第二章“違い(たがい)”


第一話“捜索”

ここは大陸ヌーヴ・アンクラ。
大陸には6つの主要都市があり、それぞれに特色を持った場所である。
その中で特に研究が進められる場所。
それが、“凍らない街”と呼ばれる“アイ・サインティ”である。
現在も何も変わらず、研究者たちは実験を繰り返していた。
そのため道に人はほとんどいない。

その道に彼らは立っていた。
“セルヴィウス”と“シュネーゲ”。
二人ともこの大陸の英雄(トーア)である。
しかし今回は大陸のために動いているわけではない。
『もう一人のセルヴィウス』
その者が、先日のアーシア襲撃に関わた者たちのことを知っている。
それを探るためか、あるいはそれ以外か。
理由はどちらにせよ、二人はここにそれを調べに来ていた。

「セル、ここだ。」
シュネーゲの立ち止まった場所は彼自身の研究所。
普段から一人らしく、人が来ても大丈夫らしい。
それに今、彼自身は知人から借りた“能力について”の本を持っている。
それを見るのにも最適な場所だろうと、この場所が選ばれた。

二人は研究所に入る。
適当な椅子に促され、セルはその椅子に腰掛ける。
そのセルの目の前に数冊の分厚い本。
「これが借りた能力についてのものだ。」
そう言ってそれを置いて彼はもうひとつの部屋へと歩いていく。
「おい、お前は何してるんだ?」
「違う方面から探りを入れてみる。」
「そうかい。まぁ互いに頑張るか。」
そう言って二人は文書の中でヒントになり得るものを探していった。

・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・

本を見始めた頃は太陽が東の空にあったのに、今ではもうほぼ真上からの日差しだった。
「ふぅ・・・。」
セルは見終えた本を脇に置く。
今までに読み終わったのは3冊だろうか。
だが本はまだ全て読み終わりそうにない。
「シュネーゲ、休憩にしないか?」
そう提案してみる。
「そうだな。」
あっさりと了承してくれる。
そうして少し早いぐらいの昼食を口にした。

「そういえばだったが・・・。」
「?」
食事の手を止め、シュネーゲが一枚の紙を見せてくる。
『一身別心理症』
そこにはそう書かれていた。
「なんだこれ?」
そう言いながら読んでみる。

それは一つの体に別々の心が生まれてしまうもの。
どちらかが表立っていれば、もう片方は現れない。
何かの精神的きっかけによって心理が変わってしまう可能性もある。

そんなようなものだった。
「意外とお前の症状と似ているだろう?」
そう聞いてくる。
「確かに似ているけど、一体何のタイミングだよ。
 俺にはそんなタイミングはなかったと思う。」
「そうか。」
「あぁけど、俺の方ではまだ収穫0だし、取っといてもいい選択肢だと思うよ。」
「そうだな。」
相変わらず必要なことしか言わないが、今回は俺の意見を聞いてくれたらしい。
「さてっ!」
そう言って頬を軽く叩いてから、また同じ作業に戻った。

今回はある症状のことが書かれている神しか見つけられなかったが、
それでもセルヴィウスにはよかったようだ。
「これについても調べてみよう!」
と、シュネーゲにそれ関連の本を探してもらっていた。
能力の関係で、もう一人のセルが誰かに作られていた、ということも浮かんだが、
実際に証拠がないためパスとなった。

その日の捜索はそこで切り上げられた。
そして、二人はその研究所で目を閉じた。
明日からの搜索に期待して。

第二話“シュネーゲ”

何日か、代わり映えのない生活が続いていた。
文字と向き合い続けている。
「そろそろ休憩としよう。」
いつもと同じような時間に、いつもと同じように呼ばれる。
その声に顔を上げ、セルヴィウスは昼食に向かった。

「なぁ、シュネーゲ。」
「なんだ?」
セルが普段から思っていた疑問を問いかけてみる。
「お前、いつもどこに行ってるんだ?
 本で探してるんだったら普段から会わないのも不思議だろう?」
「あぁ、そうだな。」
「どこに行ってるんだ?」
「知人の所だ。資料集めにな。」
「そうか。で、その成果は?」
「俺の知人が万能ばかりだと思うな。」
「そうか・・。」
これだけ日が経っても二人には情報が少なすぎた。
それでも、シュネーゲに焦る様子はない。
むしろ落ち着いている。

セルがそのことを聞こうとした時、ちょうど研究所のドアを叩く音が聞こえる。
「出てくる。」
それだけ言うと、シュネーゲは席を外した。

帰ってきたシュネーゲの手には小さな封筒が握られていた。
「それは?」
「あいつらから、差出人はプロコフィエルだ。」
そう言ってシュネーゲは封筒から手紙を出し、机に置いた。

『 セルヴィウスにシュネーゲ。
  お前たちが生きていただけでも不幸中の幸いだ。
  俺たちをこの場所まで運んでくれたことに感謝しよう。

  今はアイ・サインティに居ると聞く。
  何をするかは知らないが、俺たちはまだ復帰は難しい。
  ホルンフェルスは一番重傷だが、生きているから心配はするな。

  では、お前たちがやることの成功を祈願する。

                        プロコフィエル  』

手紙は短くて、状況報告が多かった。
そんな中にも仲間を案じているようなところもあった。
「プロコフィエルが一番軽傷だったんだろう。」
読み終えた沈黙を破ったのはシュネーゲだった。
「やつの分も探せよ。」
その言葉で昼食の時間は終わりとなった。

昼食を終え再び屋外に出てきたシュネーゲは、もう一度封筒の中を覗く。
そこにはもう一通の手紙。
ノートの端を破って作ったような紙に、文が一行。
“奴が来る。身を隠せ。”
「どうにかするか・・・。」
そう言いかけた時、研究所内から叫び声が上がる。
もちろん今研究所にはセルヴィウスしかいないはず。
しかし、それではおかしい。
(やつか・・っ!)
シュネーゲはすぐさま研究所に飛び込んだ。

セルヴィウスは部屋の隅で呻いていた。
頭を抱え、膝から崩れ落ちたような格好で。
目を閉じ、頭を振りながら、何かを必死で拒むような。
直後、シュネーゲは背後に気配を感じ振り向く。
そこにいたのは
「・・・影?」
その影が笑みを浮かべる。
「いや、ゼルディスか。」
「久しいな、シュネーゲ。」
「俺達は前に、どこかで面と向かって話したことはあったか?」
「さぁな。自分の記憶でもたどってろ。」
「俺にそんなふうに言うのか?」
フフッと、シュネーゲが笑う。
普段は見せないような笑み。
「それは俺に対する嫌味か?それとも確認か?」
「あえて、前者と言わせてもらおう。」
「そうか。」
そう言って一回うつむき、再び顔を上げると普段のシュネーゲに戻っていた。
「で・・・。」
「ん?」
「で、これはどういうことだ?」
そう言って後ろにうずくまるセルヴィウスを指さす。
「あぁ、それか。」
そこで少し笑ったあと、嫌味のこもった笑みを見せる。
「セルヴィウスはもう一人の自分を知りたかったんだろう?
 なら手っ取り早く過去を教えるのがいいだろう。
 俺はそれをしてやったまでだよ。
 お前みたいに記憶がずれたりしてないんでな。
 より正確に教えられただろう。」
「無駄なことを・・・。」
「お前は、セルには昔のことを知られたくなかったんだろう?」
「それを知っていながらやったと言うか。」
「あぁ。知らなかったら無駄に絡もうとも思わないさ。」
その言葉にシュネーゲはしばらくうつむいたままだった。

そして、
「馬鹿なんじゃないか、お前。」
彼の口から出た言葉は、普段のものとはかけ離れているものだった。
「そんなことしてなんになると思ってんだ?
 意味もないことを繰り返して、それで満足できるのか?」
「その言葉、お前に返してやりたいな。」
「そんな物は意味ないってのに、無駄に記憶を持ち歩いて、
 一体そんな無駄をいつまでやってる気だよ、ゼルディス。」
そう言うなり、いきなり後ろにいたセルヴィウスを片手で釣り上げる。
「何度やったって同じことだろうになぁ!」
そう言って彼がセルヴィウスの頭に触れた瞬間、

ドクンッ

何かが変わった。
明らかに何かが変わったはずなのに、風景に何の違和感もない。
唯一おかしい点は、人がほぼ全員倒れていることだ。
しかし倒れなかったものが一人。
「さすがだな。影は別物か。」
ゼルディス。
影の姿でここに来ているゼルディスだけは、ふらりともせずに立っていた。
「また、やったか・・・。」
「悪いか?」
シュネーゲの口調はいつも通りになっていた。
「貴様も厄介な奴だな。」
「お前ほど厄介ものでもない。」
「セルヴィウスは、いつか自力で見つけるぞ。」
「あぁ、そうだろうな。」
「それなのにお前は隠し続けるのか?」
一時の沈黙。
「そうだな。」
「厄介なもんだ。」
「じゃぁ、俺は先を急ぐんでな。」
そう言うなり、シュネーゲはセルヴィウスを抱えたまま研究所を出て行った。
「記憶は、本人が持ってるもんだぞ、シュネーゲ・・・。」
残されたゼルディスも、その言葉を最後に姿を消した。

第三話“改ざん”

「・・ぅう。」
ゆっくりと目を開く。
目に映るものは白い天井。
手の感触からしてベッドに横になっているのだろう。
そこまで推測してから、セルヴィウスはやっと体を起こす。
体がだるい。
やけに頭が重いような感覚にとらわれる。
それでもなんとか辺りを見回してみると、そこはやはり療養所の一室だった。
体を動かす気にもなれず、しばらくそのままでいると、
不意に病室のドアが開く。
「よう。もう目が覚めたのか。」
そこから入ってきたのはシュネーゲだった。

「あぁ・・・。けど、どうして俺は横になってたんだ?」
「お前、覚えていないのか?」
「あ、あぁ。」
そうか。と一呼吸おいてから、シュネーゲが説明し始める。
「お前、アーシアでのフィリーとの戦いで敗れただろう?」
「・・・フィリー・・・?」
「あぁ・・・。お前、俺があいつの名前聞いた時は倒れてたからな。」
「あぁ、なるほど。で、そいつは?」
「逃げられた。というより、俺が一旦引いたと言ったほうがあっているか。」
シュネーゲは淡々とあったことを話す。
「そっか・・・。あの時、他のやつらはどうしたの?」
「全滅だ。俺がここについた時にはもう戦いは終わってたからな。」
「そっか・・。じゃ、じゃぁ他は今どこにいるの!?」
「そう焦るな。皆この療養所に運ばれてる。」
心配そうなセルを諭す。
「そうか。それならシュネーゲ。お前に礼を言わなきゃな。」
「俺はそんな大したことはしていない。
 それより、お前もまだ怪我人なんだ。もう少し休んでいろ。まだまだ時間はある。」
「そう。それなら、もう少しだけ休ませてもらうよ。」
「あぁ、邪魔したな。」
そう言い残してシュネーゲは部屋を後にした。
セルヴィウスも、もう少し寝ることにした。

