{小説}「鬼姫霧中」{本編 R18要素あり}

白く霞む視界。

聞こえる笛の音。

うっすらと見える巫女装束。

笛の音が途絶え、

「・・・ここが全て・・・」

彼女の声が届く。

「私にとって、ここが全て、なのだから・・・」

  *  *  *

ふっと目が覚める。
目覚ましなど鳴ってはいない。
布団に大の字になったまま目を開ける。
天井の木目と目が合う。
夜風が俺の頬を撫でる。
布団をかけていないからか、なんだか肌寒い。
夏でも、夜は少し冷えるようだ。

俺、峰山啓夜(ミネヤマ ケイヤ)本人はこの田舎町が特別好きでもない。
しかもその街の更に奥、山楼にある民宿になんて住みたいとも思っていない。
なにより、都会に慣れてしまえば田舎は生活に困る。

けれども俺は忘れられない。
ある幼子の夏に起こったことを。
セミのうるさい時期に、その音すら忘れてしまうような。
そんな過去の記憶。
それだけを頼りに、夏の長期休暇を利用して、毎年こんな場所に足を運ぶ。
俺ですら自分のことを危ぶんでしまう程に。
それでも。
もう一度。
もう一度出会うために。

これはそんな昔の記憶と今を繋いだ、少し不思議な物語・・・

俺がこの民宿に初めて足を踏み入れたのは、小学生の頃。
その頃、俺はこの田舎町に住んでいた。
人付き合いのいい人たちの中で、近所の友人たちと遊んでいたのを覚えている。
名前も思い出せないような友人たち。
小学三年で転校したせいか、もう行方すら定かではない。

俺たちの遊び場は客の少ない古びたこの民宿。
鬼ごっこやらちゃんばら、かくれんぼ、缶蹴り。
いろいろしたことを覚えている。

その日も、友人たちといつも通り遊んでいた。
「今日はかくれんぼしようぜ!」
そんな誰かの意見にみんな賛成した。
誰かが鬼になり、かくれんぼは始まる。
その頃、俺達は隠れる範囲なんて決めていなかった。
もちろん、隠れられる物が民宿ぐらいだからそれでいい・・・はずだった。
だが、俺は新しい隠れ場所を見つけてしまった。
民宿の裏手。
普段は何もないただの雑木林の印象しかないそこには、
その日は赤い鳥居が見えた。
鳥居は元からそこにあったかのように堂々と立っていて、
その足を支えるように石畳が続いていた。
鳥居はいくつも並んでいて、民宿裏の山を登るように続いていた。
ただの好奇心から、俺は鳥居をくぐる。
その土と石畳の境界を越えて奥へと進む。
鳥居をいくつもくぐり、その度にそれの影が俺の上を通り過ぎていく。

そうやってどのくらい歩いただろうか。
いつの間にか裏山の頂まで来ていた。
頂といっても意外にも平らだった。
そして登りきった俺の目の前には、一つの神社。
屋根の瓦は今にも落ちそうで、柱も朽ち始めている。
賽銭箱はいつからその口を開け続けているのかわからないくらいだ。
その風景を見て、少しの不気味さを感じつつも近寄ってみる。
その時。
「もーいーかーい」
誰かの声が聞こえた。
俺は咄嗟にその神社のやぐらの下に入り込む。
かくれんぼをしているのを忘れていた。
そのままじっと待つ。
鬼の人が来る気配はない。
周りには風の通り過ぎる音と葉の擦れ合う音だけ。
遠くで早出のセミの声が聞こえた。

そのままどのくらい待っただろう。
やはりだれも見つけには来ない。
そろそろ他のみんなは見つかっただろう。
そんなことを思ってやぐらの下から出ようとしたとき。
カサッ
近くで草を踏む音。
驚きつつもその場で動きを止める。
わざわざ出て行って見つかるのが嫌だったのだ。
でも、視界に入ってきたのは綺麗な肌色に長めの白い着物。
上半身までは見えないが、その人がだんだんとやぐらの方に近づいてくる。
そこで一言。
「もーいーかーい」
今思えば最初に聞こえた声と同じ声色。
明らかに少女の声で、可愛らしく、澄んだものだった。

その声の主が徐々に俺の目の前まで来て。
「みーつけたっ!」
いきなりやぐら下を覗き込んでくる。
その動作に驚いて床下に頭をぶつけてしまう。
「あははっ!大丈夫?」
目の前に差し出される手。
白く長い袖から少しだけ出ている手は、明らかに俺を誘うもので。
無邪気に笑いかけてくる少女がそこにはいた。

「みーつけたっ!」
無邪気な少女。
笑いかけ、手を伸ばされ。
俺は戸惑いながらも、その手を取った。
それが、俺の現実を喰らうとも知らずに。

「大丈夫だった?さっきすごい音したけど。」
やぐらの下から出てきた俺に、彼女は質問する。
「さっき、山の下の方でかくれんぼしてる人いたけど、お友達?」
「あ、あぁ。俺の友達。」
「そっか。」
一瞬のさみしそうな表情。
「君のこと探してたよ!あとは君だけみたいで。」
けれどそんな表情もいつの間にか消え、笑う。
「あ、ホント?じゃぁ俺もそろそろ行かないと。」
そう言って俺は歩きだそうとして、
「待って!」
手首を掴まれる。
痛かった。
痛いほどに、彼女の力は強かった。
「ど、どうしたのさ、急に。」
俺もまだ小学生。
見知らぬ可愛らしい少女と、いきなり話せと言われても無理がある。
「いや、その・・・。」
「ごめん、ちょっと、手、離してくれる?」
「うわわぁ、ごめんなさい!つい手が出てしまって!」
驚いて離れる彼女の体が急に傾く。
つまずき倒れそうになる彼女。
俺も、つい。
「危ない!」
彼女の手を引っ張った。
正直、すごく軽かった。
まるで、服の重さだけのような。
「はうぅ、ごめんなさいです。なんだか慌ててしまって・・・」
少女がしきりに頭を下げてくる。
「そんないいって!気にしてないから」
本心は困っていた。
少女に頭を下げさせているのを誰かに見られたら・・・
「誰も来ないよ」
唐突に芯のある声。
さっきまで謝っていた少女とは思えない鋭さ。
「誰も、来れるわけない」
もう一度、今度は囁くように。
「えっ、どうして・・・」
その時の俺には彼女がなにか別のものに見えた。
人間ではないような、何か。
しかし。
「え?あぁさっきね?みんなが民宿に向かうところ見たから」
その声色は、もう最初の頃の少女に戻っていた。
「それじゃぁ、ほんとに俺も帰らなくちゃ」
「そ、そうだよね、そろそろ暗くなりそうだし」
夕日は山に入るか入らないか。
俺も帰らなければ。
「それじゃぁね」
「待って!」
歩き出そうとした俺の背中にさっきと同じ声。
手は、掴まれなかったが。

彼女は聞いてくる。
「ねぇ、名前、なんていうの?」
「俺の?」
「うん」
「俺は、峰山啓夜。君は?」
「私?」
「うん。君のも教えてよ」
「私は・・・尾根隠、鬼姫(オネカクシ キキ)」
「キキ、ちゃん、でいいかな?」
「・・・うん。いいよ」
「それじゃぁまたね、キキちゃん!」
「待って!」
またも呼び止められる。
「ねぇ、明日も、来てくれる?」
彼女の瞳が俺を見つめる。
その目は俺だけを見つめ、答えを待っていた。
「明日?いいよ。その時は、一緒に遊ぼうね!」
俺はいつもの友達と何ら変わりなく返したつもりだった。
なのに、
「そっか。ありがと」
元気がない気がした。
「じゃぁ、指きりしよう、指きり!約束の証だよ!」
だから俺は、そう言って彼女の手を取る。
「ゆーびきーりげーんまん、・・・ゆーびきった!」
手が離れる。
「これでちゃんと約束したからな。明日、お前もちゃんと来いよ!」
俺はそう言い残して裏山を降り始めた。
残された少女は呟く。
「どうして、形のないもので、約束なんてできるの?」
「どうして、明日なんて来ると思ってるの?」
俺はその時気付いていなかったが、後になって異変に気づく。
彼女に握られた手首。
青痣がくっきりと、消えず残り続けることを。

怪奇は起こり始めていた。
俺と彼女が出会えたことで。

俺が鬼姫と会ったその晩は、満月だった。

翌日、俺はいつもより早く起きた。
朝食を済ませ、遊びに行くと親に言い残し、俺は家を出た。
俺の家は民宿のある丘を少し下ったところにある。
毎朝早く出かけてしまう父親。
母親はパートとして働いている。
そのため、夕飯を両親が作れない際は民宿にお邪魔していた。

