日記 幽霊寿司を買いに行く
・幽霊寿司(幽霊寿し)を買いに行く。幽霊寿司というのは小僧寿しで売ってる寿司で、夏になると期間限定で売る寿司のことで、本当は山口県の郷土料理らしい。
・何年か前にツイッターで流れてきたのを見て以来食べてみたかったものだ。
・それで買いに行く。電話をして、買いに行きますということで予約。合わせて家を出る。
・とても暑い。
・暑いせいかみんなマスクをしていない。人間の顔を見るとわずかにぎょっとする。うわっ顔だって思う。こんなところに顔があるんだって思う。
・西武線に乗る。
・長瀞ライン下りのポスターを見かける。船に乗って長瀞を下るというものだ。下った後はどうするのだろう。戻れるのだろうか。帰れなくなって途方にくれる人のことを考える。
・秋津駅で乗り換えて新秋津駅まで歩いていく。途中でかき氷を売っているのを見る。今まさに削っている最中で、信州の水を使った氷というようなキャッチフレーズが書いてある。
・昔、ジュンク堂で埼玉県立川の博物館のテーマ展「天然氷」の図録を買ったことがある。
・令和3年現在、全国で天然氷を作っている氷屋は七軒しかないということで、そのうちの一つが長瀞にあるらしい。
・12月頃に四角い枠で作られた天然氷用の氷池が凍ったあとも、表面に落ち葉とかゴミがつかないよう掃除をしないといけないのだそうだ。
・駅で待ってると西武ライオンズの電車がくる。電車に選手の顔がプリントされている。当人はおれの顔だって思うのだろうか。どう思うのだろうか。
・車内では光のこない方の席に座る。どっち側に太陽がくるかはもう賭けなので太陽のこないほうに座れればいいなと思いながら座る。
・間違えたな。
・太陽めちゃくちゃくるわこっち側。
・反対側に座ろ。
・座りなおす。
・せっかく座り直したのにまた太陽が来る。
・ぐるっとカーブしたのだろうか。
・下山口駅で降りる。
・遊園地が近いのか、汽笛の音と何かアナウンスをする音が定期的に聞こえる。遠くの遊園地の音はふしぎな気持ちになる。
・竹藪を通る。竹藪を風が抜ける音かどうかわからないが、ものものしい物音がする。
・近くに富士塚があったので富士塚に登る。富士塚に登るのは久しぶり。
・富士山は見えなかった。
・明治の頃にみんなで積み上げて作ったらしい。荒幡富士。
・わたしの近所に富士塚を作りますということになったら、わたしは手伝いに行くだろうか。行くかもしれないな。
・帰り道にお地蔵さんがあったのでお線香をあげる。わたしは常にお線香とライターを持ち歩いているので、香炉があれば勝手にお線香をあげている。ゲリラ線香。
・それから小僧寿しに行く。幽霊寿司を購入。思ったより小さいなと思う(が、食べる時に思ったより多いなと思う)。
・帰路。電車に乗っているときに、眼下に公園のパンダの乗り物の遊具がちらっと見えて、ノスタルジーを感じる。ずっとそこにあるんだろうなと思う。
・食べる。これが幽霊寿司。
・真っ白。具がないかと思いきや実は下にあるのだ。
・ガリのような酸っぱい野菜が入っている。ツナとかエビとかなにかの魚が入っている。
・酸っぱい味がするのは幽霊っぽいなと思う。
・幽霊の味について。お化けグルメ界隈だと人魂の天ぷらが有名だけれども、幽霊はどんな味がするのだろう。
・作家の中井英夫は『古い時計――映画の時間・観客の時間』というエッセイの中で、
“もっとも、誰でも子供のころから、喰べたこともない金魚や蟻の味を知っている筈だから、”
と述べているのとおんなじように、わたしたちもおそらく幽霊の味については知っているはずなのだと思う(なにしろ生まれる前は幽霊的な存在だったのだから……)。
・そういうことを鑑みると、やっぱり酸っぱいんじゃないかな。幽霊の味は。
参考
ゆうれい寿司が文化庁の「100年フード」に認定されました|宇部市公式ウェブサイト https://www.city.ube.yamaguchi.jp/shisei/kouhou/kishahappyou/1008059/1018189/1018524.html