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【CAST@NET vol. 003】ウメから覗く科学の世界

こんにちは!
私たち東大CASTは、「科学の面白さを、多くの人に伝えたい。」をモットーに、実験教室やサイエンスショーなどのイベントを実施している東京大学の学生サークルです。
この科学コラムでは身の回りの不思議から数学まで、科学にまつわる幅広いテーマを楽しんでもらえるように書いています。
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今回は「ウメ」についてのお話です。


皆さんは、夏にウメを食べると良いといったことを聞いたことはないでしょうか。ウメはクエン酸を多く含んでいることから、夏バテや疲労対策としても良いようです。

なんで梅干しって赤いの?

まずは梅干しの色についてお話ししていきましょう。みなさんは、ウメと聞くとおそらく梅干しの鮮やかな赤色を連想するのではないでしょうか。しかし、梅干しになる前の未熟なウメは緑色であったり、熟したウメは黄色です。では、どうして梅干しは赤色になるのでしょうか。

未熟なウメ(緑)
完熟したウメ(少し赤い部分もありますが梅干しより鮮やかですよね)

秘密はアントシアニン!?

梅干しが赤くなる理由、それは、梅干しをつける際に「赤しそ」を使うからなのです。

赤しそ

赤しそを使ったら赤になるのは当然だと思う方もいるでしょう。ただ、赤しその色を見ていただければ分かるように、赤しそは赤というよりは紫色をしていて、梅干しのような濃い赤色に染めることができるようには見えません。紫色の赤しそでウメが赤く染まるのには、赤しそに含まれる「アントシアニン」と呼ばれる物質が関係しているのです。

アントシアニンは主に植物の持つ色のもとで、pH(酸性やアルカリ性の度合い)によって色が変わるという特徴を持っています。小学生や中学生の時に紫キャベツ液が酸性やアルカリ性の溶液に入れると色が変わるという実験をした方も多いかもしれませんが、アントシアニンは酸性では赤、中性では紫、アルカリ性では青のような色になるのです。赤しそは紫に近い色をしていることから、中性に近いことが予想されますが、ウメはクエン酸やリンゴ酸といった多くの酸性の物質を多く含んでいます。これにより、梅干しが酸性となっているため、アントシアニンが赤色になり、梅干しのあの色が作られていたのです。また、赤しそを使わない、赤くない梅干しも存在しており、白干しなどと呼ばれています。

重曹に付けることでアルカリ性にした梅干し(アルカリ性の部分(中心部)が緑になっている)

生梅ってなんで食べられないの?

さて、梅干しのように、加工をしたウメを食べることはできますが、未熟なウメの果実は食べることができません。なぜ未熟なウメは食べることができないのでしょうか?
実は、未熟なウメには「アミグダリン」や「プルナシン」といったが含まれているのです。これらは、ウメやサクランボ、リンゴやビワなどを含む多くのバラ科の植物が果実や種子に持っている毒で、バラ科ではないタピオカの原料であるキャッサバにも多く含まれています。この毒は加工することで大部分を分解することができるため、タピオカや梅干しは食べることができているのですが、未熟なウメなどはこの毒によって食べることができないのです。

アミグダリンの作用機序

ここからは、アミグダリンの作用機序(どのように体の中で働いて毒になるのか)について簡単に解説していきましょう。アミグダリンは青酸配糖体というもので、青酸と糖などがくっつくことでできています。青酸と聞いてピンッときた方もいらっしゃるかもしれませんが、アミグダリンは分解されると、あの「青酸カリ」と同じように青酸(シアン化水素)を生じてしまいます。

アミグダリンが分解され青酸ができる過程
(https://www.maff.go.jp/j/syouan/seisaku/foodpoisoning/naturaltoxin/loquat_kernels.htmlより引用)

生じた青酸は、細胞の中にあるミトコンドリアと呼ばれる器官の「シトクロムc酸化酵素」が持つ鉄と結合してしまい、シトクロムc酸化酵素を使えなくしてしまうのです。ミトコンドリアでは、「細胞内呼吸」と呼ばれる、生きるのに必要なエネルギーを作る活動が行われており、シトクロムc酸化酵素はこの中でも「呼吸鎖」と呼ばれるものに関わっています。シトクロムc酸化酵素はは、シトクロムcという物質を呼吸で取り込んだ酸素で酸化させる役割を持っています。しかし、青酸によって、シトクロムc酸化酵素が使えなくなってしまうことで、呼吸鎖が機能不全に陥ってしまい、エネルギーを作ることができなくなってしまうのです。このようにして毒としてはたらくということです。
ただ、毒性に関してはとても弱く、有名なフグ毒であるテトロドトキシンではLD50(投与した時にその半数が死んでしまう量)マウスが経口で体重1kgあたり332μg(1μgは1gの100万分の1)となっていますが、アミグダリンの場合はラットが経口で体重1kgあたり405mgとなっています。このように見ると、そこまで毒性は強くなく、ウメであれば、人の致死量は100~300個ほどです。もっともそんなに食べることはないでしょうが…

呼吸鎖の模式図(シトクロムc酸化酵素はⅣの部分)

また、アミグダリンは一時期ビタミンB17と呼ばれ、癌などに効果的だとの説が唱えられていましたが、現在は否定されており、青酸中毒を引き起こすことから摂取は推奨されていません。さらに、ビワの種に関しては比較的アミグダリン含有量が多いことから、その粉末などが含まれる食品について食べることに注意喚起がなされています。

アミグダリンを持っているワケは?

では、なぜウメやバラ科の植物たちは果実や種子にアミグダリンを持っているのでしょうか。ここからは私の推測となってしまいますが、ウメなどがアミグダリンを持つ理由について考えていきましょう。

そもそも、ウメなどの植物は種子が果実と共に動物に食べられ、遠くで糞として排泄されることによって種子を広い範囲に散布しています。これは、広い範囲に種子が広がることで、栄養の取り合いや、絶滅のリスクを減少させることができるためです。しかし、ウメのように果実や種子に毒があっては動物に食べられにくくなってしまい、生息地を広げるのに不利なのではないでしょうか。
ここで、鍵となるのはバラ科の植物の未熟な果実にはアミグダリンを含んでいるにもかかわらず、熟すに従ってアミグダリンの含有量が下がっていくという事実です(種子に含まれるアミグダリン量は成長と共に増加します)。これにより、種子が未熟なうちは果実もアミグダリンを含んでいることで動物による捕食を逃れ、種子が熟した後は果実のアミグダリンが分解されることで、動物に捕食されるようになり、種子を発芽可能な状態で散布できるという面で有利となるのではないでしょうか。このように、本来食べてもらうための果実に毒を持っているといった、不思議な現象の意味を自分なりに色々と考えてみるのも面白いですね。

今回は、ウメに関して、梅干しの色とウメに含まれる毒「アミグダリン」についてのお話でした。ウメを食べる際にはぜひ、ウメや、他の植物の行っている生きる工夫について思いをはせてみるのはいかがでしょうか。

今回もお読みいただきありがとうございました。
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