俺が今日早く起きた訳。
何も遠足前のように張り切っていたわけではない。
昨晩の夕食の席での会話。
それが引っかかって仕方ない。
昨日の夕食時。
俺はともに遊んだ友人三人に話してみた。
かくれんぼの途中で何が起きたのかを。
だが、その時誰かが言ったのだ。
「俺、そんなん見てねーぞ?」
俺は驚くよりも、嘘を言っていると疑った。
「いや、あっただろ。あんな大きいもの見えない方がおかしいって」
「だからホントになかったんだって。それに・・・」
「あぁそういえば、確かにお前、民宿の裏口前に隠れてたもんな!」
もう一人、別の友人が笑う。
「じゃぁ絶対見えるはずだって!何隠してんだよ」
「じゃぁさぁ啓夜。」
俺が詰め寄ろうとしたとき、今まで喋っていなかったもう一人。
だけど、なんだかいつもと様子が違った。
目が虚ろで、なのに声の芯だけははっきりしていた。
「啓夜、お前どこに隠れてたのさ」
「お、俺?だから俺はその先にあったやぐらに・・・」
「じゃぁ、なんでお前、民宿前の林の方から出てきたんだよ」
問いただすような彼の口調に皆が固まっていた。
でも確かに思い返すとそうだった。
俺は民宿の正面を見据えるように林を抜けた。
「それは・・・」
答えようとした俺の目の前で、一瞬止まる彼。
そして、
「ご、ゴメンないきなり。俺どうしちゃったんだろうな、あははっ」
急に元に戻った。
「ごめん。俺、先帰るわ!」
彼はそう言って早々に帰ってしまった。
残された俺たちも、昨日はそのまま帰った。

今日は日曜日。
今日も休みだからいるはず。
俺はそんな子供じみた理由を信じて丘を登りきる。
約束したから。
そんな理由で。
民宿の裏にまわる。
昨日自分が鳥居を見つけたと思われる場所まで歩いていく。
次は鳥居があったはずの場所まで。
そして、石畳のあるはずの場所まで。
そのまま、やぐらのある場所まで。
行こうとした。
だが今の俺の目には、そもそもそれらすべてが見えなかった。

「なん、で・・・」
俺は探す。
昨日通った道を探す。
「あれ・・・?」
そして発見する。
雑草やコケに覆われた石畳の名残を。
もう完全に使われていなさそうなそれらを。
昨日はあんなにも綺麗だったのに。
しかし、見つけたことに変わりはない。
俺はその手がかりをたどって歩き出す。
ほんの少しずつ登っていく道。
続いている。
これは昨日の場所まで続いている。
俺がそう思った矢先。
数メートル先に、道を塞ぐようにロープが張られていた。
少しずつ近づく。
ロープは道以外にも一直線に張られているよう。
そのままロープに触れるぐらいまで近づいて、俺は絶句した。
ロープの先1mもみたない距離。
その先に見えるものは何もない。
道が、閉ざされていた。
それだけじゃない。
顔を上げた俺の目に、やけに眩しい日差し。
森の途中で直射日光。
そう。
俺の目の先は、全て崩れ去ってしまっていた。
裏山なんてものは、そこにはなかった。
ただ、崩れ落ちた土砂しかなかった。

うなだれ帰った俺の耳に、昨日先に帰った友人が行方不明だという言葉が、聞こえた気がした。

友人の行方が知れたのは消えてから数日後のこと。
彼は民宿の裏手、谷のように地面のえぐられたその底で発見された。
全身にすり傷や痣、腕や足は骨が折れていた。
彼は死んでいた。
彼の遺体はなんとか引き上げられた。
死因は失血死。
暴れたような痕跡はなく、ただ、谷の上から落下したと推測された。
死亡動機は不明。
死亡推定時刻は深夜。
彼の母親も、彼が寝床に入るところまで確認していたらしい。

俺は恐怖した。
それは大人になっても忘れることのできないほどの重圧。
どうして彼が死んだのか。
あの話をしたからか?
自分が変な場所へ行ったからか?
どんな些細な疑問も、全てが自分の罪を証明しているようで怖かった。
俺は悪くない。
そんな言葉で逃げられたらどれだけ良かっただろうか。
すべてのタイミングが良すぎた。
なぜなら。
彼が落ちたと思われる場所は、俺が谷底を覗いた場所と、全く同じだったから。

俺は怖かった。
それからしばらくは家にこもった。
学校も行けなかった。
何かの拍子で、誰かを同じようにしてしまいそうで。
俺はそんな状態で過ごした。

そろそろ1ヶ月が過ぎようとしていたある晩。
俺が眠ろうとしたとき。
不意になにか聞こえてくる。
透き通った、木の中を風が吹き抜けるような音。
どこかで聞いたことがあるようで、それでもどこか違う音色。
笛の音。
よく響く笛の音が、だんだんとはっきりと聞こえてくる。
遠くから。
俺は気になった。
親の目を盗んで外へ飛び出す。
あの日と同じような満月が道路を明るく照らす。
俺はその笛の音をたどるように走り出す。
聞こえてくるのは山の方。
上り坂を駆け上がり、駆け上がり。
民宿の前で足を止める。
闇夜に大きくそびえる建物はなんだか不気味だった。
その背後から笛の音は聞こえてくる。
澄んだ綺麗な音色が、最初よりもはっきりと聞こえてくる。
俺は民宿の脇を抜け、裏手に回る。
「あっ・・・」
そこには、あの日と同じ大きな赤い鳥居。
その下には綺麗に手入れのされた石畳。
そこに、一歩。
また一歩。
俺は踏み込んでいく。
足元にうっすらと白い霧が這っていた。
進めばそれだけ笛の音も増す。
俺は慎重に歩を進める。
だが、一向にあの道を塞ぐ紐は見えない。
それどころか、裏山に月が隠れて。
「裏山・・・?」
俺は辺りを見渡す。
崖崩れなんてどこにもない。
それどころか、俺の向かう先は更に傾斜を上げている。

裏山があった。

裏山を恐る恐る登り続ける俺。
そして山頂に立つやぐらの屋根が見え始めて、徐々に見える範囲が増え、そして。
視界に入ったのはそれだけ。
笛の音は消えていた。
満月に照らされたやぐらが佇んでいた。
その時、ガサリと後ろの茂みで音がする。
それは徐々に自分に近づいているようで、その足音も徐々に早くなり。
俺は意を決して振り向く。
そこには、
「啓夜くん!」
今まさに飛びついてこようとする鬼姫が。
「うわぁああぁぁあ!」
驚きで動けなかった俺と鬼姫、二人思いっきり倒れこむ。
「あはははっ!啓夜くん大丈夫?」
俺の上に乗ったまま鬼姫が言う。
「いててて・・・。ってキキちゃんか。なんだびっくりしたぁ」
先に立って俺に伸ばしてくる鬼姫の手を掴んで立ち上がる。
その時になって気づいたが、鬼姫の左手にはなんだか古そうな笛。
「キキちゃん、それ・・・」
「あぁこれ?さっきまで吹いてたの。だけどね、誰か来たと思ったから隠れたの」
「そしたら、俺だったってこと?」
「・・・うん」
ちょっと俯きがちに答える鬼姫はなんだか可愛くて。
ほんの少し、頬が赤い気がした。
「・・・ねぇ、その笛、ちょっと吹いてみてよ」
少しの沈黙が逆に恥ずかしく、話を振る。
「これ?いいけどどうして?」
「いや、来る途中も聞こえてたけどさ、綺麗だなぁと思って」
「そう、なんだ。ならいいよ!吹いてあげる」
その笛は写真でしか見たこともないような古そうな笛。
木で作られた横笛。
その穴の一つに、鬼姫の柔らかそうな唇がそっと触れて。
その白く細い指が、器用に動くたび、音、また別の音、と響いていく。
息を吸い込むたび、鬼姫の口が笛から少し離れ、また触れる。
目をつむり、真剣に吹き続けるその顔を、月が照らしていた。

