第四章”制御“


第一話”新大陸“

とある海岸線。
その砂浜を歩く警備兵が二人。
彼らの見つめる先には、
「何だこれ?」
「さぁ。機械のようだが。」
「んなことは分かってるよ。で、これどうするよ。」
彼らの身長と同じ位の大きさのロボット。
それが海岸に捨てられたように転がっていた。
「持って帰るか?」
「そうした方がいいだろ。ここに置いとくよりは持ち帰った方が分かることも多いだろ。」
二人の男はそれを背負って歩き出した。

大陸“シセルス”
大部分の開拓されていない土地に囲まれるように、一つの国家がそびえる場所。
しかし開拓されていないが、その国家に統治されているのだ。
大陸名は、国家の名前が”シセルス“であることに由来する。
島全体がほとんど寒冷地であり、その分人の住む場所が限られているのだ。
今は年内でも温暖な時期であるため、海は凍らずにいる。
警備隊も、この時期だけは大陸全体に派遣される。

「お疲れさん。って、今日は大きな土産だな。」
「まぁな。研究室に届けることにするよ。」
街の門番に門を開けてもらう二人。
彼らはそのまま研究室と呼ばれるところへ向かう。
もちろん、このまま町中を歩くわけにはいかないので、街を囲うように作られた塀の内部を移動する。
塀の内部は、そのまま一周と街の中央にある城の地下に繋がっている。
彼らは、その地下に向かって進んでいた。

その移動途中。
担ぐ機械の目が薄く光ったことに、二人は気付いてはいなかった。

第二話“起動”

警備兵二人が拾った荷物。
赤い体の機械は動くこともなくその重たい体を横たえていた。
ここは“シセルス国”の中心に位置する城の地下。
皆に“研究室”と呼ばれるこの場所は、その名に不釣合いな広さを持っていた。
城の地下と言っても大きさは地上の城の面積を優に超え、街の地下にまで広がっていた。
今では王国でないこの国も、かつては軍事王国とでも言おうか、大国であった。
地下の研究所はその名残である。

その一角。
運び込まれた機械はその瞳を暗くしたままだった。
「こいつ壊れてんじゃねぇのか?」
研究員の一人が愚痴をこぼす。
その手にはホースとブラシ。
海岸で拾われたその体は土にまみれ、元の色が見えているのか怪しかった。
そのため、この機械の持ち主は誰なのかを突き止めるためにも、この体を洗っているわけだが。
「まぁいいじゃねぇか。今まで錆び付いた機械ばっかいじらされてたんだからよ。」
もう一人の研究員も同じようにその機械を磨いていた。
驚いたことはその綺麗さ。
海水にまみれ、海岸に打ち上げられていてもなお、傷はカスリ傷のみ。錆もなかった。
「こりゃどんな金属使ったらこんな綺麗に保てんのかねぇ。」
「さぁな。でもこんな金属あいつらが持ってたら大変だぞ?」

“あいつら”
この国と敵対する海の向こうの軍事国家“ガルバス王国”。
侵略を目的とした彼らの攻撃に悩まされる彼らにとって、
傷一つ付かない、錆も出ない金属なんて持たれた日には大変な騒ぎとなる。

その時、研究員の一人のブラシが金の文字を捉える。
「なんだこれ?」
金のラインが体に巡らされた胴体の隅に筆記体のような、何か繋がった文字。
「おーい!誰か読める奴いねーか!」
その研究員が他の皆にも聞こえるように叫ぶ。
「どんな文字だい?」
一人の男が進み出る。
「ほぅ。これは古代の文字に近いな。どれどれ。ふむ・・・。」
白髪の頭を傾げつつも、その老研究員はその名を口にする。
「えーと・・・、『ティジアウス・グランディオ』・・・・」

その名前が合図だったのか。
黒い虚空には真っ赤な瞳が宿り、関節に当たる部分の機構が音を立てながらかつての動きを取り戻す。
そして。
左胸にボゥッと火が灯るがごとく赤と青の光が宿る。
「ゴアァァアアァァァァァ」
咆哮のような叫び声とともにそのロボットが目を覚ます。
「うぁ、うわぁぁ!」
研究員達がその場を離れ距離を置く。
自分たちよりも少し体格の大きなそのロボットは周囲をその真っ赤な瞳で見渡す。
その目は何かを探すように、あるいは何かに恐怖するように。
誰かが緊急ボタンを押したのか、辺りにサイレンが鳴り出す。
少し遅れて警備兵が研究所に突入、その機械を取り囲む。
それは威嚇するかのように彼らへ向けて手を振るう。
その攻撃はたまたま出過ぎた兵の一人を捉え、一気に突き飛ばす。
威力は絶大。
人間とは比にならないその力を前に、警備兵は警備網を崩さずにただ見守るばかり。
それが何分続いただろう。
取り押さえるために突撃した数人はあっけなく倒れ、治療室に運ばれる始末。
サイレンは鳴り続ける。

ちなみに、であるが。
サイレンは街には聞こえないが、研究所以外に城には聞こえるようになっていた。
当然。
城の中でも重要箇所にはいち早く届くように。
そして、その重要箇所には。
現国家代表の部屋も当然含まれているのである。

「おいおいなんの騒ぎだぁ?」
皆の逃げ出そうとする扉ではなく、物資搬入用の扉が大きくひしゃげ、内側に倒れる。
皆がそちらを向く中、その人物は堂々と姿を現した。
「なんだか物騒なのがここに運ばれてきたようじゃないか。」
「ちょっ!“伝入(つたいり)”様!今は危ないです、下がってください!」
新人の警備兵が慌てる。
そんな彼の肩に手を置く伝入。
「まぁそんな慌てんなよ。すぐ片付けるって。」
「え?」
彼はそのまま身を構えるロボットのもとへと歩み寄る。

その目を見据えて、シセルス国最高責任者の“伝入天龍(つたいり あまたつ)”は言う。
「よう。機械(ロボット)野郎。」
直後、両者が動いた。

第三話“天龍(あまたつ)”

機械と伝入が同時に動く。
最初に攻撃に移ったのは機械の方だ。
進む勢いそのままに腕を振るう。
その攻撃を姿勢を低くし回避する伝入はそのまま機械の後ろに回り込む。
真っ黒なバイザー付きヘルメットに真っ黒な革のコートに身を包む彼の動きとは思えない物だった。
すぐに振り向く機械だが、予想もしない伝入の行動に少し動きを止める。
伝入は、攻撃してこなかった。
それどころか、ただ機械の方を見つめるだけ。
そんな彼はその真っ黒な自分の服いじる。
「おまえさぁ、どこから来たんだよ。」
その言葉を無視するように機械が再び動く。
その攻撃は先ほどのものとは違い、明確に彼を飛ばすために振るわれる。
彼の避けるタイミングを崩し、一瞬の止まった隙を正確に仕留める。
武器は持たぬが、その機械の腕では人間の体の耐久力など、高が知れていた。
確実に彼を撃ち、叩きのめす一撃。

の、はずだった。
なのに。
「おい、人の話聞けって。」
彼はそこにいる。
二本足で立ち、両腕でロボットの金属の腕を抑えている。
その時初めて、機械が感情を表したような気がした。
それは表情。
少し困ったような、それでいて怯えるような表情。
すぐに機械のほうから離れる。
「どうした?自分の攻撃が効いてなくて困ってんのか?なんでこいつは死なねぇんだって思ってるのか?」
天龍はなんの躊躇いもなく機械の方に歩み寄る。
少し、それが身構える。
腰の後ろに手を当て、そして引き抜く。

