第三章“転生”


第一話“準備”前編

水面に朝日がきらめく。
そのまぶしさに目を細めながるひとりの少女。
体重を自身のバイクにかけながら、ふぅとため息。
「何に浸ってんだお前は。」
後ろから呆れたような声。
「いいじゃん別に。セルには関係ないさ。」
「はいはいそうかい。」
そう言ってセルヴィウスが砂浜に腰を下ろす。
「何したいか決まったの?」
フィリーの質問にセルヴィウスは遠くを眺め、目を細める。
「特に決まってない、というより思いつかない、かな。」
「そう。」
そんななんともない会話が、太陽が顔を出す少し前から同じように繰り返されていた。
「でも、そろそろ決めないと。」
「だよな。」
セル自身もここに長居するわけにはいかない。
なにせ前日にはゼルディスやアクティビウスから逃げてきたのだ。
追われていないとも限らない。

それを考えた上でセルは、
「それじゃぁ、もうちょっと自分の過去について探ってみるかな。」
「了解。でも、それには障害多すぎない?」
「確かにな・・・。」
そう言って思い返してみる。
先に挙げたゼルディス、アクティビウスもそうだが、
それ以外にもプロコフィエル、シュネーゲのような英雄(トーア)達。
フィリーに関しての追っ手としても、狩猟者(ハンター)達の存在も考えなくてはいけない。
できるだけ行く場所は決めておいたほうが良さそうだ。

「まぁでも。」
セルがあれこれと悩んでいる横で、フィリーが腰を上げる。
「どっちにしたって行っといて損のないところに行っとくか。」
「損のないところ?」
突拍子もないフィリーの発言が気になったが、フィリーもそれに反論させるようなやつではない。
「ってことで、行こうか、セル。」
「・・・・はぁ。はいはい、連れて行かれますよ。」
セルヴィウスもわかってきたのか、フィリーの発言にそこまで反論しようともしない。
なにしろ。
フィリーは仲間に対しては裏切りとか一切しないのだから。
フィリーの横、サイドカーで揺られながらセルヴィウスはそんなことを考えていた。
新たなる目的地を目指し、バイクは進む。

その頃、地下都市こと“アーシア”の療養所では。
「よう、久しぶりだな二人共!」
「ホルンフェルス、お前も随分と回復が早いもんだな。」
傷が完全にふさがり、今はもう様子見の状態だったホルンフェルスのもとに、例の二人が到着していた。
「それにしても、よくもまぁ生きてたもんだぜ!」
冗談めかしてシュツルムが笑う。
腹を思いっきり裂かれたところからの復活がここまで早いのも英雄の特徴と言えるかもしれない。
「それにしても今までお前たちは何してたんだ?ちょっと前は傷だらけだったのに。」
ヴァンダーが不思議そうに問う。
「あぁ、そのことだが・・・。」
シュネーゲが言いかけて止まる。
その先はプロコフィエルが受け継ぐ。

「セルを連れて行ったフィリーの後をつけていた。」
「「!!」」
シュネーゲ以外の一同に動揺が走る。
「フィリーがセルを連れて行ったのはやむを得なかったが、
 今になってもあいつが返してこないとなると話は別だ。」
「つまり、フィリーってやつに挑むと?」
ホルンフェルスが聞く。
「あぁ、確かにそうなる。」
「しかし、だ。」
そこにシュネーゲが話を付け足す。
「どうやら観察していると、ゼルディスも何かしらの動きをするようだ。」
「・・・ゼルディス?」
知らないといったような顔でシュツルムが問う。
確かに今の彼らはゼルディスに会ったことはない。
「フィリーのいる狩猟者のボス、とでもいったところか。」
プロコフィエルが補足する。
「つまり今回、セル奪還のためにはフィリーと共に、狩猟者たちにも注意しなければならない。」
シュネーゲが説明を終える。
「それじゃ、今から準備しないとな。」
ヴァンダーのその言葉に皆がうなずく。
久しぶりに英雄たちも動き出そうとしていた。

