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名もなきハッピーエンド


「」女 『』男 <>モブ男





(電車が通り過ぎる音)

男:ドラマや映画だったならって
多分誰でも考えたことがあるセリフを
空想してた。

ハッピーエンドを迎えられるのは
ドラマや映画の中だけだって知ってたから。

(人を揺する音)
<お客さん、お客さん、終電終わってるよ>
『あ、は、はい』
<なんてとこで寝てんの。風邪引くよ。帰ってもらわないと>
『あ、すみ、ません…』

(外を歩く音)

『……帰るか』




(グラスの音)

『あと1杯〜』
「何言ってんの、明日から仕事でしょ」
『少しだけだって』
「弱いんだからやめなって、また吐くよ」
『吐いても君が介抱してくれるでしょ』
「嫌だよ」
『とか言ってやってくれるの知ってる』
「あーもうそういうとこ最低!」
『そこまで言うことないだろ』
「二日酔いのあんたに付き合うなんてごめんです」
『ケチ』
「その歳にもなって介抱して貰えることにまずは感謝しなさいよ」
『(笑い声)』
「また笑って誤魔化す」

「私そろそろ帰るよ」
『あ、送ってく』
「歩けんの?」
『余裕です』
「ふらついてんだよなあ」

(外を歩く音)

(改札の音)

「あのさ」
『ん?』
「今度の休み、暇だったりする?」
『何?デート?』
「みたいなもんかな。ほら、私趣味で作ってるピアスあるでしょ」
『あー、レンジ?』
「レジンね。適当なんだから」
『それがどうしたの?』
「お店に置いてもらえることになったの」
『へーすごいじゃん』
「どんな感じで置かれてるか見たいから、一緒に行ってくれない?」
『おー、いいよ』
「ありがと。じゃ、また」
『気をつけてな』
「そこの酔っぱらいこそ」
『うるせ』
「おやすみ」
『ん、おやすみ』

(外を歩く音)
男:彼女はいつも僕の家に来る。
お酒を持って、つまみを持って。
部屋に入ると、いい大人の部屋と思えないと
呆れた顔をして片付ける。

(家の扉を開ける音)
その横顔を見ながら
申し訳なさと、恥ずかしさと、嬉しさと、
愛しいと思う気持ちを誤魔化すように
鼻で笑う。

そんな日々を続けている。

(時計の音)
(窓を開ける音)

『結構ちゃんと飾られてるもんだな』
「ね、嬉しかった」
『売れるといいな』
「私これでもネットでは割と人気なんだよ」
『知ってる。たまに売り切れてるのも見てる』
「…ちゃんと見てるんだ」
『何がいいかは分からないけどね』
「一言余計」

『つーか寒くね?窓閉めようよ』
「抱きつけば温かいんじゃないです、か!」

(抱きつく音)
『うわ、やめろ!』
「やめろって何よ」
『いやごめん、反射』
「本当最低」
『ごめんて』
「ねえ」
『ん?』
「私安定してきたらアクセサリーの仕事だけに絞ろうかなって思ってるの」
『おー、いいんじゃない?』
「そしたらさ、家で仕事できるよ」
『流行りの在宅だね』
「……家事もしながら、仕事出来るよ」
『普段からそんな感じじゃない?』
「あんたの部屋をってこと!」
『……そういうこと』
「どう?」
『あー、うん(笑い声)』
「…また誤魔化す」
「(ため息)」

(肩を叩く音)
『…なに?』
「なんでもない」
『いやめっちゃ叩いてきたじゃん』
「…なんだかんださ」
『ん?』
「応援して、見守ってくれてたでしょ」
『そりゃまあ、好きなこと仕事にできるのはいいことだし』
「うん、だから、ありがと」

「色々、踏ん切りついた」

(時計の音)
(テレビの音)

『ドラマってさあ』
「ん?」
『基本ハッピーエンドだよね』
「そりゃドラマの世界でまでバッドエンドにする必要ないでしょ」
『現実は厳しいって話?』
「そんな感じ」
『これ僕最終回当てられる。この男が駅まで迎えに行って、彼女が泣いてキスして終わり』
「ベタだなあ」
『絶対そう。賭けてもいい』
「なに賭ける?」
『次の一杯』
「飲みたいだけじゃん」
『(笑い声)今日泊まってく?明日休みでしょ』
「んー、これ見終わったら帰ろっかな」
『了解、じゃあ送ってく』
「……ありがと」

(部屋の扉を閉める音)
(外を歩く音)

『あー酔った』
「年々弱くなってない?」
『歳かあ』
「ちょっと髪の毛後退し始めたもんね」
『は?嘘だろ』
「どうかな」
『勘弁してくれ』
「(笑い声)」

(改札の音)

『あ、じゃあまた』
「ねえ」
『ん?なに?』
「別れよ」
『……は?』
「だから、別れよ」
『急に、なに』
「急じゃない。ずっと考えてた。ずっとずっと考えてた」
『はじめて聞いたけど』
「好きだよ、まだ」
『ちょっと待って意味わかんないんだけど』
「でも嫌いなとこも沢山ある」
『…俺もあるし』
「知ってる、そんなもんだよね」

男:何故か、晴れ晴れとした顔をした彼女が
僕に別れを告げている。

「今まで、ありがと」
「なんか、私ひとりでやれるなって」
「今日思えたから」
「嫌いなとこをさ」
「嫌いになる努力してみよっかなって」

『なんだよ、それ(笑い声)』
「そこだよ」
『は?』
「そうやってなんでもない顔して。ずっと誤魔化してくんでしょ、私のこと、私とのこと」
『…君、酔っ払ってる?そうでしょ?』
「あんたじゃないんだから、違うよ」

「もう、二日酔いのあんたに付き合うこともないよ」

『……』
「(ため息)ほらね、やっぱり何も言わない」

「だから。じゃあね」

(歩き出す音)

『まっ』

『まって、よ』

男:悲しいのに、納得できないはずなのに
いつかこうなることが分かっていた気がする自分がいる。

『……いや』

『追いかけろよって話だし』

(走る音)

(改札を通る音)

男:待ってよ、ごめん、誤魔化してる訳じゃなくて

照れくさかっただけで

(電車の音)

(ベンチに座る音)

『……次、次こそ、乗る、乗って、追いかけて』
 
『…さむ』




(電車の中の音)

「やっぱり、追いかけてこないじゃん」

「離れ離れを選んだのは、私じゃないんだから」

 


 男:考えて、考え過ぎて
彼女の泣いた顔が夢に出てきて

いつもの、呆れたような
僕が好きだった横顔で去っていく。

(人を揺する音)
<お客さん、お客さん、終電終わってるよ>
『あ、は、はい』
<なんてとこで寝てんの。風邪引くよ。帰ってもらわないと>
『あ、すみ、ません…』

(外を歩く音)

『……帰るか』


男:終わりは呆気ないもので。
それもきっと、ドラマと映画と違うところで

『僕が泣くのも、なんか、違うよな』

彼女が今泣いてるのもわかっていて
彼女がもう、僕の家の最寄りに来ないこともわかっていて

『(鼻で笑う声)』

それでも僕は追いかけられない。








参考:Indigo la End『名もなきハッピーエンド』


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