そこには小さな銀色の棒キレ。
「なんじゃそりゃ?」
伝入が不思議そうに見る目の前で、その金属の棒はガシャンという音と共に内部から大きな剣先が出現する。
目の前で展開されるその見たこともない技術に目を見張る彼らの前で、
そのロボットが再び駆ける。
狙いはもちろん天龍本人。
距離は一瞬にして縮まり、その切っ先が彼の身構えた腕を捕らえ、そのまま横に薙ぐ。
取った、と機械は思っただろう。
研究員も取られたと思っただろう。
彼のその体質を知る者以外は。

「・・・ったく、何なんだよその技術力は。」
彼の腕は落ちることなくその肩に生えたまま。
彼の服だけが、剣に切られて肌を露わに指せる。
その肌には、傷ひとつなかった。
それどころか、彼の表情には痛みの一つも表すものはない。
「まぁそれもこれも、お前に聞きゃあ分かるよな!」
初めて、天龍が動く。
一歩飛んで離れたはずの機械に対し、たったひと蹴りで追いつく。
咄嗟に身構える機械の懐に飛び込んだ天龍は、唐突にバイザーを目の下まで上げる。
その口元が動く。
「俺たちの土地(いえ)なんだ、勝手に暴れてくれるな。」
直後。
ボゥッっと彼の口から炎が吹き出し、機械の顔を捉える。
それは少し離れた兵士にすら熱が届く程のもので、目くらましには十分すぎるほどだった。
炎に煽られ、ふらつきつつも剣を振るう機械だが、それが天達を捉えることはない。
炎の消えた先にもう彼はいなかったのだから。
「どこ見てる!」
辺りを見回すロボットの頭上。
彼が何かコードを素手で持って落ちてくる。
そのコードには注意書きがされていた。
『高圧電流 取り扱い注意!』

ロボットが剣を構えるよりも早く、天龍が押しつぶすようにのしかかる。
そして頭を掴むと、思いっきり片側へとひねる。
そこには剥き出しとなった配線。
「少し眠っとけ。」
高圧電流がロボットを侵す。
動きもなく、ただ崩れ落ちるそれ。
天龍はそれから飛び降りる。
ふっと彼が見たとき。
ロボットの表情はなんとも言えないものだった。
その安心したとでも言いたげな顔を見下ろす彼の元へ、警備兵たちが駆けつける。
少し考え事をする天龍の周りは時間とともに流れ、
「・・ぉ?ぅおい!まだ触んなよ!感電するぞ!」
ロボットを取り押さえようとした彼らに対し、我に返った天龍が叫ぶ。
しかし彼の足が直にロボットに触れているのだから、なんとも説得力のない発言だが。
「こいつは・・・、まぁいい。しばらくは動かんだろ。お前らはこのまま退散しろ。」
機械の拘束は、という兵の質問にもそんなものいらんと答える天龍。

彼が何を考えていうのか兵たちには分からない。
でも、この最高責任者の戦績、経歴は、些細な疑問など気にならないほどの物だった。
それと同じく、彼の息子たちも。
グワッシャーンと研究所の上の階で音がする。
「またあいつか。」
半ば呆れるように彼は数人の兵を上階へ急がせる。

「さて、と。」
彼はもう一度横たわる機械を見やる。
その、戦闘中に赤から青色へと変わったその瞳が、今まさに漆黒へと変わった。
「こいつは一体、どこぞの機械なんだろうなぁ。」

第四話“息子”

天龍は目の前の機械を見下ろす。
これをまずどうにかしなければいけない。
周りを見渡すとそう遠くないところに旧型の小型戦車に目が止まる。
「あれでいいか。」
適当な調子で言うと機械に手を添える。
もう感電するほど電気が通っているわけではなさそうだ。
少し遠巻きに見ていた警備兵らを集め、戦車の上に乗せるよう指示する。
拘束具はするなとも付け加えて。
それだけ言い残すと、彼は研究所を後にし、上階へと登っていった。

階段を上がる途中、再び大きな物音がする。
「全く、未だに制御できてないのかあいつは。まぁ暴れ馬掴まされたしな。」
そんな独り言が狭い階段に響く。
そのまま階段を上りきり、明るい地上へと踏み出す。
まぁそれでも城内なのだが。
一見どこも異常はないように見える静かな広間。
しかしすぐにもう一度大きな音が後方から聞こえる。
今上がってきた階段を挟んで反対側。
そこには研究所への物資補給、及び兵器移動用の大きなエレベーターがある。
そのエレベーター内に倒れこむ人物が一人。
青いユルめの上着に同色のズボン。
倒れこんだ彼はゆっくりと伝入の方へと顔を向ける。
「やっぱりお前か、飛翼(ひよく)。」
「いや、だってよーオヤジ。こいつさー。」
疲れきったように座りなおす。
その顔は少し笑っていた。
彼の表情に少しの安堵と大きめのため息をつく天龍。
「お前だけじゃないか。まだ制御出来んのは。」
「だから、他のやつと違ってなー」

「違って、なんだ?」
そこには前を開けたままの白いワイシャツと灰色のズボンを着た男が立っていた。
「なんだよ明白(あけしら)、お前まで。」
そんな彼に飛翼が言う。
「別になんでもないよ。いやー甲(こう)だってちゃんとやってるのに。」
「おいおいあいつと一緒にすんなよ。」
「同レベルだろ?」
「クソ野郎、お前殺る気か?」
「別にいいけど俺たち居場所違うだろ?」
「まぁそうだけどよー。」
数回の言葉のやり取りも二人にとって他愛もない事。
どんな物騒な言葉を言ってもそれは所詮冗談でしかない。
彼ら兄弟にとっては。

「さてと。そろそろお前ら部屋に戻れ。帰ってきたばっかりなんだからな。」
「まぁそうだな。・・・俺先風呂入っていいか?」
「まぁ俺はそんな動いてないから、飛龍が先入っていいよ。甲もそろそろ帰ってきそうだし。」
「そうか。そんじゃお先に!」
飛龍が起き上がる。
途中、いててっなんて言いながら歩いて行った。
「甲はどうだったかな?」
明白が天龍へ聞く。
「まぁあいつなら大丈夫だろ。それよりも少し心配なのは龍地(たつぢ)の方だな。」
「おじさんの方が心配?」
「まぁ俺の兄弟信じてねぇわけじゃないけどな、あいつにしては遅いなって。」
視線を迷わせながら天龍が言う。
「まぁおじさんなら大丈夫でしょ。それじゃ、俺も部屋戻るから。」
「そうか。それじゃぁ俺も戻るかな。」
二人はそれぞれの部屋に向かった。