第二話“準備”中編

バイクの駆動音が消える。
ひらりと地面に降り立つフィリー。
しかしセルヴィウスは目の前にそびえるものに驚きを隠せないでいる。
「ここ、神殿じゃないか・・・!」
今セルヴィウスの前にそびえ立つは、太古から英雄(トーア)の受け継ぎの儀式の行われる場所。
大陸ヌーヴ・アンクラの中心地であった。
「ま、そだね。」
まるでセルヴィウスの驚きなどどうでもいいかの如く、フィリーは何やら地面を見ながらウロウロ。

そして、
「・・・あっ、あった!」
そう言って足元の落ち葉や枯れ枝を払い出す。
セルヴィウスもよくわからないまま手伝う。
そうやってきれいにした場所にあったものは。
「石の・・・蓋?」
「ま、そんなところかな。」
そう言うとそれをどかそうと手をかけ、奥に押す。
「ーっ。ーーっ。ーーーっ!!」
が、動かない。
ピクリともしない。
「こいつ、固まってんのか?」
フィリーの怒りの蹴りが入る。
石は若干の動きを見せる。
どうやら壊れてはいないようだ。
「ほら、代われって。」
見るに耐え兼ねてセルヴィウスが手をかけると、案外すんなりと動く。
「・・・・。」
「・・・まぁ、女の子だから仕方ないよ。」
「子供扱いすんなよぅ!」
若干ウル目になりながらフィリーが怒鳴る。
そんなフィリーを落ち着かせながら、セルヴィウスはそこにできた穴の中を覗き込む。
真っ暗なそこには不思議にも何かの根のようなものがはっている。
「降りるぞ。」
機嫌も直ったのか、フィリーが迷いもなくその穴に入っていく。
そこには鉄でできたはしごがついており、それを使って二人は降りていった。

底辺に足を下ろすとひんやりと冷たい、地下独特の空気が身を包んだ。
その中をフィリーは何の迷いもなく進んでいく。
「いったい誰だ?ここに来るなんて・・・。」
地下に響くような、ドスの効いた低い声があたりに響く。
「私だ、ガヴィンジュ。」
その声に怯えることもなくフィリーが相手の名を呼ぶ。
すると、目の前にいきなり光が灯る。
それが人の持っている松明だとわかるのに少しの時間が必要だった。
そして、
その松明を持った、腰から下が完全に植物と同化した人が口を開く。
「ようこそ、フィリー。そして、セルヴィウス。」

ある大きな塔の一室。
あるものたちが集まっていた。
彼らは自らを統合者(ヴィザー)と名乗る者であり、
それと同時に、狩猟者(ハンター)と呼ばる者たちでもある。
その一室に集まった者たちは、党主に呼ばれたのだ。
しかし、未だそこに党主の姿はない。

その時。
部屋の前方、皆の目の前の扉がゆっくりと開く。
そこから姿を現したのは、赤い鎧の機械(ロボット)。
「誰だきさま!」
一人が威勢良く立ち上がる。
しかしその機械の目が彼を射抜く。
「私だよ、ランディー。」
「まさか・・・ゼルディスなのか?」
ランディーと呼ばれた大男の顔が疑問にゆがむ。
「あぁ、私はゼルディス だ。今回は皆に頼みがあって集まってもらった。」
その声は以前と変わらぬ迫力があり、一瞬でその場は静かになる。
「この度、私は新たな体を手に入れたわけだが、
 それを提供してくれた“救済者(リリーファー)”の党主、アクティビウスから要求があった。」

そこで一旦言葉を切る。
彼の後ろの壁に何かしらでセルヴィウスの顔が映される。
「皆も知っての通りのセルヴィウスだが・・・。今回はこいつの、この世からの抹消を要求された。」
一同の中にざわめきが聞こえる。
「確かに、アクティビウスにとっては邪魔かもしれん。だが、俺たちにとってはどうだろうか。」
一同が互いに相談しだす。
「そう。俺達は昔、セルヴィウスと共闘し、戦果を挙げたこともある。
 そこから考えるに、今回はセルヴィウスの捕獲に目的を変えようと思う。
 だがあくまで殺したかの如く連れてこなければ意味がない。」
「そこで、俺たちが呼ばれたと。」
退屈そうな男が先をつなぐ。
「だが、セルヴィウスと言えばあの能力を持ってんだろ?」
「それについてだが、今のあいつはあの頃の記憶を持っていない。」
「ってことはつまり、あの能力も使えないってことか?」
「ヴァスタンドの言う通りだ。」

