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露宇戦争について(前編)

 露宇戦争について、今週、来週と2週にわたってご紹介して参ります。今週は露宇戦争を巡る意見の対立、露宇戦争の背景にあるウクライナ内部での言語、宗教、文化の違い、キエフ・ルーシ(「キエフ大公国」のこと。以下「キエフ・ルーシ」)の解釈を巡る露宇間の対立およびそれにまつわるウクライナのアイデンティティに関する問題、露宇戦争に対するメディアの反応について考察します。

露宇戦争を巡る意見の対立

 (安全なところからなら自由に己れの「正義」を主張できる)今から2ヵ月前の2月24日に始まった露宇戦争に関するメディアに出てくる「識者」やSNS住民の声にそんなことを感じた。ある者はロシアの侵略、残虐行為を許すな、断固たる態度をと言う。また別の者はいかなる理由であれ戦争は許されない、両国の民衆は戦争を終結すべく武器を捨て戦争の原因となる国家の指導者を打倒するべく団結して平和を勝ち取ろうと言う。そして他の者はウクライナ情勢を巡りロシア脅威論を主張し、日本の「国益」を考えた外交、防衛政策を確立せよと言う。

 しかし、私は露宇戦争当事国の国民ではない以上、己れの「正義」を熱く語る気にはなれない。ロシアとウクライナの対立の背景にはウクライナ内部における言語、宗教、文化の違い、キエフ・ルーシを巡る露宇間の歴史観の違いを巡る対立、ウクライナ東部、クリミア半島などの領土について露宇間の確執があり、そうしたことを肌身で理解している者と表面的にしか理解できない者とでは大きな違いがある。私がどちらのタイプかというと明らかに後者だ。後者の立場にある者が露宇戦争について論じても、当事者からすれば所詮他人事だから何も事の次第を理解していないと感じるだけだと考える。その意味で露宇戦争を巡る今週、来週のnote記事は、勉強不足の私が露宇戦争を巡る背景について勉強をさせていただくというスタンスで臨んでいることを申し上げたい。

ウクライナを巡る言語・宗教・歴史観の対立

 ウクライナ語話者、ロシア語話者の違いはウクライナの西部、東部において顕著に表れる傾向にある。背景としてはソ連構成国として建国された当時のウクライナ・ソビエト社会主義共和国(以下「ウクライナ・ソビエト」)の領土と現在のウクライナ共和国の領土範囲が異なることがある。

 リヴィウを中心としたウクライナ西部のガリツィア地方がウクライナ・ソビエトに編入したのは1939年のモロトフ・リッベントロップ秘密協定に基づくものである。それ以前は、戦間期はポーランド、ルーマニア、チェコスロバキア領、第一次大戦以前はオーストリア・ハンガリー帝国領であり、帝国ロシアの時代においてもロシア領であったことはない。これらの地域はポーランド、オーストリアなどの社会、文化の影響を強く受けており、ロシアとの親近性は弱い。宗教についてもリヴィウ州ではウクライナの主流であるウクライナ正教会よりもウクライナ東方カトリック教会の信者の方が多く一定程度の勢力を保っている。これに対し、ウクライナ東部はドンバス地方を中心にソ連時代に出稼ぎ労働で多くのロシア人が流入しており、ロシア語話者やロシア系住民の比率が他の地方に比べて高い。(※1)両地域ともウクライナのアイデンティティがあるとは言っても、対ロシアへの姿勢についての差が異なることをうかがい知ることができる。

 キエフ・ルーシを巡る解釈についてもロシア、ウクライナでは異なる。ロシアの解釈では、キエフ・ルーシはロシア、ウクライナ、ベラルーシの共通のルーツとした上で、モスクワ大公国がキエフ・ルーシの後継国であり、ロシアはその流れに基づいているとしている。これに対しウクライナの解釈ではウクライナナショナリストを中心に、モスクワ大公国はキエフ・ルーシの一地方政権であって後継国ではなく、キエフ・ルーシの後継はコサックの国であるヘーチマン国家であり、ウクライナはヘーチマン国家の流れに基づいているとしている。(※2)キエフ・ルーシを巡る歴史観の違いはウクライナの歴史的正統性という観点からのウクライナアイデンティティとも関わってくることは言うまでもない。

 さらに、ウクライナを地政学的な見地から西側諸国が主導権を握るかそれともロシアが主導権を握るかという利害対立などが複雑に絡み合っている。ウクライナ自体がウクライナ民衆の意思というよりも大国に翻弄される中でどちらを選ぶか、あるいはどうバランスをとるかという形でしか選択の余地がないところに本当の意味でのウクライナの悲劇があるのかもしれない。

メディアにとっての露宇戦争

 メディア、とりわけ映像メディアは、露宇戦争の背景や根本的要因を探ることや、戦争を終結させるための専門家の見解、提言よりも露宇戦争での戦況やロシア兵の蛮行を強調する放送を流している。ただ、ロシア兵の蛮行を中心とした放送になるのはウクライナ民衆に対する人権侵害への抗議や戦争の終結による平和を希求するというよりは、日本が露宇戦争での戦況に巻き込まれる可能性が低いという前提の下、露宇戦争の戦況を流すことが視聴者の支持を得やすいという判断があるからだろう。また、今回ウクライナを侵略したロシアは西側諸国にとって潜在的な仮想敵であり、忖度なり余計な気遣いをすることや横やりが入ることもないため、メディアは露宇戦争は購買、視聴率を稼ぐ意味では好材料という残酷な事実もある。(※3)

 CNN、AFPはウクライナ兵が捕虜のロシア兵を裁判なしに処刑や銃撃を行ったと報じた。(※4)これらが事実であれば、ウクライナは国際法に違反する行為をしたことになる。侵略されたウクライナの側が追い込まれているという状況、ロシア兵の蛮行に対する報復という要素が強いことを考慮しても、国際法に反する行為は正当化されるべきではない。ウクライナが西側の価値観である自由と民主主義を護るためにロシアの侵略に抵抗をするというのであれば、ロシアの国際法違反を批判するだけに留まるのではなく、ウクライナも国際法を遵守すべく、ウクライナ兵の国際法に反する行為があるか否かについて積極的に調査するとともに、再発防止を徹底するための方策を内外に示すべきだ。

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 次回、後編では西側諸国の価値観である自由と民主主義は何かという観点から今回の露宇戦争について考察をして参ります。

皆が集まっているイラスト1

私、宴は終わったがは、皆様の叱咤激励なくしてコラム・エッセーはないと考えています。どうかよろしくご支援のほどお願い申し上げます。

(※1) 社会実情データ図録「ウクライナの地域別人口・民族・産業・所得水準」

社会実情データ図録

(※2)

(※3) 相次ぐ露宇戦争報道に影響されて反ロシアの行動に出る人、組織があるが、太平洋戦争中のアメリカにおける日系人強制収容所のことをどう考えているのだろうかと思わずにはいられない。

 なお、ウクライナにおけるロシア人の状況について以下の報道があるが、私はロシア人が政治的な意見を表明するか否かは彼ら個々人が決めることだと考えている。自身の親族や関係者が当局から弾圧される可能性を考慮し、意見を差し控えたいという立場を尊重するべきという立場からである。

(※4)  CNNニュース2022.04.08 Fri posted at 10:12 JST

AFP 2022年4月1日 22:25





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