2022年10月 ワクチン四回目日記

 四回目のワクチンを打ちに都庁に行ったときのこと。打ち終わった人間が15分間、アナフィラキシーショックを起こしてのたうちまわったりすることがないように待機している場所があると思うんだけれども、ワクチンを打ち終わったおれもそこで待つことになった。ずらっとパイプ椅子が並んでいて、そこにワクチンを打たれた人間がずらっと座っていた。
 椅子の前の方にはモニターがあって、そこには上野動物園のパンダが映っていた。東京都だから、おそらく東京都の施設のCMをやっているということなのだろう。「上野動物園のパンダか」とおれは心のなかでつぶやいた。コロナウイルスのワクチンを打ったあとに見る映像としては適切なような気もしたし、不適切なような気もした。パンダのシャンシャンだかランランだかは動物園の職員に抱えられたり餌を食べたりしているらしかった。
 おれは椅子に座ってスマホをポチポチ見始めた。それから少し経ってからまた前の方にあるモニターを見ると、また上野動物園のパンダが映っていた。
 正気か、とおれは思った。もちろん、別に上野動物園のパンダがいつまでもモニターに映っていたって構わないとは思うのだが、しかしなにか、“新型コロナウイルスのワクチンを打ったあとの人間に見せるのに適切な映像”というものがもっとあるはずじゃないか、という気もしてきた。
 もちろんそれは、ワクチン副作用救済センターの連絡先とか、今夜はオフロに入っていいのか悪いのかとか、そういうまじめくさったことではなくて、なんというか、「クリスマスの夜に見たい映画はコレ!」みたいな意味での「ワクチンを打ったあとに見せられるのにふさわしい映像はコレ!」というものがなにかあるのじゃないかという意味だ。
 それがなんなのかおれにはわからないけれども、でも上野動物園のパンダの映像が延々流れ続けているモニターというのは、なんか違うんじゃないかというような気もしたし、いやいやこれこそそれだよというような気もした。何もわからなかった。パンダはかわいらしくのたうちまわっていた。おれはずっと昔に自分がパンダだったことがあるような気がしてきた。
 15分はすぐに経って、おれはアナフィラキシーショックでのたうちまわらないようにする待合室を出ていった。銭湯に安く入れるデジタルチケットを配っていたが、もらわずに帰った。

終わり