第一章“はじまり”


行間Ⅰ“グランディオ王国”

ここは海の上に浮かぶ孤島。
大陸『ヌーヴ・アンクラ』に隣接するこの島には、
島全体からはみ出すほど大きなロボット達の王国がある。
その国は『グランディオ王国』。
初代国王”フラティアン・セディ・グランディオ”によって設立されたこの国は、
建国時の頃よりも遥かに巨大に成長していた。

この国を支えている中心核は、
城の地下に埋まっている巨大な”エネルギー水晶”という物体だ。
このエネルギー水晶の力によってロボットたちは生かされている。

そうなった理由としては、
この国のロボット達は感情・五感など、普通の機械ならば持っていないものを持っている。
それらは全て、エネルギー水晶の恩恵ともいえる。
彼らは“それ”から生きていくための“精神的”エネルギーを分け与えられている。
この世に生を宿す儀式も、彼らの心臓にあたる部分に“それ”の欠片を埋め込むというものだ。
(その際の体とそれの双方の互換性は保証されていないが。)

このエネルギー水晶そのものも、今の段階では本当に水晶なのかさえはっきりしていない。
便宜上そう呼ばれているだけだ。
今では島民(ロボット達だが)のほぼ全員がこれの恩恵を受けている。

これには様々なメリットがあり、
・身体的ダメージに対して、ある程度の痛みを吸収する。
・その者に応じた何かしらの能力を負荷し、使用できるようにする。
などの他に、
・生命力はいつでも安定する。
・精神的病になりにくい。
などがある。

実際に何かしらの能力といっても、体との互換性によって力の大きさは変動してしまうが。
それでもデメリットの方がほとんどないため、そのようになっている。
このグランディオ王国自体が資源に乏しい島国だったのも関係があるかもしれない。

グランディオ王国は貿易国や独裁国家ではなく、あくまで孤立して生活してきた。
隣接するヌーヴ・アンクラ大陸はロボットではなく普通の人民の国であるために、交流は乏しかった。
現に輸出入に際しては、大陸側から圧力を受けている面もある。

そんな王国だが、決して戦争と無縁だった訳ではない。
今までに様々な戦火の中をくぐり抜けた過去も持っている。

現在では、国王“セルヴィウス・グレア・グランディオ”によって統治され、
比較的安定した国造りが進められた。
そんな彼がこの世に生を授かったころは、
その父“アクティビウス・ロディア・グランディオ”国王に統治されていた。
兄“ティジアウス・ラー・グランディオ”も同時期に誕生する。

セルヴィウスが語り始めるのはそんな時代から。
現在に至るまでの過去を知る物語・・・。

第一話”新たな魂”

ここはグランディオ王国の中心、『フラーティ城』。
建国者のフラティアンにちなんで名付けられたものだ。
その城の地下で今、この世に新たな生を宿す儀式が行われていた。

地下室。
表向きは会議場とされているこの場所の中央の天井には巨大な水晶のようなものが突き刺さっている。
“エネルギー水晶”
国の皆にエネルギーを与えている存在。
それから新たに欠片を取り出す、一種の儀式を始めようと、現国王“アクティビウス・ロディア・グランディオ”をはじめとする国家の重役たちが揃っていた。
何にしろ今回の欠片は、国王の後継ぎ、つまり王子のものだったからだ。

「皆の者、これから魂の儀式を始める。準備はいいな?」
アクティヴィウスは周りに声をかける。
特に大きなことはないが、周りに心構えは必要だ。
「はい。そろそろ始めましょう、ロディア様」
横に立っていた大臣”ダータジア”が周りを見渡す。
アクティヴィウスはその言葉に後押しされるように、ゆっくりと部屋の中央、水晶の真下にある祭壇に向かう。
一つ深呼吸すると、手の中に握られていた道具を取り出す。
それは二本のナイフのようなものが、長いロープの両端に結ばれたようなものだった。
それの片側を、祭壇の決められた場所に差し込む。
もちろん先代から行われてきたものなので、祭壇に穴を開けたわけではない。
そしてもう片方は自分の右手で握り、刃先を真上へ向ける。
そこで、決まり文句のような、形式的なものだが、
アクティビウスはゆっくりと呪文のようなものを唱え始める。
「全知全能なる神よ。われらの守護神たる機械神よ。我々は今ここで、今新たな命をこの世に生まれさせようとしています。苦難の道を歩むであろう者のため、新たなる“魂の欠片”をお与えください。我々を支えてくださる神々よ、今ここに新たな命を授け、一人の人として生きていけるよう、その者に生き物としての力をお与えください。」
すると、手に持っていたナイフが水晶に引き寄せられるように勢い良く飛び出し、それの側面に刃先が全て、抵抗なく『滑り込ん』だ。
そしてゆっくりと、円を描くように動き出す。
そうやって削り取られ、今祭壇の上に落とされるであろうその時、
パキーン!
鋭い、まるでガラスが割れたかのような音が辺りに響いた。
周りの者たちは一体何が起きたのかと一瞬そわそわとしていたが、落ちてきた水晶の欠片を手に取り、アクティビウスはそれを掲げてみせる。
そこには確かに『一つの』水晶の欠片が握られていた。
「おぉ!こ、これは、成功ですか、オディア様?」
おずおずと聞いてくるダータジアに対し、アクティビウスは静かに頷いた。
その瞬間、一時的に押し黙っていた重役たちも大きなため息を漏らすと共に、今後、その欠片と相性のいい体を作る、または見つける段取りを話し始める。
「さぁ、国王も話し合いの場に。」
そう言ってくるダータジアにアクティビウスは先ほどの欠片を手渡す。
「私は少々遅れる。野暮用ができた。先に話を進めておいてくれ。」
「えっ?それではいけな・・・、国王!」
ダータジアが言い終わる前にアクティビウスは一旦地下室を、
わざわざ裏道を使って抜け出す。

(どうしよう・・・。)
アクティビウスは一人悩んでいた。
地上に上がりながら考えていた。
(これは、なんとかしないとな・・・。)
アクティビウスは一人悩んでいた。
“エネルギー水晶の欠片”を手の中に秘めて・・・。

第二話”一つの欠片、二つの行方”

魂の儀式が終わった次の日、
予定通り一人目の体に魂を入れる儀式が行われた。

「これより先日の続きを始める。準備はいいか?」
アクティヴィウスが声をかける。
先日は自分が帰ってしまったために、予定しかたてられなかった。
「はい。只今体と魂の石をお持ちしました。」
大臣の”ダータジア”が返事をする。
基本、儀式は二段階に分かれている。
一つは水晶から欠片を取り出すこと。
二つ目は相互の相性のいい体を見つけ、それに水晶のかけらを定着させることだ。
前者は儀式のようなものだが、後者は作業のようなものだ。
体は機械であるため、体中にエネルギーを送るためのコード(配線)を
その欠片にくっつけていく、というものだ。
なので、アクティヴィウスが合図をすると、周りの人たちが祭壇の上に体を置き、ダータジアが魂の石を渡す。
そうして役目を終えると、他の者たちはその場を後にする。
もちろんこれは、集中力を乱さないためだ。
「これから欠片の定着をはじめる。」
「無事に終わることを期待しています。」
「わかった。」
そこまで聞くとダータジアも周りの人たちと共に外に出て行き扉を閉じた。
きっと、これで誰も入ってくることはないだろう。

