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禍話リライト「ヤンボシ」【怪談手帖】

某登山口でふた昔ほど前に噂されていたという話。

宵の口、山の傍から降りてくる人影として、山伏のようなものが現れることがあったという。
本物の山伏、所謂修験者というわけではない。
それは、下ってくる人影の姿かたちを見れば分かる。
装いこそ、一般的に連想される伝統的な修験者の様子なのだが、その顔を見ただけで宗教に詳しくない登山者や若い人にもそれが異様な存在であることが分かるという。

輪郭の内側の真っ黒な顔の形にヌラヌラと煌めく幾つもの光点と、棚引く雲のような紋様が蠢き、渦巻いている。

それを聞くとまさしく宇宙写真の星雲のように思われるが、あくまでそれを想起させる何かしらの顔であって、そのものではないという。
そういった顔のものが山から下りてくる。
すれ違い、あるいはそれが行き過ぎてしばらく経つまでは、それについて言葉に出すことが出来ない程衝撃的なのだという。

山で目撃される多くの妖しいものが不吉の前触れとされるのと同じく、この山伏のような何かも凶兆の最たるものとされており、行き会ったらすぐに山を下りるべきだと言われている。
一説によると、その山中で普通でないかたちの死者――つまり自殺者であったり変死者であったり――が出た時期に目撃例が集中していることから、そちらと何某かの因果関係があるのではと言われているが、詳しい裏付けが取れているわけではない。
現れる時間帯が通常であれば登山、下山を避けるべきとされる頃合いであることも相まって、それを見たという体験談は年数に比べるとさほど多くない。
ただ、単なる宵の口の行き来を戒めるための怪異にしてはディティールが余りにも異様過ぎるので、通常の聞き取り方式とは異なる怪異報告例であるが、今回報告する次第である。

ヤンボシとは、九州南部でいう怪異の一種で、山伏という言葉が訛ったものだという説が有力である。
山伏という像にノイズが生じ、溶け崩れる過程のような語感から今回の題に採用したが、本稿の怪異とは直接の関係はないことをここに付記させていただく。





この記事は、毎週土曜日夜11時放送の猟奇ユニットFEAR飯による禍々しい話を語るツイキャス「禍話」から書き起こし・編集したものです。

年越し禍話!怖い動画の話+怪談手帖新作三連発(2023/12/31)
「ヤンボシ」は12:55ごろからになります。

『怪談手帖』について
禍話語り手であるかあなっき氏の学生時代の後輩の余寒さんが、古今東西の妖怪(のようなもの)に関する体験談を蒐集し書き綴っている、その結晶が『怪談手帖』になります。
過去作品は、BOOTHにて販売されている『余寒の怪談帖』『余寒の怪談帖 二』(発売おめでとうございます!)を参照していただけると幸いです。

禍々しい怪談、現代の妖怪譚がこれでもかと収録されていますので、ご興味のある方はぜひ。
個人的に今回の「ヤンボシ」も、過去作品「変容の実例」や「天狗××」に連なる”認知を歪める現象系怪異”のような気がします。
※「ヤンボシ」については、まだ書籍には収録されていません。

参考サイト
禍話 簡易まとめWiki 様

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