どのくらい聴き続けていただろうか。
月がもう頭上を通り越していた。
途中からやぐらの端に座って聞き入っていた。
何度目かの休憩。
鬼姫が笛を持って俺の右横に座る。
「こんなに聞いてくれた人、初めてかも」
月を見上げる少しはにかんだ彼女の顔。
その顔がつい可愛くて、頬が熱くなる。
見られないように顔を伏せる俺。
「ねぇ、なんでこんなに聴いててくれたの?」
「なんでって、そりゃ上手いし、頑張ってたから。」
「そんなふうに言ってくれた人も、初めてかも」
「みんなそう思ってそうだけどな」
俺は彼女の視線を直視できずに左へ視線をそらす。
そんな俺の右肩になにか触れる。
そこから伝わる一定のリズム。鼓動。
鬼姫の白くて細い腕が、ゆっくりと近づき、指先が、そっと俺の頬を撫でる。
鬼姫に誘導されるがままに、俺の顔が鬼姫の方を向いて。
そして、目の前に迫った彼女の顔。閉じた眼。
触れる唇。
一瞬だけ、彼女の舌が俺の口内をくすぐって、離れていく。
唇のあいだで糸を引く。
俺はきっと驚きで目を開けたままだっただろう。
鬼姫はとじていた目を開けて俯く。
顔が真っ赤なのはお互い同じだろう。
月明かりの下でも分かってしまうくらいに。
「ねぇ、なんで私が、こんなに頑張れたと思う?」
「え?」
「それはね・・・。その、啓夜くんのこと、その・・・好き・・・だったから、だよ?」
「!?」
未だ小学生の俺は、まだそんなことを言われて耐えていられるほどのモノは持ち合わせていない。
ただ口をパクパクと開閉することしかできない。
どんどん顔、全身が暑くなってくる。
「いきなり過ぎたかな?ごめんね?でも私が生きてきた長い時間の中で、一番好きになれた人だったから。だから、これだけは伝えたくって・・・。その・・・ごめんね!」
そう言い残して走り去ろうとする鬼姫。
その後ろ姿に対して俺は。
「ま、ままっ、待って!」
すごくどもりながらもなんとか声を上げる。
足を止める鬼姫。
「その、俺だって!こんなに聞いてられたのは、キキちゃんが吹いてたからだよ!俺授業で流されたのなんて全部寝てて覚えてないけど、それでも、キキちゃんのだけは聞いてて、その、聞けて嬉しかった!」
「啓夜、くん?」
「俺もきっと、キキちゃんのことが・・・好き、だからだよ!きっと」
「啓夜くん。その言葉、一番、嬉しいな」
「でもゴメン!」
でも俺は、謝らないといけないことがあった。
「俺、もう少ししたら、父ちゃんの都合で引っ越さなきゃいけないんだ。だから、その。今は好きってことしか、言えないっていうか・・・」
なんて言えばいいのか分からなかった。
その頃の俺は、好きなら一緒にいるものだと思い込んでたりした時代だ。
けれど、
「啓夜くん。私ね?」
振り返る鬼姫。
頬から落ちる雫。
「好きな人に好きって言ってもらえたの、初めてなの。だからね、すっごく嬉しいの。私ね、さっきの言葉が聞けただけで、すっごく満足してるから」
「キキちゃん・・・。」
しばらくの沈黙。
「そろそろ、帰らないとね」
涙を拭いながら鬼姫が言う。
「そうだね。今日は帰ろっか」
俺もそう言って歩き出す。
「じゃぁねキキちゃん!」
「じゃぁね、啓夜くん」
俺達は手を振って別れた。
途中。
「俺、いつか絶対帰ってくるから!その時はまた、笛聞かせてね、キキちゃん!」
俺はそう叫んだ。
鬼姫の返事はなかったけど、届いたと信じて俺は山を下った。

山の山頂。やぐら前。
「私は、ずっと見てるからね、啓夜くん」
そう言って目をつむる鬼姫。
そして直後。
そこには誰もいなかった。

俺がこの街を離れたのは小学校三年の夏。
あの日、鬼姫とあった数日後のことだった。
その数日間、俺はまたやぐらに行こうとした。
けれど予想通り、見つけることはできなかった。
結局、あの時交わした会話が、俺が転校する前最後の会話になった。

数年が経ち。
俺は小学3年のことなんてとうに忘れかけ、新しい都会の学校で暮らしていた。
そんな俺が中学に上がる頃。
やっと暖かくなり始め、桜が咲き始めた頃。
満月の夜。
俺は夢を見た。
懐かしく、頭の奥にずっとしまわれていたこと。
鬼姫のことを。
真っ暗な視界。
足元にはうっすらと白い霧。
遠くから聞こえる澄んだ音。
笛の音。
月日が流れようと忘れられないあの音。
俺は走り出す。
暗闇の中を駆ける。
音の方へ。
音は次第に大きくなる。
そのさらに先へ。
その先にいるはずの彼女の姿を求めて。
そして、
「・・・キキ?」
見つけたのは巫女服の少女。
だが、彼女の背丈は出会った頃よりも成長していた。
ストレートの長い髪はさらに長く腰までとどき、胸のあたりも少しだが膨らみを持ち、
四肢は男性とは明らかに違う細くなめらかな曲線を描く。
身長も成長した今の俺より少しだけ小さいくらい。
だけど。
手に持つ笛はあの頃のものとなんら変わりはなくて。
その少女がこちらを向く。
その表情は少し沈んでいて。
「啓夜、くん」
彼女が右手を差し出してくる。
ほんの数センチ。
俺も手を伸ばす。
だけどその手はお互いをすり抜けて。
徐々に薄れていく彼女。
「キキ!待って、キキ!」
叫び、手を伸ばしても届かない。
寂しそうに俯き背を向ける彼女。
「待って!」
「キキ!」
目の前は天井。
暗がりに自分の部屋が見える。
こんな体験は今までしたことがなかった。
体を起こす。
汗が冷えたのか少し寒い。
もう一度毛布をかけ直す。
そんな日が周期的に訪れた。
そう。
満月の晩とともに。

そして俺は中学1年の夏。
始めて一人旅に出た。
目指すはあの民宿。
中学生の小遣いではそんなに泊まれるはずもない。
けれど行こうと思った。
あのセミの声が響く夏に。
もう一度、彼女に会うために。

だが会えなかった。
それから毎年。
夏に民宿へ泊まりに行った。
それでも、一度も会うことはなかった。
夢の中の鬼姫の姿は、毎年成長していった。
毎年見る夢。
成長する鬼姫。
それに何か意味があるのかわからなかった。

中学生の頃に始めたはずが、いつの間にか社会人となった今。
未だに俺は、あの日訪れたやぐらも鳥居も、全て見れていない。
だがどうしてもまた来てしまうのだ。
この民宿へ。

そして今年も。
また訪れた。
少しの不安と、それ以上の期待を持って。

その時の俺は知りもしなかった。
この不思議な物語の終着点が近づいていることに。

ふっと目が覚めた布団の上。
ボーっと天井を見つめながら過去の思い出に浸っていた。
都会と違ってここは、夏でも少し涼しい。
俺の上を通り過ぎていく夜風に鳥肌が立つ。
眠ろうとしていたのになんだか目が覚めてしまった。
月明かりに歩み寄り、窓の枠へと腰掛ける。
月は十三夜月を超えた。
もうすぐ満月になるだろう。
今年のチャンスはその日が最後になるだろう。
そんなに長く休暇も取っていられない。
空を見上げる。
ほぼ満月に近い月は、今日も白く光っていた。
その時。
ふっと目の端に少女のような影が見えた気がして振り向く。
だだ、そこには何もない。
長く茂った草が風に揺れているだけだった。
「またか。」
そう呟く。
数年前から何かが変わり始めていた。
具体的にどうとは言い難いが、それまでとは明らかに違う。
鬼姫の夢を見るのが満月の前後数日に伸びたり、耳鳴りのように鬼姫の笛の音が聞こえてきたり。
さっきのようにいるはずのないものが見えた気がしたり。
それが何かを表しているような気はするのだが、それがわからない。
俺はもどかしいながらも、日々を同じように続けなければならなかった。
しばらく夜風にあたっていると、再び眠気が俺を襲う。
体を動かし布団に入る。
そうして目を瞑る。
今日も成果はなかった。

次の日。
車は既に持っているため、昔より移動が楽になったと思う。
俺は少し離れた町まで足を運んでいた。
さすがに今の時代になってファーストフード店もない街は珍しいだろう。
俺はある店に入り、PCを開く。
仕事のためといって持ってきていたものだが、やはりあるのに越したことはない。
だが今回は別にわざわざ仕事をしに来たわけではない。
ネット検索をするため。
月周期カレンダー。
今の時代便利になったと思う。
月の満ち欠けなんて簡単に予想できてしまうのだから。
一番近い満月の日を探す。
「あった」
日付は明日。
天気予報では今週は晴れだったはず。
先行きは良さそうだった。
店を出て民宿へと戻る。
それだけでもう日は頭上を超えていた。
それでも夜までは時間がある。
少し散歩をすることにした。

民宿の裏手に回り、石畳を探す。
何回もやっているせいか、だんだんと見つけるまでの時間も早くなった。
その石畳をたどって歩き出す。
そして。
道は途中で途切れていた。
俺の友人が落ちた場所。
ここに何があったかなんて俺にはわからない。
ただ、俺は満月の日だけこの先に行ける。
道を塞ぐロープは彼が落ちてからさらに何重かに貼られ、さらに手前に看板まで建てられた。
俺はそのロープから少しだけ身を乗り出して見る。
深い谷底。
ここに山があるなんて考えられない。
っとふと目に留まるもの。
それは人。
だが死んでいるんじゃなく、生きて誰かと話をしているようだ。
そして、
「っ!」
俺からは見えないところから、トラクターが現れる。
どうやらそれの運転手と話していたようだ。
でもどうやって下に降りたのだろう。
少し不思議だったが、なんとなく察しは付いた。
山の反対側から登ってきたのだろうと。
友人の死体を引き上げたときもそうしたのだから。

俺は来た道を戻る。
そのまま自分の部屋まで戻り、横になる。
昼寝でもしようかと思ったとき、また部屋の端に人影が見えた気がした。
自分でもちょっと怖い気もするのだが、寝れば忘れると思い瞼を閉じる。
俺はそのまま眠りに落ちた。