ダータジア達が出て行ってから約一時間後。
腕に一人の子供を抱えてアクティヴィウスが地下室から出て来た。
扉の前で待っていたダータジアが腕の中のものを覗き込む。
「せ、成功ですか?」
「あぁ、一応な。まだ眠っているからそのまま部屋に運んでおく。絶対成功とはまだ言えないからな。後遺症があるかもしれん。」
そう言うとアクティビウスは我が子を起こさないようにゆっくりと寝室へと運んだ。
その夜、その子が目を覚ました。後遺症もないらしい。
その子の名は”ティジアウス・グランディオ”と名付けられた。
しかし、アクティヴィウスはそれだけで安堵できる状態ではなかった。
“変な予感がする。”
前々から密かに思っていたことだ。
彼は自室の影に隠しておいた箱を手に取る。
それにはティジアウスの欠片のもう半分、割れた片側が入っている。
普通、魂だけではこの世に存在し続けられない。
生き物のほぼ常識的で科学的な考えだ。
(魂という概念が科学的かは置いておこう。)
それと同じように、機械たちも欠片だけでは生きていられない。
それは幽霊のようなものになってしまう。
しかしこれは、
(生きて、いる・・・。)
それは、今でも不自然なほどに輝きを放っている。
まるで、そのままでいるのが正しいかのように。
(不自然だ。いや、普通じゃない・・・。)
そんなふうに思っても、目の前のものは実際に存在している。
幻ではなく、現実のものとして。
(こんなものは、危なすぎる・・・!)
こんなことを何度思ったことだろう。
確かに幽霊のような存在のものを、こんなところに置いておくわけにはいかない。
それに、この欠片がティジアウスの欠片の片割れだと知れたら、それこそただ事では済まされない。
(だが・・・。)
それなのに、アクティビウスは壊せない。捨てることすらできない。
だって、
(これは・・・。これは俺の『息子』だ・・・。)

そんな果てに、彼は禁忌ともいえる行動に出た。
今まで誰がこんなことをしただろうことを。
決して変えられなくなる過去を、最悪のものにしてしまうことを。
(最悪だ・・・。)
これは触れてはいけない過去。
それだけ重い代償。

数日後、彼の元に秘密裏に運ばれてきた“それ”は・・・。

第三話”知らせ”

大陸“ヌーヴ・アンクラ”
自然が残っており、開発の進んでいない地域も多く存在する。
大陸内での中枢都市は6つの地域にあり、各地域によって気候や環境、それによる生態系が大きく違うのもこの大陸の特徴かもしれない。

隣接するグランディオ王国とは、貿易等の面でも交流し、見た目では関係のいい国家となっている。
しかし、実際のところ民からの批判は多く、その理由が“相手が機械だから”という固定概念のようなものだ。
実際に生きていないものと『同じように』衣食住を共にするのはなかなか慣れないものであろう。
そのため、この大陸に機械達が住んでいる場所はない。
そんなこの大陸には、7人の英雄(トーア)と呼ばれるものが存在する。
それは各地域に住んでいるものの中から一人が選ばれ、ある使命を授かる。
『この大陸の、民を守る』
それぞれの英雄たちは各個異なる能力を手に入れる。
それは各地域で生きる者たちを守るために最適化された能力。
その分、片側に秀でていれば、もう片方は衰える。
そんな存在だった。

現在大陸に異常はない。
それは当たり前のことで、欠けてはいけない事実だ。
そうしていくのが英雄の仕事なのだが、
「暇だ・・・。」
つぶやく。
その人物は後方に手錠をかせられた機械たちを引き連れ、のんびりと浜辺を歩いていた。
後ろの者たちは不法侵入者だ。
よくあることなので、もう捕まえるのにも慣れてしまった。
「おぉっと?そんなところでどうしたんだねセルヴィウス?」
都市の門番の姉さん(本物じゃないが)が話しかけてくる。
ここは“ウォルシナ”。通称“水の都”と言われる中枢都市の一つだ。
「ちょっとした取り締まりだって。門を開けてくれよ。そうしてこいつらを牢に入れて、ゆっくりしたいんだから・・・。」
姉さんは渋々といった感じで合図を送る。
「こっちは仕事だってのにのんきだなぁ。そんなんでいいのかい?英雄ってやつは。」
「はいはい。ありがとうございます。」
セルヴィウスはゆっくりと門をくぐる。

「こんなところにいるのかねぇ?」
彼も今日この都市に入ったばかりだ。
旅をしてきたのか、なんだか疲れた雰囲気をかもし出していた。
この街の住人は誰も知らないような顔だ。
そんな彼が道の先にある顔を見つける。
「おぉ!ホントにいたよ!これはこれは・・・。」
そう言いながら駆けていく。
先にいたものは彼の姿を見つけると、
「何だお前か、シュー。」

不法侵入者を牢に入れ、やっと酒場にたどり着いたセルヴィウスだが、予想外の人物に一瞬驚く。
「・・・ヴァンダー・・・?」
こいつが本人なら、彼も英雄の一人だ。
呼ばれた本人はその声に振り返るとセルヴィウスを隣に座らせる。
「久しぶりだな、ヴァンダー。」
「そうだな、いつ以来だろうな。最近何も無かったからな。」
たくさん飲んでいたのに酔っていないように見えるのは気のせいか。
「それで?タダではるばるこんな海岸の街まで来るわけないだろう?」

一瞬。
ヴァンダーの周りが凍ったかと思った。
席を変えよう、と手で合図してくる。
二人は元いた場所から離れ、一番カウンターから離れた席に着く。
最初に切り出したのはヴァンダーの方だった。
「単刀直入に。最近、違和感を感じないか?」
「違和感?」
特に感じたことはない、はずだ。
ヴァンダーはうんうんとうなずくと、
「皆もそういうんだ。」
「え?」
分からなかった。
何を言いたいのかがさっぱりだ。
「だが、俺を含め、2人だけその違和感を感じてる。」
「あぁ、ホルンフェルスか?」
やっとわかった。
ヴァンダーの英雄としての能力は“大地”。
厳密に言うと“地下”にあるエネルギーに関する能力だ。
そしてもう一人、ホルンフェルスも英雄の一人で、
彼の能力は“岩石”。
「つまり、この大陸自体に何かが?」
「そうかもしれない。」
答えは曖昧なものだった。
「しかし、放っておく訳にはいかないだろう?」
「それは分かる。で?他の奴らには?」
「それはホルンフェルスがなんとか回ってる。俺もシュネーゲの方に回る予定だ。」
「そうか、分かった。」

その後二人は酒場で別れた。
ヴァンダーは先にシュネーゲに知らせに行くらしい。
セルヴィウスは自宅から必要なものだけ取り出すと、早々にこの街を出発した。
こんなに小さく見えていても、実際は違うと知りもせずに。

第四話“計画”

暗闇の中。
「少々動きが早いな・・・。」
小さい声も響いて聞こえるほどに辺りは静かだ。
そんな中に明らかに人がいる。
一人ではない。
かと言って大人数でもない。
誰が誰かも分からないような暗闇の中で、その人物は声を落とす。
「奴らも感づいたか。」
「そりゃあったりまえだろ?もう気づいてもいい頃だ。」
誰かの影が蠢く。
「確かにそうだな。そろそろ頃合いだろう・・・。」
賛同の声が聞こえる。
「多少の代償なら“計画”に対して支障はない。」
誰かが立ち上がる。
「なら行ってこようじゃん?私ぐらいだろ?現に暇なのは。」
「まぁそうだな。」
「他にいないだろう。」
それだけ聞くと、一人がそこから立ち去って行く。
「さて、これからどうする?」
どうやらこの部屋にある人物の影は“2つ”らしい。
「計画の大半はもう終了している。今は最終調整だ。」
「あぁそうかい。」
「お前らも出る準備をしておけ。」
それに彼らの動きが止まる。
「あいつじゃ奴らに負けるとでも?」
「そんなことはどうでもいい。それ以外のことだ。」
「そうか・・・。」
そこまで話すと、残った二人も姿を消した。
暗闇の中には人影が居なくなった。
だが、
「計画は順調だ・・・。」
声だけが響いた。

第五話“違和感”

大陸“ヌーヴ・アンクラ”の中心。
そこには古代遺跡のような巨大な神殿が建てられている。
だが、決して遺跡などではない。
現在も正式に使われている場所だ。
使われることが滅多にないため、そのような外観になってしまったのだ。
実際には英雄(トーア)達の集いの場、または会議場と言われている。
英雄の引き継ぎも行われるとか・・・。
そんな場所に部外者がいることはすごく珍しく、ましてや、その人物がその神殿を見つめていたら、それはそれは怪しいだろう。
だがそんな人物を発見できるほど、人が来る場所でもないのだ。
故にその人物はそこに立ち続ける。
「君は今どうしているんだい?セルヴィウス・・・。」