それなら簡単とランディーが言うが、
「だが、今回は厄介なものがちょくちょくいる。
 今セルヴィウスと一緒にいるのは・・・フィリーだ。」
一同に同様の波が走る。
「なんであいつが・・。」
「さぁな。だが、あいつも自分の目的のためだそうだ。」
「なら、敵対したときは?」
「各自で考えろ。」
ゼルディスは投げやりにそう言うと、話題を戻す。

「フィリーがいるのも厄介だが、もっと厄介なのもいる。
 英雄(トーア)どもが行動を始めた。
 それと同じくして救済者たちも何やら準備をしていると報告が来た。
 それに、ガヴィンジュとの連絡も少し前に途切れた。」
「それで、俺達はどうするんだ?」
ヴァスタンドが問う。
「決まっている。要求を果たすまでだ。
 そのためにも、ヴァスタンド。兵はどのくらい準備できる?」
「能力者でざっと20人。そのうち統合者は俺含め三人。」
「そうか。ランディーはどうだ?」
「俺んとこはせいぜい10人程度が限界だな。統合者は俺とあいつだ。」
そう言って奥を指差す。
そこには細身の青年。
「ボーディン。行けるか?」
ボーディンと呼ばれた青年が頷く。
「なら、ヴァスタンドは彼らを連れて英雄どもの観察。状況次第では戦闘も許可する。
 ランディーとボーディンは半分ずつ連れて別れ、フィリーの誘導、及びセルヴィウスの捕獲を行ってくれ。」
「了解・・・。」
「了解だ。」
「了解です。」
三人の統合者が部屋を出ていく。
「残りの者も、各自出れる奴は邪魔にならない程度に出ることは許可する。」
「「了解。」」
その一同の声を背に聞きながら、ゼルディスは再び自室に戻っていく。
机の前にある、大きな椅子に腰掛ける。
「さて、今回はどう動くのだろうね、皆は・・・。」
その顔には久しぶりの嫌な笑みが広がっていた。

第三話“準備”後編

目の前に立つ半分植物の男。
その男、ガヴィンジュは今、セルヴィウスの名を呼んだ。
教えてもいないのに。
「なんで俺の名を知ってるんだ?」
そのセルヴィウスの質問がとても面白いとでも言うかのように、ガヴィンジュが笑う。
「そんなこと、決まっているだろう・・。見ていたのだよ、全てを。」
「見ていた?」
「そう、こいつはこの大陸すべての場所を見ることができる。」
セルヴィウスの質問に答えたのはフィリーだった。
「少し前、あんたらの中にも気づいたやつがいたかもしれないが、
 この大陸自体にガヴィンジュを移植させたんだ。根が全体にまんべんなく届くように。」
その言葉にはセルヴィウスも思い至る点があった。
ホルンフェルスが怪我を負う前、自分たちはなんで集まったのか。
それは、彼とヴァンダーの言った大陸に関しての違和感。
それの原因追求のためだった。
その真相がここで明らかになるとは。

だが、
「もし仮に、あなたの能力が“植物”だったとしたら、どうやって地上の様子を?」
その問いにもガヴィンジュは笑う。
「よほど能力に関して知らないようだな、セルヴィウス。」
知らない人に馬鹿にされているようで癪に障るが、セルヴィウスにとって事実なので仕方ない。
「能力は、普通一人一つ。だけど例外だっている。」
「・・・彼も、お前のような統合者(ヴィザー)なのか?」
無言で頷くフィリー。
「それに、同じ能力にだって得意不得意な分野がある。」

フィリー曰く、能力はもともと一つ一つは別のものである。
しかしその中でも、それぞれ能力の持ち主によって別の能力に偏っていることもある。
例えば。
炎を操る能力者がいたとする。
しかし一人は火の燃焼力が強いが、もう一人の方は火の熱量については彼よりも強い。
このように同じ系統でも違うところに強みが出てくるのである。

