穏やかで、巨大な船が停泊するには絶好の天候だった。
 白い帆を畳み、錨を下ろしたガレオン船は一隻。船体は黒く塗装されているが、長く運用しているのか、よく見ると塗装が小さく剥げている部分もある。しかしよく手入れされた実に立派な船だった。
 確か名前は『揺るぎなき心』号だったか。
 ガレオン船の舳先より数十メートル先に砂浜が見える。そこには傭兵と思しき人物たちが荷を下ろし、火を炊いて野営している。砂浜近くの斜面は緩やかで、荷物を運ぶのも難しくないだろう。おそらく彼らはここからパガルザン平原を超えてモードゥナへと行軍したのだ。
 船の甲板上にいる人影は少ない。歩哨に立っている以外は、船内で眠りに就いているのだろう。甲板上に立っている人間は全員灰色の外套を着込んでいた。
 船上に立っている歩哨は――四人。四層構成になっている甲板に一人ずつ。いずれも武器を背負っており、油断なく警戒しているように見えた。元軍人で構成された組織らしく、不真面目な者が存在しない。
 僕は船のマストよりもやや高い、側面の岸壁から船を見下ろしていた。
 マスト上部に位置する見張り台には、ミッドランダーの男が一人。近くに岸壁があるということで警戒のために配置されたのだろう。
 岸壁の上で匍匐姿勢を維持していなければ、彼に見つかっていたに違いない。僕は背中に括り付けた弓にゆっくりと手を伸ばした。
 適当な死体から拝借したものだけれど、不足はないだろう。
 うつ伏せのまま矢を取り出し、つがえる。
 弦を緊張させた状態のまま、少し待機する。敵に見られないように見張り台の様子を窺った。
 崖側から風が吹き、見張りの眼球が反対側に一瞬逸れた。
 今だ。
 僕は立ち上がり、矢を射た。
 それは凶悪な獣となり、見張りの頭を貫いた。
 彼は何事かを口走ることもなく、その場に倒れる。
 僕は一旦後退した。そして助走を付けて跳ぶ。