ここは地上に巨大な蔵書館がある為に、地下生活が主流となってしまった区域。
一応この大陸の主要都市の一つ、“地下都市”こと“アーシア”だ。
その都市の今は、何やら不穏な空気が流れていた。
それも仕方ないだろう。
今その都市には、各地にいたはずの6人のうち、5人の英雄が集まっていた。
何かあると気づかない方がおかしいだろう。
「シュネーゲはあとから合流する。」
周りに声が響かないようにしながらヴァンダーは他の英雄に伝える。
「そいつはどうしてだ?何かしてくんのか?」
「あぁ、気になることを調べてくるんだと。」
今質問してきたのは“シュツルム”。
普段から軽いような性格だが、やるときはやってくれるやつだ。
機転が利くというのだろう。
「それよりも、今回の本題に移ろう。」
「あぁ、そうだな。」
普段から指揮をとってくれるのが、“プロコフィエル”。
大柄で、元々は騎士からの出身だ。と、彼自身が話していた。
実際に普段から腰には細身の剣をさしていた。
「それで、俺たちの感じる“違和感”ってやつはだな・・・。」
こいつは、今回の件を一番最初に気づいた“ホルンフェルス”。
普段はあまり人の話に首を突っ込まないタイプだ。
そいつが先頭切って話しているのだから、余程のことなのだろう。
「変に地面が動く・・・。いや、地面の中身が動いているような感覚がするんだ・・・。」
「中身が動く?」
「あぁ。つまり、地下を何か別のものがうごめいているような感覚がするってことだ。」
訂正を加えたのが、“ヴァンダー”。
普段から人の話に付け足しをしたり、何かと補佐をしてくれる。
他の英雄を呼びに行こうと行ったのも彼のようだ。
「地下を蠢く何か、かぁ・・・。」
「それならやっぱり、この都市のことも一応、現段階で調べたほうが良さそうだな。」
「なら、一応2、3で別れてこの都市を回るか。」
「そうしよう。シュネーゲが到着次第、また集合しよう。」
そう言って彼らは都市の中に紛れていった。

「おいおいあんた。勝手についてくるのはひどくないかい?」
通路の途中、彼女が後ろを振り返る。
ただしそこには誰もいない。
誰もいないはずなのだが、人型の影が“二つ”ある。
その片方、彼女の足元にくっついていない方の口が、ゆっくりと動く。
「お前に頼みたいことがある。」
「なんだいそりゃぁ?面白いもんでも見れるってのかい?」
そうすると影は考え込むような動作をしたあと、
「興味深く、珍しいものを見せてやろう。」
「ほほぅ・・・。で、その頼みってのはなんなんだい?」
「聞くだけ聞く、といったところか?まぁいい。俺が頼みたいもの、それは・・・」

第六話“黒い少女”

地下都市“アーシア”外周部。
一周するには距離がありすぎるために、三人では回りきれない。
そのため、各部署にいる都市保安員にも声をかけ、今、一通り監視し終わったところだ。
一応、等間隔で見張りをつけさせ、何かあったらわかるよう、通信機はいつでもオンになっている。
そこまでしても、こちらには今のところ何の成果も無かった。
「悪い。待たせたな。」
「ホント、暇だったぜ?」
保安員に警備のことを伝えに行っていたヴァンダーがようやく帰ってきた。
ヴァンダー、プロコフィエル、シュツルムが、今回は共に行動していた。
「どうだ、収穫の方は。」
「いいや、全然・・・。むしろいつも通り過ぎるくらいだ。」
「なら外からの侵入は無い、か。」
「もしかして、もう都市内に入ってたりしてっ。」
きっとシュツルムは意図していなかっただろうが、偶然というのは怖いものである。
「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
街の中心部の方から女性の悲鳴が聞こえる。
「なんだ!?」
直後には、そちらの方から走ってくる人達の波がそこからでも見えるようになっていた。
波は慌ただしく周りに広がっていた。
「誰かが、誰かが血を流して・・・」
「刺されたぞ!刺された!・・・」
「あれは確か英雄(トーア)じゃないか?・・・」
「そんなことはいい!とりあえず逃げないと・・・!」
事件の中心はここからでは見えないがすごい騒ぎになっていた。
「プロコフィエル!」
「あぁ、行くぞ。」
「了解!」
三人は人の波をかき分け、物事の中心へと進んだ。

「なかなか無いもんだなぁ、手がかり・・・。」
退屈そうなホルンフェルスをセルヴィウスが横目で睨む。
「一応、俺達はお前の言うことを信じてやってるんだぞ?それをお前が嫌がるなよ。」
「はいはい、分かってるって。それに俺だけじゃなくヴァンダーもだ。」
「まぁそうだがな。」
二人は近くのベンチに腰掛ける。
一応喫茶店のようだが、今日は休みらしい。
椅子を片付けないのは、雨も地下には降らないからだ。
腰掛けながらふとため息が出てしまうセルヴィウス。
「なんだか保安員を動かしてるみたいだし、これから外からの侵入は考えにくいな。」
「まぁそうだろうな。保安員も伊達に鍛えてなさそうだからな。」
「そこは鍛えてるとかいう問題じゃないだろう?」
「ま、そうだな。」
そしてまたしばらくの沈黙。
「なぁセル。あれ、なんだと思う?」
「ん?」
ホルンフェルスの指の先の地面が、なんだかやけに黒ずんでいる。
いや、明らかに黒い。
「怪しいよな、これ・・・。」
近づいていくホルンフェルス。
触れようとする指。
それを見ていたセルヴィウスの脳が、突然感情を露わにする。
恐怖。
一度経験したものが、もう一度訪れた時のような。
「やめろ!ホルンフェルスっ!」
「なんだって急に・・━━━━━━っ!!」
遅かった。
突如飛び出した黒い何かは一直線にホルンフェルスのわき腹を突き抜け血を降らす。
「・・・っぅ・・・」
「ホルンフェルスっ!!」
黒い何かはじ地面から突き出ていた。
よくある地獄絵の針のように、細く、鋭く。
だが光っていない。
真っ黒だ。
まるで光を吸収してしまったような、
言うなれば、影。
そんなものがホルンフェルスを切り裂き、一瞬で地面に戻る。
まるで液体のように。
「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
すぐ傍で女性の悲鳴が響く。
ホルンフェルスの体が傾く。
すぐにそれを受け止めると、負荷がない程度の速度でその場から少し離れる。
さっきまで黒い何かがあった道にはもう何もない。
周りが騒ぎ始める。
人々が逃げ始める。
我先にと人を押し、慌てふためきながら逃げていく。
「そんなことはいい!とりあえず逃げないと・・・!」
そんな声が聞こえた。
だが、気にしていられない。
「ホルン!ホルンフェルス!!」
「ぅあっ、あっ。あ、あぁ、一応、生きて、るか・・・。」
不意打ちに急所を外すこともできずに、深々と何かに刺された跡が残っている。
今もセルヴィウスの手を赤黒く染めていた。
「しっかりしろ!ホルンフェルス!」
「大丈夫、だって・・。」
意識がはっきりしているのもそろそろ限界だろう。
そんな中、
「男二人で仲睦まじく最後のお別れかぁい?」
一瞬で空気が変わる。
前方に誰か立っている。
長い黒髪で、前髪はサイドに分けている。
黒いマントを羽織り、中には赤い刺繍の入った黒地の制服と紺色のスカート。
マントが妙に不釣合いなその人影は、見た目ではそんな大人には見えない。
しかし、その物怖じしない言葉遣いと迫力は、それこそ、こんな少女に不釣合だった。
「英雄だろ?」
端的で、当たり前な質問。
「なんでこんなところでやった?」
だからそんなものには取り合わない。
「えぇ?だったら暗がりなら許してくれた?」
笑っている。
彼女は愉快そうに笑っていた。
「そういう問題じゃない!」
セルヴィウスはホルンフェルスをベンチに寝かせると、ゆっくりとその少女と向き合う。
ホルンフェルスはもう意識が遠そうだ。
止血もある程度しかしていない。
「そんなことじゃねぇよ・・・。」
「怒ってるの?やっぱりそんな顔もできるんじゃん。醜くゆがんだ顔・・・。面白いねぇ、正義の味方の“英雄さん”?」

第七話“少女の実力”