シュネーゲがセルの病室から出てくると、
そこには壁に背をあずけたプロコフィエルがいた。
「見舞いか?今は止めたほうがいい。」
そう言ってプロコフィエルの前を通り過ぎた時、
「用があるのはお前だよ、シュネーゲ。」
そう言って俯いていた顔を上げる。
その表情はなんとも言えないような顔だった。
「着いてこい。」
そうシュネーゲに言って、プロコフィエルは歩き出す。
その後にシュネーゲも着いていく。

たどり着いたのは療養所の裏。
そこで向きを変えて、プロコフィエルはシュネーゲと向かい合う。
「お前、何かやったか?」
唐突な質問。故に、
「さぁな。」
シュネーゲも曖昧に返事をする。
「何かやったなら、これは忠告だ。」
そう言いながらゆっくりと近づいてくる。
その影はいつもとは違う人のようだった。
「何がだ?」
それに対しても、シュネーゲはいつもの調子を崩さない。
「これ以上、セルの頭・・・いや記憶に、不可を与えるな。
 それこそ、お前が望まないことが起こるぞ。」
「俺の目的が分かっていて、それでも言っているのなら、その忠告は聞いてやろう。
 だが、中途半端に分かっただけで言っているなら、俺はそんなものを聞く気はない。」
「・・・そうか。分かった。」
話題はそれだけだったらしい。
プロコフィエルはシュネーゲの脇を抜け、元来た道を引き返し始めた。
途中、
「俺の目的の邪魔をするなら、その時は容赦しないからな。」
それだけがシュネーゲの耳に届いていた。

「ふぅ・・・。」
プロコフィエルの去った後の場所で、
シュネーゲは一人、上を見上げ立ったままだった。
しばらくして、シュネーゲはゆっくりと建物の影に向かっていく。
「何隠れてんだ、お前。」
そこにいたのは、
「久しぶりだね、シュネーゲ。」
「そんな時に盗み聞きか、シュー。感心しないな。」
「違うって。俺は盗み聞きはしてないさ。」
「そうか。」
そこにいたのはシューだった。

「またやったんだね、記憶の改ざん・・・。」
「あぁ、まぁな。」
「今回はバレてないの?」
「いや、ゼルディスは知っているだろう。
 それと、プロコフィエルが何か感づいている。」
「そう。」
「そういえば、お前が見える人は増えたか?」
「いや、相変わらずシュネーゲとゼルディスにしか見えてないみたいだ。」
「ならいいか。」
「まぁね。それじゃ、俺はまた用事があるから。」
「そうか。それじゃぁな。」
それだけ話すと、シューは足早に療養所から離れていった。
そして、シュネーゲも療養所に戻っていった。

第四話“日記”前編

セルヴィウスの容態は安定し、もう普通の生活には支障が出ていなかった。
一番の重傷だったホルンフェルスも、今では自力で体を起こせるにまで回復した。
流石にまだ立つことには痛みを感じるらしい。
シュツルムは治りが早かったらしく、今ではセルヴィウスと同じように普通の生活ができている。
ヴァンダーは足の骨を折ってしまっていたために未だに松葉杖が必要だが、
それ以外のところではもういつも通りだった。

そんな中、先に治っていたプロコフィエルが、数日前から姿を消していた。
どこかに出かけたにしても、仲間に一言も言わずに出て行くのは珍しかった。

「プロコフィエル、どうしたんだろうな・・・。」
「確かにな。誰も行き先を知らないんだろう?」
ヴァンダーの病室。
普段からセルヴィウスが足を運んでいた。
シュネーゲは普段から何かを調べているようで、一箇所に留まっているところはあまり見ない。
ホルンフェルスも体力の面から寝ていることのほうが多い。
必然的にヴァンダーの病室に来てしまうのだ。

「ったく。どっか出かけんなら知らせてけってな。」
「ホントだよ。」
「そうだ。今日はもうホルンのところには行ったのか?」
「いいや、まだだよ。さっきはまだカーテン閉まってたから。」
「そうか。んじゃ、今日は俺も一緒に行こうかな。」
「えっ、大丈夫なの?」
「まぁ身体動かすことは悪いことじゃないし、そもそもそんなにホルンの病室と遠くないだろ、ここ。」
「まぁ確かにそうだね。じゃぁほら。」
壁の方に立て掛けてあった松葉杖をベッドの方に移動させ、ヴァンダーが立ち上がるのを手伝う。
「悪いな、毎回毎回。」
「全然問題無いさ。」
二人は病室を後にした。

目の前の扉をノックする。
今はカーテンも開いているので起きているだろう。
予想通り病室内から返事が聞こえる。
「容態はどう、ホルン。」
「あぁなんだ、セルか。」
「俺もいるんだがな。」
そう言いながらヴァンダーも部屋に入ってくる。
「お前も来たのか。なんか久しぶりな気がするな。」
「確かに。俺が来るときはいつも寝てるもんな。」
「それは普段からだよ。」
「で、容態は?」
「あぁ、至って普通。まぁそんな劇的に回復!なんてことにはなってないさ。」
「そう・・。でもまぁ、悪化してないだけいいかもね。」
「悪化はして欲しくないからな。」

「で・・・。」
そこで、ヴァンダーが話を変える。
「それ、なんだ?」
「これか?」
それはホルンフェルスの手に握られている本。
革表紙だが使い古されたようにボロボロのもの。
「なんだろうな。朝方に渡されたんだよ・・・。」
朝方。
「セルヴィウス?」
「あぁ。俺が来たのは朝食を食ってからだったが、その時もまだ扉は鍵がしまってた。」
「ホルン。それは誰に渡されたんだ?」
少し考えるように唸ってからホルンフェルスは答える。
「よく覚えていない。よく見えなかったんだ。
 けど、なんだかマントのようなものを羽織っていた気がする。
 一瞬看護医かと思ったけど、何か違った。」
「何かって?」
「そうだな・・・。そういう人ってわざわざ逆光の位置に立ったりしないだろう?
 そのせいで顔はよく見えなかった。
 それにマントも白衣かと思ったけど、実際は濃い緑のような色だったと思う。」
「緑・・・。」
マントと聞いて先に対戦したやつ(フィリー)を思い出したが、どうやら違うらしい。
「俺もよくわからなかったんだ。けど、そいつがこれを渡していった。」
「そうか。」
「あっ、あともう一つ。そいつから、“昔置いていったものだから、返してやる。”って言われたぞ。」
「昔持っていた?」
「あぁ。でも俺は記憶にない。お前らはなんか思い出せるか?」
「いいや、俺は何も。」
ヴァンダーが首を振る。

しかしセルヴィウスは、
「俺は・・・。」
記憶には無い。
確かに知らないはずのものなのに、何かが引っかかる。
それは前、ホルンが腹を刺される直前に感じたような・・・。
“何か”。
どんな感情が溢れ出したか思い出せない。
しかし、その時と同じような圧倒的な違和感に襲われている。
「セル?」
「っ!な、何?」
「いや、急にぼーっとしてるからさ。何か思い当たるのか?」
「い、いや。特に何も。」
個人的な感情はあまり人に言っても伝わらないことが多い。
今回もそうだと思い言わないことにした。

しかし、
「あと、この本、なんかの日記のようなんだぜ?」

ミナイホウガミノタメダ。

「ほう、そうなのか。どんなことが書いてあった?」
「そうだな。日々の行動とか、なんかの戦いの記録とか・・・。」

キカナイホウガミノタメダ。

「あ、けど一ページだけ異様な部分があったな。」
「どんなだった?」
「なんなら見てみろよ、ほらここ・・・」

シラナイホウガミノタメダ・・・。

その日記を見た瞬間。
「ぅぁあ、ぁぁあああああああ!!」
セルヴィウスの絶叫が病室に響いた。

ホルンフェルスが見せてきたページには見開きで大きく一言。

『死にたくない』

赤黒くなった血文字でそう書かれていた。

第五話“日記”後編

「セル!しっかりしろ!」
ヴァンダーとホルンフェルスに支えられてなんとか立っているような状況の中で、
セルヴィウスがようやく落ち着きを取り戻し始めていた。
「大丈夫かセル?」
「ぁ、あぁ・・。」
「それにしてもいきなりどうしたんだよ。」
さすがに叫び声が聞こえてか、シュツルムも今は同じ部屋にいた。
「悪かったな。こんなになるなんいて思わなかったからさ・・・。」
ホルンフェルスもなんだか反省しているようだった。
「いや、ホルンのせいじゃない、から・・・。ごめんな、心配かけて・・。」
そういうセルはまだ何か残っているのか、元に戻ったとは言い難い。

「そうだ・・・。」
唐突に。
部屋に一瞬流れた沈黙を払うようにセルがホルンの方を向く。
「なんだ?」
「いや・・。さっきの日記・・・。もう一度、見せてくれないか?」
「「っ!」」
その場にいた全員が驚いた。
先ほど目にしてあんなになったというのに、その本人がもう一度見たいと言ったのだ。
「セル。さっきのことからも、あんまり容易く見るもんじゃない。
 もう少し時間を空けてからでもいいだろう?」
「そうだぜ?第一、そんなんでもう一回入院生活なんて真っ平だろう。」
「うん、そうだ。もう一度あんなになられても困るしな。」
皆が口々に言う中、セルははっきりと同じ言葉を繰り返す。
「さっきの日記、もう一度見せてくれ。」
「なんで、そこまで・・・」
「確かめたいことが、あるんだ。」
セルの気迫に少々押される感じで三人は一応のためにと身構えておくことにした。
だが、
「そんなに気にしなくても、きっと大丈夫だよ。俺が見たいのは、もっと最初のほうだから。」
そう言ってゆっくりと日記のページをめくる。
他の三人には、セルヴィウスが最初の数ページから何かを探しながら見ているようだった。

そして、
「あった・・・。」
そう言って開いたページには、
「これ、ただの日記じゃないか。」
普通の日記が記されていた。
「そうだな。何もおかしいところは無さそうだが・・・。」
「じゃぁ・・・。」
そう言ってセルヴィウスは日記の右上、その日記の著者が書かれた場所を指さす。
この日記は交代制で書かれていたらしく、それぞれの日記の上に書いた人の名前が記されている。
だがこの日記には、
「・・・シューゲイン・・・」
人の名前であるのは分かる。
「誰だ、これ?」
今の彼ら英雄(トーア)達の中には“シューゲイン”という人物はいない。
過去に一緒に英雄をしていた『記憶』はない。
なのにその日記では、
「なんで、こいつ一緒にいるんだ・・・?」
シューゲインの書いた日記の中で、彼らは一緒に英雄として戦っている。

「なぁ、こいつって誰なんだ?」
「分からない・・・、いや、“思い出せないんだ”。」
「どう言う意味だ、セル。何が言いたい?」
「俺も、正直よく分からない。けど・・・。」
だが、
実際に時々変な時があった。
それは最近になってからだったが、
最初はホルンフェルスが刺された時、正確にはその直前。
その時に感じた感情はつい先ほど感じたばかりだ。
強烈な恐怖。
知らないものに対してではなく、その後に起こる何かに対して感じた恐怖。
他にも、シュネーゲにある癖。
あれは癖なのかと思っていたが、違うかもしれない。
相手があることを知っているのが当然のように話し、後々知らないことを確認するような。
まるで、一度シュネーゲ以外も体験しているかのような・・・。

