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露宇戦争について(後編)

 露宇戦争について、2週にわたってご紹介しています。前回は露宇戦争に関するロシアとウクライナにおける言語、宗教、文化などの違い、歴史観の対立と露宇戦争に対するメディアの反応に関する考察をnoteにまとめました。(※1)今回は露宇戦争について、西側諸国の価値観である自由と民主主義の観点から考察して参ります。

自由と民主主義を根付かせることの苦しみ

 今回の露宇戦争は自由と民主主義を防御するか否かの戦争とされている。ただ、ロシアは西側諸国の価値観である自由と民主主義に対して、ソ連崩壊当初は全面的に否定的な態度を取り続けていたわけではない。ロシアはエリツィンの時代には少なくとも建前上はソ連とは違う政治も試みており、チェチェン紛争に見られるようなロシアの大国主義的な態度をとる一方で、G7に参加するなど西側諸国との妥協の道を模索していた。しかし、プーチン政権誕生後とりわけ独裁的色彩が強くなった後、プーチンは大国ロシアへの郷愁に訴える傾向をエリツィン政権時代よりも強くすることで、権力基盤を強化していった。

 ウクライナは親西側路線か親露路線かを巡る対立が激しく、時に路線対立から政変により政権が転覆するなど政情が不安定な状況が続いてきた。また、ロシアはもちろん、ウクライナも財閥による政治との癒着による腐敗の度合いは大きい国である。ソ連崩壊後、ソ連という抑圧的体制にあった国々がソ連に代わる西側諸国の理念である自由と民主主義に基づく国を目指そうとしても、上手くいかず苦しんでいる事実がそこにはある。

 自由と民主主義の理念に基づく政治を行おうとしても上手く機能せず、国の混乱を招いた例はロシア、ウクライナに限ったことではない。民族、宗教などの対立が激しい国、政情が不安定で利害調整について最終手段として潜在的に武力を背景にすることを黙認する体質のある国、貧富の格差が激しく、資源、経済成長の恩恵が特定層に集中する構造となっている国、植民地支配における非民主的な構造を克服できなかった国などがこれに該当する。これらの国では、建国時においてリーダーシップ、調整能力、見識、現状分析能力などに卓越した才能を持った政治家によって国の根幹を確立することで国を安定させられない限り、(※2)独裁的な手法によって国を治めるか、あるいは政情不安定で社会が無秩序になり、最悪内乱状態になるという民衆にとって最悪の状況に陥る。

 今でこそ自由と民主主義に基づく政治の普遍性を強調する西側諸国でも、過去の歴史において自由と民主主義を定着させるまでに血が流れ、混乱の時代を経験したことも事実だ。アメリカは人種差別が建国当初から強く、南北戦争という内戦を経験したほか、黒人に公民権がきちんと確立していなかった歴史がある。ヨーロッパもドイツはワイマール共和国建国以後にヒトラーによるファシズムを経験し、フランスも革命、王政復古、帝政と革命理念による政治とその反動による混乱を繰り返した歴史を持つ。(※3)

 これらの事実は自由と民主主義の理念を社会に根付かせるまでにいかに多くの苦しみを経験したかということの表れだが、私たちはこうした事実を無視して一方的に西側のシステムが確立していない国を批判しがちである。私自身も炯々に自由と民主主義を多用する傾向があるが、これらの事実は私自身の「軽さ」を知らしめるものでもある。

 また、日本国内における海外での人権問題を強調する人には、国内の人権問題について他人事のように感じているのではないかとの指摘がある。(※4)私たちの社会自体がそもそも自由と民主主義の理念において理想の状況と言えるのかという内省がなければ、いくら他国の社会の人権侵害を主張をしても説得力がないだろう。

戦災に苦しむ国は多い

 私は、今回の露宇戦争はまだ不明瞭な点が多く、当事者ではなく現地の実態が詳細にわからない以上炯々には論じられない、と考える。露宇戦争でウクライナの民衆に日本の一庶民ができることと言えば、「国境なき医師団」など国際的な人道支援組織による人道支援事業への寄付を通して間接的に戦争の惨禍にあえぐ市井の人々への援助をすることくらいだろう。ただし、普段から世界の紛争を憂い人道的な組織に定期的に寄付を行うことを心がけている人、職務などの形で人道的組織に携わっている人などは別として、報道に刺激されて寄付をした行為は本来的な意味での人道とは異なる申し訳程度のものでしかない。