黒い少女は手をかざす。
その手の影、地面に二つある手形がゆっくりと丸い形になる。
しだいに二つの円は底のないような暗い闇となり、
「始まりだよ、英雄(トーア)。」
穴に重なった手を上に引っ張る。
すると穴の中から二丁の大型銃が飛び出してくる。
片方は巨大な軽機関銃。
もう片方はショットガン。
それが宙で回転しながら彼女の手におさまろうとしている。
セルヴィウスも武器を構えようと腰に手を回す。
彼の武器は小さな鉄の棒状になって腰に付けられている。
展開すると、大きな両刃の銃内蔵型大斧になる。
どういう仕組みかは本人も知らない。

展開を終えセルヴィウスが武器を地面に突き刺したのと、彼女が銃を手にしたのは同時だった。
そして。
轟音が辺りを包んだ。

地面から高水圧の壁がそそり立ち、銃弾の嵐の方向を上方へと受け流す。
銃弾は絶え間なくセルヴィウスを襲い、水によって方向を変えセルヴィウスの後ろの家屋に当たる。
街中ではないほどの轟音に驚き逃げる人も多い。
「やぁるねぇ!」
少女の方は体に合わない程の銃を軽々と両手で打ち続けている。
対して彼は耐えるように大斧を地面に突き刺している。
今更ながら、セルヴィウスは英雄であり、そのため特別な能力を持っている。
彼の力は“水”。
つまり、彼の前の高水圧の壁は彼自身が作り出していた。
そんな彼の頭には、一つの疑問が。
(余裕、なのか?)
さっきから水の向こうでゆがんだ笑みがこちらに向いている。
(せめて反撃ができれば・・・。)
彼女は先ほどよりも楽しそうに撃っている。
チラッと、彼は後ろを見やる。
そこには腹を刺されたホルンフェルスが横たわっている。
(なんとか耐え切れれば・・・)
そう思って前を見たセルヴィウスは目を疑った。
彼女が“二人”いる。
両方とも同じ銃を持っている。
そして撃っている。
(ヤバい・・・!)
そう思ったセルヴィウスの脳裏に変な想像が浮かぶ。
水圧で流しきれなかった銃弾。
後方で呻く声。
ベンチでうずくまるホルンフェルスの姿。
そんなことはない。
そう信じようとした次の瞬間。
銃弾の一発が“水の干渉を受けずに”突き抜けてくる。
「っ!」
意味がわからない。
しかし斧を抜けば水の全てが無くなってしまう。
その一瞬が遅かった。
それはセルヴィウスの横をすり抜け、そして・・・。
「・・ぅあぁ、ぁあああぁぁぁぁ・・・。」
「ホルン!」
振り返ればそこには、“想像と同じように”うずくまるホルンフェルスの姿が見える。
「あぁあ。当たっちゃった当たっちゃった。」
目の前には可笑しそうに笑う少女が“一人”。
なおも放たれる無慈悲な銃弾。
カシン、カシャン
「ちっ、無くなっちゃったかぁ。」
彼女は軽々しく弾切れの銃を捨てる。
それは溶けるように地面に吸い込まれていく。
必要のなくなった壁を放っておいたまま、セルヴィウスはホルンフェルスの元へ駆け寄る。
「当たっちゃったねぇ。」
セルヴィウスの背中に声が降る。
彼が彼女の方を振り返るとそこには笑う少女。
その笑顔は幼さを残したその顔にとても不釣合だった。
そんな彼女の背中に黒い触手のように動く“実体化した”影。
「あんたも、能力者か・・・。」
睨みつけるセルに、愉快そうに彼女は笑う。
「まぁ、そんなもんだよねぇ。」
「・・・“闇”か・・・?」
「見たまんまだよねぇ?」
ゆるゆると幾本もの影が動く。
「さぁて、そろそろ質問タイム終了?」
影の先端がセルヴィウスに向き直る。
「必要ないものは早々に消去しないと。
 あんたはあいつに頼まれた奴じゃなさそうだし・・・。」
「なんのことだ?」
「んん?何って、私ら“狩猟者(ハンター)”のお話。」
そうして、セルヴィウスとホルンフェルスに容赦なく影が振り下ろされる。

第八話“能力”

ここはヌーヴ・アンクラの北端。
大陸内でも特に寒冷地であり、雪が絶える日はないと言われるほどだ。
そんな極寒な土地にも都市がある。
一年中気候が変わらないこの土地では、様々な研究が行われ、結果が集められる。
研究に支障が出るようなことが起きないのもこの土地が選ばれた理由だろう。
そんな研究機関の多く存在し、それ故に発展した都市。
通称“凍らない街”と呼ばれる“アイ・サインティ”。
そんなこの街で生まれ育ち、今では守る側になった者。
その者は今、必死に調べ物をしていた。
“シュネーゲ”。
現英雄(トーア)である彼は普段から感情を表に出さないような人物であったが、今の心情だけはやけに焦っていた。
そんな彼は元々は研究者だった。
そのためにここには彼の研究所と研究資料があった。
そんな中一人で黙々と文面を見つめていた。
(違和感を与える、か・・・。)
彼の調べているものは、“能力”。
彼の研究分野ではなかったが、知人にその類の研究者がいたため、資料を借りてきていた。

『能力』
この世界には様々な能力がある。
この大陸で唯一能力を振るえるのは現在“英雄”だけであり、
その能力は何かによって決められている・・・・と書いてある。
それは、代々英雄は受け継がれ、受け継がれる能力は同じものだからだ。
『火』、『水』、『大気』、『大地』、『石』、『氷』。
この六つの能力が一人一つずつ備わっている。
そして、英雄以外の人間には能力は使えない。

対して、隣国“グランディオ王国”にも能力は存在する。
それは他愛もない能力の方が多い。
しかし、ほとんどの住人が能力を使える。
それは彼らが機械によるところが大きい。
彼らの心臓部には不思議な水晶の欠片が埋まっている。
それに秘められたものによって、個々に能力が違う。
いわば、人間の持つ“特技”に近いかもしれない。
灯台守になった者には遠くまで見える“視野延長”の、
運動選手になるものには身体的な“機能向上”の、
そして小説家になるものには“知的・発想力”の能力があることが多い。
それだけが人よりできるようになっているという程度だ。
ただし王族には『炎』、『風』といった能力を持つものもいる。
それは唯一の例外だ。

そんなことが書いてある本を何冊も何冊も、何日かかけて読んでいく。
気になったところには付箋をつけていく。
ここまでするのは彼的な仲間への気持ちの表れであろう。
そんな彼が気にしたのは『能力の大小関係』と言う説。

『英雄以上の能力を身に宿しているものは少ない。強い能力者からはそれ相応の“能力波”を周りに発生させている。(能力波は、オーラのようなものだ)
 しかし、強いものは弱い者の能力波を感じない。それは自身の周りの能力波の方が大きいからだ。』

(しかし・・・。)
ここで一つの疑問が生じる。
前提として、“英雄の能力は他の能力以上”である。
そして“弱い能力者には強い能力者の能力波が伝わる”ということ。
(ならば・・・。)
ならばなぜ、ホルンフェルスとヴァンダーは違和感を感じたのだろうか。
それは、
(能力方面での干渉ではないか。・・・それとも)
それとも、英雄よりも強い能力者か。
前者が理由なら違う理由を当たるべきだろう。
しかし後者が理由なら・・・。
(まずいことになった・・・。)

以前。
シュネーゲは資料を借りた知人と話したことがある。
その時の記憶が蘇る。
・・・・・・・。
・・・・。

「・・・・で、英雄よりも能力波の高いやつを発見したんだよ!」

・・・・。
・・・・・・・。
確かに。
確かに彼は昔そう言っていた。
そして彼は続けていた。
「統合者(ヴィザー)・・・。」
(厄介なことになった・・・。)
彼はこの時初めて、恐怖を顔に浮かべた。

第九話“本気”

「さて、と。」
目の前の瓦礫の山を見据えて彼女は立っている。
「やっぱり“あれ”じゃなかったか。」
その時。
地面の下を何かがうごめくような違和感。
そして、
「どうしたんだ?貴様にそんな任務はなかったはずだが?」
“地中”から声が響く。
「いいじゃんか。こっちの問題だよ。」
彼女は軽く受け流す。
「これから“俺自身”になるものを無駄に壊さないで欲しいのだが?」
「あぁそうだったね。ここも大陸じゃなくなるんだったねぇ。」
「いいから、貴様は自分の任務でもしていろ。」
「はいはい。」