小型戦車の上、寝かされた機械の体。
真っ暗な瞳に光はまだ戻らない。
だが。
左胸の奥、水晶のような塊の光が、今少しだけ強くなった。

「ん、んん・・・?」
ゆっくりと目を開く。
自分が今までどうしていたのか思い出せない。
そもそもここはどこなのかも。
あたりを見渡すが暗闇ばかりで何も見えない。
「ここは、どこだ・・・?」
「ここは思考の中だ。」
独り言のようにつぶやいた言葉に返事がある。
気付けば近くに影のようなそれでいて人の形をした何かが立っている。
うっすらと輪郭だけが浮き出たような彼には見覚えがある。
だけど、名前がうまく出てこない。
まるで久しぶりにあった旧友のような。
「まだまともに頭が動いてないのか。」
影は一人で納得したような感じだ。
「おい、ここってどこなんだ?」
「だから言っただろ、自分の思考の中だ。」
同じ言葉しか返ってこない。
それじゃあ分からないというのに。
だが唐突に、
「今のお前は体から分離した思念体のようなものだ。それらが集まる、または集められた場所。それがここだ。」
影が疑問に答えるようなことを言う。
だがそもそも、
「じゃぁなんで俺は自分自身の中に入っちゃってるんだ?幽体離脱でもしたのか?」
「体が暴走したんだ。自分の意思を確立させるために。」
「どう言う意味だ?」
「じゃぁ逆に質問だ。なんで俺たち違う人間の思考が同じ場所にいると思う?」
「それは・・・」
真面目に考えても思いつかない。
そもそもその前の段階でよく分からないというのに。
影はため息一つ。
「同じ体に別々の思考が入ってしまったんだ。
 体自体はどっちを正しいものと思えばいいか判断がつかなかった。
 だから、新しい思念体を作ろうと自らが勝手に判断した。その結果だ。」
「うーん。つまり、今俺の元の体には思念体が二つあって、しかも体の制御が効かない、と?」
「まぁそんなところだ。そもそもお前の体じゃないってのが真実だけどな。」
余計分からなくなっている彼に向けて、影が問う。
「もしかしてお前、記憶が戻ってないのか?」
「・・・確かに、何も覚えてない。」
その言葉に半ば呆れたような言動とともに影が言う。
「覚えてないなら思い出せ。自分とは誰かを。」
自分は、自分とは誰なのか。
「俺は・・・・、誰だ?」
突如訪れる恐怖。
分からないことに対する怯えが手を震わせる。
そんな彼の両肩を影の手が掴み、見据えられる。
その目と思しき真っ赤なもので見つめてくる影が、確認するように言う。

「思い出せ。自分とは誰か・・・。“セルヴィウス・グランディオ”とは何なのか・・・!」

第五話“会議”

城内は静寂に包まれてた。
深夜。
城の一箇所に未だ光が灯っていることを知っているのは、彼らの街を見下ろす月くらいか。
作戦室の机に向かい合うように座った彼らは、皆国家の主要人物たち。
その中で、一番最後に入ってきた彼が切り出す。
「さて、今日は今後のことについて話したい。」
伝入天龍(つたいり あまたつ)の言葉に最初に反応したのは天龍と同じような服を着た男。
真っ黒な服に真っ黒なヘルメット。
ヘルメットを外していない天龍とその男は、その理由により許可されているようだ。
「まず気になることはあの運び込まれた機械のことだ。」
その男、伝入龍地(つたいり たつじ)のそれは、そこに集まった人たちの賛同を得る。
「それにはワシも賛成じゃ。これほどの技術力を持っているのだ、驚異になる可能性は十分ありえる。」
「そうだな。警備側でもあれへの対処法を考えなければ。」
研究所長“神部学(こうべ まなぶ)”、警備最高司令官、通称兵長“鋼牙炎(こうが ほのお)”が言葉を続ける。
その意見を受けた上で、天龍は
「まぁその話は後にしよう。」
皆には、不思議だっただろう。
それを察してか彼が付け加える。
「この話は長くなりそうだからな。先に報告を済ませてもらおうと思ってな。」

天龍の視線の先には息子たちの影。
飛龍(ひりゅう)、明白(あけしら)、甲(こう)の三人。
最初に切り出したのは明白だった。
「では、報告させていただきます。遠目からの判断で申し訳ありませんが、現在この島の南東に雪雲が発達しています。風向きから、この城下への影響はないと思われますが、万が一に備える必要はありそうです。」
その言葉に続いて飛龍が報告する。
「ただ、このタイミングで雪が降らないのは少々厄介です。偵察の結果、現在ガルバス軍は着々と準備を進めており、数日後には全隊の出発が可能でしょう。」
「この続きは私が話そう。」
そう飛龍の言葉を引き継いだのは龍地だった。
「俺と飛龍で偵察に行ったが、前衛部隊は地上からの監視ではすぐにでも出発可能だ。もしかしたら一部だけでも先に編隊が来る可能性もある。それ以外は未だに準備途中のようだ。物資搬入の車が何台も行き来していた。それでも、先も彼が言ったように数日後には準備も整うだろう。」
その言葉にしばし皆が考え込む。
「甲、そっちはどうだ?」
天龍の言葉に甲が答える。
「トラップの準備は万全とは行かないです。下手をすれば“凍りつく”こともありえます。夜戦ではどのくらい正確に動くかわかりません。完成度は全体のおよそ八割。殺傷能力は全てにあります。あとはこの土地の利に賭けるしか・・・。」

「そうか。」
少し考えるような仕草の後、天龍は先の言葉を告げる。
「現状では万全の体制で戦いに臨むのは無理に近い。今回は防衛戦に徹することとなるだろう。兵長、弾をできるだけ集めろ。射撃部隊を増やせ。明白は引き続き状況把握、すぐに作戦会議も始まるから、それまでの間だ。飛龍は・・・、まずは自分の“あれ”を早く懐かせろ。甲はトラップの作成を急がせろ。暇そうなら警備兵数人借りてもいい。」
それぞれの受けた指示を確認するように皆が頷く。

そんな彼らを見て、
「それじゃぁ、今度はあの機械についての話に移ろうか。」
天龍はすぐに話題を変える。
「あの機械はどこのものだと思う?まさかやつらのか!?」
鋼牙が迫る勢いで言うが、それは神部に否定される。
「あいつの体に書いてあった文字。あれは研究の進んでいない昔の文字に似ている。きっとどこかで我々とは別に、独自の発展を遂げた者たちの使っている言語だ。」
「つまり、ガルバスの文字ではないと。」
天龍がまとめる。
だがそれでは言葉が通じないのは人間としては当たり前だ。
「じゃぁどうする?いつまであそこに置いとくつもりなんだ?」
龍地の質問に神部も続く。
「研究所は確かに他より頑丈だ。でもあなたは拘束具もなしであの場所に置いてきたそうではないですか。」
「それは私も聞いた。いくらなんでも危なすぎる。」
鋼牙も少し憤怒の表情を浮かべる。
だが、そんな彼らに対して、天龍はなんでもないように言う。
「大丈夫だ、俺に考えがある。それは・・・」

彼の言いかけた矢先。
非常用電話の受話器が揺れる。
それの向こう側は研究所にいる研究員だった。
「報告します!あのロボットが、たった今目覚めました!」
一同に同様が走る中、分かったの一言で電話を切る天龍。
「おい、どうするんだ!?」
そんな意見も半分聞き流しながら、彼が一人席を立つ。
「大丈夫だ、心配すんな。これで説明の手間も省けたってもんだ。」
そう扉に手をかけ、
「んじゃ、ちょっくら行ってくる。」
天龍が作戦室を出て行った。

第六話“一体化”

