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禍話リライト「埋女(うずめ)」【怪談手帖】

体験者Aさんが、「性別を明かさないで欲しい」という条件と共に、『怪談手帖』の綴り手である余寒さんへ語った体験談。


「私自身はそれを体験してもいないし見てもいないんですよ。
だから、私にとってこれはただの”噂”なんです」

Aさんはあらかじめそのように断ってから話を始めた。
Aさんが子供のころ、周囲のごく狭い範囲で「女のお化け」が噂になったことがあった。
噂が流布した当時は、あの口裂け女が社会現象となり、そして収束した年からさほど経たない時代だったので、口裂け女のコピーみたいなものだったのではないかとAさんは言う。
しかし、話を聞く限りそれは所謂口裂け女系統の都市伝説とはいささか趣を異にしていた。
「伸びる女」とか「入り込み女」とか「埋め子さん」とか、呼称が一定しておらず、一言で通じる総称として「お化け」という安直でぼんやりとした表現が使われていたようだ。
それはどういうものであったか。
子供たちの間で囁かれていた拙い目撃証言をまとめると、このようになる。

シチュエーションは特に限定されていない。
どこにでもいる。
ふと見た場所に「髪の長いおばさん」、所謂自分たちの親世代くらいの女性を見つけたときには注意しなければならない。
その女性がお化けであった場合、いつの間にか視界の隅で「伸びている」。
伸び方は時と場合によって様々で、縦長になって建物の二階にもたれ掛かっていることもあれば、粘土を潰したように横に薄くなって建物や物の隙間に入り込んでいることもある。
上半身は普通なのに下半身がペラペラの紐だか紙だかのようになって、腰の折れた格好で塀の下にいることもある。
片手だけが長く長く伸びていって、絡みついた木の上から白い指だけが覗いていることもある。

そのような内容で、こちらに何かをしてくるわけではない。
だが、Aさんたちのクラスでは大変恐れられていた。
なんでも

「隣町の小学校で見たという奴が出た」
「六年生の誰それが見た」
「隣のクラスで目撃者が出た」

噂が徐々に近づいてきて、やがてAさんたちのクラスでも遭遇する者たちが出てきた。
彼らは口を揃えて言った。

「伸びたお化けは、見ている時には不思議なものには思えない」

バケツだとか新聞紙だとか公園の遊具だとか薬屋さんの見慣れたカエルの人形と同じ、そこにあって当然のもの、親しいもの、ごくごく当たり前のものに見えている。
前からそうだったかのように、視界の一部を柔らかく埋めている。
風景に埋まっている。
何人かの生徒たちは言った。
むしろ、家の隙間や物陰、空き地などのどこか寂しい、ずっと見ていると意味もなく不安になるような場所を「埋めてくれている」かのようだと。
ずっと前からそこにいる誰かのように、心の中の何かを「補ってくれている」のだと。
そして時間をおいて、例えば家の中ではっと我に返った時、頭の中に残っている顔や長い白い手、薄い女、やわらかい姿を思い出したときに、初めて恐怖が襲ってくるのだという。

そして申し合わせたように、お化けがどんな顔をしていたかについては皆記憶が無かった。
結局お化けの目撃談は、Aさんのクラスを風のように巡り巡った後、中学校に上がる頃にはぱったりと聞かれなくなり、当時教室に流布していたその他不気味でユーモラスでノスタルジックなフォルムのお化けやおまじないの数々とともに、今ではすっかり忘れ去られてしまった。

Aさんはというと、あらかじめ言っていたとおり小学校のあいだ、結局一度もそのお化けには出会わなかったという。
Aさんは言った。

「父と死に別れて私を引き取った母が、私の小さな心を埋め尽くすようなたっぷりの愛情で、そのあとの性格に陰を落とすほど私を偏愛し続けたのがその6年間だったからじゃないでしょうか……。
誰に言われたわけでもないし、説明にもなっていないんだけど、分かるんですよ。心のどこかに空白がないと出会えないモノって、あると思うんです」

Aさんがそう言った時の顔が、余寒さんの脳裏から離れずにいるそうだ。




ここからは、放送時に語られたかあなっき氏による戦慄の「埋女」考察。

「隣町の学校で云々」
「上級生が云々」
「隣のクラスで云々」

お化けに関する噂がすべてAさんのクラスで囁かれていたことから、ある一つの推測が成り立つ。

Aさん以外が見たと言っていたグニャグニャの女のお化けは、Aさんのお母さんだったんじゃないか。

その偏愛ぶりがどうだったのかは分からないが、Aさんのことを気にするあまり、その周囲すべてを監視しようとして、目の届かないところを埋めるように現れたのではないか。
Aさんだけが遭遇していない事実も、その恐ろしい推測に妙な説得力を持たせている。

しかしながら、真相は不明である。




この記事は、毎週土曜日夜11時放送の猟奇ユニットFEAR飯による禍々しい話を語るツイキャス「禍話」から書き起こし・編集したものです。

元祖!禍話 第二十六夜(2022/10/29)
「埋女(うずめ)」は40:45ごろからになります。


『怪談手帖』について
禍話語り手であるかあなっき氏の学生時代の後輩の余寒さんが、古今東西の妖怪(のようなもの)に関する体験談を蒐集し書き綴っている、その結晶が『怪談手帖』になります。
過去作品は、BOOTHにて販売されている『余寒の怪談帖』(DL版はいつでも購入可能)を参照していただけると幸いです。
珠玉の怪談がこれでもかと収録されていますので、ご興味のある方はぜひ。


参考サイト
禍話 簡易まとめWiki 様

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