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日々の雑感④-「引きこもり」は本人の甘えか-


引きこもり当事者に対する差別・偏見

 「引きこもり」という言葉の中にある世間のイメージは、親や家族の犠牲によって、働きもせず、好き勝手に生きている人たちというものである。また、引きこもり当事者の家族が将来を心配しあるいは家庭が崩壊することを指摘ないし、それを態度が出たことを察すると、家族に向かって横暴な態度を取ったり、暴れるという傍若無人な存在というのが実際の私たちの中にある「引きこもり」観であろう。

 実際には以上の見解は、一面的な物の見方でしかない。引きこもり当事者自身は周囲からの批判、自責の念によって大きなストレスとなり、対人恐怖、自己臭、醜形恐怖、被害妄想、強迫症状が出てくるという。(※1)引きこもり当事者は、好き勝手に生きているような安穏とした心理ではないことを理解しないといけないだろう。

押し出し屋を容認した世論

 私たちはそんな彼らの状況を理解できなかった。それゆえ、自立支援と称し、家族が同意しているとして引きこもりの当事者を物理的に家から追い出し、施設に隔離をする「押し出し屋」と呼ばれる業者を黙認した。また、長田塾、ワンステップスクールといった「押し出し屋」はテレビに出演し、自身の「業績」を強調し、いかに引きこもり当事者を社会復帰させてきたかを強調し続けていた。(※2)テレビメディアの側も、引きこもり当事者の家族の不安につけ込む形で行動する「押し出し屋」を映像として活用できるとして、映像化し続けた。

 そんな状況に対し、引きこもり当事者は「押し出し屋」への訴訟を起こすこととなる。2020年に前述したワンステップスクールを相手に、ワンステップスクールに収容された7人が集団訴訟を起こしている。(※3)ワンステップスクールの関係者は当事者の意に反する引き出し行為はしていないとしているが(※4)、訴訟を起こした当事者の主張は生々しいものがある。

 男性は、自宅に急に押し入ってきたセンターのスタッフに、かかりつけの精神科医に頼まれていると言われ、措置入院かと思ってしまったという。その際、着替えることも風呂に入ることも認められなかった。
 この連れ出し時の恐怖が心身に染み付いているという。
 「私の場合、センターを脱した後でひきこもった状態。今も夜中にセンターの人が入ってきて、『ほらいくぞ』と連れて行かれる夢を見る。一度こうした夢を見てしまうと、仕事が手につかず、働けなくなる」(原告代表の男性)
 連れ去り時には、「知らない間に自分の人生が決まっていく恐怖・パニック」もあったが、それ以上に恐怖だったのは、脱走後だったという。
 「戻ってきたら、一人暮らししていた自宅も、携帯電話もすべてが解約されていた。家にあったものがどこに行ったのかも、友達の連絡先もわからない状況になって、頼れる先が誰もいなくなった。あのときの恐怖は、私が今まで感じた最も大きな恐怖だ」(原告代表の男性)

ひきこもり支援うたう「引き出し屋」元生徒7人が集団提訴 「働いていても連れ去られる」

また、神奈川県中井町にあるワンステップスクールの状況については次のような記事もある。

 中井町議の加藤久美さん(52)が、最初にワンステのことを知ったのは、2016年の秋頃に、知り合いの警察官からこう相談されたことがきっかけだった。
 「最近やってきたあそこの施設のこと、知ってる? 『助けて』と交番に逃げ込んでいる人たちがいる。これが何件も続いている。何かおかしい」
 ワンステは当時、千葉県市原市から中井町に引っ越してきたばかりだった。
 相談を受けた加藤さんは、名刺を持ってワンステ湘南校を訪れ、「町の議員だが、話を聞かせてほしい」と言って中に入った。
 スタッフの案内で見た施設の内部は、異様だった。監視カメラだらけという物々しさで、玄関の側の部屋には、監視モニターが何台も並んでいた。大きな部屋では、見た目は子どもから40代くらいの大人たちが30人ほどいて、無言で公文をやっていた。
 個々の部屋も見せてもらえた。狭く仕切られた薄暗い部屋は、「無低」と呼ばれる無料低額宿泊所(筆者注:生活保護を受給する生活困難者向けに提供される居住施設)(原文ママ)よりは少し広いものの、どこか彷彿とさせるものだった。