「ガヴィンジュの能力は“闇”と“植物”。
 その二つが組み合わさって、彼が得意な能力“根”が現れた。
 それだけじゃなく、彼の“闇”の能力には“視覚系”が強いことが明らかになっている。」
「だからこそ、こうして偵察役としてここに移植されたわけだ。」
最後にガヴィンジュがまとめる。
「だから根を大陸全土に伸ばし、地上の様子を見ていたと。」
「そういうことだ・・・おっと、奴らが動き出したぞ。」
ガヴィンジュの目線の先に丸く闇が口開く。
その中に地上の、とある街の一角が映し出される。
そこにいたのは、
「プロコフィエルと、シュネーゲ・・・!」
「奴らも動き出したようだな。」
また違う映像が映し出される。
背の高い塔から飛び出る三つの影。
「まさか・・・あいつらか・・!?」
フィリーが驚愕する。
「あまり優しい相手ではなさそうだ。」
また違う場所の景色。
小さな島に向かい飛んでいく影たち。
「あれ、もしかして救済者(リリーファー)達か?」
「あぁ、どうやらビルサウス島に向かっているらしいな。」
そこまで各地の映像を見たあと。
「さて、お前たちはどうするのだ?」
ガヴィンジュがそう尋ねてきた。

ビルサウス島。
今、何もないこの島に数人の能力者たちが集まっていた。
彼らは別に戦う気があってきたわけではない。
ただなんとなく、アクティビウスに収集されただけである。
「皆集まったか?」
アクティビウスの言葉に、数名、来ていない者の名前が呼ばれる。
「そうか。そいつらはまぁしたいことがあったのだろう。」
そこで一息置く。
「皆に集まってもらったのは現状維持のためである。
 現在セルヴィウス、フィリーを中心に、英雄(トーア)、狩猟者(ハンター)。
 それに従うならず者たちが集結しつつある。
 このままでは大陸での戦争が起こりかねない。」
一同が揺れる。
「そこで、今回は力の拮抗を保つために君たちに動いてもらいたい。
 明らかに狩猟者側が有利なのが現状。
 しかし先ほど奴らのアジトを出たのは三人と聞いている。
 つまり、奴らも大きな争いは起こしたくないと思っているのだろう。
 私もそれは同じ。
 そのために皆には様子見をしてもらい、いざとなったらどちらかに救いをやってくれ。以上だ。」
その言葉を最後に広間に集まった人達が動き出す。
が、その時。
「おっと、言い忘れたことがあった。」
そう言って一同を引き止めるアクティビウス。
そして一言。
「セルヴィウスは殺らせて構わん。」
そう言って去ってった。

第四話“英雄達の出陣前”

「これからどうする?」
「さぁ。お前の好きでいいんじゃないか?」
地下都市“アーシア”の表通り。
二人の英雄(トーア)が言葉を交わしていた。
「好きにって・・・。まぁ確かにな。それじゃ、俺はそうする。」
プロコフィエルがなんとも曖昧に言う。
そんな会話をする英雄たちの少し先。
黒いマントの端が路地裏に消える。
「っと、行ったか。」
「あぁ、どうせ相手も気づかれたと思ったんだろうな。」
シュネーゲが路地裏の方に目を向ける。
もう誰もいないが。
「さて、本気でどうするよ。」
「お前はセルヴィウスにでも会いに行けよ。お前の目的にも繋がるんだろうしな。」
シュネーゲが促す。
「まるで俺はいらないみたいな言い方だな。」
「まぁ現にあいつらは順調に用意を進めてるようだからな。俺らはいらないほどに。」
「そうか。なら俺は見張りでもしていよう。」
「そうか。ならあいつによろしくな。」
シュネーゲはそう言い残して去っていく。

彼の言い残した、“あいつ”。
「そろそろ来そうなもんだが・・・。」
そう言って辺りをぐるりと見渡して。
いた。
人混みにまぎれながらも、しっかりとこちらを見ていた。
「なんだ、もう来てたのか。久しいな、シリア。」