目が覚めたのはもう日がだいぶ傾いた頃。
民宿の女将に声をかけられた。
俺は夕飯を食べに食堂へ向かう。
この時期、俺以外にも数グループ泊まっているようだ。
そんな中一人食事を済ませる。
食事を済ませ部屋に帰る途中、女将に声をかける。
ちょっとさっき気になったことを聞こうと思ったのだ。
なんであんな場所に人が入っていたのかと。
女将いわく、何やら工事をするらしい。
あの山肌はこのままではもう一度崩れてもおかしくない。
そのため崩れないように補強工事をするらしい。
それ以外に詳しいことはあまり知らないらしい。
俺もそれ以上深追いする気もなかった。

部屋に戻り食休み。
夜空を見上げると、本当にもう満月に見えるほど丸い月が上っていた。
今日はもうやることはない。
早々に寝てしまおうと布団を広げ横になる。
そのまま目を閉じる。
そうしているとだんだんと眠気が襲ってきて。
瞼が重くなり、開けるのも面倒になり。
そして、眠りに落ちる。
その直前。
か細い笛の音が聞こえた気がした。

その日も俺の夢には、鬼姫が現れた。
いつものように笛を吹く鬼姫。
そうして流れていく時間。
だけどその幕引きの最後。
鬼姫の口が言葉を紡ぐ。
「明日、全てが変わる」
「そう。何もかも、全て」

俺が夢を見た次の日も何事もなく過ぎていった。
耳鳴りのような笛の音もなければ、だれかの姿が見えることもない。
至って普通に時間は流れる。
だが俺にとってそのほうが不安になった。
この時期になれば俺の周りではよく起こること。
だがそれは同時に鬼姫にあえる可能性を暗示しているように思えた。
それがあるのは俺にとっては普通のことになっていたのだ。
だけどもしかしたら、もう俺自身がおかしくなっていたのかもしれない。
そのまま時間は流れ、再び日が斜めからさす頃。
俺は自分の部屋にいた。
今日は何かおかしい。
そんな衝動に駆られながら、落ち着くために風にあたっていた。
扇風機の回していないこの部屋よりも、この時間になれば外の風の方が涼しい。
ふっと、背中に妙な視線を感じて振り向く。
だが、部屋には俺一人だ。
念のため扉も開けてみたものの、廊下にも誰もいない。
扉を締めようと思ったその時、再び自分の後ろから見られているような気配。
振り向いても誰もいない。
扉に鍵をかける。
部屋を見渡しても人が隠れられるような場所はない。
タンスも開けてみたが誰もいない。
冷や汗が伝う。
正直今までのことよりもよっぽど恐怖だった。
だけど何か懐かしい。
そこで思い出す。
自分に始めて笛の音が聞こえた頃。
それから数年後の始めて幻覚が見えた頃。
今と同じように怯えたものだと。
俺は今の状態で部屋の外に出る気も起きず、そのまま寝ることにした。
布団を敷き、その上に横たわる。
天井を見上げる。
先日の夢の言葉がやけに気になってしまう。
今日、何が変わるというのだろう。
それはこの視線のことなのだろうか。
今も目を閉じるたびに上から見下ろされているような気がする。
これは眠れない。
寝返りを打つ。
すると、やっと視線を感じなくなる。
ほっとした。
その反動なのか、急に眠気が襲ってくる。
この辺で寝てしまおう。
俺はその睡魔に逆らうことなく眠りに落ちていった。

笛の音が響く。
遠く。
俺の意識の遠く離れた方から。
これは夢か?
だが誰もいない。
真っ暗なまま。
だけど思考が巡るに連れて思い至る。
これは、この音は夢なんかじゃない。
現実の音である、と。
「っ!」
びくりと体が震えるとともに俺は目を覚ます。
天井を見つめるような、大の字のまま。
耳に聞こえていた笛の音が止まる。
その音は風に乗って流れてきていたようで。
窓の方に目を向ける。
そこには、
「・・・久しぶりね、啓夜君・・いえ、啓夜さんの方が良かったですか?」
巫女服姿は夢にも出てきた物。
その風に揺れる髪。
振り返るその艶やかな顔、肌。
その目は俺を見つめていた。
そしてその右手には、その体には小さくなってしまったあの懐かしい笛。
間違いなかった。
そこに鬼姫はいた。
「キキ・・・?」
「あら、いつの間にか呼び捨てなのですか?啓夜さん」
「あ、いや、そうじゃなくて・・・」
「ふふっ、冗談です」
その微笑んだ顔は昔のように可愛らしかった。
「お久しぶりですね、啓夜さん。夢では、よく会っていましたけれど」
「あ、あぁ。確かにそうだね。お久しぶり」
「ふふっ。啓夜さん。昔とあまり変わらないご様子で」
「変わってないか?」
「性格のお話です」
「そ、そうか」
なんだか話しているほど昔のように戻っていく。
久しぶりに幼馴染にあったような感覚。
「さて」
そう言って窓枠に座っていた鬼姫が立ち上がる。
「今日はお迎えにあがったのです、啓夜さんを」
近づいてくる鬼姫。
上半身だけ起こしていた俺は、無意識にそのまま下がる。
「怖がらないでください。そんな痛いことはしませんから、ね?」
ほほ笑みかけてくる鬼姫。
一瞬動きが止まる俺。
そんな俺の伸びていた足に彼女が乗る。
動けない。
「大丈夫です。今言ったじゃないですか、お迎えに来た、と」
「なんの、だよ」
「それは、秘密です」
可愛らしくウインクされても困る。
俺としてはこの少女、といっていいかわからないが、女性を信じたい気もする。
信じてあげたい。
だけど、なぜか頭の中、本能というやつが警告している。
目の端で扉を見る。
手がギリギリ届くかどうかの距離。
でもそこで、
「逃げられないですよ、啓夜さん」
「・・・え?」
「だって、自分で鍵を閉めていらしたじゃないですか。」
そうだった。
手が届いただけじゃ開けられない。
「ねぇ、啓夜さん」
鬼姫の手が下を向きかけた俺の顎に触れる。
ひんやりと冷たい指が頬を撫でる。
「私のこと、信じられませんか?」
「いや、そういうわけじゃ・・・」
「それなら、お願いです。着いてきてください。私を、本当の私を、知ってほしいから・・・」
「え?」
「ダメ、ですか?」
もうこの際、逃げることもできないのなら、
「いや、ついてってやるよ。キキの行く場所に」
そうだ、ついてってやろう。
だってそれは俺の本能なんかも押さえつける感情。
愛。
鬼姫は俺の初恋の人なのだから。
「ありがとうございます、啓夜さん」
その鬼姫の笑顔が、今の俺に残る不安も全て消し去ってくれた気がした。

真夜中。
満月の照らし出す民宿の中でのことだった。
「行きましょう、啓夜さん。鬼姫の真実の隠された場所へ」

「でも、その前に・・・」
俺にまたがったまま鬼姫が微笑む。
その言葉にはちょっといたずら心が見え隠れしていた。
「な、なんだよ鬼姫」
「いいえ、別に。ただ・・・」
「ただ?」
「行く前に少し、啓夜さんと、その・・・ひとつ、お戯れを、したいなぁって」
はにかんだその顔は暗くなった部屋の中でもわかるくらい赤くなっていた。
「え、そのっ。鬼姫、何言って・・・」
言葉を紡ごうとした口が鬼姫の口で塞がれる。
目の前にある鬼姫の顔。
口内をくすぐる鬼姫の舌の感触に身が震える。
「ん。んんっ」
熱心に自分の舌を俺の舌に絡めてくる鬼姫。
徐々に唇と舌の触れ合う淫猥な音が聞こえる。
「んっ。ちゅっ。んふっ、ちゅぱっ」
口の隙間から漏れる吐息。
その音が静かな部屋に響く。
「んっ、ぷはっ。はぁ・・はぁ・・・」
鬼姫の顔が離れるとその間を唾液が糸を引く。
「どうだった?人生二回目のキスは」
「え、あの・・・」
なにぶん不慣れなもので、なんとも言い難い。
「ふふっ。こういう時の啓夜さん、すごく可愛い」
顔が近づいてくる。
「ねぇ、啓夜さん?今日はこの続きもどうです・・・?」
耳元で囁かれて鳥肌が立つ。
その反応も鬼姫には面白いらしい。
「でも、この続きって・・・」
「啓夜さんだって、本当はしたいんでしょう?この続きを。今晩は大丈夫ですよ。まだまだ時間はありますから」
そう言いながら彼女の手が俺の体をなぞる。
その細い指が首筋を通り、胸の上、お腹を這い、そして。
「ねぇ、ここ。こんなにもなってますよ?」
俺の下腹部の膨らみに触れる。
その瞬間、びくりと体が反応してしまう。
「ふふっ。啓夜さん。もうこんなにしちゃって」
鬼姫が指をその竿をなぞるように上下する。
「くっ、鬼姫、そのっ」
「どうしちゃったんですか?そんなに慌ててしまって」
「その、これ以上は・・・!」
「なんでいけないんです?」
囁いていた鬼姫が俺に向き直る。
「私は、あなたのことをこんなにも好いているというのに。好いたお方とこう言う行為に及んではいけないのですか?」
「そ、それは・・・」
「鬼姫は啓夜さんのことが好きです!故に、させてもらえないでしょうか。今宵は私と、あなたにとっても思い出の夜にして差し上げたいから」
真っ直ぐに好きと言われてはなんとも返しづらい。
だがそこで躊躇っていると、再び鬼姫の手が動く。
今度はその手が服の縁に掛かり、
「ズボン、脱がせても、いいですか?」
「・・・あ、あぁ・・・」
正直恥ずかしい。
けれど俺と同じくらい、いや、それ以上に頬を赤く染めた鬼姫に逆らうことはできなかった。

