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『コトバの解説Webページ』には気を付けようという話……『"隧道"が"トンネル"に変わった年』は存在するか

トンネルと隧道(ずいどう)の呼称については、呼び方に違いはありますが、同じ意味であり、違いはありません。

国土交通省「質問 トンネルと隧道(ずいどう)の違いを教えてください」より引用
(2022/5/20確認)
https://www.mlit.go.jp/road/soudan/soudan_01a_04.html

 国土交通省がこう言う通り、"隧道"というのは、"トンネル"の日本語表記だ。両者は単に日本語と英語という関係性であり、同じ意味の言葉として使うことができる(ただし、最近では素掘りや煉瓦・石材といった材質を擁する古いトンネルを現代的なコンクリートトンネルと区別する意味で"隧道"という呼称を用いる向きもある)

 さて、上記の引用元Webページで、国土交通省はこうも述べている。

古くは、「隧道」と呼ばれていましたが、最近では、一般的に「トンネル」と呼ばれることが多くなっているようです。

国土交通省「質問 トンネルと隧道(ずいどう)の違いを教えてください」より引用
(2022/5/20確認)
https://www.mlit.go.jp/road/soudan/soudan_01a_04.html

 我々がもっぱら"トンネル"と呼び親しむ構造物は、古くは"隧道(ずいどう)"と呼ばれていた。しかし、「最近」になって"トンネル"と呼ばれることが多くなった。では、『最近』とは、具体的にいつのことだろう。それが、本記事の主題のひとつだ。

 結論を先に述べると、絞り込むことは難しいと思う。"隧道"という呼び方が廃れた理由としてよく語られるのは、「1946年に当用漢字が制定(参考:https://www.bunka.go.jp/kokugo_nihongo/sisaku/joho/joho/kakuki/syusen/tosin02/index.html)された際、"隧道"の"隧"の字がその一覧に含まれなかったため、徐々に"トンネル"という呼び方に置き換わっていった」というもの。説得力があると思うが、1946年以降、どのあたりでふたつの呼称のシェアが入れ替わったのかというところは謎である。実際のところ、1946年以降にも"隧道"と名の付くトンネルは相当数作られている。
 国土交通省の言う「最近はトンネルという呼称が多い」というのは、たしかにその通りだ。ここ数十年に新設されたトンネルの名称に、隧道の二文字を見つけることは珍しいように思うし、トンネルをゆびさしてわざわざ『隧道』などと口走る人間は、酔狂な道路マニアぐらいだとも思う。
 ところがである。"トンネル"という呼称が"隧道"のそれが占めるシェアをどこかの時期で追い抜いた……そんなふうに仮定したとして、その具体的な時期がどこなのかというと、ずばりここであると断言するのは相当に難しいものと思われる。行政や建設団体が「本日から隧道ではなくトンネルと記載/呼称すべし」と明言した文書でも見つかれば話は別だが、そういったものがあるという話を聞いたことはない。
 もしもみなさんが、"隧道"が"トンネル"に置き換わった時期を解き明かしたいと立ち上がったとしよう。その場合みなさんは、まず道路トンネルに関する資料を収集し、それを読み解き、"隧道/トンネル"の表記を探し当て、年代別に振り分けて年表を作ることになるだろう。しかも、地域や企業によっても差が出てくるだろうから、きちんとやるとしたら大変な調査になるだろう。しかも、たとえそうした大変な労力をそそいだところで、得られる情報は『言葉のシェアが入れ替わったと思しき時期』であって、『"隧道"が"トンネル"に変わった日』と断言できるようなものではない。
 
 ということで、本記事の表題【『"隧道"が"トンネル"に変わった日』は存在するか】に対する答えは「"年"となると、そのものずばりは分からない。1946年以降、徐々に廃れたということは分るが具体的な時期は不詳」という具合になる。なるのだが……実は、ここからが本題である。

 インターネットで、「隧道 トンネル 違い」で検索すると、以下の様なWebページが検索結果の1ページ目に表示される。



隧道という言葉は1970年以前に用いられ、戦後になって常用漢字を使わなくなる流れになりいつの間にか使われなくなっています。
(中略)
1970年以降は常用漢字を使わないことになり、隧道の代わりにトンネルと表記が変わっています。

「「隧道」と「トンネル」の違いとは?分かりやすく解釈」より引用(2022/5/20確認)
https://meaning-dictionary.com/「隧道」と「トンネル」の違いとは?分かりやす
※文字の太字強調は筆者によるもの

隧道は1987年以前に作られたものの名前がいまだに残っているだけであり、トンネルは1970年以降に使われるようになった言葉である。
(中略)
戦後に、常用漢字は使わないという流れになり、隧道の「隧」がそれに当てはまったためずい道と呼ばれるようになった。だが、1970年のトンネル会議において使われないという方向になった。
(中略)
1970年以降に作られたものはすべて「トンネル」と呼ばれている。

