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兎がほざく🐇その371

先日ある方に、悲しみの果てにはなぜか長調のモーツァルトの作るような音楽が流れていると思う、と書きました。

ぼくはなぜ長調と思ったのか今考えています。

明るく愉快なものは思い通りにならない現実があって初めてそうあるのでしょう。

全て受け入れた微笑みのように。

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