ゆっくりとズボンが下ろされる。
それと一緒にパンツも。
「ふわっ!」
パンツが陰茎に引っかかたせいか、勢いよく飛び出すそれに鬼姫が驚く。
「うわぁっ、大きいです・・・」
その細い指がそっと、優しく俺のそれに触れる。
それが触れるたびにびくっと腰が動いてしまう。
「け、啓夜さん、もう感じてるんです?」
「その、キキの触り方が、なんていうか・・・」
「あっ、もしかして痛かったりしましたか!?」
「いや、そうじゃなくって。予想以上に、その・・・」
「気持ち、良いんですか?」
黙って頷く。
「そうですか。それなら良かったです」
微笑んだ鬼姫の顔が、今は余計に可愛く見えた。
「その、ちょっといいですか?」
鬼姫が俺の下の方に下がっていく。
「ここ、ちゃんと見てみたかったので」
俺の両足の間にかがんでいる鬼姫。
その両手が俺のナニを掴んでいる。
「啓夜さん。もしかしたら、ちょっと下手かもしれませんが・・・」
そう言いつつ鬼姫の顔がそれに近づいて。
ペロッ
「う!」
「啓夜さん、女性みたいな声出しちゃって。こういうの、やっぱり気持ちいいんですか?」
頷くしかない。
「そうですか。それなら良かった。それじゃぁ、もっとしていきますね」
彼女の唇が触れる。
何度も何度も、軽いキスをそれにしていく。
その散発的な気持ちよさが余計にそこにむずむずとした感覚を芽生えさせる。
「わわっ!さっきより大きくなりました。こんなに大きいと・・・」
そう言いつつ、その小さな口を開けて、
「はむっ。ぢゅるる。ぷはっ!」
先端だけだったが今までに感じたことのない感覚。
俺は今まで女性とこういう関係になったことはないのだ。
「その、痛かったりしたら言ってくださいね?・・・・はむっ」
再び彼女の口に飲み込まれていくそれ。
彼女の顔が進むにつれ、俺に伝わる快感も膨れ上がる。
「ん、んん。お、おっひい・・。おっひふひへ・・んぐっ!」
「ぐっ!キキ、ヤバい」
「んん、ぷはっ。啓夜さん、気持ちいいんですか?」
「気持ちよすぎて、その・・・」
「その、鬼姫にだったら、出したい時に出してもいいんですよ?」
「っ!!?」
そんなちょっと潤んだ瞳で言われたら余計に、
「ふわっ!今、ピクンってなりました!そんなにして欲しいのですか?それなら、もっとしてあげますね」
再び俺のを口に入れる鬼姫。
さっきと同じところまでゆっくりと飲み込んでいく。
ちょっと苦しそうだが、それでも鬼姫の小さな口では全部は咥えられていない。
だがそれが逆に快感へと繋がり。
「ほれひゃぁ、ほうへ(上下)に、ひへいひまふへ(していきますね)?」
そう言うとゆっくりと頭ごと上下に動かし始める。
さっきまででも苦しそうだったのに、さらに苦しそうだ。
でも、その少し潤んだ瞳や、苦しそうな表情を見てるとなんとも言い難い背徳感に襲われてくる。
余計に彼女のフェラが気持ちよく感じて。
「んぐぐっ!んぐぅっ!」
さらに大きくしてしまったそれを必死で咥える鬼姫。
こんなにもすごい快感を味わったのは初めてな気がする。
口内に空気が無いせいか、吸う力が異様に強くて、それも相まってさらに俺に快感を与える。
「んっ、んちゅっ、じゅるる!んむんむ、じゅるっ、ちゅっちゅ、んむっ」
健気に懸命に俺のナニを舐めあげてくれる鬼姫。
でも、俺としてもそろそろ限界が近づいてきていた。
「キキ、その、そろそろ俺・・・!」
「んむっ。ひっても・・・んぐっ!いいれふよ?ほのまま、ひひのおくひに、らひても・・・!」
咥えられたまま喋られると、舌が触れたりして。
「あぁ、キキもう、ダメ・・・っ!」
「んん、んぶっ!ぶふっ、んうっ、ぐむっ!ん~~っぶふ!」
口内に俺の精が溢れる。
鬼姫の顔がさらに苦しそうに歪み、涙が滲んでいる。
咥えたままの口の端から白いものがトロリとこぼれてくる。
そんなになりながらも、鬼姫の喉が動いている。
「んぐっ。んっ、んっ。んぱぁっ、ゲフッゴホッ。ごほっ・・・」
何度かむせ返る鬼姫。
「だ、大丈夫か、キキ」
「あ、すいません。大丈夫ですよ、啓夜さん」
口の端に付いた精液を指で拭き舐めとる姿はなんともエロかった。

「啓夜さんのここ、まだ、こんなに大きいですよ?」
さっきより少し縮んだものの、それでもまだ立ったままだったそれ、鬼姫がおもむろに掴む。
「うぁっ!」
「そんな可愛い声上げないでください」
そう言って再び咥えこむ彼女。
ジュルジュルと中から全部出すかのように吸い上げられる。
射精後の敏感になったそこには刺激が強い。
それでも体はそんなことでも反応してしまう。
「んぷ・・・。ふふっ、啓夜さん。ここで終わりなんてつまらないですよ?」
「え?」
「ほら。この続き、もっとしましょ?」
俺の上にまたがってキキが言う。
「私のことも、気持ちよくして、欲しいです、啓夜さん・・・。」
そう言いつつ体を上に乗せて来る鬼姫。
「キキ!?」
「しー、ですよ?そんなに大きな声あげちゃ、誰かに聞こえちゃいます」
唇に指を当てて微笑む彼女。
その顔がゆっくりと近づいてきて、囁く。
「ほら、啓夜さん。触っても、いいんですよ?」
俺の手が鬼姫に誘導され、
「んっ」
ぴくりと鬼姫の体がはねる。
彼女のそれは、小さい頃見たそれとは違って、手に吸い付くような肌触りが服越しに伝わってきそうだった。
「ふふっ。そんなに手、動かしちゃって・・・んひゃっ!んん」
「キキの喘ぎ声、漏れちゃってるよ?」
言ってみて恥ずかしさが溢れる。
でもそれは、頬を真っ赤に染めた鬼姫の可愛さで忘れてしまう。
なんとなく、もう少しかまってやりたいと思ってしまう。

「鬼姫、いいかな?」
服の隙間から中に手をいれる。
そこにはちょっと汗ばんだ鬼姫の肌。
鎖骨の当たりが手と触れる。
「ひうっ!」
くすぐったかったのか首を縮める鬼姫。
そのまま手を徐々に下へ。
手になじむやわらかさに触れる。
そっと撫でる。
その先端に固くなり始めた突起。
「ちょっ、啓夜さん、ひゃうっ!ひうっ!」
それを触るだけでビクビクと体の反応する彼女。
もしかして感じやすいのか?とそんなことも考えてしまう。
その突起を摘む。
「ひゃわっ!んぁっ。啓夜、さん。その、そこはぁ・・・」
「あ、痛かったか?」
「いえ、その・・・、その、気持ち、いいんです、けど・・・」
「けど?」
「気持ち、良すぎて、私、もう耐えられないです・・・」
それが何を指しているのかはなんとなくわかった。
さっきから彼女の跨いでいる方、俺の右足が異様に濡れているのだから。
「キキが耐えられないのって、ここ?」
右足を持ち上げる。
ぐちゅっという音と共に鬼姫の体がはねる。
「ひゃっ!」
「キキの声、もっと聞きたい」
「啓夜、さんっ。足、足をぉっ。う、動かさないで、あっ!ひっ!」
足が鬼姫の股と擦れるたびに、グチュグチュといやらしい音が辺りに響く。
俺は、鬼姫のその蜜の滴る場所に手を這わせる。
いきなりだから驚いたのか、びくりと彼女の体が仰け反る。
そのまま俺は筋に指を這わせる。
「ひぁ!」
びくりと鬼姫が腰を震わす。
ぷにぷにと膨らんだそこは、もうすでに蜜が滴り落ちそうなほどに濡れていた。
しかしヌメリとした感触と柔肌以外に感じるものはない。
「もしかして、生えてない?」
俺の質問に顔を真っ赤にして俯く鬼姫。
「そういうの、もうちょっと場を考えて欲しい、かも・・・」
「ゴメン。でも、こういうの初めてで、ちょっと感動した。」
変な回答かもしれない。
でも正直、俺は返事をまともに考えられる状態ではなかった。
艶かしく体をくねらせる鬼姫の白い肌が月明かりに照らされている。
その赤くなった彼女の頬を撫でる。
そのまま顎を持ち上げ強引に唇を奪う。
「んふっ、んん~~っ!」
息苦しいのか鬼姫が逃れようとするが、彼女の頭を抑える。
そのまま空いた手の人差し指を彼女の割れ目へと、
「んっ!んんーっ!んーっ!!」
ビクビクと体の震える鬼姫を無視し、俺は唇を自分の口で覆い続ける。
人差し指を内部でかき回すように動かす。
徐々に指の動きが早くなる。
それに合わせて次第に鬼姫の目尻に涙が浮かぶ。
体がうねる。
俺から逃げようとしているようにも、自ら快楽に浸ろうとしているようにも見えた。
俺は続ける。
そして、
「んっ、んん!!んーーーっ!!」
一際大きく彼女の体が跳ねる。
その拍子に口が離れる。
喘ぐように空気を求める彼女は、力なく俺の上に倒れこむ。
「大丈夫か?」
「んあっ、はぁ、はぁ・・・。んっ、はぁ・・・」
俺の問いに答えるでもなく俺の胸の上にいる鬼姫。
そんなに苦しかったのだろうか。
でも、俺もある意味苦しかった。
目の前でこんなにも可愛らしく、そして卑猥に乱れる姿を見せられては、
俺の下半身が苦しくて仕方ない。