「くぅ・・・。」
「セル!」
セルヴィウスが頭を抱える。
横にいたヴァンダーとシュツルムが支えに入る。
二人に肩を預けながら上げたセルの顔は、恐怖と怒りを混ぜたような不思議なものだった。
「頼む・・。連れて行ってくれ・・・。」
「ど、どこに?」
「会いたい奴がいるんだ・・・。」

セルの会いたい人物はすぐに見つかった。
逆に思考が読まれていたかのようなタイミングで、彼はそこの壁に背を預けていた。
「シュネーゲ・・・。」
「どうした。また具合が悪そうだな、セル。」
「話がある。」
「なんだ?藪から棒に。」
シュネーゲはこちらを見ずに答える。
「日記、知ってるか。」
ピクリ、とシュネーゲが止まる。
「今朝方、ホルンの元に届いた物らしいんだが、なんだか昔使ってたみたいでな。」
「誰がだ?」
「もちろん俺たちだよ。決まってるだろう?」
「あぁ、そうだな。」
シュネーゲの声にやや覇気がない。
「でさ・・・。
 お前、名前なんて、変えてないよな?」

「手助けはあったが、ほぼ自力で、とうとうここまで来たのか・・・。」
ゆっくりと、
シュネーゲが壁から背を離す。
「やっぱりか・・・。」
「セル、これ、どういうことだよ!」
理解し始めたセルとは対照的に、先ほどまでセルを支えていた二人が意味も分からず混乱していた。
「あぁ、きっとだが・・・。」
そう言ってセルヴィウスはシュネーゲを見据えたまま答えを述べる。
「シュネーゲ。あんたが、俺たちの記憶を操作したんだろう?」

ぞわりと、明らかにシュネーゲの周りの空気が変わる。
さっきまでとは違い、何かを隠すような、押しつぶすような強い意志。
「まさか本当に、勘だとしても、よくここまで早く答えを見つけられたな。」
「やっぱり、お前がやったんだな・・・。」
「・・・・・。」
「なんで・・・・。」
セルが俯く。そして、
「お前・・・。なんでそんなことしたんだよ!!」
そう叫ぶ。
それに対して、
「そんなもの、決まっているだろう?」
口元に僅かな笑みを浮かべ、
「俺の果たすべき目的のためだよ・・・!」
「そんな・・・、そんなことまでして手に入れる結果ってどうなんだよ!」
「どうもなにもないさ。目的が果たせればそれでいい。」
そこにいるシュネーゲは今までの無口でも仲間想いな“彼”では無かった。
目的のために仲間を貶めようとする人そのものだった。

「そんなことを、これからも続けるっていうのか・・・?」
「必要とあらば。」
「なら・・・。」
そう言ってセルは腰にある武器を構える。
それに対してシュネーゲは両手を広げるだけ。
直後。
冷気と共に、シュネーゲの後方の通路の床から天井までをびっしりと氷の刺が覆う。
「っ!」
「水と氷で強いのはどちらだろうな、セルヴィウス。」
「くっ・・・!」
「無駄なことはしないほうがいい。勝てないなら去ることも一つの策だ。」

「だが、勝てるなら攻めても文句はないだろう?」
どこからか声が聞こえたと思った瞬間。
セルヴィウス達の後方の壁が一気に内側に爆発する。
「ちっ、お前か・・・。」
煙の中の人影がだんだん濃くなり、そして、
「氷と炎なら、どちらが強いだろうなぁ。」
堂々とした足取りで、その戦場にプロコフィエルが踏み込んだ。

第六話“裏切り”

「やるのか、シュネーゲ?」
「やるもなにも、俺はセルヴィウスがこれ以上進まなければそれでいい。」
「進むなら?」
「その時は・・・、やるさ。」
「そうか。」
プロコフィエルがセルヴィウスに向き直る。
「お前は、どうしたいんだ?」
「俺?」
「あぁ。お前は進みたいのか?」
「・・あぁ。進みたいさ。何か忘れている気がするんだ。大事なことを。
 だから、進まなくてもいいって言ったら嘘になる。」
「そうか。」

再びシュネーゲの方を向く。
「だそうだが、シュネーゲ。」
「そう言うとは、思っていたがな・・・。
 そんなに通りたいなら、俺を倒していけ、セル。」
「そんな・・・。」
「そんな度胸もないのか?」
「そんなの、度胸とかいう問題じゃない。
 さっきまで・・・いや、今だって仲間じゃないか。同じ英雄(トーア)じゃないか!
 それなのに、なんでやり合わなきゃならないんだよ。なんでそんなに行かせたくないのさ!」
「それは俺の・・・いや、あいつの目的のためだ。」
「あいつ?」
「だから俺はお前を通せない。傷付きたくないならお前が引け、セルヴィウス。」
シュネーゲの強い口調にセルヴィウスは徐々に押され始めている。
そう悟ったプロコフィエルは、
「なら、俺が道を開けてやろう。」
一歩前へ。
「待ってよ、プロコフィエル!」
「何をだ?」
「何をって、決まってるでしょ!」
「セル。やるときは殺らないといけないんだ、この世界。」

直後、プロコフィエルの前方からシュネーゲに向けて、炎が吹き荒れる。
「っ!」
すぐに反応したシュネーゲは自分の前に分厚い氷の壁を作る。
その光景はプロコフィエルの後ろにいたセルヴィウス達には見えなかったが、
炎が消えると、やや溶けかかった氷の壁と、黒くなった廊下の壁があった。
「いきなりとは、やってくれるなプロコフィエル。」
その氷の壁の向こうから、シュネーゲの声。
と同時に、その後方から氷の刺が飛んでくる。
「そんなものか。」
だがそれを、プロコフィエルは持っていた剣を炎で包むと、一閃。
飛んできていた氷の刺はその熱にやられ、雨となって降ってきただけだった。
「そんなんだったら、どちらが勝つかは目に見えているな。」
今度はプロコフィエルが動く。
持っていた剣を縦に振ると、その切っ先をなぞるかのように炎が噴き出し、
シュネーゲの目の前にある氷の壁を切り裂く。
しかし、
「俺の戦い方を忘れたか、プロコフィエル・・・?」
声がしたのは真後ろ。
「くっ!」
剣を構え、後ろから現れた氷の刺の軌道をそらす。
だがもうそこにシュネーゲはいない。
いるのは彼らの前方、先ほどまで氷の壁があった場所。
「終わりだ。」
そう言って今度は氷の槍を投げる。
軌道はプロコフィエルの中心。
対して、振り向きざまの彼にまともな対処ができるはずもない。
明らかに結果の見えていた展開。

ブスリ

肉に刺さるような音。
滴り落ち、床を染める赤い血。
しかし、
刺されていたのは、プロコフィエルでは無かった。
「なんで・・、なんでこんなことを、仲間内でやり合わなきゃならないんだよ・・・。」
セルヴィウスの左肩に刺さった氷の槍。
力なく垂れ下がった左腕。
そんな状況で、叫ぶ。
「なんでなんだよ、シュネーゲェェェェ!!」
傷口に触れていた右手に力が入り、

グプリ

異様な音を立てて槍が抜かれる。
「「っ!!」」
その場にいた皆が声を失う中、セルが言う。
「そこまで、そこまでするなら、俺はそこを、力ずくでも通ってやる・・・!」
直後、シュネーゲに向かって走り出したセルヴィウスは思いっきり『左腕』を振りかぶる。
肩口の傷はもうなかった。
その手でシュネーゲを殴る。
咄嗟に後ろに避けるが、その足をセルヴィウスが刈るように蹴りシュネーゲを地面に倒す。
その上に乗ったセルヴィウスは左手でシュネーゲの胸ぐらをつかみ、右手を振りかぶる。
その手には“今まさに作られつつある”氷のナイフ。
そしてそれを振り下ろそうとした瞬間。

カチャリ

彼の耳元で金属音。
見るとそこには細身の剣先が。
「プロコフィエル、一体どういうことだよ。」
振り返らずに、その持ち主に問う。
「・・・。」
帰ってきたのは沈黙。
「さっき、お前は行ったよな。やるときには殺らないとって。」
「・・・。」
「あれは、ただの言葉上の物でしかなかったのか?」
「・・・いいや。」
やっと沈黙を破り、プロコフィエルガ言う。
「確かに、やるべき時にはやらないとダメだな。
 だから、俺は俺自身のために、今はお前を殺す。」
「意味が、わからないんだが・・・。」
「あぁそうだろうな。なにせ、これは俺自身の目的のためだからな。」

「やはりお前もそうだったか、プロコフィエル・・・。」
シュネーゲが苦々しそうにプロコフィエルを睨む。
「・・・“も”ということは、俺と同じような目的を持ったやつを知っていると?」
「あぁ、そうだな。」
「そうか・・・。ちなみに、ゼルディスは違うからな。あいつの目的は違う。」
「何・・・?」
「あ、そうか。お前の予想はあいつだったわけだな。残念だな、お前の予想が外れて。」
「・・・。」
セルヴィウスを挟んで二人は状況のつかめないやりとりを繰り返す。
「さて・・・。」
そうしてようやくセルヴィウスを見たプロコフィエルの目は、いつになく無表情だった。
「俺も早々に目的を達成したいんでな。」
剣を握る力が増したのが見なくても分かるようだ。
「だから悪いがセル。死んでくれ。」
あっさりと告げられた言葉。
セルヴィウスはその言葉を仲間から聞くとは思っていなかっただろう。
しかし、彼は何の躊躇いもなく言った。
「なんでいきなり、そんな・・・。」
「なんでって、そりゃお前がその能力を思い出しちまったからじゃねぇか。」
さも当然のことのように言うプロコフィエル。
そして、
「話は終わりだ。」
剣を握る力が一層増した瞬間、

「ちょっと待って欲しいなぁ。」
なんだか聞きなれない声に剣の動きが止まる。
セルヴィウスが顔を上げるとそこには黒いマント姿の少女。
「ちっ、邪魔しやがって。何しに来たんだお前・・・。」
「お前か・・・フィリー。」

セルヴィウス達の前方。
そこには、紛れもなくフィリーが立っていた。

「よっ、英雄諸君。」

第七話“交渉”

「何しにきた・・・。」
その声には多少の怒りも含まれていたが、そんなものを気にするような彼女じゃない。
「何って、あんたらと同じようなもんさ。」
「目的か?お前の目的にはこいつが必要なのか?」
剣でセルのことを指す。
「あぁそうだねぇ。最初はいらなかったんだけど、やっぱ必要になってさぁ。」
そう言いながら徐々に彼らの方に迫る。
「何を望むんだ?お前。」
「今はそいつを貸してもらうことかな?」
セルヴィウスを指さす。
「生きたままでか?」
「そうじゃないと意味がないなぁ。」
「それはお前が困るだけだろう?俺は別にいいんだがな。」
「おおっと?狩猟者(ハンター)の中では、他人の目的に干渉しないってのが、
 暗黙の了解だと思ってたんだけどぉ?
 まさか、知らないわけじゃないよねぇ、プロコフィエル?」