ゆっくりと、違和感が遠のいていく。
「ったく。いいじゃんか少しくらい。」
ブツブツと文句を言いなが振り返った彼女の頭上に何かが降ってくる。
見上げた瞳に映ったそれは、
人。
あっという間に彼女の目の前に突っ込む。
「よぉ。」
直後、人影の目の前の地面が内部から爆発するように彼女を狙う。
「っ!」
大量の土砂に華奢な体が後方へはじき飛ばされる。
「よくもまあ俺たちの仲間をやってくれたじゃねぇか。」
彼女が顔を向けるとそこには二本の短剣を構えた、
「英雄(トーア)・・・。」
「見ない顔だな、やっぱり。どっから来た?」
「答えると、でも・・?」
手を使って上半身だけを起こす。
そこにもう二人の英雄が合流する。
「悪いな、シュツルム。」
「遅れちまったか。」
「まぁ、まだ大丈夫そうだぜ。挽回できるさ。」
プロコフィエル、ヴァンダー、シュツルムが揃う。
「ったく、不意打ちたぁひどくないかい?」
「相手は仲間を殺ろうとしたやつだからなぁ。」
「殺ったかどうかは、まだわからないんじゃない?確認してないし。
 まだ奇跡的に生きてるかも!」
「そんなことじゃねぇよ。」
「あれぇ?その言葉、ちょっと前も聞いた気がするかも?」
彼女はケラケラと笑う。
その腹に何か“刺さっている”のを気に止めていないかのように。
「はぁあ。すっかり熱覚めちゃったなぁ。」
笑い終えると彼女はゆっくりと立ち上がる。
その手にはいつの間にか拳銃が二丁。
その銃口がゆっくりと上がり、まっすぐに彼らを狙う。
「さっさと終わりにしちゃおうか。ねっ?」
首をかしげながら行った直後、銃声が響く。
銃声、金属音、爆発音、破壊音。
その一体だけがものすごい音に包まれている。
そんな爆音の中心地では、3人の英雄と1人の少女が盛大に闘っていた。
状況は“互角”。
それもそのはずだった。
彼女の能力は『闇』
正確な情報がないこともあるが、その能力の応用性が大きい。
彼女自身が人の“影”になってしまえば、影踏み同様、影に攻撃は通じない。
その間は彼女も攻撃はできないようだが。
そして彼らの攻撃は、彼女の出現させる暗い“穴”に吸い込まれるように消されてしまう。
他にも、手当たりしだいにものの影を触手のように攻撃に使ってきたり、闇の穴から新しい武器を調達しながら戦ったりと、どうにも3人に不利なように戦況は動いていく。
「このままじゃ消耗戦だ!」
能力は自分の精神的エネルギーを使用する。
つまり能力を使用すればするほど疲れが貯まる。
「一旦引くぞ!」
地面を砕き、砂埃を風で舞わし、一気に爆発させる。
「そんなんが効くとでも?」
相変わらず彼女は黒い“壁”を作りだして身を防いだ。
しかしそれだけでも十分だった。
彼らはすぐに物陰に退避する。
「これからどうするよ。」
小声でシュツルムが聞いてくる。
「どうするも何も、やつの戦力が巨大すぎる。」
「けど本質は人間っぽいのは確かだろう?だから、」
「あぁ、分かっている。やつに疲れが見えないのも不思議だが。」
そんな時、
「あ~れぇ?皆さんどこに行っちゃったのかなぁ?」
彼女の声が聞こえる。
しかし、彼らがどこにいるのかはわからないらしい。
「まだチャンスはある。」
そういった直後だった。
「いないんなら、本気、出しちゃおうかなぁ?」
そんな声が聞こえた。
そして。

「・・・は?」
「え・・・。」
「なん、だ・・・?」
何の前触れもなく、
何の音もなく、
知らずのうちに、
さっきまであったものが、
ものの見事に、
全て、
「嘘だろ・・・。」
まるで“幻”のように、
破壊されていた。

第十話“謎の復活”

目の前には荒れた街。
さっきまで無事だったものが一瞬でなくなっていた。
「な・・・。」
言葉を失った。
まさにその通りだった。
呆気にとられるしかない。
ヴォンダーの横でシュツルムが震えている。
しかし、彼女の方はすっかり瓦礫と化した街の中で、まだ彼ら3人を見つけられていないように、辺りを見回している。
「・・・て、」
ゆっくりシュツルムが立ち上がる。
瓦礫では完全に隠しきれなくなった。
なのに、“まだ彼女は英雄(トーア)たちを探しているようだった。”
「まっ・・・!」
ヴァンダーが何か思いつき、シュツルムを止めようとしたが遅かった。
「てめぇよくもおぉぉぉ!」
その瞬間、彼女がこちらを振り返る。
そして、
「見ぃつけたぁ!」
鉛の雨がそこだけに降り注いだ。

(あいつか・・・。)
シュネーゲは仲間に合流せずに、物陰に隠れていた。
(最も、まだ互角のようだな。)
目の前ではプロコフィエル、ヴァンダー、シュツルムが謎の少女と戦っている。
その実力から、少女が明らかに普通ではないことが見て取れる。
そんな中、突如の爆発と共に3人が姿を消す。
(一旦引いたか。)
このチャンスを狙ってシュネーゲは彼らに合流しようと動き始めたが、
「いないんなら、本気、出しちゃおうかなぁ?」
その言葉に、動きが止まる。
今まで彼ら3人を押しとどめていた彼女の今までが本気ではなかったら、一体このあと何が起きるのか。
そんな一瞬の恐怖が彼の動きを止める。
しかし、彼女は手を横一線に振るっただけ。
何かが起きたというわけでもない。
戦場がやけに静まり返ってしまった。
彼女は手を下ろして周りを見渡している。
ただ誰かを探しているようだ。
そんな中、物陰からゆっくりと立ち上がる。
先ほどの爆発からは予想もしない方向。
明らかに隠れていれば見つからないだろうものを、あえて自分から立ち上がる。
まだ彼女は気づいていない。
(まだ間に合う、早く隠れろ・・・!)
そんなシュネーゲの気持ちとは裏腹に、シュツルムは叫んだ。
「てめぇよくもおぉぉぉ!」と。
そんな大声なら誰でも気づく。
そして彼女も例外ではない。
「見ぃつけたぁ!」
直後、片手に用意していたマシンガンから容赦なく鉛玉が放たれ、そこだけを瓦礫の山へと変えた。

そんな光景を目にする少し前、
シュネーゲは先に瓦礫の下敷きになっていた二人を助けていた。
セルヴィウスとホルンフェルス。
ホルンフェルスの方はなかなかの重傷だった。
脇腹の傷は相当深いものだったし、銃弾も右胸を打ち抜かれていた。
ただし、銃弾が一発しか当たらなかったのは不幸中の幸いだと思った。
セルヴィウスの方は、瓦礫の中でもホルンフェルスの上にまたがり潰されないようにしていた。
しかし奇妙なのが、
(傷は・・・・、ない、な・・・。)
傷がなかった。
カスリ傷程度ならあるものの、命に支障をきたす程の深手は負っていなかった。
ホルンフェルスに応急処置を施し、セルヴィウスと共に平らな場所に寝かせる。
そうしてから、シュネーゲはあの惨状へ向っていた。

「ふぅ。」
なんとも疲れていないようなため息。
「張り合いないなぁ・・・。」
なんだかつまらなそうだ。
「やっぱ所詮“能力一つ”じゃ、この程度が限界かなぁ・・・。」
そう言って横を見やる。
何もなさそうな隙間。
見ているのは更に先。
「ねぇ、知ってるかなぁ。」
誰にともなく語りかける。
いや、語りかけられている人がいる。
その隙間の暗がりのさらに奥。
そこにいるのは、
「・・・。」
身を潜めているはずのシュネーゲだ。
「私ってさ、能力が能力だからさぁ・・・」
手に持っていた銃が隙間を狙う。
「そういうところにいても、気付かれちゃうんだよぉ?」
引き金にかかる指が動きはじめる。
隙間の先でも動こうとした瞬間。
「おぃ。何してんだ。」
彼女の背後に誰かが立っている。
気配もなく、いつの間にか、突然に。
(私が、気付かなかった・・?)
最初にそんな疑問を抱けたのは逆に良かったかもしれない。
瞬時に振り返る彼女が見た人。
隙間の向こうでも息を呑む気配がする。
そんな状況を見渡す場所に立っている存在。
「な、なんだよ、あんただったんかよ。あいつの目的って・・・。」
彼は先ほどまでとは打って変わっていた。
見た目よりも雰囲気が。
「なんで、いるんだ、お前・・・。」
「よぅ、シュネーゲ。遅かったな。」
そこには、
セルヴィウスが立っていた。