「なぁ、鬼姫」
「はぁ、はぁ・・・。啓夜、さん・・・」
「この続き、してもいいよな」
息絶え絶えだった鬼姫が、今までと違って反応する。
「ちょっ、啓夜、さん・・・!待って!まだ、私・・・、息が・・・!」
そんな鬼姫の耳元に口を寄せて。
「大丈夫」
なんの根拠もないその言葉とともに耳にキス。
そして俺は二人の局部をそっと触れさせる。
それだけでも息絶え絶えの鬼姫がビクリと反応する。
そんな彼女を抱きかかえるように反転。
攻守逆転と言わんばかりに鬼姫を布団に寝かせる。
月明かりに赤みを帯びた彼女の体がさらされる。
「きれいだ」
ほとんど無意識で出た言葉に、鬼姫が自分の手で局部を隠す。
「は、恥ずかしいですよぅ・・・」
「キキ、見せて」
お願いしてみると、顔を真っ赤にしながらその手をどける。
やっぱり鬼姫の透き通るような肌はすごく綺麗で。
俺はいろいろと抑えるのが限界だった。
「キキ、入れてもいいかな?」
再び大きくなった自分のものを鬼姫の下へ当てる。
「あ、あのっ、啓夜さん・・・。その、優しく・・・」
その言葉を了承と受け取り、俺はゆっくりと腰を前に。
ぷにぷにとした柔らかい部分を広げて、俺のがねじ込まれてく。
「っぐ!いっ・・・!」
苦痛に歪む顔。
滴る紅い雫が目の端に映る。
「初めてだったのか、キキ」
目の前で苦しそうにしている彼女に失礼かもしれないが、それでも俺は嬉しかった。
お互い初めてを享受できた事に。
「キキ、痛いか?」
涙目で首を横に振る彼女。
「それじゃぁ、無理になったら言ってくれよ?」
俺は再び破瓜の痛みに震える彼女の奥へと進む。
そして、
「んんっ━━━━!!」
ギュッと俺の背中に回した腕をキツくする彼女。
俺のナニが奥に届く。
「大丈夫か、キキ?」
「んあっ!いった・・・くなっ、いもん!」
必死で耐えてる様子の彼女にこれ以上無理するわけにも行かない。
それに、今動けば自分も何かが爆発しそうだった。
しばらく繋がったまま抱き合う二人。
先に言葉を口にしたのは鬼姫だった。
「ねぇ、啓夜さん。私の、中は・・・、どうです、か?」
「すごく、あったかくて、ヌルヌルしてて、きつくて、それで・・・」
うまく言葉がつながってくれない。
でも、どれもホントのことだ。
「私は、もう、大丈夫ですから、動いても、いいですよ」
そう言う鬼姫もまだ少しだけ、痛そうだった。
でも、
「分かった。じゃぁゆっくりね」
俺は少しずつ腰を後ろに引く。
肉壁がきゅっと俺のものを締め付け、擦れる。
それはお互いの快感を少しずつ呼び覚ます。
腰を引き、また深く刺し、引き抜きの繰り返し。
それだけでも、抑えきれない欲情がにじみ出てくる。
鬼姫の喘ぎに苦しみに混じって快感が芽生える。
徐々に、気づかぬうちに俺の動きが早くなる。
はぁはぁという息遣いと粘液のかき混ぜられる音が部屋を埋める。
それでも、俺の耳には鬼姫の声しか聞こえない。
そのまま快感を喰らうほどに。
今まで味わったことなどなかった。
どう足掻いても、自分の心から愛した人と交わる行為に勝る快楽はなかった。
そのまま上り詰める二人。
鬼姫の声を耳が捉える。
「私っ、あっ!も、もうぅ。いっ、イっちゃっ!あぁっ!イっちゃうぅ!」
ギューっと腕と同じようにさらに鬼姫の秘部が締まる。
俺の中を何かが登ってくる。
「キキ!俺っ、俺も、もう限界だ・・・!」
それでも腰は止められない。
限界は近づいている。
その時、
「いい、よ?啓夜くん、ならっ。私の、中にぃ、出しても!」
彼女の足が俺の腰に回される。
ギュッとそのまま足がキツめられ、俺のそれが少女の奥へと無理にねじ込まれる。
「いひゃっ!イくっ!イぐぅっ!んんーーーーーっ!!」
彼女が体を震わすと同時、俺も彼女の内側へと白を注ぐ。
そのまま抱き合ったままの俺と鬼姫。
鬼姫のアソコから少しだけ白い液体が溢れてくる。
声も出せず荒い息を二人吐き出すのみ。
しばらくはそのままでいた。
居心地の悪い余韻ではなかったから。

落ち着いたところではたと我にかえる。
「鬼姫?その、中に出しても、大丈夫だったのかな?」
俺は不安で聞いたのだが、鬼姫は微笑んで答える。
「大丈夫じゃなくっても、啓夜さんはずっと一緒に居てくれるのでしょう?」
そう言ってくれた彼女を再び強く抱きしめる。
「あぁ。俺はずっと一緒にいてやる・・・!」
その返事にありがとうと答えた鬼姫の顔は、少しだけ切なかった。

抱き合っていた手を離し、俺は着崩れを直す。
鬼姫もはだけた巫女服を直している。
「そういえば、さっき昔みたいに“啓夜くん”って呼んでくれたの、ちょっと嬉しかったな」
独り言のようだったけど、しっかり鬼姫は反応してくれた。
背中を叩かれる。
ほんのり紅く頬を染めた彼女
「そう言う恥ずかしいことは言わなくてもいいんです・・・」
やっぱり、俺はこの娘のことが好きなんだと思った。
「さて・・・」
その彼女がゆっくりと体を起こす。
「それでは。行きましょう、啓夜さん。鬼姫の真実の隠された場所へ」
古い民宿の一室に、その声が響いた。
「さぁ、行きましょう?」
鬼姫の手が差し伸べられる。
今更、俺も躊躇うことはない。
自分で決めたのだ。鬼姫の言う秘密を見るために。
「って、ちょっと待った」
俺の声に鬼姫が不思議そうな顔をして振り向く。
でも不思議なのは俺の方だ。
「どうして、窓の方に向かってるんだ?」
そう。
ドアは鍵も閉じられたままで、彼女はそれと反対の窓へと体を向けていた。
「大丈夫ですよ。私、ここから入ってきたのですから」
今、聞き捨てならないことを言っていた気がするが、確かにいきなり鬼姫が窓辺に現れたのも事実。
そう言うならと俺は鬼姫に手を引かれるままに進む。
そこにはハシゴがかけられていた。
さすがに飛んだりはしなくて良さそうだ。
先に鬼姫がハシゴを降りきるのを待ってから、俺もあとに続く。
そこは民宿の裏手。
目の前には俺が最初に見た時と変わらぬ“紅い”鳥居があった。
それはいつでもそこで俺を待っていたかのように立っていた。
「啓夜さん、行きましょう」
俺はその石畳へと足を踏み入れた。

