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禍話リライト「犬古(いぬひね)」【怪談手帖】

Bさんという男性の方から頂いた体験談である。

彼は10代のころ、家族や教師と折り合いが悪く、事あるごとに学校をサボったり家を飛び出したりしていた。
そんな時によく逃げ込んでいたのが、隣町の低い山の中ほどにある、父方の親戚の家だったのだという。
「〇〇(地名)の叔父さん、叔母さん」と呼んではいたが、父の兄弟という訳ではなく、どちらかといえば祖父母に歳の近い遠縁の老夫婦だった。
彼らは所謂”本家”とはあまり関係が良くなかったようで、親戚の集まりなどにも顔を出すことなく、隠遁じみた生活を送っていた。
いつ行っても山の中の家は開け放されており、出入りが自由だった。
叔父さんも叔母さんも、Bさんを歓迎するでもなく、かといって邪険にするでもなく、全体的に反応が薄いというか、あまり差し向かいで話した記憶はなくて、なんとなく野良着や割烹着の背中ばかりが印象にあるという。
食事を用意してもらうこともあれば、冷蔵庫を漁れと言われることもあり、なによりその辺にはいつも酒や煙草があった。
そして、西日の差し込む誰も使っていない古びた客間を、Bさんは自分の部屋として使うことが出来た。

「当時の甘ったれた自分には、出来過ぎなくらい心地が良い、というより都合の良い場所でした」

Bさんはそう振り返る。

ただ、一つだけどうにも奇妙なことがあった。
その家で過ごしていると、遠くからしょっちゅうパトカーのサイレンが聞こえてくるのだ。
さほど事件の多い地域でもなかったし、普段町中をブラブラしているときも、パトカーのサイレンなど滅多に聞くことはなかった。
ところが、なぜかその家にいる間だけ、明らかにそれの聞こえてくる頻度が高かったのだという。
最初は自分の気のせいかと思っていたBさんだったが、叔父さんと叔母さんはそのことを強く認識していた。
彼らはその音が聞こえてくるたびに、不安げに肩を寄せ合って、「ひねがおる」「ひねが通っとる」というようなことを話し合っていた。
ひねとは何かと尋ねると、音がする方を黙って指差す。
あまり聞き覚えのない言葉だったけれど、つまりは車に乗っている時などに言う「ネズミ捕り」のような、警察の呼び名なのだろうとBさんは何となく理解していた。
※「ひね」とは”古”の字をあてて、九州地方の一部地域で使われる警官を表す言葉のようである。

その家自体は、舗装などとは無縁の山道を登った中途にあったから、恐らく麓や山向の道路を通るであろうパトカーのサイレンが聞こえたところであまり関係ないのではないかと思ったが、叔父さんと叔母さんはいつも過剰に反応していた。
もしかしたら、何か後ろ暗いところがあるのかもしれない。
父方の本家と疎遠になっているのも、そうしたことが原因なのではないか。
自分の未成年飲酒や喫煙は棚に上げて、Bさんは密かに心配していた。
世話になっている相手への人情もあったが、やはりそれ以上に、居心地のいい逃避先を脅かされるのではないかと恐れていたのだという。
けれどもやがて、その心配とは些か異なるかたちで終焉は訪れた。

とある秋口のことだった。
昼寝というには長い時間眠りに落ちていたBさんは、慌ただしくばたばたと行き交う足音と、外からのけたたましいパトカーのサイレンで目を覚ました。
寝ぼけ眼を拭いながら身を起こすと、叔父さんと叔母さんが

「ひねが!ひねが!」

と声を上げて廊下を過ぎていく後ろ姿が見える。
混乱しつつその後を追うと、二人は仏間へと逃げ込んで、仏壇の目の前に身を寄せ合いながら、ぶつぶつと念仏を唱えているらしい。
いったいどうしたのかと声を掛けるより先に、外のサイレンの音に違和感を覚えた。
いつもより音が大きい。
いや、それだけではない。
明らかにこちらへ近づいてきている。

(そんなはずはない!)

