見出し画像

不思議な映画、その三 『逃亡地帯』

 アーサー・ペン監督、マーロン・ブランド、ロバート・レッドフォード、ジェーン・フォンダという顔ぶれに興味を惹かれ、アマゾンで見たのだが、不思議な映画だった。内容は、ウィキペディアに「脱獄囚が戻ってくるとの噂に町の住民が集団ヒステリーを起こす姿を描いた映画」とあるが、まさにその通りの映画だ。その脱獄囚とはババ(ロバート・レッドフォード)と、もう一人で、二人は途中で自動車を奪おうとして、乗用車の持ち主をドアから引きずり出すが、その時、岩の角に頭を打ちつけて死んでしまう。ババはそれに関与したわけでなく、もう一人の脱獄囚がもみ合って殺してしまったのだ。その片割れは乗用車に一人、乗って走り去ってしまう。乗用車の後を追う囚人服のババ。そこにトラックに乗った黒人の老女とその孫らしき男の子が通りかかる。男の子は「困っているみたいだから、乗せてあげよう」と言うと、祖母は「白人のもめごとに関わってはダメ」と言う。不思議そうな黒人の男の子。これは映画『逃亡地帯』の基本構造になっている。
 ババは、自分の故郷の町であるタール市という町に向かうが、そこは石油を掘り当てて億万長者になったヴァルという男の支配下にある。ヴァルは息子のジェイクを自分の後継者にしたいと思っているが、父親の傍若無人な振る舞いを幼い頃から見ているジェイクにそのつもりはなく、蓮っ葉な生き方をしているアンナ(ジェーン・フォンダ)という女性と付き合っているが、アンナはババの妻だった――というのが基本的な人間関係だ。
では、マーロン・ブランドはと言うと、タール市の保安官カルダーだ。カルダーは、ヴァルが保安官に指名したようなものだったが、カルダーはヴァルに媚びへつらう白人の中流階級を嫌悪し、ババが脱獄して故郷に戻ってくるという報道に集団ヒステリーになった男たちから、ババの身を守ろうとするが、集団昼テリーになった男たちから、袋叩きにされてしまう。あとはカルダーとヴァルの腰巾着の男たちの壮絶な戦いと、その狭間で翻弄されるババとババの妻のアンナ、彼女の現在の恋人でヴァルの息子のジェイクの三人と、ババを自首させるしか助ける道はないと言う、カルダーの三つ巴の争いを描く映画が『逃亡地帯』で、ババ(ロバート・レッドフォード)と、正義感にあふれた保安官カルダー(マーロン・ブランド)は入れ替えた方が自然のように見えるけど、当時、ロバート・レッドフォードはまだ新人扱いだったので主人公といえば主人公だが、出番は中盤以降が中心のババに割り振られたのかもしれない。推測だけど。ドラマとしては無実の罪を着せられ、警察の捜査から逃げ回る医者、キンブルを描く『逃亡者』みたいな活劇映画かというと、そうではなくてタール市という田舎の町に巣食う白人の中上流階級の滑稽で自堕落なエゴイストぶりを皮肉たっぷりに戯画化した映画と言うべきだろう。

彼らの親たちは、すぐ隣の家で子供たちに倍した乱痴気パーティーに明け暮れている。写真がなかったので……中央の黒眼鏡のチビの青年は『俺たちに明日はない』に出ていたように思う。

 だから映画の半分近くはヴァルとヴァルの腰巾着たちの乱痴気騒ぎを描く群像劇みたいで、ロバート・アルトマンの『ナッシュビル』みたいだと思ったけれど、画像がないので上の写真だけにしたが、ペンはアルトマンみたいに意識的に群像劇にしたわけではない。私は結構面白く見ていたが、不満に思う人は多いかもしれない。その点では不満が残るけれど、ヴァルの口利きで保安官になったくせに、ヴァルの言うことをきかないカルダーに対するヴァルとヴァルの腰巾着が保安官のカルダーに襲いかかるシーンはトランプの信奉者がアメリカの議会に乱入した騒ぎと酷似していて(保安官事務所とアメリカ議会のちがいだけだ)、アメリカの分断の根深さを改めて知った思いがした。ちなみに不思議だったのは、保安官事務所の奥の部屋が保安官の私宅になっていることだった。これはホワイトハウスが、大統領の事務所兼私宅であることと同じ……なのかな? アメリカ人に聞いてみよう。
 痛めつけられた保安官の身体を思いやる健気な妻を演じているのは容姿的にも、役柄的にも「寅さん」の妹のさくらに似ているなあ、誰だろうと思っていたら、なんとアンジー・ディキンソンだった。セクシー女優だと思っていたが……。

ヴァルたちに痛めつけられたカルダーと妻のルビー。倍賞千恵子と……イメージが……
アーサー・ペンらしい


 アーサー・ペンはこの翌年、時代を画する『俺たちに明日はない』を撮る。『逃亡地帯』は戯画化が過ぎているような感じがないでもなかったが『俺たちに明日はない』のための準備だったと考えてもいいだろう。ボニーとクライドは、アンナとババ、そして、本来敵役だが、アンナとババと行動を共にし、最後は死んでしまうヴァルの息子、ジェイクが絡む……という点では『俺たちに明日はない』より複層的だ。ジェイクを演じているのは誰だろう、どこかで見たような感じが……と思っていたがイギリスの俳優、ジェームズ・フォックスだった。いかにもアメリカ人らしいなあと思っていたのだが。ちなみに、ジェームス・フォックスという役者は全然知りませんでした。(原題は『The chase』)

ジェイクとアンナ(ジェーン・フォンダ)
アンナとババ(ロバート・レッドフォード)。奥はジェイク(ジェームス・フォックス)

『逃亡地帯』って覚えにくいなあ題名だなあ。ペンの次作『俺たちに明日はない』は、つい『明日に向かって撃て』と重なってしまう。私だけか? タイトル写真は保安官カルダーに身を委ねたババとその母親。この後、ババは……と書くと、ネタバレになるので……。タグは「70年代ハリウッド映画」にしたけど、実際につくられたのは一九六六年。でも70年代の雰囲気が濃いように思う。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?