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禍話リライト「こおろぎ」【怪談手帖〈未満〉】

ある日の夕方、Iさんは運動がてら家の近所からもう少し足を延ばして目的地もなく散歩していた。
涼しくなった風に秋の訪れを感じつつ、足元ばかりを見てあれこれと考え事をしていたせいだろうか。
ふと気が付くと、大通りから離れて普段通らない道に入り込んでいた。
人通りは無い。隣町に近い、住宅と空地の点在する一画である。
日も暮れつつある中、秋らしい虫の声だけが聴こえてきて、物寂しさを掻き立てられる。

(そろそろ戻ろうか…)

踵を返しかけたところで、微かな違和感を覚えた。

(なんだろう)

考えるうちに気が付いた。
虫の声がやけに耳につくのである。
聴き慣れているはずのコロコロというその音が、普段よりも大きい気がする。
気のせいだと思いつつ、なんとなくより強く聴こえる方へ聴こえる方へ歩いていくと、一軒の家の前に出た。
正確には家の跡地、焼け跡だった。
建物のほとんどが失われ、黒く煤けた骨組みや一部の壁、焦げた家具の破片などが残されていた。

そこでふと、Iさんは思い出した。
少し前にこの辺りで火事があって、それなりに大きなニュースになっていた。

(たしか、住んでいた一家は……)

微かな寒気を憶えた耳に、一際大きく虫の声が飛び込んできた。
やはり気のせいではない。
無意識に声の出所を目で追っていくと、焼け跡の奥の壁に行き当たった。
そこに、子どもがいたという。
キャラクターものらしい壁紙が僅かに焼け残る灰色の壁から、横向きにしゃがんだ半身を、横顔から肩口のあたりまで覗かせていた。
夕日の暮れの頃の風景に対して、その子どもだけが不自然に暗かった。
そこだけ明度を極端に下げたように、薄黒く暗みがかっている。
目鼻もおぼろに霞んでみえる。
それが、小刻みに震えながら虫の音を発していた。
耳障りなほどに大きい虫の音を…。
声をかける気にもならず、Iさんはそのまま逃げ出した。

その後、やはり件の火事では子どもを含めた一家全員が亡くなっていたことを知ったが、それ以上は調べなかったという。
例えば、「子どもがどこで亡くなったのか」などは…。






この記事は、毎週土曜日夜11時放送の猟奇ユニットFEAR飯による禍々しい話を語るツイキャス「禍話」から書き起こし・編集したものです。

禍話アンリミテッド 第二十二夜(2023/06/17)
「こおろぎ」は17:00ごろからになります。

『怪談手帖』について
禍話語り手であるかあなっき氏の学生時代の後輩の余寒さんが、古今東西の妖怪(のようなもの)に関する体験談を蒐集し書き綴っている、その結晶が『怪談手帖』になります。
過去作品は、BOOTHにて販売されている『余寒の怪談帖』(DL版はいつでも購入可能)を参照していただけると幸いです。
珠玉の怪談がこれでもかと収録されていますので、ご興味のある方はぜひ。
※「こおろぎ」については、まだ書籍には収録されていません。

参考サイト
禍話 簡易まとめWiki 様


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