誰にも聞けない2つの違い「隧道とトンネルの違い」より引用(2022/5/20確認)
http://lance2.net/chigai-3/z0542.html
※文字の太字強調は筆者によるもの

 わりと断言されている。
 これら二つの引用元には、1970年という共通した年数が記載されており、しかも下側の引用元にはその1970年に行われたものとして、『トンネル学会』なるそれらしい語句が記載されている。そのため少なくとも、この1970という年次がなんらかのターニングポイントではありそうだと思えてしまうが、これら二つの引用元の記述は恐らく(高い確率で)誤りで、1970年という年次にも意味はない可能性が高い。以下にその根拠を示す。
 

1.1970年以降に作られたものは全て"トンネル"と呼ばれている?

引用:愛媛県道路トンネルリスト
http://www.tunnelweb.jp/list/38%20ehime.pdf

 その限りではない。上図は愛媛県における平成16年度道路トンネル現況調査の結果だが、1970年(昭和45年以降)に建設されたのにも関わらず”隧道(ズイドウ)”という名称で記載されている物件も多くある。

2.1970年の「トンネル会議」によって隧道をトンネルと呼ぶことが決まった?

 決まっていないと思われる。
 
この『トンネル会議』自体は、実際にそのように呼称できる国際的な集会が1970年に開催されている。米国はワシントン市で1970年6月22~26日に開催された『OECDトンネル勧告会議』がそれである。この会議には日本の建設関係者も出席しており、『OECDトンネル勧告会議の結論と勧告』と題された議事録が一般社団法人日本トンネル技術協会のWebサイトで確認できる(https://www.japan-tunnel.org/oecd)その要旨をやや乱暴に抜き出すと、以下のようになる。

・トンネルに対する需要は、世界中で今後ますます高まっていくものと思われる
・それゆえにトンネル制作の技術を適切に発展させる国際間の取り組みや、環境整備、課題の定義などが必要である
・したがって、本会議でそれらの需要・課題・必要な取り組みを提唱し各国に共有する

 つまり『トンネル勧告会議』の目的は、将来の需要増加を見越したトンネル制作の課題について共有することである。この課題は、例えばトンネル整備にまつわる中心機関の整備だったり、地質学を取り入れる仕組みの造成だったり、掘削方法の改善だったりしたようだが、その中に「隧道のことをトンネルと呼びましょう」といった事項は、少なくとも上に挙げた「結論と勧告」の文中には見つけることができなかった。したがって、「1970年の『トンネル会議』によって隧道をトンネルと呼ぶことが決まった」と断じるのは無理があるように思える。

3.ではなぜ、「1970年に隧道がトンネルと呼ばれる」ことになったのか?

 まったく違うことを指して述べられた記述が、誤って転用された結果、あやふやな情報が出来上がったものと思われる。グーグル検索で「隧道 トンネル 違い」というキーワードを検索すると、本記事で引用している二つのWebページのほかに、Yahoo知恵袋のWebページが1ページ目に表示される。その内容を、以下に引用する。

https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1110436941(2022/5/20確認)

なお、トンネルの定義については、1970年の経済協力開発機構(OECD)のトンネル会議において
下記のような定義がなされ、専門家の間で一般的に用いられています。
<トンネルの定義>
社団法人土木学会のトンネル用語辞典(昭和62年/1987年)より
「トンネルとは、計画された位置に所定の断面寸法をもって設けられた地下の構造物で、
その施工法は問わないが、仕上り断面積は2m²以上のものとする」。』

Yahoo知恵袋より引用(2022/5/20確認)
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1110436941
※文字の太字強調は筆者によるもの

 上に引用した文章の太字部分にご注目頂きたい。1970年、トンネル会議、1987年という、見覚えのあるキーワードが確認できる。これらの記述が、先ほど引用した二つのWebページに転載されたものと思われる。こちらの『知恵袋』の投稿日が2007年1月7日。『二つの引用元』の更新日がそれぞれ2015年と2022年(頃)であるようなので、年代も矛盾しない。
 見ての通り、この知恵袋の議題はトンネルと隧道の意味の違いを問うたものであり、質問にも回答にも「隧道がいつからトンネルと呼ばれたか」というニュアンスは一切ない。にもかかわらず、『二つの引用元』の記述は、恐らくこのページをもとにしているのである。
 ここで、引用した三つのWebページの記述を比較してみよう。

 こうして比較すると、三つのWebページが辿った経緯が推測しやすい。
 まず2007年の『知恵袋』と2015年の『WebページA』を比較する。両者は共通して『1970年のトンネル会議』を話題に上げているが、その目的は異なっている。前者はあくまでも『"トンネル"という単語が指し示す意味』を提示する手段として、1970年に開催されたトンネル会議において定義されたトンネルという単語のもつ意味を、1987年に発刊されたトンネル用語辞典から引用しているに過ぎない。そして、この引用は正しい。確かにトンネル用語辞典(昭和62年 土木学会)には同じ記述がみられるし、同様の記述が先ほど触れた「OECDトンネル勧告会議の結論と勧告」にも確認できることから、「1970年のトンネル会議で定義された」というのも正確な情報である。