一瞬、空気が凍る。
「プロコフィエルが、狩猟者・・・?」
最初に口を開いたのはセルヴィウスだった。
「どういうことだよ、プロコフィエル・・・。」
フィリーやゼルディス等、今回攻撃を仕掛けてきたのが狩猟者だということは分かっていた。
その一員が仲間に居るとしたら、
「本当だ。」
彼はその事実を肯定した。
「俺は確かに狩猟者だ。だからこそ目的があり、そのために動いてきた。」
「そぉだねぇ。あんた、意外と仕事するからねぇ。」
「だから今回もそのためにセルには刃を向ける。
 今回はお前には邪魔させないぞ、フィリー。
 お前も人の目的の邪魔なんかしてないでさっさと他の方法を探れ。」

「だからさぁ・・・。」
そこでフィリーが不平の声を上げる。
「だから“交渉しよう”って言ってんのにさぁ。」
「交渉?」
それを聞いてゆっくりとセルヴィウスから剣を離し、フィリーの方を向く。
「で、その交渉とやらは一体なんなんだ?」
「それはなぁ、
 まず、あんたはセルヴィウスを解放し、私に貸す。」
「貸す?それは返すことがある。ということか?」
「いや、ほぼ確実に返す。
 んで、私は、セルヴィウスを連れて目的を果たせればそれで満足。
 そのあとはそいつはいらないから返す。」
「それだけか?」
「んあぁ、それだけ。少しあんたの目的に遅れが出るだろうけどな。」
「・・・。」

プロコフィエルは考え始めている。
セルヴィウスを貸すかどうか。
「ちょ、ちょっと待てよ・・、そんな俺を物みたいに・・・。」
「ん?」
そう向けられた眼差しはひどく冷たいものだった。
「俺には、今はさほど変わりはないさ。いずれ消す存在なんだから・・・。」
「で、どうするんだい?」
「あぁ、分かった。そうしてやろう。」
「そうかい。なら良かった。あんたが話の分かる奴で助かったよ。」
セルヴィウス無しで話が進んでいく。
シュネーゲを見てみるが、必死で助けようとは思っていないような顔つき。
どこか違うところを見ているような表情。

「っ!」
そんなことを考えていた中、急に手足に異様な力がかかる。
慌ててみてみると、そこを抑えているのは黒い紐のようなもの。
紐というよりは触手のようななにか。
見たことはあった。
だが、それを使っている人物が前とは違う。
「プロコフィエルっ!!」
セルヴィウスの背後にいた彼の足元から何本ものそれが生えていた。
「この方が持って行き易いだろう。」
そう会話しているのはセルとではなくフィリーとだろう。
「そりゃお気遣いどうも。」
そう言って彼女は両手両足を縛られたセルヴィウスをヒョイと持ち上げて歩き出す。
口にもまきついていたがためにセルは何も抵抗できない。

「そういえば、あんたもここまで能力を開花させてるとはねぇ。」
そう言って辺りを見渡す。
セルも今更気づいたのだが、ここはさっきまでいた廊下と少し違っていた。
周りは円状に黒い壁で覆われ、天井も黒いドーム状の屋根だった。
地面だけが、唯一先ほどまでの療養所の物と一緒だった。
「ま、あんたが能力付けようと、私には関係ないけどさ。」
そういうなり右手を突き出す。
するとそこに音も立てずにゆっくりと黒い穴が口を開け、
中からサイドカー付きのバイクが飛び出してきた。
「さぁて。用は済んだし、私は行かせてもらうよ。」
そう言ってセルをサイドカーに乗せると、アクセルを踏み走り出す。
「おい。交渉は忘れるなよ。」
「あぁ、わかってるさ。」
そう言いながら黒い壁に突っ込み、そのまま消えた。

「おい、シュネーゲ。」
プロコフィエルは近づく。
「あぁなんだ。」
ゆっくりと彼も立ち上がる。
「演技だったろう?」
「いつからの話だ?」
「最初からだ。」
「知っていながら乗ったのか?」
「まぁな。」
そのまま黙り込む二人。
「で、お前の目的はなんなんだ?」
「俺の?そりゃぁ変わらないさ。先まで言ってたことが本当さ。
 あと、もう一人、一緒に始末したかったやつがいただけさ。」
「なら、またセルを狙うと?」
「あぁ。」
「そうか。ならここでお前を殺ってもいいのだろうな、本当は。」
「そうかもな。だが、何も知らない仲間まで怯させるわけにはいかないさ。」
「それもそうだな。」

ゆっくりと黒いドームが消えていく。
それと共に黒い壁も徐々に薄くなっていく。
「さて、行くか。」
「そうだな。」
「で、まだ演技は続けるのか?」
「そうだな。」
「そうか・・・。なら乗ってやるよ。」
「?」
「まぁいずれは、やりあうかもしれないけどな。今はお前の演技とやらに乗ってやるよ。」
「そうか・・・。それは、感謝しよう。」
そう言って二人は急に切り合い出した。

「おっ!黒い壁が消え始めてるぞ!」
外に残されたシュツルムたちが見ている中、徐々に黒さが薄くなっていく。
それが完全に消える頃にそこにいたのは、
「シュネーゲ!プロコフィエル!」
ボロボロになった二人だった。
二人は肩を貸し合いながら歩いていた。
「おい二人とも!なんだよその傷は!」
「それに目の前にさっきまであった壁はなんだったんだ?」
立て続けに質問される中、プロコフィエルが先に口を開く。
「やつだ・・。」
「やつ?」
「あぁ、フィリーだ。」
「そうだ。フィリーがいつの間にか結界のようなものを作っていたようだ・・・。」
「気付かなかった俺たちも不覚だったが・・うぅっ・・・・。」
「と、とりあえず運ぼう!」
「そうだな、話はそれからだ。」
何も知らない彼らたちは、手負いのシュネーゲとプロコフィエルを支えながら、
空いている病室を目指して歩き出した。

第八話“条件”

地下都市ことアーシアの療養所から走り出ししばらく経った頃、
急にフィリーがバイクを止める。
セルヴィウスが前に飛び出しそうになるが、フィリーが手で元に戻す。
「さて。」
そう言って彼女はセルヴィウスの口を被っていた黒いものに触れる。
するとみるみるうちにその黒さは薄くなり、やがて全て消えた。
「なんのつもりだ。」
手足は繋がれたままでセルヴィウスは彼女を睨む。
「いやいや、そんな顔しなさんなって。」
それに対して彼女は特にどうもせずにバイクの座席に座りなおす。
体ごとセルに向けた彼女は、
「それ、解いて欲しいか?」
唐突に聞いてきた。
「?」
「だから。それ、外して欲しいか?」
彼女がもう一度指を指す。
その先にはセルの手足。
「解いてくれるのか?」
「あぁ、まぁな。ただし、条件を飲んでくれたらな。」
「条件・・・。」
嫌な予想をしているセルの目の前で、それは嘘となる。
「あぁ。私と今だけ仲間になってくれるってんなら解いてやる。」
「へ?」
あまりに訳が分からず、セルは聞き返してしまう。
それにうんざりしたような顔をしながら、彼女はもう一度言う。
「だから、私と今だけ仲間になれ。そうすりゃ解いてやる。」
「・・・。」
セルヴィウスは考え込んでいる。
が、急に車体が揺れたかと思うと、彼女が座席に座り直していた。
「さて、回答がまだ出なさそうだから、解くのは次の休憩の時な。」
そう言ってまたバイクを発進させた。

「で、なんでそんなこと言ってきたんだ?」
走行中。
そんなにひどく荒れた道でもなかったために、セルは質問してみる。
「あぁ?さっきのことか?」
「まぁ・・。」
「いや、結果的に一緒に旅してんだったら、どうせだったら仲間の方がいいだろう?
 無駄に気を使うこともねぇし、気を張る必要もない。」
「・・・。」
「それに、私は難しいのは面倒だからさ。考えたくねぇんだよ。」
「他には?」
「他?」
「まだあるだろう?お前のことだし。」
「疑い深いねぇ、あんたも。」
「少し前にあんなことがあったら普通にそうなるだろう?」
「まぁそうかもね。でもそいつは仲間にしか教えたくねぇからな。いろんな意味で・・・。」
「・・・そうか。」
しばらく沈黙のまま進むこととなった。

次の休憩は夕方を過ぎ、辺りが暗くなり始めた頃だった。
「さて、そろそろ泊まる場所作るか。」
そう言って手を上げるなり、そこを中心にドーム状の黒い建物のようなものが広がる。
中は光源がないのに明るかった。
「さて。質問の答えを聞こうか。」
サイドカーから降ろされたセルの前に座りながら言う。
「今日一日、手足縛られたままサイドカーに揺らされ続けた直後に聞くことか、それ?」
「だから、そんな難しいこと私は分からないって言ってなかったか?」
実のところ、なんだかんだ言っておきながら、フィリーはここまで安全に連れてきてくれた。
道も選んでいたらしく、わざわざ揺れないような道を通っていた。
それに来る途中での会話からも、フィリーはあくまで今は、セルを殺す気はなさそうだった。
「で、どうする?」
正直、セル自身は誰も信用したくなかった。
裏切られたと思った仲間。
仲間だと思っていたものから向けられた殺意。
そんなものを見た直後に、いきなり仲間になるなんてできそうになかった。

しかし、
「あぁ、分かった。」
セルはあっさりと仲間になることを了承した。
というより、なぜか了承してしまっていた。
「お、なってくれるのか?」
「あぁ、まぁ。いつまでかは知らないが、あんたがやめるといった時までだろう?」
「あぁ、そのつもりだ。なかなか頭の回転早いじゃないか。」
「馬鹿にするなよ、・・・・って、なんて呼べばいい?」
「普通に私の名前でいいさ。私もあんたのことは好きに呼ばせてもらう。」
「分かった。で、フィリー。今夜はここで住むのか?」
「あぁ。別に構わないだろう?」
「そうだな。」
「んじゃ、早々に寝ちまいな。明日はさっさとここを離れるからさ。」
「目的地まではまだかかるのか?」
「あぁ、まだまだだなぁ。」
「あっ、そうだ。」
セルヴィウスは意外と重要なことを聞き忘れていた。
「俺達はどこに向かってるんだ?」

そんなセルの方を向きながら、
「目的地は北端の島、“ビルサウス島”だ。」
彼女はそう高らかに宣言した。

第九話“旅”

フィリーと旅を始めたセルだったが、その初日の朝。
「おぃ、セル!起きろって!」
まだ日も出ていないだろう時間にたたき起こされる。
「んぁ?・・・・・・誰?」
「誰?じゃねぇよ!起きろって!」
「あぁ、フィリーか。ってフィリー!」
一瞬何が起きたのかと飛び起きるセルヴィウスだったが、頭が働き出すと今の状況を把握し始める。
「あぁ、そっか。お前と旅することになったんだっけか。」
「そうだよ。ったく、いきなりこんなんで大丈夫か?」
「まぁ、俺が早起きできずにお前に叩き起こしてもらったってことだろ?」
「い、一応状況はわかったのか・・・。ならさっさとこれ食え。」
そう言って何か投げられる。
掴み取ったそれは赤く光る、
「りんご?」
「見た目通りそうだな。ま、今日の朝食替わりだ。食っとけ。」
「朝食って、りんご一個が?」
「贅沢言うなよ?」
「わかったさ。」
そうしてセルはりんごをかじりながら荷物の整理を始めた。