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 距離だけで言えば数メートルの跳躍に過ぎないけれど、落下すれば数十メートルの高さから海にドボン、だ。
 僕はなんなくメインマストの帆を張る骨、ヤードの上に着地した。
「……数、四」
 先程まで明るかった月に、雲がかかる。夜にさらなる影が落ちる。
 ヤードをいくつか下に降りると後は早かった。
 甲板上の三人は飛来した矢を防御できないまま沈黙した。
 最後の一人だけは肩に矢を命中させた。
 体勢を崩し驚いている隙に、僕はヤードからルガディンの男に飛びかかった。
「静かにしろ」
「…………!」
 短剣を喉元に突きつけ、腕を背中側に捻ると彼は静かになった。
「歩け」
 短剣を背中に軽く刺して凶器の所在を確かにさせる。灰色の外套に赤色が滲んでいた。
 船尾甲板を歩き、船長室へと向かう。
 男にノックをさせると「入れ」という声が聞こえた。カイル・ベイリーがここにいる。
「どうした、なにかあったか」
 船長室は普通のものよりやや広く、彼は机の前に座り、書類に目を通していた。視界の端にこちらを捉えているが、僕が盾にしているのが図体の大きいゼーヴォルフであったため、異変には気づいていない。
「し、指揮官……!」
 歩哨の男が声をあげた。こいつの役割はここまでだ。
 ゼーヴォルフの脇をすり抜け際に短剣を翻す。喉を切り裂かれた男は、失われていく血液をとどめるように手を泳がせた。
 その勢いのままに彼の鞘から直剣を抜き取る。
「……貴様!」
 ベイリーが僕の姿に気づき、傍らの斧に手を伸ばす。
「遅い!」
 僕は既に直剣を投擲している。
 右肩に直剣が突き刺さり、彼は壁に縫い留められた。
 ならばと左腕が動こうとするが、僕の方が素早い。体当たりして壁に押し止める。短剣を強く突き刺し、こちらも壁に磔にした。腰の鞘からもう一本短剣を抜き放ち、首元に突きつける。
「貴様、貴様は……」
 ベイリーの目に驚きの色が宿っている。その瞳には僕の姿――黒の混ざった白髪、鮮血のよりもなお鮮やかな赤い瞳、顔の一部を覆う黒鱗が映っていた。
「クラウドオーブは?」
「…………」
 質問には無言だった。
 しかし彼の目が一瞬だけ左下に動いた。
 僕は彼から注視を外さずに確認する。目線の先には執務机があり、机の下には小さな木箱が人目を避けるかのように鎮座していた。
「ブラフだな」
 僕がそこを調べるのは彼にとって有利すぎる。
 灰外套を捲ると左腰に革袋が下がっていた。
 紐を緩めて中身を取り出す。
 それは手のひらほどの大きさの、透明な球体だった。
 水晶に似ているが輪郭が薄い。手触りからそこにあることはわかっているのに、視覚では何も見えないかのようだった。
「やめろ、そいつに触れるんじゃない」
「へぇ。僕を鍵にしてこいつを起動するつもりだったのにか?」
 これの壊し方は知っている。僕の記憶に刻まれていた。あの人のおかげで今は自由に触れることができ、言葉で出力することができる。
 宝玉に刻まれた回路にエーテルを流し込む。
 すると透明だったオーブの中に、霧のようなものが渦巻き始めた。
 ああ、今ならわかる。ここにはクォルニすべてのエーテルが保存されている。何百年もの時間をかけて生者と死者、両方から取り込んだエーテルが渦巻いているのだ。
 人工的な巨大雪崩からは助からぬと判断した雲長は、すべての魂をこの宝玉に封じた。おそらくは、僕がクラウドオーブを用いて一族を復活させるために。
 僕は記憶通りに正しく操作して、魔術的二重施錠を解除した。
「今からでも遅くない……頼む、私に力を貸してくれ」
「朽ちよ」
 宝玉は僕の命令を認証した。
 クラウドオーブは砂上のエーテルに分解されていく。
 まるで紐が解けるように、霧の粒は空気中に飛び散っていく。
 数百年の知識が。
 無垢なる子に受け継がれるすべての知識が。
 エーテルが。
 クォルニ族の魂が。
 部屋中に散っていく。
 そして光の粒は部屋中の隙間をすり抜けて、どこかへ落ちていく。
 すべてが大地に還っていくのだ。
「終わったぞ」
「なんて、なんてことを……これでは……誰も蘇らない……私の仲間が……ジュリエッタが……ジョンが……」
 ベイリーの顔に張り付いているのは怒りと悲しみ、そして絶望だった。
 そして僕は、彼の目に怒りが満ちる瞬間を見た。
「あああああああああぁぁぁぁぁッ! お前のせいだああぁぁぁッ!」
 右腕がちぎれるのも構わずに、彼は僕に食らいつこうとした。
 怒りに任せた動きには無駄が多い。僕が彼の攻撃を躱すのは難しいことではなかった。
 僕が離れたことで彼は自由を得たが、僕は壁に掛けられた刺剣を手にとっていた。
 幾多もの戦場を乗り越えたのだろう。
 細かな傷が沢山ついた刀身には『ジュリエッタ』の名が刻まれていた。
「貴様は、貴様は一体『何』なのだ!」
 ベイリーは猛り狂って僕に問うた。
 その瞳にはアウラ・ゼラが映っている。
「僕はロクロ・ウタゲヤ。これは『僕』の報復だ」
 言葉と同時に刺剣はベイリーの額を貫いた。
 ――それから一時間足らず。
 僕は砂浜を歩いていた。
 背後でガレオン船の火薬庫が爆発した。甲板は砕け、空中に木片がばらまかれる。船体は真っ二つに割れ、海に沈んだ。
 船内の人間も一人残らず死んだ。
 砂浜を大きな炎が照らしだした。僕の影が大きく伸びて揺れる。
 野営地にいた傭兵も今しがた殺し終えた。
 最後の陸戦隊はこの日をもって壊滅。
 報復は完了した。
 僕という『闘争代理人』はこれからも続いていく。
 最初の願い通りに。


Origin Episode:Rokuro Utageya
"The Ghost in the Machine"...end

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