とても車が上がってこれるような道ではないのだ。
草は生え放題だし、道幅だって全く足りていない。
しかし、サイレンはそんなことはお構いなしにどんどんこの家へ向かってくる。
脳裏に、山の斜面をアクション映画のように上り詰めてくるパトカーの姿を描きながら、Bさんはその目で確かめるために勝手口から家の裏手へとまわった。
思い浮かべたとおりに、生い茂った草をすごい勢いで掻き分けながら、サイレンの音が緑の斜面を上がってくる。
信じられない気持ちでそれを見つめていたBさんは、ふとその音が崩れていくことに気がついた。
急速に歪んで、間延びしていって、瞬き幾度かの間に───

ウィロン、ウィロン、ウィロン、ウィロン……

と、病的な不協和音に変わっていくではないか。
そして、Bさんの見下ろす先、草の合間から姿を現したのは、パトカーではなかった。
制服を着た警察官、に見えた。
しかし、それは俯いていて、大きく前屈みになりながら両手を地面に付けていた。
まるで、四つ足で歩いてきたかのように。
さらには、周囲の暗い色の草へ同化しているのか、全体的に濁った緑がかっており、俯けた警官帽の庇に隠れて顔の上半分は見えなかったが、鼻から下はひどい土気色に見えた。

(なんだ、これ……)

固まっているBさんの前で、それは

ウィロン、ウィロン、ウィロン、ウィロン……

と不協和音を発しながら、おもむろに地面に付けていた片方の腕を持ち上げて、俯いたままBさんの背後を指差したのである。
振り返ると、こちらに面した仏間のガラス窓に、叔父さんと叔母さんの顔があった。
二つの顔は、Bさんのことをじっと見つめていた。
その時それが、目の前にいる警官のような何かよりも恐ろしくなったのだという。
同時に、そういえば自分は叔父さんと叔母さんに名前で呼ばれたことがない、という異常な事実になぜか初めてそこで思い至った。

「うわぁ!」

そのまま彼は目の前の山の斜面を駆け下りた。
低い山とはいえ、混乱状態であるし日は陰り始めていたというから、よく無事に降りられたものだと思うが、Bさん曰く
「ぼんやりとした赤い光を追いかけて行ったら無事に降りられた」という記憶があるらしい。
それからしばらく隣町へ行くことはなかったが、幾度か叔父さんと叔母さんのことを父親へと尋ねた。
けれども、その度にはぐらかすような答えが返ってくる。
業を煮やして問い質したところ、大きな溜息とともに、

「…しょっ引かれたんやろ」

という答えが返ってきた。

「もう出てこれんやろうから、気にするな」

父親はそれ以上何も語ってくれなかった。
それでも、今まで散々世話になってきたこともあり、Bさんはその月の終わる前に、こっそりと尋ねて行ったのだという。
しかし、件の家は完全に無人で、幾日かの間にすっかり見る影もない廃屋となっていた。
そして、まるで何年も前からそうだったように、警察などが使うようなバリケードテープがぼろぼろの状態で周囲に張り巡らされていた。
何もかもが腑に落ちないまま、とぼとぼと歩いた帰り道でBさんは、あの時振り返った家の窓に見た、いや、あの家での生活の中でも、たびたび目にしていたはずの、叔父さんと叔母さんの顔の記憶を唐突にはっきりと思い出してしまい、叫びながら逃げ帰ったのだという。
なぜ忘れていたのだろう。
脳裏に蘇った彼らの顔。
それは、犬などの動物のように白い部分のほぼない、黒目だけの瞳をしていたのだという。




この記事は、毎週土曜日夜11時放送の猟奇ユニットFEAR飯による禍々しい話を語るツイキャス「禍話」から書き起こし・編集したものです。

禍話インフィニティ 第三十八夜(2024/4/6)
「犬古」は28:30ごろからになります。

『怪談手帖』について
禍話語り手であるかあなっき氏の学生時代の後輩の余寒さんが、古今東西の妖怪(のようなもの)に関する体験談を蒐集し書き綴っている、その結晶が『怪談手帖』になります。
過去作品は、BOOTHにて販売されている『余寒の怪談帖』『余寒の怪談帖 二』又は各リライトをご参照ください。

※『余寒の怪談帖 二』の書籍版が4月21日(日)正午より再販とのことです。詳細は余寒さんのX(旧Twitter)をご確認ください。

電子版はいつでも購入可能です。
禍々しい怪談、現代の妖怪譚がこれでもかと収録されていますので、ご興味のある方はぜひ。

※「犬古」については、まだ収録されていません。

参考サイト
禍話 簡易まとめWiki 様

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