今回は寝る際にフィリーの寝具を一式借りたのだが、
フィリーも別のものを一式使っていたようで、その片付けをしていた。
(そういえば、フィリーってものをどっから出してんだ?)
そんな疑問を持ちながら作業を続けた。

全て終わると、二人はバイクに乗った。
今回はセルもちゃんと乗ることができた。
「さて、こっからは最短距離で行くかな。」
エンジン音が軽快になり始める。
「ん?今まで最短距離じゃなかったのか?」
「ぅえ!う、うるせぇ!」
フィリーが思いっきりアクセルを踏んだ。

しばらくは二人とも無言のまま走っていたが、
「そういえば、」
ふと、セルが思い出したように言う。
「なんで今回は俺が必要だったんだ?」
「ん?あぁそうだな。一応話しておくか。ちょっと長くなるがいいか?」
「あぁ、俺は別に構わないが。」
「いや、やっぱ私が構う。」
「えっ?」
「運転しながら長話なんてしたくない。」
「自分で言っておきながら・・・」
「うるせぇ。いいんだよ。だからまぁとりあえず本題だけな。
 深いところはまたいつか話してやる。」
「いつかって、お前と仲間なのって今だけだろう?」
「そうかも、しれないけどな。」
「?」
「まぁ、要するに、お前が必要な理由は、あの島に入るためになんだ。」
「あの島?ビルサウス島のことか?」
「あぁ。」
「でもどうして?」
「いや、そのぉ・・・、多分。多分なんだが、あそこにいるのはお前の父親なんだ。」
「・・・はい?」
「だから、お前の父親の隠れてる場所なんだって、多分・・・。」
「んな曖昧な・・・ってか、俺の父親って誰だ!?」
「は?お前、知らないのか?」
「知らないと言うより、むしろ覚えてない・・・。」
「そうか・・・。ま、まぁそういうわけだからな。」
「え、それだけ?」
「いや、他にもあるんだが、その・・・今は言いたくねぇからな・・・。」
「そうか。ならまたいつかでいいさ。」
「いつかって、お前・・・」
「さっきお前が言ったじゃないか。またいつか、この件のことをちゃんと話してくれるって。」
「まぁ言いはしたが、そんな簡単に・・・」
「だって、今のお前と俺は一応仲間なんだろう?」
「・・・・ぁぁ。」
「だったら今だけだって信じていいんじゃねえか。」
「お、お前は・・、お前はそうやって人を信じすぎだ!もっと疑ったらどうなんだよ!」
そう言って反対を向いてしまったフィリーの頬はほんの少し赤みを帯びているようだった。

昼食を途中に立ち寄った店でとったっきり、それからはほとんど休憩なしで走ってきていた。
もう西の空が赤く染まり始め、徐々に夜が近づいていた。
「さて、今日はここらへんにするか。」
そう言ってバイクを止める。
そこは森の中の一部だけ開けたような場所。
昨晩のように黒いドーム状の建物のようなものに泊まることになる。
特にすることもなく、少し物足りない夕食をとると、早速寝床の準備に入る。
「ここまで来ると少し寒いな。」
急にフィリーが言う。
確かに北端の島を目指してきているし、
実のところ、距離的には今日と同じスピードで走れば明日いっぱいでちょうどたどり着くくらいだ。
それだけ北に来ていれば寒いのも頷けるだろう。
「確かにな。」
そう言う意味でセルヴィウスも同意する。
「なら・・・」
声がすると同時、セルヴィウスの用意した布団の隣に、もうひとつの布団が落ちてきた。
落ちてきたというよりは投げられたの方が正しいが。
「え、フィリー?」
「寒いからくっつけただけだ。文句はないだろう?」
「えっ、で、でも、」
「お前、寝相悪そうでもなかったし、くっつけても問題無いだろう?」
「いやいや、別の意味で問題があるんだが・・・。」
「ん?何が問題だ?」
「いや、もうなんでもいい・・・。」
(意外とフィリーって常識に疎いんじゃ・・・。)
そんなことを思いながら布団に入ることになった。

「でさ。」
「ん?」
唐突にセルが話しかける。
「お前、俺を仲間にした理由、最後まで言ってなかったよな?」
「あぁなんだ。まだ覚えてたのか。」
「まぁ、一応仲間になったんだから俺も聞きたいし。」
「そうだなぁ・・・」
ふっと、彼女の目があるものに向けられる。
それは二人が旅に使っているサイドカー付きのバイク。
昨晩はほとんど知らなかったが、実は結構傷も付いていたりと年季の入ったものだった。
黒字に赤のラインがボディに入っている柄で、
サイドカーの方には何箇所かなぜか文字を上から消したような跡があった。
「あれな、昔の相方の愛用機でさ。」
そう語るフィリーの目はどこか遠くを見ているようだった。
「そいつが私の相方を辞める時に譲ってくれたんだよ。
 それからはあのバイクには私の仲間しか乗せたく無かった。」
「ただのわがままでもさ、そうしていたかったんだよ。
 だからお前を乗せる理由も、ただ連れ去るんじゃなく、仲間として載せていたかった。
 ただそれだけだよ。」
「本当に、それだけ・・・。」
話し終えたフィリーの顔はなんだか寂しそうだった。
「って、何語ってんだろうな、私は。」
そう言いながらセルヴィウスに背中を向けるように寝返りを打つ。
「明日も早く起きるんだから、さっさと寝ろよ・・・っ!」
「あ、あぁ。」
セルもそれ以上聞かずに、そのまま眠りについた。

セルヴィウスが二人で旅をしていたのと同時刻。
アーシアの街の一角、人目につかないところで、誰かが何か行なっていた。
最初はただ地面に手をついているだけだったが、
その地面にゆっくりと黒い円が描かれはじめ、
その真ん中に線が入り、左右に開く。
そしてそこから、一つ、大きな目が人物を見つめていた。
「よぅガヴィンジュ。久しぶりだな。」
「まさかお前が呼び出してくるとはな、プロコフィエル。」
「で、今セルヴィウスはどうしている?」
「まだ目的地にはついていないようだな。今も移動を続けている。」
「そうか。なら例の作戦の準備を進めておいてくれ。」
「了解だ。」
その言葉を最後に目は閉じられ、地面の黒い円も消えた。
「さて・・・。」
ゆっくりと立ち上がる。
「待っていろ、フィリー・・・。」
その言葉を残して、彼もその場を後にした。

第十話“到着”

早朝。
岸辺に影が二つ。
その見据える先には島の影。
“ビルサウス島”
今回の目的地である。

「やっとだな。」
フィリーが背伸びする。
「あぁ。」
遠く。
その島を見つめるセルヴィウスの頭の中では、様々なことが渦巻いていた。
ただ、今本気で知りたいのは自分自身の過去。
フィリーに自分の父親がいるかもと言われたからか、尚更自分の過去が知りたい。
そう思うようになっていた。

「行くか。」
唐突にフィリーが言う。
「どうやって?」
今セル達のいる岸辺と島の間には、もちろん海が広がっているわけで。
普通に考えれば船もないのに渡れるような場所ではない。
だが、
「どうやってもなにも・・・。」
そう言ってフィリーが前に手を突き出す。
すると、いきなり海面に変な波が立ち始め、
直後。
一気に海が割れて道ができる。
「・・・・・・。」
「何そんな驚いた顔してんだよ。さっさと行くぞ。」

声も出せないセルを引っ張ってバイクに乗せ、フィリーはアクセルを踏む。
フィリーの愛車は何事もないかのように海の真ん中を走る。
「これも、お前の能力か?」
やっと落ち着いたセルが聞く。
「まぁそうだよ。」
そうやって簡単に答えるフィリーが恐ろしい。
「でもどうやってこんなことを・・・。」
「簡単さ。ただ想像させればいいだけなんだから。」
フィリーの“幻”の能力の応用である。
だが、
「こんな目立つこと、しなくてもいいんじゃないか?」
「?」
セルの言葉の意味がフィリーには分かっていないようだ。
「だから、普通にバイクが水面を走れる。みたいな想像した方が楽なんじゃないか?」
「・・・・・・・・。それは、その、普通に上から行ったら、バレるだろ?」
「・・・いや、だから、今やってることの方が目立ってるんじゃないか?」
「・・・・・・・・う、ん・・・でも・・、仕方ないじゃん!こっちを先に思いついちゃったんだからぁぁ!!」
アクセルを踏む足に力が入る。
フィリーは気づいていないだろうが、そのせいでものすごい速さでバイクは走っている。
「落ち着け!落ち着けってフィリー!危ない!危ないから!」
暴走したバイクはそのままの速さで島に向かっていった。

なんとか島についた二人は予想以上に疲れていた。
今は森の中で一息ついているところだった。
「さっきは取り乱して、悪かった・・・。」
セルに背を向けて座っているフィリーが言う。
「いや、まぁ無事についたからいいさ。」
「・・・・・・そぅだな・・・・。」
完全にいじけているようだった。
「少し歩いてくる。」
そう言ってセルは立ち上がる。
「なら私も!」
そう振り返ったフィリーの目元は濡れていた。
「・・・・・まぁ、二人で行くか。」
セルはフィリーが立つのを待ってから歩き出そうといて。
「行く前にちゃんと拭いとけ。」
差し出したハンカチを見てフィリーはすごく慌てた様子だった。

しばらく歩いてみたが、一向に森が終わる様子もない。
「少し休むか。」
そう言ってセルは近くにあった切り株に腰掛けようとして。
「?」
振り返る。
そこには切り株が一つ。
だが、よく見ると奥にも切り株が続いているようで。
「何かあるね。」
フィリーが横に立つ。
「そういえばお前、一回来たことあるんじゃないのか?」
「確かに来たことはあったけど、前は森なんてなかった。」
「?」
「だから、きっと誰かの能力だってことさ。」
「能力?」
確かに歩いてきた途中、木が全て綺麗に並んでいたことは気になったが。
「そ。だからこの切り株も何かあるのかもしれない、ってこと。」
フィリーが結論づける。
だが、
「だったらお前の能力でなんとかできるんじゃないか?」
「いや、無理かも。」
「じゃぁさっきの海の時の能力は?あれ、お前だけでやっただろ?」
「いや、あれはお前の想像力も借りた。」
「は?」
意味のわからないという顔をしたセルにフィリーが呆れながら説明する。
「だから、私は海の割れる幻を見せただけ。
 あんたにとっては海が割れるなんて悪夢のようなものでしょう?
 私が実際に再現できるのは人の悪夢。
 もうわかっただろ?」
「あぁまぁ。じゃぁもうひとつの方の能力は?」
「?」
今度はフィリーが頭をひねる。
「だってお前、統合者(ヴィザー)だろ?」
「あぁ・・・。」
そこフィリーも納得したようだ。
その瞬間。
フィリーの後方の木が数十本まとめて切り株になる。
「こういうことねぇ。」
「っ!?」
見知らぬものの驚愕の声が聞こえたような気がした。