道行く途中。
少しずつ登っていくその石畳を、俺と鬼姫の足裏が交互に踏む。
周りの生い茂る草は、月明かりを受けながら、さわさわと音を立てて揺れる。
その上を、俺たちの話し声が流れていく。
俺たちは周りの夜の音と主に聞こえる相手の声に、心地よく会話を続けた。
それは久しぶりにあった幼馴染とも、初夜を明かした恋人同士にも見えただろう。
俺は楽しかった。
こうしてなんでもない普通の友人のように鬼姫と話せることが。
一緒に並んで歩けることが。
鬼姫の笑顔は、本当に輝いて見えた。
俺の目に、うっすらとあの通行止めのロープが見えた気がした。
でも、それは一瞬の錯覚で、あるのは折れた木の幹とそれに寄り添うように咲いた真っ赤な花。
俺は気にせずに通り過ぎた。

神社に近づくにつれ、赤い花の数が増える。
それは深紅の花びら。
誰かの別れを惜しむようにさわさわと風にそよいでいた。
鬼姫の言葉は次第に減り、神社に着く直前はただ空を仰ぐばかり。
その沈黙も、俺は受け入れ、ただ同じように空を仰いだ。
そこには、真円の月が紺色の空にポツリと浮かんでいた。
フッと空が広くなる。
木々間にひっそりと建つ神社がもう目の前にあった。
ここに来て。
そっと鬼姫が手を離す。
「キキ?」
その声には振り向かず、鬼姫は数歩離れる。
一瞬流れた彼女の髪は、すぐに肩へとその身を寄せる。
静寂が辺りを包む。
一切の音の消えた世界で、鬼姫の声だけが耳に届く。
「ねぇ、啓夜さん。あなたにとって、恐怖とはどんな意味を成すのでしょう?怒り、悲しみもまた然り。・・・あなたにとって、それらはどんな存在でしょうか?」
鬼姫の言葉があまりにも難しくてわからない。
いや、言葉ではなくその裏の意味。
俺にはなんて答えればいいか分からなかった。
無言の俺を前に、それでも鬼姫は言葉を紡ぐ。
「人には負の感情が宿ります。それは人が生きる中で当然のこと。そして、人を活かす源であることも、また当然のこと。それらが無ければ、人は生きれても死んでしまう。ならば何故、人は他者にそれらをぶつけるのでしょう?押し付けるのでしょう?」
少し、鬼姫の体が震えている気がした。
それは怒りか、悲しみか。
俺には、こう答えるしかなかった。
「人は、弱いんだ、みんな。その弱さも、人を人として生かす物の一つなんだ、きっと。そしてそれは、同時に強さだ。他者に怒りをぶつける弱さも、押し付ける弱さも、それは裏返せば強さなんだ」
言ってみてちょっと恥ずかしかった。
だから、
「まぁ、そんな風に思ってないとダメなのかな、なんて」
俺は少し苦笑い。
それに、鬼姫も少しだけ微笑んでくれた気がした。
「やっぱり、あなたでよかった・・・」
そんな鬼姫の声は、寂しさを感じさせた。

「啓夜さんは、幻想などを信じますか?例えば、幽霊や、“鬼”などを」
唐突な質問。
周りの静けさが温度を変えたかのように涼しく感じた。
「あぁ、まぁ。科学的ではないけど、でも」
こうして、不思議な少女を前にしているのだから、否定はできない。
「そう」
そして沈黙。
「じゃぁ、あなたの想像する“鬼”とはどんなもの?」
また不思議な質問。
だが、今度は返事をする前に彼女が言葉を続ける。
「想像してみて、あなたの思う“鬼”とはどんなものなのか」
そう言われて想像してみる。
角があり、牙があり、黄色と黒のしましまの服?
まさに昔話に出てくるような赤鬼や青鬼。
でも、俺にとってそれは生易しい絵本という名の空想世界。
なんとも可愛らしいものだっただろう。
スーっと俺の頬を風が撫でていく。
辺りには先程まで無かった音で満たされていた。
でも、俺には聞こえていなかった。
巫女服の色が黄色と黒の縞模様に置き換えられる。
風になびく黒い髪の隙間から見えるは、小さく生えた二本の角、口の端から見える牙。
それらは俺の記憶のあるものと合わさり、正解を導き出す。
鬼。
流れる髪がサラサラと彼女の元に戻る。
風はもうない。
振り向いた彼女がつぶやく。
「人の悪感が生み出す恐怖の象徴。それが、“鬼”である私なの」
目の前に、鬼がいた。

これら全て、物語の始まりは遠く遡ることとなる。
未だこの国が小規模な戦を繰り返していた時代。
それはいつでも突然にやってきて、人々に恐怖を植え付けていくのだ。
豪雨、落雷、洪水、噴火などの天災や、飢餓。
そして、感染症。
人々は皆、人知を超えた脅威に対して何らかの“逃げ道”を作り出す。
いったい誰が言いだしたのか、
「神のお怒りに触れた」
「神が地獄の鬼を仕向けたに違いない」
「これは鬼の仕業に違いない」
違いない、違いない、違いない・・・。
人々のそれはすぐに広まり、一体を支配する。
それはもはや洗脳の域で。
そして、人々は見えもしない物に恐怖する。
それら恐怖を抑えるために、彼らは偶像にすがり付く。
やぐらを建て、恐れた鬼を祀る。
これ以上被害を出さぬように。
それはまるで坂を転げた石のように止まることを知らない。
人は愚かである。
不作ならば、五穀豊穣祈願の祈りを。
人が死ねば、人柱として生贄を。
全てを収めるために徐々にやぐらは大きくなり、それは『裏山の鬼神社』と呼ばれ始める。
裏山とは、海から見て下町の背にそびえ立つ山ということからだとか。
そんな神社には、人々の恐怖、怨念が染み付いていた。

「それらが生み出した偶像の姫巫女。それが私」
鬼姫はそう微笑んだ。
それは遠い昔を懐かしんだ哀しいものだった。
そうだ、と俺も思い出す。
俺は彼女の名前は知っていた。
でも、字面は知らなかった。
彼女の字面は鬼姫(きき)。
通称“鬼姫(おにひめ)”と呼ばれてた神社の姫巫女、それ自身だった。

姫巫女の存在は多種多様。
それは人々の空想に由来するからである。
あるものは、豊作と自らの癒しを求めた。
彼に姫巫女の姿はさぞ美しく見えたことだろう。
あるものは、自らの罪を受け入れ相応の罰を求めた。
彼に姫巫女の姿は地獄の大鬼と化して見えただろう。
彼女の姿は多種多様。
見た者によって左右される。
そして、彼女の生き様も多種多様。
それは、見た者と共に生き、ともに死ぬということ。
いつの時代にも、例外はいない。

「私の姿、啓夜さんにはどう見えますか?」
鬼姫の問いかけが重くのしかかってくる。

それまではそれでも良かったのだ。
人は彼女を敬い、時に慕い、時に恐怖し生きていた。
街は壊れてしまった。
それはこの国が世界との関係を自ら断ち切っていた時代。
一度の災害が全てをずらしてしまった。
豪雨という天災。
それが山肌を削り、削り、また削り。
やがて、
裏山が崩れ落ちた。
神社を乗せたその大地は、なんとも脆く全てを終わらせてしまった。
土砂は街の半分を飲み込んだ。
裏山の大きな断層が現わになる。
だが。
裏山にあったはずの神社の瓦礫は、最初に作られたやぐらの分しか出てこなかった。
人は嘆き、慌て、怯え、震えた。
それらは再び、自らよりも高い位置のものを標的にして動き出す。
時代は変わってしまった。
古くの過ちを覚えている者はいなくなり、残っていたのはただ怯えるばかりの者たちだけ。
「神の仕業だ。こんな神社があったんだ。祟られて当然だ」
そう言いだしたのは誰だったか。

人々は過ちを繰り返す。
伝え、恐怖し、崇め。
だが、今度の件は規模が違った。
人々は肥え、成長し、街は大きく発展していた。
住む人の数は以前の数倍に膨れ上がり、その伝承もまた、数倍の人に知れ渡った。
そして、動き出してしまった。
人は、逆方向の意見があるからこそ真っ直ぐに進めるのだ。
全ての意志が同方向を向いたとき、それは現実をも捻じ曲げてしまうのだから。
鬼姫(おにひめ)の存在が、人を動かし始めた。
これは、ちょうどうるう年のことだった。

人が死んだ。
大天災の4年後、街で大火事が発生した。
放火犯が居たそうだ。
人が死んだ。
さらに4年後、戦のないはずの時代に戦場となった。
焚きつけたものが居たそうだ。
人が、人が、人が。
4年ごとの死は鬼神社の存在が忘れ去られるまで続いた。

そして、当時の鬼姫は全て消えた。

だが不運にも、その奇跡は再び訪れる。
ある少年の行動で。
ただの好奇心で、その少年は“赤い”鳥居をくぐった。
その“紅く”血塗られたそれを。
再び生まれた姫巫女。
彼女は名乗ったのだ。
キキ。
鬼姫(おにひめ)だと。
少年がやぐらに足を踏み入れたのはちょうどうるう年。
鬼から逃げ、隠れるはずの“かくれんぼ”をしている最中だった。
その年、彼の親友が亡くなった。
彼は小学三年の頃に転校したから知らなかっただろう。
その街に残っていた彼の友人、残り二人が4年ごとに亡くなっていたことに。
そして、彼の記憶からも順番に薄れていったことに。