「セルヴィウスと何か、思い出すんだ・・・!」
影のような人型がセルヴィウスに語りかける。
「自分がどうしてこんなところにいるのか、お前ならわかるはずだ。」
どうしてこんなところにいるのか。
思念体と呼ばれる中に、この影と一緒に二人・・・。
影。
「・・・ゼルディス、か?」
おもむろに扉の鍵が開く。
様々な情景が徐々に、でもはっきりと描かれる。
ある大陸で英雄(トーア)として生活していた頃。
ある少女とともに父と再開したこと。
ある戦いに挑んだこと。
ある塔で手術という名の実験を受けたこと。
「・・・そうか、俺は・・・。」
そして、その塔から暴走して逃げ出したこと。
「思い出したか。」
ゼルディスが声をかけてくる。
セルヴィウスは頷く。
暴走の果て、セルヴィウスとゼルディスは精神の中で互いに潰し合い、共に倒れた。
島に流れ着いたのは不幸中の幸いか。
だが今の問題はそこではない。
「だけど、それじゃぁどうやって体を取り戻す?」
セルヴィウスの質問に、間を持たずにゼルディスが答える。
「俺たちを、一つの精神として合成する。」
よく意味がわからないのは、それぞれの単語が難しいからではないらしい。
「俺たちを、一つの心と見なす。そういうことか?」
物分りがいいなとゼルディス。
「本来ならば、あの実験の最終段階として行われるべき筈だったんだがな。できなかったのなら仕方ない。」
「だが、どうやってやるんだ?こんなこと、普通起きえないことなんだぞ?」
セルヴィウスの質問に、影の方が少し笑う。
「俺は簡単だと思ってるぞ?なにせ、お前はもう違う自分と合成されているはずなんだからな。」
その言葉で思い出す。
そう、セルヴィウスの中には、自分でも知らないもう一人の自分がいるはずだ。
「お前、その時の記憶とかないのか?」
ゼルディスの言葉に首を振る。
「記憶はない。そもそも、俺の中にもう一人いるっていう確証も未だ無いわけだし。」
「だが、時々お前は見るはずだ、見たこともない自分の記憶を。」
それはあるなとセルヴィウスは思う。
だが、
「じゃぁ、なんでこの思念体の中にそいつはいないんだ?」
「未だ眠ってんだよ。それか、昔のお前が封印したか。俺としては後者のほうがいいがな。また新たな火種が生まれても困る。」
ゼルディスの言葉には少し痛みがあった。

「俺を自分の性格の一部だと思え。」
しばしの沈黙の後、ゼルディスが話し出す。今回の解決策を。
「まぁ二重人格ってやつの応用だよ。俺たちは心や精神なんかで人とは全くの同義ではない。
 それは多重人格者だって同じこと。他の自分を排斥し、それぞれ固有の考え方、価値観を持ち合わせている。
 俺たちも今や同じことだ。同じ思念体の中に、相容れない存在が二人・・・いや、三人いるんだ。
 この中で、その時トップに立った者がその体を支配できる。今はまだ、俺とお前が同率首位なわけだが。」
その話はなろうと思えば誰でもトップになれることを示唆している。
それがゼルディスの狙いでもあり、もう一つの更なる狙いを気づかせぬダミーなのだが。
「それじゃぁ、どちらかが下になる、と。」
セルヴィウスはゼルディスの狙いなど気づいてない様子。
だからかゼルディスもそのまま話を進める。
「そうだな。だから今回は俺が降りよう。お前の方がこの体とは互換性がある。なにせ兄弟の体なんだからな。」
ティジアウス・グランディオ。
それはセルヴィウスの兄でもあり、機械の王国の王子でもある存在。
確かに、理にかなっている。
「でも、降りるってどうやって・・・」
「俺を殺せ。いや、気絶させるだけでもいい。体に“自分がトップ”だと思い込ませればそれでいい。」
簡単に行ってのける影に、セルヴィウスは戸惑う。
「殺すって、そんなことは・・・!それに影のお前をどうやって・・・」
「簡単なことじゃないか。光だよ。光を当てれば、影の存在の俺は眠りにつく。」
だが光なんて。
そう言おうとしたセルヴィウスは思い出す。
ここがどこなのか。
思念体とは、それぞれの思念、または“精神”、“心”が現れる場所。
ならば、
「俺の今の願い。それは、英雄として、再び人の力となる!」
少し、体が光を帯びる。
清い、ただ心が正義と見なすものだけを願う。
「これ以上の犠牲は許さない!欲に負けず、困難に立ち向かい、悪に抗う!」
言うたびに、徐々に光は増し、それに呼応しゼルディスが小さくなっていく。
「俺は、誰かの世界を救って見せる!」

どんなその場しのぎの言葉での、心が救われることがある。
それは言うた者の心に光を与える。
セルヴィウスの意識が思念体から徐々に離脱するのを感じる。
上に上に。
体を制御できる地位まで上り詰める。
「そう、これで俺の目的も満たされる。相互に利益のある選択だ。」
視界から消えゆくゼルディスの言葉は、セルヴィウスには届かない。
彼はただ真っ直ぐに進む。

そして。
機械の瞳がオレンジ色に輝く。

再起動完了

第七話“二度目の対面”

作戦室を後にして、天龍(あまたつ)は地下の研究所へと向かう。
その途中、図書室に置いてある新聞を適当に数日分取る。

会議室に電話が来てから数分後。
天達一人が研究所に姿を現した。
それに気付いた警備兵の一人が駆け寄ってきて報告する。
『報告します!非戦闘要員は退避させ、今は警備兵が包囲中。現在ロボットに動きはありません。』
『了解した。』
適当な調子で答えた彼は、そのまま自らロボットの方に近づく。
警備兵が止めようとするも、全て無視してロボットの前に立つ。
ロボットのオレンジ色の瞳が彼を捉える。
それを見つめ返す天龍。
『目の色変わったな。自由に変えられんのか?』
返事はない。
じっと彼を見つめるだけだ。

『おい警備兵!包囲網をとけ!』
彼の言葉にしばし動揺したが、皆言われたとおり包囲を崩す。
ロボットはそんな周りの様子を不思議そうに眺めたあとつぶやく。
「ありがとう。少しは気が楽になった。」
だけど、天龍は首をかしげる。
『今なんて言ったんだ?異文化の言葉じゃ全然わかんねぇよ。』
そして彼は。
自分の持っていた新聞を全て渡す。
いぶかしそうに見つめるロボットに、彼はジェスチャーも交えて説明する。
『これは、俺たちの、話している言葉が、書いてあるものだ。』
言葉では伝わっていないだろう。
だが、身振り手振りを真似するように、ロボットが新聞の文字列を目で追い始める。
『それを覚えてくれ。頼むぞ。』
天龍はそれ以外ロボットに何をすることもなく、背を向ける。
その時。
『あ、あり、がとう』
ロボットが新聞を見つめたまま答えた。
それは紛れもなく天龍たちの使っている言葉。
彼は少し微笑んで答える。
『こういう時は、了解、とか、分かった、って言うべきだぞ。』
『りょう、かい。わ、かった。』
カタコトで言葉を覚えたて特有の発音だ。
だけどロボットは、確実に言葉を覚え始めている。
天龍はそう確信した。

その時になって、彼はいつの間にか他の会議室にいたメンバーも来ていたことを知った。
『なんだ、お前ら来てたのか。』
鋼牙(こうが)が彼に問いかける。
『今、やつに何をしてきたんだ?』
『新聞を渡してきた。』
あっさりと答える彼に、少し呆れ気味に龍地(たつじ)が返す。
『新聞渡すだけで何ができると思う?言葉を覚える?
 そんなこと、できないだろう。そもそも覚えれられても使えない。
 まともに会話できるようにするにはせめて半年や一年は必要だぞ?』
その答えに、ちょっと皆納得していそうで、
『はぁ・・・。お前ら一応トップなんだよな?』
呆れたのは天龍の方だった。
『お前ら、あいつがなんなのか忘れたのか?』
『そりゃ、ロボットだろ。』
甲がつぶやく。
そのつぶやきで何かを察した人物。
『あ、そういうことか。』
明白(あけしら)が頷いたあと、質問する。
『じゃぁ、なんで親父は奴が落ち着いてると思ったんだ?』
『それはだな・・・』
天龍が明白の疑問の答えを指差す。
そこには高圧電流のコード。
前回の戦いで使ったそれが、ロボットの前方、手の届かない所で揺れている。
『動物は大抵、一度酷い経験をすると、しばらくの間はそれに対して恐怖を生むようになる。
 それは自分自身を傷つけないよう守るためだ。
 ならば、その機能は人間がロボットを作る過程でも無視できないものだろう。』
だが、落ち着いている場合は、それらを見ても暴れだしたりはしない。
襲われない限りは何もしないのが一番と、それもわかっているから。