 加えて、露宇戦争ばかりに目がいきがちだが、中東・アフリカのシリア、イエメン、南スーダンなどといった国では長期に渡って内戦が続いている。(※5)アジアでもミャンマーの軍政による民衆の弾圧は続いており、ミャンマーのサッカー選手が日本に亡命をしたのはつい最近のことである。(※6)ミャンマーではウクライナ難民を受け入れても圧政に苦しむミャンマーの民衆を受け入れないことに失望の声があるとの指摘がある。(※7)本気で世界から戦争や圧政をなくそう、また戦争や圧政に苦しむ人々を救いたいというのであれば、こうした国々の存在を常に念頭に置いて人道的支援に対し、自分が何ができるかということを考え、行動に移すことが求められるのではないか。

西側諸国の思惑に振り回された南ベトナム

 前述した通り、西側諸国に住む私たちは自身が経験してきた自由と民主主義が定着するまでの苦しみを忘れ、自身と異なる価値観の国をなぜ自由と民主主義に基づく政治ができないのかと一方的に批判をしがちだ。その結果、その一方的な西側諸国の価値観に振り回された悲劇の国がある。南ベトナム(ベトナム共和国)である。

 ほとんどの西側諸国の記者が自陣営が属する西側諸国の自由と民主主義の価値観に基づき南ベトナムを評価した中で、その問題点を指摘していた記者がいた。1971年から1974年までサイゴン(現ホーチミン)支局長としてベトナムに赴任、現地のベトナム人と再婚の後、27年前の今日、1975年4月30日のサイゴン陥落の際に現地でその状況を見ていた産経新聞記者の近藤紘一である。次回は近藤紘一のベトナム報道などを踏まえ、今回の露宇戦争も含めた戦争報道について私たちがどう向かい合うべきかを考えて参りたい。

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(※1)

(※2) 新生南アフリカ共和国の初代大統領ネルソン・マンデラはその数少ない例外的な存在であろう。アパルトヘイト体制下の白人層との和解を果し、ズールー族との対立による内戦の危機を回避し、人種を超えて自由と民主主義の理念に基づく議会政治を新生南アフリカに根付かせたという点では非常に卓越した政治家であったと言える。

(※3) イギリスは議会主義に基づく政治という意味では比較的安定をした歴史を持つ国ではある。但し、清教徒革命、名誉革命を経験するなどすべてがスムーズであったわけではない。
 普通選挙権は20世紀に入ってから導入されたものであるし、貴族などの特権層中心の上院に対する庶民層中心の下院の優越も20世紀に入ってから確立したものである。
 そこからしても私たちが通常考える自由と民主主義がすぐに確立することの難しさを感じさせられる。

(※4) 元毎日新聞の記者・バンコク特派員を歴任したジャーナリストの永井浩、元共同通信記者でジャーナリストの浅野健一は以下のように指摘する。

永井 (略)日本で人権民主化を言う人たちのなかで、気にかかるのは、やはり日本国内の人権民主化の問題がすっぽぬけちゃってるわけです。ビルマの人権民主化を考えるということはね、やっぱり自分たちの人権民主化のことを同時に考えるということでしょう。
浅野 むしろそれが先でしょう。私もまさにそれを言おうと思っていたんです。日本における人権と民主化のあり方とか、全然議論しませんよね。選挙におれは行かないとかね、平気で言いますよ。それで一生懸命東ティモールの人権とか言っている人が結構います。住民運動にも多いですよね、そういう人。ぼくも東南アジアを取材しているときによく言われましたけど、日本人は何をすべきかと言ったら、日本の民主化をしてほしい。アウンサンスーチーさんもそういっていましたしね。
 日本を民主化すればアジアは救われるんですと。日本がいまのままだったらアジアの人権は破壊される。だからわざわざインドネシアまで行かなくていいから、そういうお金があるんだったら、日本の職場や地域で民主化運動をやってほしい。
           浅野健一「犯罪報道とメディアの良心」P391~P392

(※5) 高岡豊はイエメン紛争がほとんど顧みられない状況を「かわいそうでない」イエメン人と表現している。

(※6) 「ミャンマー人選手亡命の全舞台裏【報道特集】」暴力的な映像ということで年齢制限が欠けられているが、むしろ青少年にこそ見てほしい動画だと考える。

(※7)

 また、日本国内においては在日ミャンマー人留学生が就職あっせんに際し、面接指導の名目で求職者に紹介料を請求する違法行為をしている人材派遣会社があるという。外国人差別であると同時にミャンマーの軍事政権に不安を感じるミャンマー人留学生の弱みに付け込むという意味でも悪質である。


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