禍話リライト「ムジッテ」【怪談手帖】
「どっちかっていうと、今でもあの辺りじゃ不審者扱いなんですけど」
とは、この話をしてくれたAさんの弁である。
今は関東の大学に通っている彼女、郷里は東北にあるのだが、住んでいた地域でおかしな人物が目撃されているのだという。
「地域、というかうちの町を含む、ごくごく狭いエリアで。
あのへん、長い道とか坂が多くて」
そこを歩いていると、行く先向こうの道の遠い角から、男が覗く。
壁から出した首をグッとこちらへ向けて、大きく目を開いて見ている。
鼻が高くて彫が深い、所謂濃い顔で、自身も見たことがあるというAさんの印象では「ハーフっぽい感じ」。
男は何をするというわけでもなく、「いる」と気が付くとすぐに角の向こうへ引っ込んでしまう。
「それだけ、っていえばそれだけなんですけど……」
なんだか歯切れが悪いAさんの様子を気にしながらも、余寒さんは先を促した。
その男には通称があった。
「ムジッテ」
ハーフっぽいという表現をされたせいかもしれないが、なんだか外国の人名のような、独特の響きである。
ムジッテはそこまでの頻度ではないものの、時折思い出したように目撃されており、Aさんが通っていた学校でも噂になっていた。
「追いかけたらだめって言われてました。
見かけたら無視するか、逃げなさいって。
まあ、不審者扱いだったから、当たり前かもしれないですけど。ただ……」
Aさんは眉根を寄せて
「そいつを見たその時、その瞬間には「うわ、いたよ」ぐらいで普通なんですけど。
あとで思い出したら、例えば家に帰って、自分の部屋で思い返すときに、「いやいやおかしいよね?」ってなるんです」
顔に占める目の割合が異様に大きかったことに思い至る。
そして、壁から出ている様子からして、かなり無理をして首を伸ばさないとあんな風に高い位置に顔だけでないよな、ということにも気が付く。
そもそも、その顔自体距離なんかを考えると大きくないか、と。
「ほら、余寒さんがさっき話してくれた猟師の方が山で見た女の人の話※。
あれとちょっと似てるな、と思って」
ただ、これらの違和感も時間が経つと意識しなくなってしまうのだという。
もう一つおかしなことには。
「かなり昔からいるみたいなんですよ、そいつ」
Aさんの両親の世代から目撃情報があったというのだ。
「ああ、また出てるんだ、あれ。やだなあ、みたいな感じで母が言ってました」
そうなるといよいよ不審者で片付けられる話ではなくなってきはしないか。
余寒さんのその意見にAさんも
「全くその通りですよね」
と頷きつつ
「ただの不審者じゃないというのは他の点でも」
ムジッテに対する「追いかけてはいけない」という注意。
そこには「追いかけたら気が狂う」という言説が付随していたらしい。
「信憑性はないんですけど、追いかけていった誰々がおかしくなった、っていう話はいろいろ聞かされました」
一方で、その注意を信じず禁を破ってムジッテを追いかけたという生徒が、彼女の隣のクラスにいた。
「発狂とかはしてません。そもそも失神したというような状態で駅のそばで保護されたって。その男の子が「自分はムジッテを追いかけたんだ」って自分で言ったみたいで。それで分かったんです。ただ……」
分かりやすく狂った、というのではないがその生徒は、それを境に人が変わったようになり、内向的だったのが明るく積極的に、タガが外れたような躁病のような性格になってしまった。
「暗くなった、とか引きこもった、とかならよくあるじゃないですか。
でも、底抜けに明るくなっちゃったっていうのが、逆に気持ち悪くて……」
そうしてAさんは、自分が何より怖いのは、この話が地元では妙に軽く扱われていることなんだと吐露した。
たしかに聞いている限りでは、起きていることに対してやけに地域での反応が鈍い気がする。
Aさんはこの違和感に郷里を出てからジワジワと気が付いたと言い、
「感覚的な話で申し訳ないんですけど。住んでると“そう”なっちゃうのかなあ、って」
と言いながら飲み込み切れていないような顔をした。
話としてはそれだけであり、現在も解決していない。
なお、ムジッテという名称についてであるが、これは方言ではないかというのが彼女の見解だった。
というのも、そのあたりでは「曲がる」を「むじる」というらしい。
彼女自身使ったことが無いというから、どちらかというとかなり上の世代が使う方言のようだが、つまり「ムジッテ」というのは「曲がって」という意味だ。
「もしそうだとすると」
歯切れの悪い口調で彼女は続けた。
「ムジッテが角を曲がって、って意味だったらアイツ、いつか角を曲がってこっちに来るんじゃないかって。本来はそういうものなんじゃなかって。
だから、角を曲がってこっちに来られたらもうどうしようもないから、おかしくなっちゃうから、おかしくなっちゃった人はそいつが角を曲がったから悪いんだって、自分たちに言い聞かせてるだけなんじゃないかって。
そんなこと、ちょっと考えるようになっちゃって……」
彼女が郷里へ帰る予定は今のところないという。
※Aさんが言及している「猟師の方が山で見た女の人の話」は怪談手帖「巨女」だと思われます。
BOOTHにて販売されている『余寒の怪談帖』(DL版はいつでも購入可能)を参照していただけると良いかもしれません。
他にも珠玉の怪談がこれでもかと収録されていますので、ご興味のある方はぜひ。
この記事は、毎週土曜日夜11時放送の猟奇ユニットFEAR飯による禍々しい話を語るツイキャス「禍話」から書き起こし・編集したものです。
元祖!禍話 第二十四夜(2022/10/15)
「ムジッテ」は00:24:10ごろからになります。
参考サイト
禍話 簡易まとめWiki 様
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