『ちょ、ちょっと待て。』
そこで飛龍(ひりゅう)が話に割り込んでくる。
『二人で勝手に話進んでても、俺たちには途中が理解できてないんだって。』
『あぁ、そうだったな。』
天龍が明白の方から皆の方へ向き直る。
『ロボット。それはもともとなんでもない“機械”だ。
 いくら人間と同じように精巧に作られていても、それの中身は無機質なものだ。
 血管のように管が張り巡らされていても、そこを流れるのは血ではなく燃料なんだ。
 そんな奴の頭だ。そこだけ人間ってことはないだろ。
 だから、やつならすぐに言語を覚えられるだろうな。』
これが天龍の言っていた作戦。
そんな天才的なものはなくても、観察し、確実な手を選ぶ。
それが彼の言う作戦なのだ。

『それじゃぁ、奴が言葉を覚えるまでどうする。』
鋼牙が天龍に問う。
『いや、何も変わらずに行動してればいいさ。
 その方が言葉を覚えるのが早くなるだろうし。』
『それなら、そういうふうに警備兵に連絡をしておく。』
天龍の言葉を報告しようと無線に手をかけた鋼牙を彼が止める。
『待て。ただ普通にしていろとだけ』連絡しろ。作戦のことを言う必要はない。
 あぁ、それと。やつの目が赤くなった時には注意しろ、いいな?』
『了解しました。』
鋼牙は返事をして無線で連絡を始める。

(さて、これでどうにかなりそうだな。)
天龍がロボットの方を振り返る。
そこには今も必死で新聞を読んでいるロボットが座っていた。

第八話“噂話”

一年を通して冬と言えるような季節が大半のこの島に、不穏な雲が近づく。
街の者は日用品を補充し、寒気に備える。
憲兵は塀の外で罠を張る。

そんな最中、いささか奇妙な噂が場内では流れていた。
深夜。
最高責任者の部屋に何か変な声が聞こえる。
それは呪文のようでぼそぼそとしたもの。
そこに重ねて聞こえてくる機械音。
もしかしたら、何か召喚術の類でもやっているのではないか。
そんな噂。

だが、真実は何とも単純なこと。
天龍(あまたつ)の部屋には、地下の研究所へ直通のエレベーターがある。
深夜の研究上に人はほとんどいない。
その結果、今夜も。
「まさかお前がそんなに早くに言葉を覚えるとは思っていなかったよ。」
天龍が面白そうな表情でそこにいる彼を見る。
「俺としては、まさかあなたのような最高権力者が古典好きだった事の方が意外です。」
機械がしゃべる。
地下にいるはずの彼は今、天龍の部屋にいた。
「いやぁ、俺としてはこのくらいの教養は普通だと思うがな。」
「そうでしょうかねぇ・・・。」
そこで、そういえばと彼。
「あの新聞、あんな方法よく思いつきましたね。」
「普通の作戦だと思わせるにはこうするしかないだろう?」
新聞の真ん中辺り。
そこにはセルヴィウスに分かる文字で“これを読んで言葉を覚えな。”と書かれていた。
その文字を何度も確認するように見たが、どうやら印刷ではなく彼が本当に書いたようだった。
つまりは言葉が通じる。
セルヴィウスはそう確信して、以降のページに書かれた彼の作戦にしばらく従うことにしたのだ。
書いた本人、天龍はさも楽しそうに言う。
「あの鋼牙にも納得させなきゃいけないんだから。ただの胡散臭い話なんて信じないだろ。」
「機械だから言葉ぐらい覚えられるなんて言い方も相当だと思いますよ。」
オレンジの瞳がふっとほころぶ。

「ところで、だ。」
そこで、天龍が話を変える。
「お前のことはなんて読んだらいい?まだ、名前を聞いていなかったからな。」
「俺は“セルヴィウス”だ。今までどおり“ロボット”と読んでもいいが・・・」
その答えに、一度頷き、天龍も自分の名を名乗った。
「さて、それじゃぁ質問だ。お前はどこから来た?なぜ漂流していた?なぜ自我を失っていた?
 お前のその技術力はなんだ?元の島での仲間はいたか?いたなら何人だ?
 それは自分を探してくれると思うか?・・・・全部答えろ。」
「ま、待ってくれ・・・!そんな質問連打されても答えられるわけないだろう?」
天龍の質問にお手上げ状態のセルヴィウス。
その様子を見て、なぜか頷くような仕草を見せる彼。
「まぁ。今ので数個は答えが分かったから別にいいさ。」
「えっ?」
セルヴィウスの反応に天龍は指をおって数える。
「一つ目、お前に仲間はいた。
 お前の対応はリーダー的存在がするような反応ではない。
 お前のような強力な奴が自分を制御できないのは、もっと上に統治していた奴がいたからだろう?
 それこそ、リーダーのような“仲間”が。」
「二つ目は、質問とは関係ないが、お前は元々人間だった。
 耳で聞き取った音がデータとして保存されるはずの機械で、この距離だ。
 聞き取れない、なんてことはないはずだろう?
 さすがに機械の姿で生まれるとは、俺たちには考えにくいしあって欲しくない。
 なら、元々人間で何かが原因で機械になった。そう考えるのが一番納得できる。」
「三つ目、最初に俺と戦ったお前と今のお前は、内面的に別人格。
 戦闘欲についてもそうだが、それ以外にお前の慌てようは演技で出せるもんじゃない。
 まぁこれは、あくまで確認のようなものだ。目の色が違う時点でなんとなくは思っていたことだからな。」
まぁ三つしか分からないが、と天龍苦笑。

そしてもう一度聞き返す。
「さて、一個ずつでいいから答えてくれ。お前の頭のデータから読み出して。」
セルヴィウスが考え込む。
そしてゆっくりと答え始める。
「俺は、“ヌーヴ・アンクラ”という大陸にいたんだ。
 そこで5人の仲間と共に“英雄(トーア)”として生活していた・・・」
「それじゃぁセル。その、英雄っていうのは何者だ?」
新しい質問にセルは答える。
「英雄っていうのは、六つに分かれた大陸の気候それぞれの能力を操る者たちのことだ。
 能力を代々受け継ぎ、それぞれが協力し合いその大陸を守る。
 いわゆる島の守護者みたいなもんだな。」
「了解。それじゃぁ最初の質問に戻ろうか。」
天龍の促しでもう一度記憶をたどるセルヴィウス。
「なんで漂流していたのか、自我を失っていたのか。
 この二つは全く同じ理由なんだが、それを説明するのは時間がかかる。
 今回は省いてもいいかな?」
少し考えて天龍が了承する。
「それじゃぁ・・・、技術力っていうのは、この剣のことか?」
セルヴィウスが腰のあたりを示す。
そこには一見なんの変哲もない鉄の棒。
「あぁ、それのことだ。それにお前の体についても。」
天龍の質問にセルヴィウスは少し苦い顔。
「悪いが、これについても詳細は知らないんだ。
 ただ、大陸ヌーヴ・アンクラの北端、機械の王国“グランディオ王国”のものだってことは確かだ。
 でも、わかるのはそこまで。俺はあんたが言ったように元々人間で、大陸に住んでいたんだからな。」
「そうか。」
天龍に無理に問い詰める様子はない。
興味がないのだろうか。

