CAさんがさっきから
CAさんがさっきから「お客様の中に云々」と言っているのでイヤホンを取って耳を澄ませると、「お客様の中に機長のお父様はいらっしゃいますか」と言う。いるわけないだろと思ったけれども、そういえばおれは機長のお父さんだったような気がしてきたので「父かもしれません」と名乗りあげると、「それはよかった、こちらです」と操縦室に案内された。
ドアをノックして「父だが」と操縦室に入っていくと、おれよりも明らかに年上の機長がぽかんとした顔で「お父さんですか……?」と尋ねてくるので、改めて「父だが?」と名乗りを上げたのだけれども、「本当にお父さんですか?」と不安そうな機長。
そんな顔をするんじゃない。べつに確信があってやってきたわけじゃないんだから、自信がなくなってくるじゃないかと心配になる。でもここでくじけてはいけないなと気を取り直し「本当に父だが」と断言すると、機長は「良かった。運転中に不安になってしまって」とほっとしたように言う。
「お父さんにそばにいてもらえたら心強いです」と機長。なにを情けないことを言っているんだと思ったけれども、よくよく冷静になって見てみると、さっきからなにかの警告音がずっと鳴りっぱなしだし、赤いランプはくるくると回っており、なんらかの非常事態が発生しているものと思われた。
「どうしたんだ。えーと、お名前は」
「さとしです。お父さん。さとしです。敏いと書いて敏。お父さんが付けてくれた名前です」
「敏。どうしたんだ」
「当機はコントロールを失って降下中なんです」と機長。確かにさっきからずいぶん降下しているような気がしてきた。
「どうしてコントロールを失っているんだ。コントロールを取り戻しなさい」
「できないんです。教わったことが急に頭から抜けてしまって」とおろおろとした様子で機長。
ふざけてはいかんぞ敏、と叱りつけようとしたけれども、さっきまで知らなかった人のことを急に叱りつけるのも気が引けるなあと思って尻込みしていると、CAさんが後ろから背中をつついてきて、「叱ってやってください」と言う。
なんで知らない人を叱ってやらないといけないんだと思ったけれども、このままでは墜落してしまうおそれがあったので、「こら敏、なにを情けないことを言ってるんだ」と声を張り上げると、機長ははっとした顔つきになった。
「この飛行機には今、たくさんの人が乗っているんじゃないのか。六人ぐらいか?」と尋ねると、CAさんが後ろから「200人です」と教えてくれるので、「200人からの命を預かっているんだぞ。200人と言ったらおまえ、大変だぞ」と言うと、機長は急に目が覚めたようになって、「お父さん、目が覚めました」と操縦桿を握って飛行機を立て直し始めた。
それで飛行機はなんとか元の航路を取り戻して無事に目的地に到着した。やれやれ一段落だと思いながら飛行機から降りていくと、にわかに機長が正気を取り戻したのか、
「大変申し上げにくいのですが、あなたはわたしのお父さんではないような気がするのですが」と非難してきたので、「そんなことははじめからわかっていたことではありませんか?」と言い返してやると、機長もしゅんとなって「そうですよね、すみません」となった。
こっちだって、どうして急にお父さんだったような気がしてきたのか、全然わかんないんだから。