「おぉシュネーゲ。ちょうどいいところに来たな。一応準備はできたぞ。」
ヴァンダーがシュネーゲを出迎える。
そこは地上とこの地下都市を入口以外に繋ぐ唯一の大穴。
その吹き抜けた場所の下。
巨大な円形の鏡と、その中心に大きなライトの付けられている物体。
その下には地上までそれを持ち上げるためのリフト。
「なかなかだな、これ。使えたか?」
「まぁ試験で光らせたらバレちまうから何とも言えねぇがな。」
ヴァンダーがその機械を見上げる。
「そうか。ほかの場所はどうなってる?」
「一応前線地区からの住人の避難はしておいたが。」
「ならいいか。」
「これ含め、こんな機械が街に三台あったのが救いだな。」
確かにそうだった。
昔同じような状況にでもあったのか、ここには意外にも対闇系能力者の設備が多かった。
そのために、今回英雄たちはこのアーシアを前線として戦うことにしていた。

しかし、シュネーゲはここには残らないと言っていた。
「ところで、あんたの方はどうなんだ?」
「あぁ、そろそろ出発する。あとはプロコフィエルもなんとかしてくれるだろう。」
「そうか。」
「ではな。っとそうだった。
 ホルンフェルスとシュツルム。あのふたりには派手にやっていいと言っておけ。」
「わかったよ。それじゃぁな。」
話し終わると、再びシュネーゲはどこかに行ってしまう。
ヴァンダーの口から漏れる吐息。
「全くあいつらときたら・・・。」
その声には呆れすら含まれていた。
「自分たちだけ強い、とか、統合者(ヴィザー)だとか思ってるなよ・・・。寝首かかれるぞ?」
上を見上げる。
「ったく。空は綺麗だなぁほんと。羨ましいぐらいだ!」

アーシアの入口付近。
その付近に二人の英雄が潜んでいた。
「なぁホルンフェルス。本当に成功するんかねぇ?」
シュツルムが心配そうに言う。
「ま、今更反対してもしゃぁないでしょ。」
ホルンフェルスが答える。
「成功願うしかないよ。今回ばかりは。」
「そうだな。」

「シリア。お前は誰の味方なんだ?」
「何聞いてるの?私はアクティビウス様に仕える身だよ?」
「まぁ、そうだけどな。」
「そういうは君はどうなの?プロコフィエル。」
「俺か?俺は・・・。ま、仲間さえ死ななきゃぁ十分だ。」
「ふふっ。そういうとこ、昔っから変わってないね。」
「お前が変わっちまったんだよ。」
「女は変わるもんよ~。」
「さて、おしゃべりもこれくらいにしとくか。」
「そうね、プロコフィエル。」
そう。
そろそろ、戦争の時間だ。

第五話“準備完了”

「どうするんだ、セル?」
フィリーの質問にしばらく答えられないセルヴィウス。
本当は自分の仲間のもとへとかけて行きたい。
自分が招いたような戦いを、一人のうのうと生きているわけには行かない。
しかし。
今の自分にはフィリーという仲間もいる。
ガヴィンジュも敵ではないようで。
頭を抱えざるをえない。
どちらも大切な仲間になったことに変わりはない。
そんなセルヴィウスを見かねたのか、
「ま、あんたの好きにしなよ、セルヴィウス。」
「え、でも・・・。」
不安そうなセルヴィウスを前にフィリーは、
「あんたのお仲間なんかに、この私が負けるとでも思ってるの?」
そう、思いっきり笑った。

「さぁて。準備はいいか?」
スナイパーライフルを組み立てる青年に向かって大男が言う。
「もう少し待ってくださいよ、ランディー。あなたほど器用でもないんですから。」
最後のパーツを取り付ける。
「何言ってんだよ。お前の方がよほど器用だろうに。」
ランディーが笑う。
「それにしても、まさか同士打ちすることになるとは。」
半ば呆れ気味の青年。
「ボーディン。手加減すんなよ。」
「それは忠告ですか?脅しですか?」
ボーディンと呼ばれた青年はスコープを覗く。
大きく見える遠くの景色。
大陸の中心近く。
古びた神殿。
「まったく。まさかガヴィンジュのところに行っていたなんて。」
「同感だ。ウザったいな。」
「なので、さっさと終わらせちゃいましょう。」
ボーディンがスコープから目を離し、振り向く。
「この、狩猟者(ハンター)のメンバーで。」

