春泥棒
『』→男
「」→女
“”→女2
(歩く音)(風の音)
「あ、来た来た!もー、ギリギリだなあ!今日には散っちゃいそうだよ!」
『まだ、咲いてるか。今年は来れないかと思った』
「お仕事忙しそうだもんね」
『花見客は…ほとんど居ないな』
「ゆっくり見れていいんじゃない?」
(犬の声)
『あ、こら勝手に走り出すな』
(犬が駆ける音)
「(笑い声)サクラはお転婆だなあ」
『たっくもう…誰に似たんだか』
「あ、今軽く私のことバカにしたでしょ」
『すぐ走る割にすーぐ座る。追いかける俺の身になれって』
「だってお散歩うれしいもんね。おいで、サクラ。そこのベンチ一緒に座ろ」
『あ、こらだから走るなって!』
「サクラー!競走だよ!」
(走る音)
『(息が上がってる感じで)…ああ、ここか。陰になってていいな』
(座る音)
「サクラも疲れた?」
(犬の声)
『ほら、サクラ、リード外すからちょっと好きに歩いてな』
「えー、危なくない?」
『見えるとこにいろよ』
「っていうか、君が散歩疲れてるじゃん。あ、本読み出さないの、こら!」
(本をめくる音)
「あーあ、本気で読み始めた。こうなると周り見えないんだよなあ」
「サクラあ。旦那様が勝手で困るねえ」
(犬の声)
「いい子だね、サクラ。ちゃんとそばにいて偉いね」
(少しの間)
(電車の音)
(木のサワサワした音)
「あ、ねえ、頬っぺ」
『ん…』
「花びらついてるよ」
『…なんか痒いと思った』
「間抜けだあ」
『……凄いな、花びら』
「本当。前見えないくらい」
『スケッチでも、しよっかな』
「えー、別に今しなくても良くない?来年もっと満開の時に来たらいいじゃん」
『……ほとんど散り際だし、いっか』
「そうだよ。今の桜不格好じゃん」
『君は、散り際嫌いなんだよな』
「うん。満開の時が好き。吹雪みたいに花びらが降ってきて、でもまだずっと咲いてそうな、あの終わらない感じが好き」
『俺は、結構この時も好きだけどなあ。新緑も綺麗だし』
「夏が好きだからでしょ。春より」
(犬の声)
『どうした?サクラ』
「川の方だね。なんか鳥でもいるんじゃない?」
『はーもう、なんだよ』
『って、ああ…そういうことか』
(立ち上がって歩く音)
「行ってらっしゃいー」
「ん、あれ?」
「まだこの筆箱……使ってたんだ」
「見えなかったから気づかなかった」
「嬉しい。大事にしてくれてるんだ」
(筆箱を開ける音)
「……もう春、終わっちゃうね」
「ずっと、終わらなきゃいいのに」
(木のサワサワした音)
(筆箱を閉じる音)
(歩く音)
『ここが1番残ってるな。今日で全部散りそうだけど』
「不思議だよね。なんで最後になると大きな風が吹くんだろ」
『綺麗だな』
「匂いも桜でいっぱいだね」
『…瞬きしてる間になくなりそうだ』
「勿体なくて瞬きしたくないよね」
『なんだっけ、なんか、こういう風に変な名前付けてたよね』
「えー、覚えてないの?」
『……最近、声も思い出せないよ』
「……え」
『どんな声で、話してたっけ』
「…そっかあ……まあ、そりゃ、そうだよね」
『君が言ってた言葉まで、忘れちゃうのかなあ』
「……仕方ないよ。だって、もう何年経ったのか、私もわかんないもん」
『春が来る度にちゃんと来てるんだけどな』
「ここ、最後のデートの場所だもんね」
『サクラも連れて、一緒に歩いた道歩いて、あの時と同じ本を読んで』
「うん」
『……同じことしてるのに、ずっと、1人なんだよなあ』
「ごめん、ね」
『今年は来ようか、悩んだんだよ』
「どうして?」
『いつまでも、引き摺ってるの、お前絶対怒ってるよな』
「怒ってないよ。嬉しいよ」
『早く幸せになれって、言ってたもんな、あの時』
「あれは!面と向かって言えなかっただけだよ」
『……自分がボロボロになってたのに、俺の手握って、幸せになれって』
「だって、置いていくのに、忘れないでなんて、言えなくて」
『……ちゃんと、決めたよ』
「待って、やだ」
『好きな人が出来たんだ』
「やだよ」
『その人と、ここを歩いてみようかなって』
「やだ!」
『……君と、結婚したかったよ』
「私だってしたかったよ……」
『指輪だけしか渡せなかった』
「……籍入れる、途中の道、だったから……」
『きっと、見守ってくれてるだろ』
「見守ってなんか、ないよ、ここでずっと待ってるだけだよ」
『…俺ちゃんと、幸せになるよ』
「やだ、やだ」
『好きだったよ』
「私は、まだ好きだよ」
「待って、ねえ、置いて行かないで……」
(被せるように)“〇〇くん!”
『遅い。待ってた』
“ごめんごめん!電車の乗り合わせ上手く出なくて、しかも迷っちゃって”
『まあ確かに、ここ来にくいよね』
“サクラに吠えられて気づいたの”
『俺より先に気づいたもん、こいつ』
“(笑い声)ここが、前言ってた場所なんだよね?”
『そう、元カノと最後にデートした場所』
“綺麗なとこだね”
『もう散りそうだけどね』
“でも私、散り際も好きだよ。儚くて綺麗だし、次は夏だー!って気分になる”
『ああ、それ分かる』
“……吹っ切れたの?”
『正直、もう、声も思い出せないんだ』
“うん”
『でも、好きなままで、居なくなっちゃったからさ』
“……うん”
『だけど、大丈夫』
“ほんとに?”
『うん、ここに、君と来たこと、後悔してない、今』
“そっか…良かった”
『少し歩かない?この道綺麗なんだよ』
“もちろん”
「やだ、まって」
「まってよ、いかないで」
(犬の声)
“サクラ?どうしたの”
「サクラ……」
(木のサワサワした大きな音)
『うわっ』
“びっくりしたあ…今の風大きかったね。木についてたやつ取れちゃったかな…?”
『ああ、そうかも』
“なんか、情緒ないよね。一気になくなると”
『そうだね。花びら全部散ると春が終わるって気がする……』
『あ……』
(回想の言葉)「もー!こんな風吹かなきゃいいのに!全部取っちゃうんだから!これじゃまるで」
『「春泥棒だ」』
“え、なに?”
『あ……いや……』
『なんでもない』
(木のサワサワした音)
“そう?”
『うん、行こうか』
“分かった。ほら、行くよ、サクラ”
「……思い出して、くれたんだ」
「そっか」
「うん……そっか」
「声も忘れたって言ってたのに」
「私のこと見えてないのに」
「きっと私のことも、忘れちゃうのに」
「嫌だなあ……嫌だけど」
「うん」
「幸せになってね」
「2人で毎年見に来てよ」
「きっと私、ここにいるから」
(犬の声)
「(笑い声)またね」
(歩く音)
(家に帰った音)
(筆箱を机の上に置く音)
(筆箱を開く音)
『……あれ?』
『桜の、花びら……?』
『俺、あそこで筆箱開いたっけ?』
『(笑い声)最後の春だな』
参考 ヨルシカ:春泥棒
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