ここからがフィリーの本気。
「さぁってと。そういえばこんなふうに一気に吹っ飛ばせるんだったわねぇ。」
そこには余裕の表情があった。
「まったく。最初からこうしていればよかったわねぇ。
 この島を真っ平らにしてやろうかしら?」
フィリーのその目は辺りをくまなく見渡している。
標的を探すように。
「でも、さすがに用事のある人と建物まで二つにしちゃったら問題だし、
 この邪魔な森だけでも綺麗に伐採しちゃいましょうか。」
そう言って両手を上に向ける。
ただそれだけ。
フィリー自身はそこまで。
だがそれだけで相手の恐怖を芽生えさせるには十分過ぎた。
ゴゥ!とものすごい音と共に周囲の木が全て切り株へと変わる。
これがフィリーの能力。

そしてその倒れた木々の先。
一件の小さな建物がポツンの残っていた。
「あれだ。」
その声はなんとも嬉しそうだった。
「さて、行くか。」
そう言って切り開かれた森のあいだを歩き出した。

扉の前に着くと小さなマイクとスピーカーが一つずつ。
そしてそのマイクから。
「またお前か、フィリー。」
声が響く。
その声がセルにはなんだか懐かしい響きがあった。
「あぁ、私だよ。それとちゃんとやつも連れてきたぞ。」
「そうだな。ちゃんと本人を連れてきたようじゃないか。」
「なら、入っていいのか?」
「・・・・・仕方ない。約束だからな。」
その言葉と同時に扉から鍵の開くような音が響く。
そして、
「ようこそ。私の城へ。」
扉がゆっくりと奥へ開いた。

第十一話“父親”

「ようこそ。私の城へ。」
二人の目の前で口を開けた暗闇。
地下へと続く長い階段。
その手前。
入口に立つセルヴィウスとフィリー。
「行くか。」
唐突に放たれるフィリーの声。
それを合図に二人はその中へと足を踏み入れた。

「暗いな。」
辺りは等間隔についたロウソクの光によって薄暗いが歩ける程度の明るさは保たれていた。
入口から見たときは気づかなかったが、壁のくぼみにそれが立てられている。
「意外に中は質素じゃないか。」
「今はな。」
そう、今は。
まだ通路の途中。
目的の人物にはまだ会えてすらいない。
「ま、今から気ぃ張ってたって疲れるだけだろ?」
いつもと変わらない様子でセルヴィウスの横を歩くフィリー。
そんな彼女にふとした疑問が湧いてくる。

「お前、どうして俺を連れてきたんだ?」
「んぁ?そんなんここに入るためだって。」
「ここにお前がそんなに欲してるものがあるって言うのか?」
「・・・・・。」
「なぁ、それって・・・・」
「人の“目的”ってぇやつに、むやみに首突っ込まねぇ方が身のためだぞ。」
一瞬フィリーの纏っている空気がガラリと変わる。
それは孤独を好む真っ黒な空気。
殺戮者のオーラ。
だがそれも一瞬で消え失せ、当の本人も何事もなかったかのよう。
「ま、ちょいと古い文献が欲しいってところかね。」
「・・・・・そうか。」
そこからはしばらく二人とも黙ったまま歩いた。

「ところで。」
静かな階段の上。
いまだ下り続けるその途中でフィリーが声をかけてくる。
「お前、本当に自分の父親のことは知らないんだよな?」
「あぁ。父親ってより、昔のことが全体的にぼやけてるって感じ。」
「ふぅん。」
「時々思い出しそうになるんだけど、すぐにそれは頭のどっかに行っちまうし。」
「・・・・・・。」
「そういえば、お前は俺の父親のことは知らないのか?」
「ん?あ、あぁ。今回私だって情報のためにあんたを探したようなもんだからな。詳しいことは。」
「そうか・・・。」
と、そんなことを話しているうちに、どれだけ歩いたかわからない階段に終りが訪れる。
一気に開ける視界。
暗闇に慣れた目には眩しすぎる光。
いきなり明るくなったその部屋は、まるで王宮の広間のような広さ、華やかさだった。
「・・・な、質素じゃないだろ?」
「・・・確かにな。」
二人とも呆気にとられた。

その広間の先。
玉座に座っていた人物が顔を上げる。
「やっと来たか、フィリー。」
「あんたが、ここの管理者か?」
「いかにも。」
その堂々とした態度はいかにも地位の高い者の風格を漂わせている。
「ってことは、あなたが、俺の父親?」
「お前が、セルヴィウス・・・。」
何やら向こうも自分のことを確認しているようだ。
「あぁ。俺はセルヴィウス。ヌーヴ・アンクラの英雄(トーア)だ。」
「・・・・確かに、本人だな。」
そう言うと彼は端の方にいた人影に声をかける。
ここに使えているメイドのようだ。
「フィリー。約束通りお前の欲しい資料は全てやろう。」
「本当か!」
「あぁ。このメイドに書庫まで案内させよう。ついて行くがいい。」
「そうか。感謝するよ。」
「気にするな。」

話がセルの上で進んでいく。
フィリーは彼には何も言わずにメイドのあとに着いて行く。
広間に残されたのはセルとセルの父親。
「あなたは、一体誰なんですか?」
先に質問したのはセルだった。
「やはり、本当に記憶は消せていたのか・・・。」
その質問に彼はぼそりと言葉を漏らす。
しかし当のセルには聞こえていない。
「では自己紹介から始めようか。」
人呼吸おいた後、
「私の名は、“アクティビウス・ロディア・グランディオ”。グランディオ王国前国王だ。」
そう名乗った。
「え・・・。」
一瞬冗談かと思った。
グランディオ王国と言えば、“ロボット達の王国”として名を馳せている国。
そこの国王が父親なら、
「俺は、俺はなんだ?」
疑問。
自分はなぜロボットの子供と言われるのか。
そんなの生き物のはずのセルにわかるはずもなかった。

そんな時。
「なら、俺が説明してやろう。」
玉座の後ろ。
真っ暗な空間に何かが蠢く。
いいや違う。
黒いそれ自身が動いていた。
「貴様が話すようなことでもないだろうに。」
アクティビウスはそれがいることが普通のごとく話している。
そう。
その闇自身に向かって。
「まぁ、今回は俺の“目的”にも関わることだ。俺から話してやろう。」
玉座の後ろから這い出た闇はセルヴィウスの前で徐々に人の形をなしていく。
そしてそれは、
「さぁて。ちょっと話をしようか、セルヴィウス。」
ゼルディスだった。

第十二話“国王の過ち”

「さぁて。ちょっと話をしようか、セルヴィウス。」
目の前に現れるゼルディス。
玉座で慌てる様子も見せないアクティビウス。
今、その二人と対峙するかのように、セルヴィウスは立っていた。

「さぁて。どこから話そうか・・・。」
ゼルディスがゆっくりとセルを中心にして回る。
「ちょ、ちょっと待て!」
そこにセルヴィウスの声。
「お前、一体誰だよっ!」
そう。
“今のセルヴィウス”とは、ゼルディスは会ったことがない。
一瞬呆気にとられたようだったゼルもそのことを思い出す。
「ふはははっ。あぁそうだったなぁ、そういえば。すまないすまない。」
そう言って足を止める。
セルヴィウスと対峙する。
「一度。今の人格の時にあっているのに覚えてもいないのか。」
「会っている?」
「あぁ。まったく、あいつの能力の優秀さが憎いな。さすが原石・・・。」
「ん?なんだって?」
不思議そうなセルになんでもないと首を振るゼル。
「俺の名なんて今のお前には何ら関係ないだろ?それより知りたいことがあるんじゃないか?」
「確かにな。・・それじゃぁまず。俺の父親のことだ。
 なんで俺は人間なのに父親を名乗る人はロボットの王国の元国王なんだ?」

その質問に少しばかり悩んだあと、ゼルは当の本人、アクティビウスに話を振る。
「なぁ。これについては話していいのかい?」
「まぁいずれ知ることだろう。それに、貴様の“目的”とやらにも関わってくるのだろう?」
「そうか。なら話してやるか。この国王さんの“最初の過ち”とやらを。」
そうしてゼルディスの口から、遥か昔の闇の歴史が語られる。

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まだアクティビウスが国王だった頃。
王位継承者、つまり自分の息子を作る時。
ロボットの国では人間と違い“儀式”によってその心臓とも言える核、“エネルギー水晶”を作る。
その際の事故。
たった一人の、国王の手によって隠された事実。
「どうすればいい・・・。」
当時のアクティビウスは真剣に悩んでいた。
儀式中に生まれるはずだったエネルギー水晶は真ん中から二つに割れ、
その両方に別々の能力が、個体が宿されていた。
片方は正式に王位後継者として体が作られることになった。
しかしもう片方にはそのようなことはなかった。
その個体がイレギュラー過ぎたから。
だからこそアクティビウスもそれを隠した。

そんなところに、『隣の国、ヌーヴ・アンクラの水の英雄(トーア)が死んだ』という連絡が入った。
そこで彼は大きな過ちを犯した。
「その死体を秘密裏に城に運べ。」
彼は家臣に命じた。

彼のもとに届いた死体は、未だ綺麗なままだった。
(これなら行ける。)
彼はそう確信し、行動に移した。
“人間の体にエネルギー水晶を植え付ける”
その不可能にも思える作業を彼は見事に成功させてしまった。
しかし、彼が見落としていたことがあった。
普通、英雄の能力は仮初のもので、死んだら神殿に戻り、新しい英雄が現れるまでそこに保管される。
それは、新しい英雄が現れず、元の英雄が生き返ったら、その者に能力が戻るということ。
つまり。
移植に成功した体には元の英雄の能力と水晶自身に宿る能力が宿ることとなった。
二つの相乗効果で数倍にも膨れたエネルギーはその生き物の体では抑えきれずに溢れ出し、
城の地下一角を大破させるほどの大惨事を引き起こした。

しかし問題なのはもう一つの事柄。
生身の体に、永遠とも言えるエネルギーを得たそれは、
もともとあった治癒能力を大幅に引き上げることになり、
その溢れ出す能力を無限に使い続けることができるようになっていた。
それに。
エネルギー水晶にはそれ自体の意志が。
下の体にもそれが生きていた時に形成された脳と、思考回路がある。
それの反発とともに片方の精神が破壊される可能性があった。
幸い、すでに死んでいた方の精神の方が弱く、二重人格のような状況で済んだものの。
この人工的な心理的状況を、後に『一身別心理症』と呼ぶようになる。

こうして出来たセルヴィウスという人物は、まさに“人ならざるもの”としてこの世に復活を果たす。
このセルヴィウスという名ももともとの英雄の名前である。
しかし、現段階で表に出ている人格は後付けされた方の人格。
その小さなズレが、時々大きなことに発展していたりもした。

その中に、彼がこの事実を思い出したことがあった。

それは彼の仲間が戦闘で命を落とした時。
目の前で散っていく彼の姿に、昔、自分も同じように死んでいった記憶が甦る。
人格の誤差。
それの修正には人間の脳では到底追いつけるものではない。
崩壊。
崩れゆく彼の世界を救ったのは、死んでいった英雄“シューゲイン”の双子の弟“シュネーゲ”
兄の残した遺言に従い、彼は世界を大きく変えた。
彼のもともとの能力“記憶操作”によって。