「ヴァスタンドおじちゃん!」
一人の女の子がかけてくる。
「なんだ、シュリー。」
シュリーと呼ばれた女の子、もとい幼女は幼い体で大きく跳ねながら、
「今回は何するの?ねぇ何するの?」
無邪気に聞いてくる。
「今回はお前には締め・・・最後に出てもらうからな。」
「最後?」
「そう、最後だ。」
「なんでー!?人間(おもちゃ)なくなっちゃうじゃん!」
不満そうにむくれる。
「逆に俺たちが選別してやるんだ。」
「そっかー。なら仕方ないね。シュリーがっかり。」
本当にがっかりしたようにその場を後にするシュりー。
そこにその様子を見ていた一人の男が駆け寄る。
「ヴァスタンド。あんなの連れてきて大丈夫なのか?」
「なんだエルンスト。あいつなら大丈夫だ。戦闘に向いてる。」
しかしエルンストと呼ばれた男の顔からは不安が抜けない。
「いや、俺が心配なのはそっちじゃなくて・・・。」
一瞬言うのをためらったが、
「あんな統合者(ヴィザー)じゃ、この島吹っ飛ばしかねぇえだろ?」

ビルサウス島、アクティビウスの根城内部。
「アクティビウス様。あんなことをおっしゃられて平気なんですか?」
新人メイドの問いかけに立ち止まるアクティビウス。
「なぜそんなことを聞く?」
「いえ、そのぅ。何か無理していそうでしたので・・・。」
「そうか。」
メイドの方には振り向かずに、
「無理など、していないさ・・・。」
そう言い残して、再び歩き出した。

「さて、そんじゃ行きますか!」
ガヴィンジュの居場所から地上に出てきたセルヴィウスとフィリー。
石の蓋を元に戻し、二人は他の英雄(トーア)達がいるであろう方へ歩きだそうとして、
「お、お前・・・!」
目の前の人に驚く。
「久しいな、セル。それと、フィリーも。」
シュネーゲが立っていた。

第六話“開戦ののろし”

「シュネーゲ・・・。」
目の前に立っていたシュネーゲに驚くセルヴィウスとフィリー。
「なんでお前が・・・、どうしたんだ?」
「どうしたもなにも、お前を迎えに来ただけだ。」
シュネーゲの視線がちらりとフィリーに向く。
そこに敵対心は見て取れない。
「なんだよ。」
フィリーが視線に気づくとシュネーゲはまたセルヴィウスの方に向き直る。
「お前はまだこの大陸の英雄(トーア)だ。今はこの大陸のために戦ってもらうぞ。」
その声には若干の冷たさと、大きな覚悟が含まれていて、
「あ、あぁ。」
セルヴィウスを頷かせるには十分だった。
「フィリー。お前にはいろいろ聞きたいところだが、今はこちら側についてくれるようだな。」
そのシュネーゲの言葉に、フィリーがむっとした顔をする。
「勘違いするなよ?私はセルヴィウスの仲間であって、お前たちなんかどうだっていいんだ。」
「そうか。」
そう言って適当に流すシュネーゲ。
さらに不機嫌そうな顔をするフィリー。
そんなフィリーも可愛かったが、今のセルヴィウスにはシュネーゲに聞きたいことがあった。
「なぁシュネーゲ。」
「なんだ、セル?」
「一つだけ、聞きたいことがある。」
「・・・・。」
シュネーゲの沈黙を了承と受け取り、セルヴィウスは問う。
「お前は俺が初めて英雄になった時から一緒に戦ってきた英雄なのか?
 それとも、そいつの代わりとして入ってきた英雄なのか?」
少しの間黙っていたシュネーゲだが、
「そのことについては、この戦いが終わってから話そう。今はそんなに時間がない。」
「・・・そうか。」
なんだか釈然としないセルヴィウスを気遣ってか、
「ま、今いる俺はお前の仲間だ。安心しろ。」
そう言った。