「で、お前の仲間は迎えに来るのか?」
天龍の本心がそこにあるかのように彼自身が促す。
「俺の仲間は・・・」
頭の中には、機械になって綺麗に思い出せるようになった記憶たちが並ぶ。
ある診療所で敵意を向けられたプロコフィエルとシュネーゲ。
自らの命を狩ろうとやってきた狩猟者(ハンター)のフィリー。
自分が拐われた時は地下都市アーシアで戦っていたであろうシュツルム、ホルンフェルス、ヴァンダー。
それ以外にも、自分の知らない記憶まで乱立している。
それはゼルディスのものだろうか?
だが、それらは今は必要ではない。
大切なのは。
「仲間は、きっと助けに来るだろう。」
俺は信じた。
確かに命を狙ってきたが、それでも、今は来てくれると信じたい。
誰かに“セルヴィウスはあまい”と言われた気がした。
自分でもそう思った。
だが、そんな返答を聞いて。
「そうか。ならば支度しなくてはな。」
天龍は少し微笑んで言った。

「セル。そろそろ帰ったほうがいいだろう。」
「そうだな。そろそろあの戦車の上にでも戻るとするよ。」
「それじゃぁな。」
セルヴィウスがエレベーターを使って降りていく。
部屋に残った天龍は、椅子に背を預けて背伸びをする。
そして、机の上にあった受話器を取る。
番号を押してしばらく待つ。
それの待機音がプツリと切れ。
向こう側から天龍の目的の声が“彼らの普段使っている言語で”聞こえてくる。
『今日も順調でしたね。』

『お前の方はどうだった、明白(あけしら)?』

第九話“電話”

『お前の方はどうだった、明白(あけしら)?』
天龍の受話器の先、電話に出た明白が答える。
『まぁそこそこですね。だいぶ分かり易い相手だと思いますよ。』
『そうか。なら、今回の対面で気になったところを教えてくれ。』
一瞬の間のあと明白が話し始める。
『セルヴィウス、でしたよね?あれは警戒心の薄いやつですね。
 ここまで警戒心なく毎日話してくれるとは思っていませんでしたよ。』
『まぁ、確かにな。』
天龍の相槌は曖昧なもの。
『さて、他にもあるのですが、一番は彼の以前の姿ですね。
 彼自身は以前は人間だったと言い、あなたもそれに同意見である。
 じゃぁ、どうやって人間が機械の中に入るのでしょう?』
『あいつらの生きていた世界にはここにはない技術力がある。
 それを考えれば可能かもしれない。』
天龍の意見に同意する明白。
『確かに。彼らには私たちに無い技術力と、それに合わせて能力もある。
 ただ正面から対峙すれば我々が不利なのは目に見えてます。』
『そうだな。それじゃぁ次に気になったことはなんだ?』
強引に天龍が話を進める。
明白もその対応に慣れているのか、そのまま次の話題に移る。
『では次ですが、彼ともう一人の彼、その構図についてです。
 今のところあの温厚な彼が上位を握っているようですが、
 いつ入れ替わるかはっきりしていませんし。
 少々危ないところもあると思いますが・・・』
『あいつが入れ替わることはしばらくないだろうよ。』
天龍が彼の疑問を遮る。
『まぁ、俺の勘だから何とも言えないが、おおよそ彼はしばらく変化はしないだろう。』
『そうですか。あなたが気にしないのなら気にしないことにしましょう。
 では次ですが、彼の仲間についてです。』
『それは俺たちじゃどうしようもない問題だな。』
『えぇ。ですから、この場合は保留にしておきましょう。』
そう言って一旦明白の声が止まる。
『同じような質問ですが、彼らの島の北端にあるという機械の国。
 “グランディオ王国”と言ってましたよね?』
無言の天龍、それを肯定と受け取った明白は続ける。
『グランディオという響き、どこかで聞いたことがあります。
 確か敵兵の言葉だったはずですが、正確なところは不明ですね。
 我々と相手側では言葉が違うのですから。』

そこで長い沈黙。
『今回の疑問はそのくらいか?』
天龍がその沈黙を破る。
肯定で返す明白。
『なら一つ、最初にいいか?』
『はい。』
『その事務的な喋り方やめないか?俺たちの仲だ。別にタメ口でも構わないさ。』
そんな彼の言葉に一瞬受話器越しに小さな笑いをこらえる音。
『確かに、親父はこういう喋り方苦手なんだもんな。』
『分かってやってるのが嫌なところだ。』
そんな冗談を言い合うのも束の間。
『で、お前は終わりか。』
『まぁね。』
天龍の問いと明白の肯定。
ひと呼吸置いて天龍が話し出す。
『今日の質問への答えは、もしかしたらやつらの秘密を暴くのに重要な役割を果たすかもしれない。』
『奴らって、ガルバス軍か・・・?』
『あぁ。今の状況では、天候、地形を使ってうまく撃退してきた。
 だが、本質的なところでは俺たちの軍隊は奴らガルバスの軍よりも弱い。
 その理由と、セルヴィウスの身の上話には似た点が多かった。』
明白は黙って聞いている。
『一つは、両者とも体が機械なこと。
 一部ではなく全身が機械という点でここまで似た奴に会ったのは初めてだ。
 二つ目は謎の技術力。
 ガルバス軍の使う火器兵器の中には、俺たちには理解できないようなものもある。
 そんな技術はセルヴィウスの持っている剣と同じだろう。
 あとは言語に、能力、地名。
 セルヴィウスの使っている言葉はガルバス軍と同じ物だった。
 どういう関係かは分からないが、どこかで繋がりがありそうだな。
 能力を使うというところも、機械で能力持ちな部分が一致している。
 グランディオという地名も、確かに最初に奴らから聞いた言葉だ。
 確か支配地だと言っていたはずだ。』
『支配地・・・?それはどういう・・・』
明白の声に明らかに警戒心が現れる。
『確かにお前の思うこともわかる。
 やつの体がグランディオ王国のもので、そこがガルバスに支配されている。
 ならば、奴がガルバスの手先かもしれない。
 やつの中のもう一人はガルバスの人間かもしれない。
 そんな気持ちにもなる。
 だが、前者は考えにくい。というより、後者のほうが信憑性がある。
 知らないあいだに機械の体にさせられ、その中に別のガルバスの人間を入れられる。
 それなら本人も気づかないうちに、ガルバス内部の人間に情報が入るわけだ。』
『そうだね。前者より後者のほうが真実味がある。
 いつか内部の、もう一人の自分について聞いてみよう。』
あぁと一言答えてから、天龍が先を続ける。

『さて、俺としてはこれ以外にもう一つ気になったことがあってな。
 やつは、どこから行動するためのエネルギーを得ているんだと思う?』
『・・・電源とかは、なかったんだね?』
『あいつの体には外部から入力をするための部分がほとんどない。
 唯一、首元に装甲の薄い場所があるが、あの部分では充電できないだろうな。』
『じゃぁどこから・・・』
そこで天龍が笑みを浮かべる。
問題の出題者のように明白へ言葉を向ける。
『やつの体には外部からの充電装置はない。それにケーブルによる情報入力手段も。
 では、あいつはどうやって情報を仕入れ、整理し、記憶していた?』
『そりゃぁ、目や耳と同じ機能を果たす場所だろう?』
『そうだな。じゃぁ俺たちがあいつの行動を見ていて普通だと思ってしまう理由は?』
その質問に一瞬理解ができないと言いたげな明白に天龍が言い換える。
『俺たち人間から見て、あいつのようなロボットが“人間の普通な”生活をしてるんだ。』
『・・・!そうか、あいつは食事をし、睡眠をとる・・・!』
『あぁ。さすがに排泄は無いが、それでも物を食べ、何かで消費し、休養を取る。』
『じゃぁその何かって・・・。』
天龍はあえて答えない。
明白が答えを出すだろうから。
『まさか、あの胸に光る水晶が消費してるのか?』
『きっとそうだろうな。セルヴィウスとの戦闘中はあいつの心臓部の光が増していた。』