セルヴィウスの記憶から、同期の英雄が死んだという記憶を消し、
世界の全てを騙すように、彼自身が“シューゲイン”の代わりとして英雄となった。
さすがに所々に落ち度はあった。
昔、よく日記を書いていたものが日記を書かなくなってしまったり、
その日記を処分し忘れたり。
闇など無縁の英雄が闇を知ってしまったり。

それが今の人々に少なからず影響を与えているのは確かだった。

そうやって今のセルヴィウスの人格は、周りに作られ支えられて出来たものといってもいいだろう。
このような経緯があるおかげで、今の人格のセルヴィウスはアクティビウスの息子ということになっているのだ。

行間“探し物”前編

広間からまた別の道に入る。
アクティビウスに言われた通りに、フィリーはメイドの後に着いていった。

最初に通った階段と同じくらいの道幅だが、明るく歩きやすかった。
両側に壁というこの閉鎖的空間はあまりフィリーの好みではなかった。

「あの。」
先を歩くメイドが振り返る。
彼女は金の短髪で、吸い込まれるような澄んだ群青の瞳を持っていた。
そんな彼女が急に名前を聞いてきた。
「私の?」
「えぇ。貴女の、お名前です。」
前を向き、再び歩き出す彼女に頭に変な違和感を覚えながらも、
「私の何か、知ったってロクなことにならんさ。」
フィリーはそう返した。

しばらく進んだ先。
大きな両開きの扉につき当たる。
「ここです。」
そう言ってメイドが扉を押すと、見かけとは違いすんなりと、音もなく扉が開く。
フィリーもそのあとに続く。
誰も使ってないのだろうか。
異様な静けさの中に、二人の足音だけが響く。
「あの、フィリー様。」
唐突にメイドが聞いてくる。
「貴女のお探しの本はどのような本でしょうか?これだけの本があると、一人では大変でしょうから。」
「あ、そうか。なら、結構厚めの、古い本を探してくれ。」
「すごく大まかな外見だけなのですね。」
「あぁ。」
フィリーとしても、そんなに口に出して言いたいものでもない。
“グラフィリアス”と呼ばれる蔵書の一つ。
フィリーにとって重要で、知られたくない本。
それを探しに来たのだ。

メイドが、少し辺りを見渡すような仕草をする。
「フィリー様。そのような本はここでは扱えないので、裏にしまってあるそうです。案内します。」
「あぁ。ありがとう。“シリア”」
フィリーはそういってメイドのあとに着いていった。

裏というのは、言葉通りらしい。
一番奥。
本棚と本棚の隙間に手をいれるメイド。
そして何かをいじる音。
そして、
目の前の本棚がずれ、奥に小さな部屋が見える。
「あそこです。」
メイドはそのまま中に入っていく。

二人が入ると、本棚は元の場所にうまく戻った。
その奥にある部屋。
メイドが電気をつけると、そこは見えていなかっただけで、ものすごい量の本、本棚で埋まっていた。
小さな部屋なんかではなかった。
その本棚の間を抜け、ある位置に来てメイドが止まる。
その目の前の本棚には。
“グラフィリアス”
そう書かれた本がいくつも並んでいた。
その一冊を手に取ると、彼女はフィリーに差し出す。
「ありましたよ。フィリー様。」
「ありがとう、シリア。」
そう言って受け取った本は本当に自分の探していた表紙だった。
ページをめくる。
中身も知りたいことが書いてある。
本物だ。
「それは良かった。」
唐突に、メイドが返事をする。
そう。
いきなり。

「・・・・・っ!」
直後、フィリーは大きく後ろに飛んで距離を離す。
なんで自分は気づかなかったのだろう。
いや、気づいていたはずなのに、いつの間にか慣れていたのだ。
最初に気づいた、頭への違和感。
「どうしたのですか?フィリー様。」
振り向く彼女。
光る“緋色”の瞳

フィリー様

自分はいつ、彼女に名前を明かした?

「なんのまでだ、シリア・・・。」
そう、それに。

自分はいつ、彼女がシリアという名だと知った?

様々な違和感と現象。
それぞれを思い返してたどり着く答え。
「あんたも、能力者か・・・!」
フィリーは歯噛みする。
「えぇ。確かに、私も能力者です。」
それに、
「私の能力に似た能力・・・。」
能力の干渉。
そこから起きる違和感。
「そうですね。」
それを、シリアというメイドはあっさりと受け入れる。
「私の能力は心へ干渉する力。つまり、私とあなたは似た者どおし。
 だからこそ、ここまで連れてきたのですから。」
彼女の目は群青色に戻っていた。
「ねぇ、少し話をしませんか?フィリー。」
それがシリア自身の目的だった。

行間“探し物”後編

「話、だと?」
突然のシリアの申し出に少々困惑するフィリー。
それに対して、シリアの方はさも当然のように言う。
「えぇ。フィリー様。」
「なぜ?」
シリアはその質問に答える代わりに話をはじめる。
「あなたは、あの二人をどう思っていますか?」
二人。
思いつくのは三人だったが、
「ゼルディスと、アクティビウスか?」
あえてセルヴィウスを省く。
「えぇ、その二人です。」
彼女が考えていたのもその二人のようだった。
「どうって言われてもなぁ。」
「信用していますか?特に、ゼルディスを。」
しばしの沈黙。
「まぁ、実力はな。」
「そうですか。」
そう言うと俯いてしまうシリア。

下を向いたままの彼女が言う。
「あの二人の、心を、読んだこと、ありますか・・・?」
嫌なものでも思い出すような口調だった。
「・・・まぁ、あるにはある。」
フィリーも気まずく答える。
「どうだったですか?」
「・・・どうでもいいだろ、そんなこと・・・。」
「やはり、返されましたよね?」
「・・・・。」
フィリーは答えない。
しかし、その沈黙が答えでもある。
「やはり・・・。その時、あなたは何を見ましたか?」
「――― っ!」
ビクリとフィリーの体が震える。

「ねぇ、フィリー様。」
嫌な予感がした。
「いったい、何を見たんですか?」
顔を上げるシリア。
光る緋色の瞳。
「・・・やめろ。」
そう言っても聞くような相手ではないことぐらい分かっている。
頭への違和感。
「・・・やめろっ!」
フィリーが俯いていた顔を上げる。
交差する視線。
全てを吸い込むような赤い瞳
「さぁ、見せてください。あなたは何を見たのか・・・。」
「・・ぅあっ、ぁあ、あぁぁ・・・。」
逆らえない。
強引に入ってくるシリアの能力に押されるように、フィリーは尻餅をつく。
逃げたいのに、彼女の目に、力に縛られる。
「やめて・・・。」
だから彼女は、
「もう、やめてぇ・・・。」
少女の頬を涙がつたう。
そして、シリアが心の核に触れる。
その直後、
「――――っ!」
「ぃやああああああぁぁぁぁぁぁ!!!」
フィリーの絶叫がこだまする。

「い、今のは・・・。」
シリアは自分が今まさに触れたものを思い出す。
彼女の目に映ったものは、

幸せそうな家庭、町並み。
笑い声。
街の人達の笑顔。
笑顔。
笑顔。
ある世界でなら当たり前と言われてしまうような光景。

それなのに、
それを塗り潰すほど大きな嫌悪感。
罪悪感。
恨み。
憎しみ。
それらの感情が入り乱れた黒。

拒絶。

「いや、やめて、いや、嫌嫌嫌いやいやぁぁあぁぁあぁぁあ!!」
過去のフィリーの絶叫。
嘔吐。
喘ぎ声。
それを見下ろす、ゼルディス。

「・・・・。」
何も言えなかった。
今触れたのはフィリーのたった一部、末端だったはずだ。
それなのに。
それだけなのに、フィリーはここまで壊れ、狂っていた。
「ぅあっ。ああぁ。あぁぁぁあぁぁアアアア・・・。」
目の前でこちらを見たまま震えているフィリー。
いや。
実際には、目はうつろで、焦点すらあっていない。
そんな彼女は、
「いや、いやなの・・。いやぁぁ・・・。」
ボロボロに泣いていた。
目の前で壊れた人を見たのは初めてだった。

「フィリー!ちょっとフィリー!」
「・・・ぅあ?」
フィリーが普通に戻ったのはすぐのことだった。
シリアの能力も役に立つときはある。
「大丈夫?」
「あれ、私は今まで・・・」
「思い出さないほうがいい。」
すぐ注意されてしまった。
「それよりも、大変なのよ!」
「なんだよ。」
異様に距離の近いシリアにたじろぐフィリー。
「ちょっと厄介なことが起きたの。本当はもうちょっと話したかったけど。」
「厄介なことって?」
「セルヴィウスが危ないわ。」
その言葉に一瞬思考が遅れる。
「・・・なんだって?」
「セルヴィウスが危ないんだって。」
「なんで!?」
「ゼルディスのやつが、セルヴィウスを殺そうとしてるわ。」
「どこでそんなこと知って・・。」
そう言いったものの、シリアの指さした場所を見て本当だと確信する。

監視カメラだろうか。
さっきまで自分たちのいた場所、広間が映し出されている。
そこで今立ち上がるセルヴィウスと両手を広げるゼルディスが映し出されている。
「マジかよ・・・っ!」
「えぇ、本当よ。」
「あの野郎・・っ!!」
そう言い残すと、直後には自分の真下に開いた闇の黒い穴に入っていった。

残されたシリアは一人ため息をつく。
「全く。本当にこの映像が監視カメラのものかなんてわからないじゃない。」
“これは監視カメラの映像だ。”とフィリーに思わせた本人が言う。
その画面では今、煙の中、セルヴィウスをかばうように立ちはだかるフィリーが映し出されていた。
「やれやれ。掃除が大変そうね。」
メイドはそう呟いた。

第十三話“合流”

セルヴィウスの過去を一通り話し終えたゼルディスは、本人の反応を伺う。
「え、嘘だろ、そんな・・・・。」
やはりうろたえていた。
当たり前である。
今の話が本当なら、今のセルヴィウスは人間ではないことになる。
つまり、
「俺のここに、心臓が、ない・・・?」
左胸を抑える。
「信用できないなら、自分の脈でも測ってみればいい。」
ゼルディスが煽るように言う。
その言葉にセルは胸、手首、首、と手を当ててみる。
どこに手を置いても、人間にあるべきものがなかった。
今まで意識していなかっただけで、それが昔からだと考えるとなんとも恐ろしい。