第十一話“昔”

「ちっ。所詮死に損ないだろぅ!」
彼女が先制攻撃を仕掛ける。
左から右に振るった手についていくように影でできた鋭利な刃物がセルヴィウスを横から襲う。
しかし、
「それだけか?」
直後、その鋭利な影は跡形もなく霧散する。
「っ!」
彼女も負けじと反撃するが、本数が増えたところで同じ攻撃は見事に全て消されていた。
「なんなんだよ、いきなり・・・!やっぱりあんたなのかよ・・・!」
この展開は彼女にしても少し予想外だったらしい。
「セル、お前、本物か?」
いつのまに動いたのか、セルヴィウスの後方からシュネーゲが声をかける。
その声にセルヴィウスは振り返ることもなく、
「あぁ。俺に本物も偽物も無い。」
それだけ言って、また少女と対峙する。
「くっ!」
明らかに攻守が逆転していた。
彼女の攻撃はセルヴィウスの足止めにもならない。
逆に隙をついて振るわれる大斧を受け止めるのが精一杯のようだった。
そのうち、受け止めきれなかった勢いに負けて、少女の軽い体は宙を巻い、
後方の建物に衝突。その壁ごと建物内部に崩れる。
「・・んなん、・・よ・・・。」
「ん?」
彼女の声が瓦礫の中から聞こえる。
土煙のせいで少女の体は見えない。
「なんなんだよ、あんたは!」
しかしその声は半分恐怖に怯えていた。
「あんた一体なんなんだよ!さっきまで地面にへばりついて、土にまみれてたってのに、なんで今ここにいるんだよ!おかしいだろそんなの!瓦礫に埋もれて無傷だったって方が奇跡だろう?それをなんでそんな普通そうな顔してそこに立ってられんだよぉ!なんだって急に、そんな強くなりやがったんだよォォォォォォ!」
その言葉とともに、土煙の中から彼女が飛び出してくる。
家を壊すほどの威力をまともに受けて、それで尚動ける彼女も異常だが。
彼女の得物はサーベルのようなもの。
細い刀身に清楚な柄の付いたものだった。
しかし、
バキィン
無理な横からの力であっけなく折れる。
実際には折られていた。
セルヴィウスの扱う“水”によって。
その一瞬、彼女が怯んだ瞬間にセルヴィウスは一気に間を詰めると、
彼女の服の胸ぐらを掴んで一気に持ち上げる。
「あぐっ!」
必死に折れた得物で抵抗してみるものの、
徐々に苦しくなってきたのかそれを手放してまで、セルヴィウスの手を解こうと必死になり始めた。
そんな中で、彼は答える。
「さっき。」
「・・・?」
「さっき貴様は、俺が何者かを聞いたな。」
「あ、あぁ。人が、変わったようだったからなぁ。」
「・・・。」
少しの沈黙。
そして、
「俺は“前の”セルヴィウスだ。」
「は?」
これにはシュネーゲも驚いていた。
いや、意味がわからないという顔をしていた。
「じゃぁ・・・。」
ゆっくりと、落ち着きを装ってシュネーゲが問う。
「お前はさっきやられていたセルヴィウスとは違うのか?」
彼は考える。
「・・・いや、同じだろう・・・。」
「ならどういう・・・」
「俺は・・・。」
唐突に、シュネーゲの言葉を断ち切る。
「俺はこいつらのことを知っている。ただそれだけだ。」
更に訳がわからなくなりかけたその時。
「久しいな、セルヴィウス。」
どこからか声が聞こえてくる。
だがその場に人が増えた気配はない。
しかし、戦闘によって開けたその場所には明らかな違和感があった。
影がある。
誰も立っていない、その空間のちょうど真ん中に、
まるでそこに見えない誰かが立っているかのように、人の影がある。
「お、おま、ぇ・・。」
真っ先に反応したのは少女だった。
するとその言葉に影自身が返事をする。
「よくやったじゃないか、フィリー。」
「なんで、お前が、ここに・・?」
「お前の戦果を見に来ただけだ、気にするな・・・。」
そう言って影は辺りを見渡すような動きを取る。
「よくここまで壊したものだな。“ガヴィンジュ”に怒られやしなかったか?」
「お前・・・ゼルディス、か・・・。」
不意にセルヴィウスが声をかける。
「おぃ、昔の記憶でも戻ってきたってのか、セルヴィウス?」
話が始まりそうだったので、シュネーゲは口を挟む。
「おいセル!こいつらのこと知っているのか?」
しかしセルヴィウス自身は取り合わない。
むしろ見ていればわかるだろう?と言外に言われているようだった。
その印象は、しばらく共に英雄(トーア)をやってきて見ていたセルヴィウスとは大いにかけ離れていた。
「ゼルディス、まだろくでもないことをしているのか?」
「いや?むしろ今では、これが俺たちの仕事だ。」
「・・・狩猟者(ハンター)、か・・・。」
ひょいと、持ち上げていた少女、フィリーを投げ捨てる。
落とされた先で彼女は小さくむせていた。
「まだやっているのか、お前たちは。」
そんなことも気にせずにセルヴィウスは影の前に立つ。
「あぁ、まぁそうなるな・・・。」
そこでセルヴィウスが何か言おうとするが、唐突に話をすり替えられる。
「全くお前も厄介だよなぁ、本当に。」
「まぁ、貴様がどこまで思い出したかにもよるがな。」
「何のことだ?」
「俺らの今後のことさ。」
「これからまたさらに何かするとでも?」
「そうだな。確かにそうともいうか。」
少し笑いを付け加えると、最後の言葉を付け足す。
「ま、ここでお前を消すかどうかの話さ。お前だって一応“統合者(ヴィザー)”なんだからなぁ・・・。」

第十二話“ゼルディス”