「問われる引き出し屋の自立支援(1) 脱走者が「捕獲」される町で」 加藤順子

以上の状況からすると、ワンステップスクールが引きこもり当事者の立場に立ったものであったのかを疑わざるを得ない。

相手の立場を理解すること

 遠藤周作には、子どもの頃働かないで遠藤の家に居候として過ごしていた叔父がいたという。彼は真昼間まで寝ていて、起きたら縁側でアクビをしながらぶらりとしていたため、遠藤の両親から叱られていた。ただ、叱られても彼は微笑をするだけだったという。そんな彼の心理を遠藤は次のように評する。

 居候の寂しい微笑には二つの理由がある。第一に彼は居候であるから、自分が何かを言う場合にも自分は居候であると思いつつ微笑しながら言わざるをえない。(略)
 第二に居候はいつも心ない連中に馬鹿にされるか、軽蔑されている。彼はしかしその時には自分のほうだって言いたいことが山ほどあるのである。(略)(筆者追加:しかし居候は)相手に何を言ったって、自分の心情はどうせわかってもらえないと言う諦めが心の底に流れている。
 (略)彼は言葉ではとても言いあらわせない自分の悲哀を微笑で表現すると共に、また相手を拒絶し傷つけないためにも微笑する。

遠藤周作「狐狸庵閑話」 「居候について」文芸春秋  P46

 遠藤は居候と表現しているが、引きこもり当事者が抱いているだろう自分の苦しい立場はわかってもらえないという想いは共通するものがあったのではないだろうか。そうした引きこもり当事者の心情、立場を私たちは理解しようとせず、ただ引きこもり当事者の家族の負担にのみに「同情」をしていたことが、押し出し屋の跋扈につながっていったことも忘れてはならないだろう。

 衆議院は、先の国会で引き出し屋(押し出し屋)の被害防止と、引きこもり当事者と家族に対する生活困窮者自立相談支援事業、ひきこもり地域支援センターの周知、アウトリーチの強化を謳った決議を謳った「生活困窮者自立支援法等の一部を改正する法律案に対する附帯決議」(第213回国会閣法第9号 附帯決議)」を採択した。(※5)引きこもり当事者およびその家族に対する、「押し出し屋」の被害の存在を国会が否定したことの意義は大きい。「押し出し屋」による暴力、人権侵害を許さない社会を築く努力が私たちの側にも当然に求められる。

私、宴は終わったがは、皆様の叱咤激励なくしてコラム・エッセーはないと考えています。どうかよろしくご支援のほどお願い申し上げます。

脚注

(※1) ひきこもりとは何か。ひきこもりの定義とその特殊性 | メディカルノート  斎藤環 (medicalnote.jp)

(※2) テレ朝「TVタックル」を精神科医らが批判、暴力的手法で「ひきこもり当事者」を連れ出す映像を放送 - 弁護士ドットコム (bengo4.com)

ひきこもり報道におけるメディアの問題点とは/池上正樹×斎藤環×荻上チキ - SYNODOS

 なお、長田塾およびワンステップスクール関係者がテレビ出演をしているということを強調しているリンクもあるが、筆者は、彼らの宣伝効果になることを否定する立場からあえて掲載はしないこととした。

(※3) ひきこもり支援うたう「引き出し屋」元生徒7人が集団提訴 「働いていても連れ去られる」 - 弁護士ドットコム (bengo4.com)

(※4) 問われる引き出し屋の自立支援(2) 心までも搾取されていく(加藤順子) - エキスパート - Yahoo!ニュース

(※5) 第213回国会閣法第9号 附帯決議「生活困窮者自立支援法等の一部を改正する法律案に対する附帯決議」 


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