「そこで、だ。」
急にゼルディスが言う。
「本物の体が欲しくないか?」
「本物の、体?」
言っている意味を理解するのに時間がかかった。
「機械の、ってことか?」
「そう。その通りだ。」
機械の体。
つまり自分は完全にロボット側に行くということ。
大陸側との関係を切るということ。
それは、今のセルにとって嫌なことだった。
だから、
「・・・いらない。」
そう答えた。
「なぜ?そのほうが強くなれるだろうに。」
ゼルディスは特に驚きもせずに返してくる。
「強くなるだけがいいってもんじゃないだろう?」
「やはり、大陸の連中のことを考えているのか?」
「あぁ。」
そう答えたセルに、ゼルは少し憎らしげな表情を作る。
「そんなにあいつらのことが気になるのか?」
「あぁ。」
「・・・・くだらん。」
「え?」
「くだらないと言っているんだよ。その無駄な仲間意識とやらがな。」
「なっ!そんなこと・・・・」
「仲間意識だって、最後には崩れてしまう。各々の目的のためなら。
 お前も見たはずだろう。仲間同士で争うさまを。」
「・・・っ!」
脳裏に病院でのことが思い浮かぶ。
対峙するシュネーゲとプロコフィエル。
セルヴィウスを見下すプロコフィエルの眼差し。
「そんな奴らに、仲間意識なんて言葉が当てはまると思っているのか?」
「・・・・・。」
答えられなかった。
ここまで様々なことが一気に起こってしまえば、何が正しいのかもわからなくなる。
そんなセルに向かって、
「そこで黙っちまうお前が、一番仲間意識なんて考えてなかったんじゃないのか?」
「!!」
固まってしまったセルには、ゼルディスの背で動く黒いものに気づくのが遅れる。
その直後。
ゼルディスの背から無数の実体化した黒い闇がセルを襲う。
ギリギリのところで直撃は避けたものの、それが巻き起こした衝撃に飛ばされる。
「ぐはっ!」
思いっきり背中から後方に倒れる。

「お前が自分でロボットになる気がないんだったら、俺自身がやってやろう。」
ゼルディスはその場に立ったままだ。
「貴様!私の息子に何を!」
今まで黙っていたアクティビウスが立ち上がる。
しかし、
「悪いな。あんたも邪魔なんだわ。」
ゼルディスの左手に大きな黒い扇状の黒い闇が作られる。
それを使って、
「どいててくれないか。」
まるでハエでもはらうかのようにアクティビウスを叩き飛ばす。
「アクティビウス!」
起き上がったセルが叫ぶ。
「人の心配じゃなく、自分の心配したらどうだ?」
目の前に立ちはだかるゼルディス。
その手には黒い球状の闇。
すぐにセルヴィウスも武器を取ろうとするが、間に合わない。
「楽になっとけって。」
放たれた闇の弾丸はまっすぐにセルの方へと向かってくる。
「まずっ!」
もう後がない。
その手前。
セルの目の前に黒い穴が口を開ける。
そして、

ドォォォンと広間自体が揺れるような振動とともに辺りには煙が立ち込める。
「チッ。なんのまでだ、お前。」
ゼルディスが煙の中に向かって言う。
煙が晴れる。
そこにはセルヴィウスをかばうように立ちふさがるフィリー。
「フィ、フィリー!」
「情けねぇ顔してんじゃねぇよ、セル。」
そう言って笑うフィリー。
「まだ一応、仲間をやめたわけじゃなかったからな。」
「そいつに加担するのか、お前は。」
そう聞いてくるゼルディスに対して、
「加担もなにも、ここに来たときは最初っからこいつの仲間だっつーの!」
フィリーはそう叫んだ。

第十四話“回避”

「仲間、か。」
ゼルディスがつぶやく。
「あぁ。」
フィリーは真っ直ぐ彼を見つめる。
「物好きなものだな、お前も。」
「なに?」
「お前からわざわざ敵になる方につくとは。」
「・・・・・。」
「お前もわかっているだろう。私に勝てないことぐらい。」
「あぁ。確かに勝てないかもな。」
フィリーの奥歯に力が入る。
嫌なものでも思い出すように。
「それに、今私たちで争うのは得策ではない。わかるだろう?」
「あぁ。確かに私の目的のためにも障害になる。」
「なら、」
そう言ってゼルディスが手を招く。
「そいつを渡せ、フィリー。それだけでいい。」
その言葉に対して、深く二度深呼吸をして、

「嫌だね。」
フィリーはそう答えた。
「やはりそう答えるか、お前は。」
ゼルディスも別段驚いた様子はない。
「だが、もし渡さないというなら、俺は全力でお前からセルヴィウスを奪いに行く。」
「そうか・・・。なら来いよ、ゼルディス。」
「なんだと?」
さすがにゼルディスも少し驚く返事だった。
「だから、来てみろって言ってんだよ。」
だがそのフィリーの自信。
そして黙り続けるセルヴィウスの意味を理解し、
「まさか・・・貴様・・!!」

直後。
影で作られたゼルディスの腕が本数を増やし、伸びる。
狙うはフィリー。
彼女の下腹部へとその腕達を一気に突き立てる。
幾本ものそれが、なんの苦もなくフィリーを貫通し後ろの壁へと突き刺さる。
だが、それを放った本人の表情は歪んだまま。
「やはりそうか。フィリー。」
やられたはずのフィリー自身も、
「そう。その通りだよ、ゼルディス。」
笑っていた。

確かにゼルディスの放ったそれはフィリーを通り抜けた。
だがそれは、正確には貫通してはいない。
すり抜けていた。
フィリーなどもともといないかのように。
「時間稼ぎありがとね、ゼル。」
「くそっ!」
苛立ったゼルディスはそれを横に振るう。
それは何の抵抗もなくフィリーの像をすり抜け、歪ませる。
「私の能力も、うまくすりゃぁ使えるもんだろ?
 それじゃぁな、ゼルディス。」
そう言い残して、彼女の幻は消えていった。

フィリーの幻影が完全に消えると、
「ふぅ・・・。」
まるで肩の荷が降りたかのように、ゼルディスのため息が漏れる。
すると、
「まったく、若いやつの演技力は違うねぇ、やっぱり。」
壁の近くで倒れていたアクティビウスが近づいてくる。
「お前の演技も随分と下手になったものだな。相手があいつらだったから良かったものを。」
「昔とは違うのだよ。こうも歳を取ってしまうとね。」
「ロボットに歳もクソもないだろうに。」
そう言ってきたゼルディスに向かってアクティビウスも反撃する。
「お前も、最初からセルヴィウス達二人を逃がすつもりだったのだろう?」
「・・・・・あぁ、確かにな。」
「それにしても不思議だよ。
 今まで仲間だろうと簡単に切り捨ててきたお前が、どうして今回は助けたりなんて・・・。」
「フィリーは・・・。本人自身知らんだろうが、まだ十五もいかない若さだ。
 ・・・まだ幼いんだ。こんな時期に殺すもんじゃないだろう。」
アクティビウスはその返答に驚きつつも、少し懐かしむような嬉しそうな表情で、
「やはり、まだ優しいところも残ってるじゃないか。」
そう、冗談を言った。
「・・・ぶっ殺すぞ、てめぇ・・・。」
ゼルディスも、冗談で返した。
その上で、
「ただ・・・。」
「ただ?」
「フィリーには、もう少し生きててもらいてぇもんだな。」
遠くを見つめながら、そう呟いた。
アクティビウスは苦笑した。

第十五話“互いの道”

ビルサウス島の海岸。
今西に沈む夕日を背に、二人の影が並んでいた。
「どぅ?ちゃんと抜け出せたでしょう?」
自慢げにフィリーが胸を張る。
「あぁ確かに。うまく出し抜けるとは正直思ってなかったけど。」
「何それ。もともと失敗すると思ってたの?」
「いや、そうとまでは言ってないだろうが。」
脇腹をつつくフィリーから逃げながらセルヴィウスが言う。

ひとしきり逃げ切った喜びに浸り終わると、
「なぁ、フィリー。」
ふとセルヴィウスが声をかける。
「ん?」
「お前は、これからどうすんだ?」
「どうするって?」
「いや、もう手に入れるもんは手に入れたんだろ?そしたらもう・・・」
「まだ・・・」
話途中のセルの言葉を遮って、
「まだ、仲間やめるなんて言ってないし!」
そう言った。
「え?」
「まだ私らは仲間だし!」
「いやだって、それじゃぁ前言ってたこととちがっ・・」
「違うけど違わないぞ!私がしたいようにしてるだけなのは変わらないぞ!」
なんだかムキになり出すフィリー。
それが面白くて、ついいじってしまうセル。
「言ってることむちゃくちゃだぞ?」
「知らん!とにかく私はお前に着いてく・・、いや、着いてこいセルヴィウス!」
「えぇ?」
「だって一応私が連れ去ってるんだぞ?」
「自分で言うかい、そうやって。」
「言ったっていいじゃん!」
「はいはい。でも・・・。」
そこで一旦言葉を切ると、
「俺だけだと不安だし、着いてきてもらおうかな、フィリーに。」
その言葉で彼女の表情が明るくなる。
「おぅ!任せとけ!」
左手を横に突き出すと、いつもの如くフィリーの愛車が現れる。
「ほら乗って、セル!」
「はいはい。」
運転席にはフィリー、サイドカーにはセルを乗せたバイクは、ゆっくりと海岸から海へと乗り出す。
向かう先は走りながら決めよう!
そんなセリフと共に、二人は出発した。

海岸を離れ、海の上を進むバイクを見つめる人影。
「あいつら。うまく逃げおおせたようだな。」
「あぁ、全く。セルも地下で自分の過去を知ってしまったようだし・・・。」
そこには他の英雄(トーア)と別行動をする二人。
プロコフィエルとシュネーゲ。
どちらも目的は違えど、今は一緒に行動していた。
「お前、これからどうすんだ?」
プロコフィエルが聞く。
「あぁ。目的の半分が失われてしまったしな・・・。」
「そうか。ならここらで降りるか?」
「いいや。まだあと半分が残ってる。そう言うあんたはどうなんだ?」
「俺?俺はまだ降りないさ。」
「そうか。」
そこで一旦会話は途切れ、二人共海の方を見つめる。

唐突に、
「次、どうする?」
シュネーゲが問う。
「まぁ、とりあえず、フィリーが一緒にいることにはな。」
「だな。」
「それじゃ、俺たちも行くか。」
「そうだな。」
二つの人影がまた動き出した。

アクティビウスの現在の居城の中。
シリアが秘密の小部屋を出ると、
「あぁ、メイド長!ここにおられましたか!」
初々しいメイドがかけてくる。
「おや?どうしたんだい?」
「いえ、あの、そのぉ・・。広間の片付けは・・・。」
さっきまでゼルディスとアクティビウスだけという重苦しい状況のため、
未だに掃除ができていないらしい。
「あぁ、そのことなら、先ほどゼルディス様がお帰りになられたので、もう大丈夫ですよ。」
「そうですか!それではこれにて。」
焦っているのか、その新人メイドはすぐに元来た道を帰ってしまう。
シリアも特に気にした様子はない。
(それにしても・・・。)
彼女は少し前に見た記憶が忘れられなかった。
(大丈夫かしらね、あの子・・・。)
そう、フィリーのことを思うのだった。

真っ暗な部屋。
動く影。
その闇でできた体を動かして、ゼルディスは自らの実験室へと入る。
その中心。
様々な機械につながれたロボットが、台座の上に横たえられている。
赤い体にところどころ金のラインの入った胴体。
それを見つめる瞳に、若干の笑みが含まれる。
「もうすぐで完成だ。やっと、体が手に入る・・・。」
影という存在のゼルディスが囁く。
その胴体を撫でる。
そう。
かつて『ティジアウス・グランディオ』と呼ばれたその体を。

新たなる発見。
新たなる疑問。
新たなる目標。
それぞれに感じたことは違えど、望みは違えど、
皆それぞれの思いを抱いて前へ進む。
互いに持った、違う“目的”を果たすために・・・。

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