トンネル用語辞典(昭和62年 土木学会)4ページより引用

当会議で用いられている“トンネル”とは、最終的には地表面下に位置し使用され、何等かの方法で所定の形状寸法に作られた空洞で、断面積が2㎡以上のものを指す。

一般社団法人トンネル技術協会「OECDトンネル勧告会議の結論と勧告」より引用
(2022/5/20確認)
https://www.japan-tunnel.org/oecd

 一方で後者にあたる2015年の『WebページA』は、『トンネル会議で隧道をトンネルと呼び改めるという発令があった』こと、そしてそれゆえに会議が行われた1970年以降は呼称が変化しているという主張の強調を目的として、『トンネル会議』を記述している。しかしこれには前者にあったような根拠がない。1970年のトンネル会議で隧道の呼称を変更する宣言が行われていないのは前述の通りだし、1987年という年次の記載については、一切の根拠が記載されずに隧道という言葉が最後に使われたターニングポイントのように述べられており、『知恵袋』に記載されていたトンネル用語辞典の発行年である1987年をあらぬ方向に曲解して転用した可能性が高い。
 以上のことから、2015年の『WebページA』は2007年の『知恵袋』に記載された情報を曲解、転用して執筆されたものと考える。

 また2022年の『WebページB』は、高確率で2015年の『WebページA』の内容を転用しているものと思われる。2022年の『WebページB』には『1987年』に関する記述が無くなっているが、1970年という、根拠の示されていない年次が提示されているうえ、「戦後になって常用漢字を使わなくなる流れになり……」という明らかに情報として間違っている部分までもが共通(なお正しく言い換えるなら『当用漢字』を『使うようになった』ため。詳細は冒頭の文章に記載したとおり)しており、同じ情報をもとにしているか、2015年の『WebページA』の内容を転用していることがわかる。


まとめ

 情報は引用要件を守って、できる範囲で正しくゆかいに慎重に取り扱っていきましょう。なるべく、お互いに…………。




おまけ 当用漢字制定以前は、"トンネル"呼びは無かった?

 余談である。当用漢字の制定によって"隧道"の呼称が衰退し、次第にそのシェアを増したと言われる"トンネル"の呼称。しかし、はたして当用漢字が制定される1946年より前、トンネルという呼び方は一般に使われていなかったのか。
 手元で確認できる情報をみてみよう。ご覧いただくのは昭和14(1939)年と昭和16(1942)年に発行された、トンネルに関する本の表紙である。

左……トンネルを掘る話(有馬宏 著 1942年発行) 
右……トンネルの話(アーチバルド・ブラック著 平山復二郎 訳 1939年発行)

 思いっきりトンネルって語句が使われている。なお、本文もざっと読んだ限りはほとんど"トンネル"という表記で統一されている。両者とも、専門書というよりは一般に向けて表された本で、比較的平易な文章でトンネルの歴史や掘削方法などを記述したもの。
 つまり、すくなくとも1930年代後半~40年代前半のこの時期の時点では、一般には"ズイドウ"よりも"トンネル"の呼称が支配的だったのではないかとも取れるのだが……どうだろうか。

 さらに時代を遡ろう。大正15(1926)年発行、『科学知識 新年号』である。

科学知識 新年号(財団法人 科学知識普及舎 1926年発行)

 これはその名の通り、当時最新の科学知識の数々がまとめられた雑誌である。そしてこの号には、隧道の掘削についての記事が掲載されているのだが、ここで"隧道"がどのように記載されているのかというと……。

科学知識 新年号(財団法人 科学知識普及舎 1926年発行)

 隧道(とんねる)である。

 こうなってくるともう、"隧道"という単語の見え方が変わってくる。私、古い資料やトンネル坑門の扁額に隧道の二文字を見かけては、口々にズイドウ、ズイドウとはしゃいでいるわけなんですが、当時、隧道と書いて”トンネル”と読むのがふつうだったのだとしたら、これもしかして、それらが記載された当時からして、文字としては"隧道"と記載しながらも、口語で"ズイドウ"などと呼んでいたのは少数派だったのでは…………。


 っていうようなことを、最近ずっと考えています。どうなンですかね?みなさんのご家庭のおじいさん、おばあさんに聞いてみてね<終り>

【2022/6/03追記】
 せっかくなので『隧道』『トンネル』という言葉の日本での発祥と変遷について調べてみることにしました。ダラダラ調べる予定&調査のノウハウがないので、結論が出るまでには時間がかかりそうですが……情報提供などあれば↓までどうぞ。


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