戦場は静まり返っていた。
響くのはセルヴィウスと影の声。
「お前はどこまで思い出したんだ、セル。」
「そんなこと、言う必要もないだろう?」
「まっ、全部ってことはなさそうだがな。それでも、お前が今や厄介者であることに変わりはない。」
しばしの沈黙。
「殺すか、俺を。」
「いやぁ、そんな“もったいない”ことはしないさ。
 お前は十分必要なものだからな。」
「一体何にだ?」
影の嘲笑がその答えだった。
“馬鹿な質問はするな。”
そう言外に語っていた。
結局それ以上の散策はしなかった。
「なぁ、ゼルディス。」
そうセルは呼んだ。
「なんだ?まだ何か言うつもりか?」
影(ゼルディス)が返答する。
「やっぱり、変わらないんだな、お前は・・・。」
その口調はどこか知っているようで、自重しているようで、
少し悲しげだった。
しかしそんな言葉にゼルディスは笑う。
「変わるも何も、昔からこうだったさ。お前が知らないだけだ。」
「そうか・・・。」
その下げられたセルの手には大斧。
「・・・なら━」
「おぉっと、もう時間だな。俺は引き上げさせてもらおう。」
言葉を最後まで聞かずにゼルディスは消え始める。
「待てよ・・、ゼル・・!」
「心配するな。またすぐ会うことになるさ。」
「っ!」
空中を風を切る音と共に大斧が投げられる。
そしてゼルディスのいた地面に突き刺さる。
しかし、もうそこにはゼルディスはいなかった。
ただの地面に大斧が刺さっているだけだった。
「・・ふは・・・。」
「?」
振り向いたセルの前方には、先ほどまでうずくまっていたフィリーがゆっくりと立ち上がっていた。
まだダメージが残っているのか、足先が微妙に震えている。
それでも彼女は笑っていた。
「・・よかった、じゃん。また、会えるんだろぅ?
 お前、だって、もう少し話したいって、感じだっただろう?
 ちょうどいいじゃないか。」
「何が言いたいのかは分からんが・・・。」
そう言いながらセルは彼女に近づき、
「お前の目的は俺だったようだな・・・。」
そういうなりもう一度彼女の襟首を掴む。
しかし今回は持ち上げず引き寄せるのみ。
そしてセルは、確認するように言う。
「貴様も、統合者(ヴィザー)だな?」
「・・ぁ、あぁ。」
セルは少しずつ質問を選んでいるようなペースで聞いていく。
それでも、聞くときには一切の無駄がない。
「まだ狩猟者(ハンター)はいるのか。」
「そう、だな・・・。」
「何人になった?」
「多くはない・・・。」
「何している。」
「前と変わらない。」
「そうか・・。」
質問が終わるとすんなりと手を離す。
地面に立っていたため、フィリーが崩れ落ちることはなかった。
「さっさとどっかに帰れ、フィリー。」
「な、何、バカなこと、言ってんだよぉぉ・・・!
 なんで私の敵に助けられなきゃなんなぇんだよ。
 あんた馬鹿にしてんのかよぉ!」
そう言って攻撃に入ろうとした瞬間。
「やめておけ。」
端的にそう言った。
「はぁ、なんでだよ・・!」
「俺は確かに統合者だ。だが、しかしきっとただの統合者以上の能力はある。確か貴様は闇の統合者(ダーク=ヴィザー)だろう?能力は『闇』と『幻』だったなぁ。」
「どこまで知ってんだよ、あんた・・・。でも、それが分かってんならどうして私と戦うんだ?お前の能力なんて、『水』と、水、と、水・・・と・・・。」
統合者は二つの能力を使い分ける者のこと。
当然、統合者と認めたセルヴィウスにも、もう一つの能力があるはずだ。
しかし、それは思いつかなかった。
「思いつかないのならいいだろう?俺だって思い出せていない。」
そこでセルは武器を構えると仕切り直す。
「さぁて、ここまで粘ったような奴が、一体どんなことをして挽回してくれるのか、楽しみだな。」
そう言って、戦闘準備も曖昧なフィリーに向かってセルヴィウスが武器を構える。
そして・・・。

第十三話“脳内の声”

セルヴィウスの得物がフィリーをとらえる。
そのセルの目に一切の容赦はない。
「くそっ!」
彼女もそれを悟ったのか、反撃の体制に入ろうとするが、
間に合わないことは目に見えてわかる。
だが、
「喰らえよっ!」
突如として彼女の左肩からセルの顔面めがけて何かが飛び出す。
彼女が放った言葉とそれは、時間稼ぎには十分だ。
何せ、生き物には反射神経が備わっている。
それは、“五感が感じ取ったものが正確ならば”身を守ってくれるだろう。
しかし、それが違ったら、
「っ!」
咄嗟に顔を横に振ったせいで、切っ先の軌道は彼女を直撃せず地面を大きく削る。
しかし、セルヴィウスの顔面を狙った何かはもうどこにもない。
そして、セルヴィウスの耳は何かが風を切る音なんて耳にしていなかった。
「フフッ、フハハッ・・!」
なんとも微妙な笑い声を上げるセル。
「そんな程度かい?やっぱりあんたも。」
一時的に後退した彼女は、両手に武器を構え直している。
しかし、
「いやいや、そんなんじゃないよ。」
軽く手を左右に振る。
顔には呆れの表情。
「いやはや、もはや自分の能力がバレたうえで、さらにその能力を使うとは思わなかったからなぁ。少々驚いた。というより、感動したな。・・・まったく、時間とは怖いもんだなぁ・・・。」
最後の方は小さくて彼女には届かなかった。
「さて、と。」
セルがゆっくりと武器を構えなおす。
「まだやるってか?」
相変わらず、彼女も好戦的なままだ。
「さっさと終わらせようか・・・、うん?」
その時、セルヴィウスの耳が何かを捉える。
それは、
「・・こ、え・・・?」
「あぁ?どうしたんだよ!」
彼女の声も今のセルヴィウスには届いていない。

声は最初は聞き取れなかったものが、徐々に大きくなっていく。
それにつれて違和感がこみ上げる。
(どこから聞こえている?)
もう耳からではないことは分かっていた。
そう、まさに自分の頭の中から直接声が出ているような・・・。
その声は何かを行っている。
「・・・し・。」
分からない。
「・・か・・して。」
完全ではない。
しかし、痛い。
「こ・・から・・・してっ。」
徐々に強くなるその声と共に、声が頭痛に変わっていくようだった。
「い・・だ・・。・こ・・から、・・がしてっ!」
さらに頭の中の意思は強くなっていく。
何かを訴えるように。
「ううぉ・・・。」
セルヴィウスも耐え切れず頭を抑える。
「い・・だよ、お・・い。に・・してぇっ。」
そして、
「嫌だよ、お願い。出して!ここから逃がしてっ!逃がしてぇっ!!」

「ぅぐおおあぁぁぁぁぁぁ!!」
セルの絶叫。
と共にまるで糸が切られたかのように倒れる。
「セル!」
真っ先に、無事だったシュネーゲが駆け寄る。
今まで様子を見ながら着実に仲間を救出していたようだ。
だがそれどころではなくなってしまった。
「セル、セル。」
名前を呼んでみる。
すると、
「んぁ。シュ、シュネーゲ、か?」
ゆっくりと目を開けるセル。
それと同時に意識も覚醒し、
「あれ、お、俺は!」
急に起き上がる。
「あれ・・・?」
セルは何やら思考が追いついていないような顔をしている。
半分恐怖、半分不思議そうな顔。
さっきまでとは違う感情豊かな表情。
「おい、セル。」
「これ、これどうなってるんだよ!!」
“セルヴィウスが”慌てていた。
「なぁ、セル。」
「どうなってるんだよ、一体・・っ!シュネーゲはいつから、いつからいたのさ!」
「落ち着けよ、セルヴィウス。」
あくまで感情が無いかのような低い声。
しかし、
「だって、俺は・・、俺は一体どうなって・・・!」
「セルヴィウス!!」
ビクッと、ついフィリーまでもが驚いてしまうほどの大声でシュネーゲが一喝する。
そして、また無機質なまでの冷たさで一言。
「セルヴィウス。お前、今までの記憶は持っていないのか?」

第十四話“もう一人の・・・”

消えていた。
さっきまでセルヴィウスにあったいろいろなものが
今のセルヴィウスから完全に消えていて、それが不自然に消しているのではなくて、まるで、さっきまでのセルヴィウスが別人だったかのように。
「セルヴィウス。お前は分からないのか?」
シュネーゲが尋ねる。
しかし、
「知らないものは知らないんだ!仕方ないだろっ!」
セル自身も混乱していた。
普段以上に声を荒げ反論する。
「第一、なんで俺はこんなとこにいるんだよ!さっきまで、さっきまで・・・。」
そこではたと思い出したように問う。
「ホルンは?ホルンフェルスはどうしたんだ?」
あたりを見渡す。
もちろんだがこの惨状にいるはずもない。
シュネーゲに運ばれ、今は離れた場所に寝かされているはずだ。
しかし、今のセルはそれを知らない。
「おぃ、おいホルンはどうしたんだよぉ!」
叫びながらシュネーゲに掴みかかろうとする。
が、まだ力が入らないのか、手は届かずにそのまま空を切る。
「落ち着けセル!」
必死にシュネーゲも抑えようとするが、それを素直に聞けるような状態じゃない。
そんなところに
「ったくよ。まぁた元に戻っちゃったのかよ。つまんないねぇ・・・。」
その声の主を探すセル。
声の主、フィリーは今では何も無かったかのように立っている。
武器はもう持っていなかった。
「あんたは、確か・・・」
「あぁはいはい、もういいよ。」
そうセルの言葉を遮る。
「せっかく凄そーな奴見つけたと思ったのに、元通りかぁ。ホントつまんないねぇ。」
「なんだよ、元通りって・・・。それじゃぁまるで・・」
「あんたは別人みたいだったねぇ。さっきまでのは、そう・・・まるで、私の━━ のようだ・・・。」
「?」