「・・・」
俺は声が出せなかった。
いや、今の俺には昔の友人たちの顔すら思い出せなかった。
それを辛いと思う感情すら抱けないように、綺麗に消されていた。
きっと、目の前の鬼に。
俺の見つめる先。
鬼姫が振り返る。
彼女の姿は、はっきりしない靄のような状態で漂っていた。
ねぇと彼女の口が動く。
それに続いた言葉は、ゆっくりと俺の耳に届き、俺を支配した。
「まだ、終わっていない。続きはこれから、紡がれるの」

俺、啓夜は不安になった。
鬼姫の言葉の意味を把握できずにいたから。
『続きはこれから、紡がれるの』
彼女はそう言った。
一体何が始まるのかと注視する。
だけど、特に何か起こることもなく、ただ風が俺たちの間を歩いていく。
その風の、葉を揺らす音が消えたところで、
「私は、生まれてしまった・・・」
彼女の声は少し震えているように感じた。
「どうして?どうしてここに私がいるの?どうして!?」
徐々に声が大きくなる。
どうしてどうしてと続ける彼女に、俺はかける言葉が見つからない。
「ねぇ、啓夜さん」
不意に静かな声で呼ばれた。
一瞬背筋が冷える。
次の彼女の言葉に集中してしまう。
「どうして、私を生み出したのですか?」
俺にその言葉の意味は分からなかった。
恐怖もあったのか、俺の頭がうまく回っていないのが自分でもわかる。
落ち着こうと思っても、何かがそれを拒否しているのがわかる。
逃げろと警告しているのだ。
何が?
本能だ。
自分の本能、動物としての何かが警報を発信していた。
なんで?
声だ。
少しずつ大きくなって俺の耳に届いてきたそれは、俺の全身を震えさせる。
悲鳴、絶叫、嬌声、怒号。
俺の後方から聞こえてくるそれは、きっとこのやぐらが今まで聞いてきた声なんだろうと思った。
と同時に、やぐらの持つ意志だとも。

やぐらは見てきたのだ、これまでの惨劇を。
どの時代も、どんな時間でも、何があっても。
動けずに見てきたのだ。
そして、きっと姫巫女と呼ばれた彼女も。
そう思い視線を向けた俺の目に映った彼女は。
泣いていた。
まるで小さな子供がお化けに怯えるように。
ただ膝を抱えて、涙を流していた。
そこで俺は、自分の大きな勘違いに気付いた。

今の俺に、彼女に対する恐怖は無かった。
もう、そんな感情はいらないと知ったから。
「キキ、大丈夫か?」
そっと手を差し伸べてやる。
一瞬ビクッと体を震わせた彼女だが、俺だとわかると不思議そうな顔をして見上げてくる。
「どうして?」
「何がだ?」
「啓夜さんは、怖くないのですか?やぐらも、私のことも・・・」
鬼姫の質問に答える代わりに手を握って立たせる。
「な、何ですか急に立た――」
「俺は、キキのことが好きだ。」
彼女の言葉を遮るように言う。
急な言葉にポカンとしたあと、すぐに赤くなった顔を伏せてしまった。
「な、なんで、今急にそんなことを・・・」
鬼姫のそれを聞いて、俺はやぐらの方を向く。
「なぁ。あのやぐら、願いを叶えてくれるんだろ?」
確証はない。
科学的根拠もない。
だが、そこには何か力が宿っていて、それは人々の願いに答えていたはずだ。
現にこうやって、姫巫女と呼ばれる鬼姫(おにひめ)がいるのだから。

“姫巫女の存在は多種多様”

「なぁ、キキ。お前さっき、自分がなんでここに居るのかって言ってたよな?」
俺は未だその真っ黒な口から他者の声を吐いていた。
「うん。そう、言った・・・気もする」
気まずそうに横に並んだ彼女が頷く。
「それ、俺が答えてやるよ」
「えっ!?」
驚いた彼女の顔が、さらに驚きに満ちるのはすぐのことだった。
俺の答えは
「そりゃ、呼ばれたからだ。この願いを叶えるどす黒いやぐらに。」

“彼女の姿は多種多様”

「キキはその巫女服しか持ってないのか?」
場違いな俺の質問にもう驚いてばかりの鬼姫がまた驚く。
「えっ?うん、まぁ。でも、啓夜さんが他の服がいいと言うなら、揃えますけど・・・」
それを聞いて俺は確信した。
と共に昔の自分を恥じた。
(なんでよりによって巫女服なんだよ!どんな趣味だよ!)
そう、心の中で毒付いた。
なんか、目の前のやぐらにすら笑われた気がした。
でも、彼女の姿は今も綺麗な女性のそれとして写っている。
やっぱり、俺の願いだ。

“彼女の生き様も多種多様”

俺は願ったんだ。
あの夏、皆と遊んだあの日々の中で。
自分の一生をかけるような願いを。
俺は彼女に最後の確認をする。
「キキ。お前は、俺のことを愛してくれるか?一生共にいてくれるか?」
彼女は今までのような驚いた顔はしなかった。
ただ真っ白な笑顔をして、
「はい!」
そう言ってくれた。
俺の願いは、
『永遠に、自分の理想の女性と共に成長し助け合って、幸せに生きたい』
おまけは多々あったが、俺の願いの本質はこれだけだった。
俺の願いにやぐらは答えたのだ。
あの日、姫巫女を作り出すことによって。
「でも、私、鬼なんだよ?いっぱい人を殺めてるかもしれないんだよ?」
でも、彼女は迷っていた。
過去に過ちを正当化させてきたこのやぐらという存在と共にある自分。
そんな自分が幸せなんて言っていいのか、と。
でも、俺は躊躇わずに彼女を抱き寄せる。
その彼女の瞳はみるみるうちに雫を流し、俺の胸を濡らした。
でも、心地よかった。
俺の隣に、本気で愛せる人がいるのだから。
友達には、少し悪いと思った。
俺の願いの代償に、三人が犠牲になったのだ。
でも、目の前で涙する彼女を責められるはずが無かった。

ひとしきり泣き終わった彼女が顔を上げる。
赤くなった目をこすって照れくさそうに笑う。
こうやって、これからも二人で成長して行けるのだろうか。
いや、そうしていこうと俺は思った。
そう思えることが幸せだった。
足元に霧が出始める。
やぐらを包むようにまたうっすらと霧がかかっている。
満月は西の空に向かい、太陽が再び世界を照らそうと足早にやってくる。
夜が、開けようとしていた。
長い長い夜が。
「ねぇ、そろそろ行こ?」
鬼姫が言って手を差し伸べてくる。
それに一瞬反応の遅れた俺に、彼女がおずおずと聞いてくる。
「やっぱり、怖い?」
まだ聞くのか。
そんな風に思ったけど、やはり完璧に不安を取り除くのは無理だろう。
だから、俺は少しでもそれを消せるように言った。
「俺が出会ったのはキキ。キキという鬼姫(おにひめ)だ。人殺しなんか無縁な、笑って、泣いて、すぐ頬を赤くする、一緒にいると楽しいやつ。そして・・・、俺と一緒にいると約束してくれた唯一の人だ」
その言葉に、真っ赤な頬を、それでも隠さずに俺に向けて笑いかけてくれた。
「そうだね!私は、キキだもんね!ありがと、啓夜くん!」
俺たちは二人並んで、濃くなってきた白い霧の中を“真っ直ぐに”歩き出す。
手を握ったまま、離さないと誓って・・・。

  *  *  *

「えー現場には犯人の手がかりは何もなく、女将の方も昨夜大きな物音はしていないと証言しています。」
「窓が空いていたが、そこにはロープを結んだ痕もなければ、ハシゴを使った痕跡もない。そもそもこの民宿にハシゴはないと従業員の方が言っておられました」
うるう年で一日多いこの年のとある下町。
そんなニュースキャスターの声が街角の居酒屋、そのテレビから流れていた。
「あの民宿って結構近いんじゃないかい?」
「すぐそこの裏山を登った途中にある場所だよ。身近な話題さ」
テレビを見ている数人が会話をしている。
そのテレビは、昨夜、男性が突然死したと伝えていた。
それはこんな内容。
男性は20歳後半の男性。
服は寝巻きで布団は掛けておらず。
敷布団の上に大の字に横になっていた。
目立った外傷はなく、服装に乱れもない。
現場はドアに鍵がかけてあり、窓は開放されていた。
当時、この民宿には彼以外泊まっていなかった。
彼の死亡推定時刻は朝方の4時頃。
日が昇るすぐ手前の頃だ。
そして。
それ以外に不思議なことがあった。
彼の足には少量だが、土が付いていたこと。
左手が、誰かと手を繋いでいるかのようなかたちで固まっていること。
そしてもう一つ。

彼の顔はとても幸せそうに微笑んでいたことである。

そして彼の死亡時刻と同じ時間。
裏山崩落跡から、最後の木材が姿を消した。

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