しばらく考え込むような時間があった後、
「もしかして、今のもガルバス軍と関係があると・・・?」
明白の確認するような言葉に、天龍はそのまま話を続ける。
『今まで俺たちは、あいつらの心臓部の光は何か能力を使うときに光るものだと思っていたが、
 本当は人間のように心拍数のようなものが上がっているだけなのかもしれない。』
今回のような発見が彼らに大きな勝利をもたらすわけでもない。
だが、情報がないよりはあるに越したことはない。
『今回の情報収集は意外と大きな成果がありましたね。』
『まぁな。そろそろ話を進めておかないと大変だと思ってな。』
『まぁ、確かにそうですね。』
今までわざと聞いていなかったのかと少し呆れたような明白。
そんな彼に気付かないふりをして天龍は最後に言う。
『だが、今日の一番の問題は
 “なんでセルヴィウスは途中から俺とタメ口で話すようになったのか”と・・・』
『それは正直どうでもいいよ。』
息子のため息が電話越しでも聞こえそうだった。

『そういえば、飛龍(ひりゅう)から少し前に連絡があった。』
急に少し真面目な声に、明白も真剣に聞く。
『ガルバス軍の動きが少しずつ臨戦態勢に近づいている。準備を急げ。
 あと、ガルバスとは関係のない方角、小さな孤島に、見知らぬ5人が上陸している。
 船もなく、海底も深いはずのあの場所に唐突に現れたそうだ。』
『それって・・・。』
何か感づいた明白に対して天龍が言う。
『奴らが必ずしも温厚とは限らない。一応戦闘に備えておけ。』
『了解。』
『それでは、今日のところはここで内線は切る。それじゃぁな。』
その言葉を最後に、両者は受話器を置いた。

『ふぅ。いきなり忙しくなりそうだな。』
少し明るくなり始めた外を見る。
ゆっくりと島を覆いつつある黒雲はもう数日内に日の出すら隠してしまいそうだった。

行間“孤島到着”

シセルスの島から沖合に数キロ。
速い海流の流れで海底は数十メートル以上抉られ、暗い色を見せている。
その中に唯一残ているのは、元々硬い物質で作られた地層。
その海域には、真っ暗な海から岩の棒がニョキッと生えているという、奇妙な情景が作り出されていた。
その取り残された棒の一つ。
半径数十メートルの比較的大きい地面の残されたその上には、
どこから運ばれたのか、数々の植物が生息していた。
そんな誰も住んでいないはずの孤島。
いずれ浮島になるであろうそれの上で、唐突に真っ黒い穴が口を開く。
そして、
中から数人の人間が出てきた。
全部で5人。
皆それぞれに変わった鎧や服を着た者たち。

その中で、騎士の持つような細身の剣を腰に携えた男が言う。
「ここは・・・。なんでこんな辺鄙な場所に・・・。」
それに対し、黒いマントの少女が返す。
「別に間違えたわけじゃないさ。情報通りの場所に飛んだはずだよ。」
「そうだな。あながち間違っちゃいない。」
一人、先に少し歩き出していた白い鎧の青年が言う。
彼が見つめるは海。
そのさらに向こうにある一つの島。
「あぁ、もしかしてあれかい?俺たちの目指してた場所って?」
なんとも軽い調子で二本の剣を背負った青年が言う。
「そうなんじゃないか?だが、こんなにはっきり見えてたか?」
もう一人、腹に包帯を巻いた彼が岩に腰掛けて言う。
「そうだな。情報では海からははっきり見えないと言われていたはずだが。」
赤い者が小さな海岸に出る。
「今私たちがいるのは、彼らの貿易などを行う方とは反対側、つまり裏側さ。」
「裏側、シセルスという町は氷山を背にして作られていたな。
 その氷山と林の間、そこに隙間があったということか。」
黒い少女と白い男が順々に説明する。
「それじゃ、俺たちはあそこに乗り込むわけだ。
 いいねぇ、仲間のために一暴れするってのも。」
緑の男が背伸びをする。
その表情は何とも楽しそうだ。
そんな彼とは対照的に、
「そうだな。これ以上俺たちの中から犠牲者を出したくはない。」
少し暗い顔で茶色の男が言う。

「まぁとりあえず、この島で今夜は過ごそう。
 明日になったら上陸だな。」
黒い少女の長い髪が風に揺れる。
四人の青年は夕日を背に海岸に並ぶ。
場所は違えど、以前同じように並んだことを思い出しながら。
これ以上、仲間に犠牲者は出さないと誓って。
今は、その代わり少女がいる。
少女の影もまた、彼らのものと同じように暗い海へと伸びる。
「さて。さっさと寝床の準備をしよう。明日は早くなる。」
そんな赤い彼の言葉に一同は再び島の中心へと向かう。

その途中。
シセルスの土地が見えなくなる手前。
「待ってろよ、セルヴィウス。」
黒い少女はそれを見つめながら小さく呟いた。

第十話“上陸”

早朝。
シセルスの街が揺れた。
物理現象としての揺れは、人々に驚きと恐怖を与えた。
壊されたのは街の塀。
普段は誰も来るはずのない氷山の方向に、彼らは出現した。
大きく空いた穴をくぐり、その五人はシセルスへと足を踏み入れる。

「さぁて、さっさと助けに参りましょうか!」
緑の鎧を着た男が言う。それに続いて、
「もう少しおとなしく登場はできなかったのかシュツルム?」
白い青年。
「シュネーゲの言う通りだ。ここからはやることだけをやろう。無駄な火種は作りたくない。」
赤い男。
「そうだなプロコフィエル。俺もできる限り助力はするさ。」
茶の青年。
「さぁて、行きますか・・・!」
黒い少女の言葉とともに、五人は城に向けて歩き出す。

『天龍(アマタツ)様!天龍様!急ぎお伝えします!』
警備兵の一人が、無線機越しに大声で報告する。
『先ほど、謎の襲撃者により北西の塀が破壊され、侵入されました!
 数は五人!二人は塀伝いに、三人は直接城の方へ進行中!』
その無線に男が答える。
『了解した。警備兵、一、二、三班、は塀の方の二人を包囲。その場で指示を待て。
 四班は城下の警備、五班は市民の誘導に回れ。
 こちらに向かってくる三人については、私たちが何とかする。』
『了解しました!』
無線を置いた天龍は会議室に集まった面々を見つめ直す。
『・・・ということだが、今のでいいな?鋼牙(コウが)。』
『えぇ。問題ないでしょう。』
いかつい警備最高司令官が答える。
『それで、天龍。ここに向かってくる三人はどうするつもりだ?』
龍地(タツジ)の質問に、天龍はためらいなく答える。
『地下の研究所へ誘導する。』
『地下・・・?お前、まさかあの機械と戦わせる気か!?』
龍地の驚きを受けて、
『いや、そんなことさせたら研究所ごとこの城が消える。そんなことはしないさ。』
ただ、と言葉を止めて明白(アケシラ)に目線を向ける。
続きを促される形で彼が言う。
『ただ、彼と三人を和解させようということです。』

その場に動揺が走る。
『どうしてそういう発想になったんだい?詳しく聞かせてもらえるかな?』
高齢の研究所長、神部学(コウべ マナブ)が質問する。
少しして、天龍が答える。
『今回の件、私の方で独自に動かしてもらった。
 やつの言語能力を我々と同じ言葉で話せるようにし、秘密裏に会談をした。
 彼からいくつか情報を仕入れ、その情報と今回の五人組の特徴が一致した。』
しばらく会議室に沈黙が訪れる。
『つまり、あなたの行った会談によって、今回の決定がされたと?』
甲(コウ)の質問に堂々と頷く彼。
『そんな!なぜ我々に指示がなかったのですか!』
鋼牙炎(コウガ ホノオ)が叫ぶ。
『まぁそれは、ごもっともだ。
 だが、それをお前たちに話して、外に漏れない保証はあるか?
 最重要の作戦こそ、知っている者が最低限でないと成功しない。
 だから今回は、私と参考人として明白を選んだ。お前達には知らせていない。』
普段の緩い感じとは打って変わった冷え切った言葉。
それに反抗する者はいず、再び沈黙だけがその場を埋める。