最後のほうが聞き取れずセルヴィウスは首をかしげるが、
彼女はそんなことには目もくれず、セルヴィウスとシュネーゲに背を向けた。
「おい、勝手に行く気か、フィリー?」
シュネーゲの冷たい視線にも全く動じずに彼女は、
「あぁ、まぁね。」
そこで彼女は足を止める。
「あんたは、覚えてんのかい?」
「誰を、だ?」
「ハハッ!そうかい。ならいいや。」
そう言った。
そしてまた歩き出す。
それと、もう一つ、付け足すように、
「あんたも、変わったよな、シュネーゲ。他のやつらとおんなじように・・・。」
彼女は去っていった。

彼女を見逃すのはこの大陸にとっても嫌なことだったが、それよりもまずは、それを倒ために存在した英雄(トーア)の半数が重傷という方が大変だった。
もう一度戦うにしても今のままでは戦力が足りない。
そう判断したシュネーゲは、セルヴィウスと共に他の英雄の手当てをはじめることとなった。
セルの方も彼女との対話で熱が冷めていたので、シュネーゲの説明をしっかり聞いていた。
そのため、今置かれた状況も一通りは把握したことになっている。
「ところで・・・。」
セルヴィウスが淡々と傷の手当てをするシュネーゲに話しかける。
「俺は、俺の意識のないところであいつと戦っていたんだよな?」
「あぁ、そうなるな。」
「なら、その時話していた俺は誰だったんだ?」
「・・・。」
確かに、
その時のセルは自分のことをセルヴィウスだと公言していた。
そこに嘘と思われる感情は無かった。
ならあのセルヴィウスは一体誰だったのか。
それが疑問として残る。
「でも・・・。」
不意に。
セルの作業の手が止まる。
「もしかしたら・・・。」
その両手を見つめる。
その目には、怯えが見て取れた。
「もしかしたら、何か、知っているのかもしれない・・・。俺自身も、知らない、もう一人が、いろいろと・・・。」
「・・・。」
シュネーゲには答えられなかった。
知らない、ということも確かにあったが、
しかし、今の彼ではない“セルヴィウス”が何か知っているのは確かだった。
『お前・・・ゼルディス、か・・・。』
『・・・狩猟者(ハンター)、か・・・。』
『貴様も、統合者(ヴィザー)だな?』
『確か貴様は闇の統合者(ダーク=ヴィザー)だろう?』
そして、
『やっぱり、変わらないんだな、お前は・・・。』
どう考えても、話していたセルヴィウスは奴らとの関係を持っている。
出てきた単語の意味はシュネーゲにはまだ判りかねないものもあるが、それでも、そんな言葉がセルの口から出てくるのがおかしいことぐらいは分かる。
「なぁ・・・。」
横から話しかけてくる。
「俺、・・・・てみようと思う。」
「?」
小さい声でよく聞こえなかった。
そのことが分かったのか、さっきよりも少し大きめの声でセルは言う。
「俺、見つけてみようと思う。」
「誰をだ?」
分かりきったことを返す。
それは
「いるかもしれない、もう一人の自分・・・。」
「はぁ・・・。」
ため息が漏れる。
「どうやってだ?」
「それは・・・、わからないな・・・。」
正直だった。
「けどな・・・。」
続く言葉。
そこには明らかな意思。
「けどな、見つけてやりたいんだ。」
「もう一人を、か?」
もう一度、確認してみる。
「ああ。」
その答えは短かったが、それだけでも十分だった。
「見つけたほうがいいと思うんだ、俺にも、周りにも・・・。」
決意。
セルヴィウスから感じたもの。
「分かったさ。」
シュネーゲも、仲間の言葉をむげにはできないようだ。
「その前に、こいつらを手当てしてからだ。そうしたら、俺の街に来い。そこなら色々調べられる。奴らが口にしていた言葉はなんなのか、な・・・。」
「ありがとな、シュネーゲ。」
「礼には及ばん。」
「そうか。」
それでも、セルヴィウスはシュネーゲの好意に感謝しながら、傷ついた仲間の手当をするのだった。

第十五話“目的”

戦いを終え、仲間たちの応急処置も問題なく終わった。
地下都市ことアーシアの療養所に4人の英雄(トーア)を運び終えると、セルヴィウスとシュネーゲは二人、アイ・サインティに足を運ぶこととなった。
その手前、アーシアの関所で、
「本当に調べるんだな?」
シュネーゲはもう一度セルヴィウスに問いかける。
「ああ。俺は調べたいと・・・、いや、調べたほうがいいと思ってる。もう一人の俺かもしれないやつは、俺が知らないことを知っている。だから、それも含めて知りたいと思うんだ。」
セルヴィウスの目には今は決意が見て取れる。
そんなセルを横目に見ながら、
「お前のその決意、無くすんじゃないぞ・・・。」
シュネーゲはつぶやく。
そして二人はアーシアの地を後にした。
今回は、自分一人の目的のために。

「いつまでそうしてんだい?」
森の中。
フィリーが誰かを呼ぶ。
「あなたは終わったのですか?」
その声に応えたのは、木の陰から出てきた一人の青年。
「終わるわけないさ。」
彼女は青年に対し答える。
「そうですか。で、元気でしたか?」
青年はすぐに話を変えてしまう。
「元気なんて元からないさ。」
彼女はそう笑みを浮かべる。
「あなたのことは聞いていませんよ、フィリー。分かっていながら言うのはやめてください。」
彼の口ぶりは穏やかだったが、その声色には明らかな敵意が出ていた。
「はいはいっと。あいつはまだ無事だぞ。」
「そうですか。」
「なんだか興味なさそうだなぁ。心配でもしてるかと思ってたのに。」
立っているのが疲れたのか、彼女は近くの木に背を預ける。
「いえいえ、心配はしていますよ。それに、別の意味では心配なのはあなたもですよ、フィリー。」
「なんだよそれ。」
「あなたも・・・、逃げてしまわないか、ということです。」
「そりゃぁまるで・・・、私の、父さんみたいだな。」
「あなたが彼の娘だ。ということですよ。」
「フンッ、勝手に言ってろ。」
そう言って彼女は背を向ける。
「そういやぁ、あんたの方は終わったのかい?」
「いえ、まぁこれからですかね。」
「そうかい。せいぜい頑張んな。」
「そうしますよ。」
彼の方も背を向ける。
その歩き出す手前、
「ガヴィンジュの方は終わったらしいです。」
青年の方が独り言のようにつぶやく。
「あぁ、そうかい。」
彼女も適当に返す。
そうして二人は互いに反対に歩き出す。
それぞれに抱えた目的のために。

暗闇。
目が慣れればうっすらと何かが見える程度の濃い闇。
その中に不自然に黒い人型の影。
その暗闇に人はいない。
「ガヴィンジュが終わったか。」
影が喋る。
「計画は一段落、か。」
「計画の方は順調かい?」
いつの間にか一人、ここに来ていたようだ。
「シューか。」
「あぁ。で?ガヴィンジュの次は何するんだい?」
「知ってどうする?」
「特にどうもしないさ。俺たち狩猟者(ハンター)は互いの目的に口出ししないだろう?」
「そうだな。」
「でもよくガヴィンジュもお前の手駒になってくれたなぁ?」
「奴にもメリットがあるから。それだけだろう。」
「そうだろうね、きっと。」
「で?やつには会えたか?」
「・・・・。」
「会えなかったか。」
「いや、会えたさ。実際に顔は合わせてないが・・・。」
「まぁ今はそれでいいだろう。」
「そういやぁ。お前には何の目的があるんだ?」
「特にないさ。」
「無いのか?」
「そうでなきゃ、こんなところで狩猟者のトップもやってられんだろう。」
「あぁ。まぁそうだな。今はお前がトップだもんな、ゼルディス。」
「あぁ。」
「そんじゃ、俺は行くよ。」
「そうか。まだ目的があったか。」
「あぁ。それじゃあな。」
そう言ってシューは暗闇から出て行った。
残されたゼルディスはまた物思いにふける。
彼自身が唯一持っている、隠し通す必要のある目的のために。

世界ではいろいろなことが起きている。
この大陸、ヌーヴ・アンクラだけ見ても数知れぬ何かが動き出している。
「さて・・・。」
そんな彼らを見下ろす位置で。
その者が腰を上げる。
「そろそろ頃合いだろう・・・。」
彼もまた、何かしらの自己の目的のために。

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