『忍者と極道』と暴力政治

 現代を生きる忍者と極道の偉大ぇ(パネェ)殺し合い漫画『忍者と極道』を読んでいますか?
 単行本派の私は最新刊の2巻がどこも売れ切れていて、難渋しています。講談社さん、"増刷"、即攻(ソッコー)でお願(ナ)シャス!!


 裏社会(ウラ)で悪事(わるさ)かますと、忍者が来襲(く)る!

 これは極道界に伝わる真実(マジ)のお伽噺です。『忍者と極道』の世界では、暴力によって他者を支配する極道が、さらに圧倒的な暴力を振るう忍者を怖れています。ひとたび忍者が襲撃(カチコミ)をかければ極道の生首が百や二百は飛ぶ『忍者と極道』の世界では、「対話による解決」などという方策はあり得ません。殺るか殺られるか、それが全てです。
 暴力によって暴力を制する。一見非民主的で粗暴なやり口ですが、同じ考え方が日本の民主政治の根幹で機能していた時代がありました。

 エイコ・マルコ・シナワ『悪党・ヤクザ・ナショナリスト』は、日本の議会政治の誕生から政党政治、戦後の右翼との癒着にいたるまでの歴史で、暴力専門家がいかに活躍したかを紹介しています。暴力専門家とは、「政治の世界で物理的強制力を振るうことで身をたてた非国家的主体」と定義され、時代によって志士、博徒、壮士、院外団、大陸浪人、暴力団と様々に姿を変えましたが、つまりはヤクザ、極道です。

 例えば、明治憲法が制定され、初めて国会が開かれたとき、自由党などの政党に所属する多くの議員は、壮士と呼ばれるボディーガードを引き連れていました。国会はいつ政敵に襲撃(カチコミ)を受けるか分からない危(や)ばい場所だったからです。

「そのころの政治社会では、暴行することが一種の流行となって、議院内でも暴漢に襲われることが珍しくなく、包帯姿で当院する議員も、可なり多かった。犬養君も何時であったか、頭部に傷を受け、島田三郎君のごとき、二三度襲撃を受け、その都度負傷した。高田早苗君は、背後から斬られて、殆ど肺に達するほどの重傷を受けた。もうすこしで即死するところであったが、幸に身体が肥っていたので、一命は助かった。その他、河島醇君・植木枝盛君・井上角五郎君など、相手はそれぞれ異うが、何れも襲撃されて、しばしば包帯をしていた。また末松謙澄君の議席に、傍聴席から馬糞を投げたり、議員同志議場で殴り合をしたり、なかなか不穏であった。
(尾崎行雄『咢堂自伝』)

 なぜこんなことになったかというと、まだまだ政治家の数が少なく、選挙権も極少数の人間に限られていたからです。議論を重ねて説得したり、金を配って投票してもらうよりも、政敵を半殺(シメ)て再起不能にしたり、選挙民を脅して自分に投票させた方が効率がいい。一票の価値が重い分、不特定多数よりも一人一人を大切にしよう、ブッ殺そうという発想になりがちでした。

 二大政党制が成立すると壮士たちはそれぞれの党に雇われて院外団を結成します。院外団の稼業(シノギ)は乱闘を起こして演説を妨害することです。腕力は議員に求められる資質の一つになり、新聞は「代議士武勇列伝」を連載して実力(ジツリキ)ある議員を讃えました。

 極道上がりのある議員は自らを幡随院長兵衛になぞらえています。幡随院長兵衛。そう、始祖の極道にして初めて忍者と戦った伝説の大任侠ですね。長兵衛と十郎左衛門……尊いのう。漢(オトコ)の絆に泣けるでェ!! こうして暴力専門家たちの存在は日本の政治文化に組み込まれていきました。

 暴力で暴力を制するという発想の行き着く先はテロリズムです。国のトップが暴力を政治利用している以上、それへの反動もまた暴力を伴います。一九二一年、東京駅頭で政友会党首の首相原敬が暗殺されました。政友会は二大政党の一つで、院外団に大量の壮士を動員できる大組織です。その首相(オヤジ)が殺(と)られた……。壮士たちはこう震え上がったかもしれません
「裏社会(ウラ)で悪事(わるさ)かますと、忍者が来襲(く)る!」

 三〇年代に入るとテロリズムはさらにエスカレートしていき、暴力で政治を変えようという流れは五・一五事件、二・二六事件にまでつながります。そしてその先の歴史はよく知られたとおりです。戦争と敗戦、米軍(ヤンキー)と組んだ極道による忍者の大量虐殺、極道時代が幕を開け、戦後闇市、高度経済成長、地上げで隆盛! おお栄光、栄華! 極道黄金の刻(とき)!! そして現代、蘇った忍者と極道による何方(どちら)が生存(いき)るか死滅(くたば)るかの死闘が続いているのです。

 ああ、私も早く闘いの続きを読みたくなって参りました。コミックDAYSで読める最新話では、帝都高(テトコー)を舞台(ステージ)に繰り広げられる忍者と暴走族の闘いがクライマックスを迎えているようです。連載派の皆さんは、暴走族神(ゾクガミ)との闘いの決着をしかと見届けてくださいませ。連綿と続くこの国の暴力の歴史の最先端を走る漫画が『忍者と極道』なのです。


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