その空気を断ち切ったのは本人、天龍だった。
『そんじゃ、俺はちょいとあいつに三人のことを知らせてくる。
 明白!お前は警備兵、広報係、その他諸々から入ってくる情報の整理を。
 甲!お前は場外の罠の整備に戻れ。ガルバスが来ないなんて保証はない。
 龍地!そろそろ偵察中の飛龍(ヒリュウ)から連絡があるはずだ。それによってガルバスとの戦闘に備えろ。
 鋼牙!お前は警備兵の指揮を頼む。行動については明白、龍地から聞くように。
 神戸!お前は研究員の避難を優先しろ。
 以上だ。俺はしばらく前線から消えるかもしれん。そしたらお前たちで判断しろ。』
それじゃぁと命令の割に呑気に手を振って彼は会議室を去っていった。
『はぁ。なんでこう無茶できるかなぁ・・・。こっちがヒヤヒヤするっての。』
彼の唯一の兄弟、龍地が溜息とともに机に倒れた。

「ここは一周繋がってるのか?」
周りに注意しつつ、ホルンフェルスが言う。
「そうだな。塀内部が他にどこかへ繋がっているのか・・・。」
彼の前を歩くシュネーゲも慎重に歩を進める。
彼らはシセルスの塀内部を進んでいた。
明らかに人が通れるように作られたそこは二人横に並んでも歩けるほどの幅がある。
電気は天井にある、数メートル間隔の白熱球だけ。
そんな暗いトンネルのような中、彼らの前方から足音が聞こえてくる。
それは一つや二つの数えられるものではない。
幾人もの重なった足音が近づいてくる。
「来たか。思ったよりも早いな。」
シュネーゲがホルンフェルスを背に身構える。
しかしその足音が徐々に近づいて来るのと同じように、後方からも何人もの足音が近づいてくる。
「早速囲まれてるようだねぇ。」
ホルンフェルスがシュネーゲと背を合わせて立つ。
「大丈夫か、お前。」
「まぁ、傷の開かない程度にやるさ。」
そして、両側からいきなり眩しい光に二人が照らし出された。

「おい、こっちに来て良かったのか?」
何か、話すことがなかったから仕方なく、といった感じでフィリーが声をかける。
「何がだ?」
「いやぁ、べっつにー。」
プロコフィエルの返事にそっぽを向くフィリー。
「あんた、なんだかんだ言って寂しがり屋とか?」
笑いながらシュツルムが言う。
「はぁ!な、なんでよ?」
ちょっと動揺したフィリーに。
「だって、セルを探しに行くって行った時も、仲間になってくれなきゃ一緒に行きたくないって・・・。」
「そ、それは・・・。」
なんだか躊躇い、口と閉じるフィリー。
そんな彼女の代わりに、
「別にそうしておかないと闇討ちとかが不安なだけだろ。特にお前とかな。」
何かを察したかのようにプロコフィエルが答える。
「んな俺は変なことしねぇよ!それよりはお前のほうが・・・」
シッ!っと言うフィリーの声で二人も黙る。
一瞬で静かになった辺りに、遠くから何人かの足音が近づいてくる。
「距離は大体10メートル前後。人数は15人ってとこか。」
プロコフィエルが地面の振動で確認する。
「どうする?」
シュツルムの言葉に、フィリーが答える。
「俺らはここで待って・・・」
「いや、そうもいかねぇようだよ。」
フィリーも同じように地面に手を付いたまま答える。
「私らが今来た方から別に数人来るな。数は前方と同じくらいか。」
「挟まれたな。」
まぁ予想通りといった感じのプロコフィエル。
その横で、
「しゃァない。先に奴らの反応を見といたほうがいいよな。」
言うが早いか、フィリーは前方に向かって走り出す。
それに驚いたのは二人の方だ。
仕方なく彼女の後を追う。
そこには、なぜか戸惑う両者の姿が。
「おい、ちょっと待てって。銃向けるなよ、怖いから。」
数人の目の前で手を上げるフィリーと、
『aitunaniittennda? kotobagatuuzinaizo?』
何かしゃべっている敵兵。
そこでシュツルムが素直に質問する。
「あいつら、何言ってんだ?」
「そもそも言語が違う。これは・・・、どこの言語だ?」
プロコフィエルも悩んでいるよう。
だが、
「え?何?言葉が違う?」
プロコフィエルの言葉に何か思いついたのか、考え込むフィリー。
そして、
『これで聞き取れてんのか?』
二人の聞き取れない言葉が彼女の口から溢れた。
敵兵にも少しの動揺が走る。
「プロコフィエル。お前も知ってるはずじゃないか?
 ちょっと違うが似た言語が別の場所でも使われてる。」
「そんなこと言われても、俺は知らん。」
「あ、そっか。失礼。人違いだった。」
何かを思い出したかのようにフィリーは訂正する。
その時、
『お前ら!あとは奴らの後方から来る舞台に任せろ!
 全員研究所へ行け!』
前方の部隊の更に後ろの方で、誰かが声を上げている。
真っ黒なヘルメットに真っ黒な服。
そんな彼がバイザーを口元まで上げて叫んでいた。
その彼の指示に、そこにいた兵たちは従い、
フィリーたちから遠ざかっていく。
その最後、
「ったく。地下研究所にいるあいつと同じようなやつなのか?」
黒尽くめの彼はそう言い残して走り去った。

「今の・・・。」
驚きに呆けたような声。
最後の言葉に、全てが持って行かれた。
「今、あいつ。わざわざ俺たちに伝わる言葉で話しやがった!」
「これは、罠か・・・?」
「だけど、セルはいる。この城の地下に。」
「行くのか?罠だと分かっていながら?」
プロコフィエルの言葉は最もだ。
フィリーも分かっていた。
「だけど、いるかもしれないんだろ?
 今はあんただっているし、お仲間もいる。囲まれたって、今なら私が守ってやる。
 だから行こうよ!」
フィリーの言葉に赤い騎士はほくそ笑む。
「まだまだ子供だよ、お前は。
 もっと正当な言い訳とか建て前、考えられないのか?
 例えば、前方の敵はいない。後方からは敵が来る。逃げよう。とか。」
そう、言いながらフィリーの肩に手を置く。
「お前みたいなちっこい子供が頑張んなくったって、俺が片付けてやるぜぇ!」
シュツルムも笑う。
「お前ら・・・。」
言う言葉のないフィリーを連れて、彼らは動き出す。
「それじゃ、行くか。城の地下に。」

塀内部のどこか。
両手を挙げて座ったままの男二人は、たくさんの兵に囲まれていた。
「こいつら、慣れてるな。」
シュネーゲが呟く。
「確かに。むやみに刺激してくるようなこともないし、ちょっとぐらいで誤爆させるような感じもない。」
ホルンフェルスも頷く。
「戦闘に慣れた奴らだ。きっと訓練も受けてるんだろう。」
「不思議なのは言葉が通じないことだね。」
今も彼らの目の前で話されている言葉は、二人には解読不能だった。
「それにしても、こちらにこれだけ戦闘員がいるんだ。城の方はどのくらいなものか・・・。」
シュネーゲの疑問にホルンフェルスも同意する。
「そうだな。厄介なことになってなければいいんだけど・・・。」

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