その時。
「お前ら、しゃがめ!」
フィリーの大声に驚きつつも彼女の方を向く。
セルヴィウスがしゃがむか否か。
神殿横から開戦ののろしが上がった。

「奴らが出てきましたよ、ランディー。」
「そうか。ここから狙えるか?」
「誰に言ってるんです?」
高台の上。
ライフル銃を構えるボーディンと様子を見るランディー。
その後ろには計10人の能力者たち。
「他の人の準備はどうなんでしょう?」
ボーディンがランディーに問う。
「確か命令された中では俺たちが一番遅かったはずだ。」
「そうですか。なら、開戦の合図は私たち次第ですか。」
ボーディンが銃弾を装填しようとしたとき、今まで木の陰にいた人が見える。
「シュネーゲ・・・。あなたもいましたか・・・。」
「シュネーゲだと?」
「えぇ、あいつもいたようですよ。」
そう言いながら先ほど込めようとしていた銃弾を戻し、違う銃弾に変える。
「まったく。いるならいると言ってもらいたいものです。」
再び銃を構え直すボーディン。
「当てろよ。」
「防がれなければ。」
そう言ってトリガーに指をかけ、
「皆さん。戦争の始まりですよ?」
引き金が引かれる。
直後。
神殿横に立っていた三人を中心に爆発が起こる。
空へ向かって上る煙。
「さぁて、行くぞお前ら!」
ランディーの声が響く。

地下都市アーシアから少し離れた場所にあるヴァスタンドの拠点からも煙が上がっているのが見える。
場所は大陸中心付近。
開戦の合図。
「おいお前ら。この島の英雄どもに一泡吹かせてやれ。」
その言葉とともに彼らがアーシアへと進む。
拠点では彼らの背中をヴァスタンドと幼女が見送っていた。

アーシアの入口。
今は入口ではなく、ただの岩の壁と化しているが。
その壁の外側。
「煙・・・!始まったか!?」
「だろうな、まぁ準備も終わってたしちょうどいいじゃないか。」
シュツルムとホルンフェルスが煙の方を見ていた。
「それじゃ、この大陸守る程度に頑張っちゃいますか!」
「結構辛くないか、それ。」
冗談に笑っていた顔もすぐに引き締まる。
ここからが英雄の本職。
「そんじゃ、行きますか!」

「さて、始まりましたね。」
ある統合者(ヴィザー)は言う。
「えぇ。これからどうなることやら。」
もう一人の統合者も様子を見ている。
空に浮かぶ二つの影。
二人の統合者が戦場となり得る大陸を見下ろしていた。

第七話“戦闘開始”

大陸ヌーヴ・アンクラの中心に位置する神殿。
その横、立ち上る煙は晴れた。
しかし。
そこにあるのは大きくえぐられた地面のみ。
「外しましたか。」
ボーディンがつぶやく。
「奴らを探せ!逃げたってそう遠くにはいないはずだ!」
ランディーが叫ぶと、高台から神殿に向かう。
後ろには連れてきた能力者10人が付いてきていた。
そうやって爆心地についたその時。

「ハァイ。お久しぶり。」
声の聞こえた方。
振り返ろうとした一人の能力者に向かって。
パァン
背後からの乾いた音。
砕ける頭蓋。
倒れる人。
そこに立っている黒マントの少女。
「フィリーか!」
声と共に誰もがその場に攻撃。
しかしもうそこに影はなく。
「遅いよ、君たちは。」
別の能力者の真後ろ。
右手には今闇の穴から取り出されたばかりの短剣。
ズブリ
腹から剣先が見えるほど深く刺さる。
それを思い切り引き抜き。
手の中でナイフが消える。
直後には他の人の頭上。
「のわっ!」
気づき避ける目線の外。
正確には上を見ていた彼の背後。
フィリーとは別の影。
「勝手に人の土地で騒がないで欲しいものだな。」
ナイフを避けた彼が背後の冷気に気づいた時にはもう遅く、
「死して償うつもりか?」
背中を縦に裂かれ倒れる男。
「シュネーゲ・・・。」
ランディーの憎らしそうな声。
奇襲の前に慌てる能力者。
その中のまた一人、フィリーの前に崩れる体。
「ただの能力者ってのはこんなにも雑魚ばっかなのか?」
その言葉で火が付いたのか、数人の能力者が一度にフィリーへ向かう。
放たれる炎の弾丸。
揺れる大地。
風をまとう刀。
その全てを前に、
「そんなんで倒せるかってな。」
身を縮め、力を貯めるような格好。
攻撃の手は近づく。
だが、
「食らえよ・・・!"死神の大鎌(ブラッカーワイルダンス)”!!」
彼女を中心に影でできた刃が現れ、回転する。
それは風を散らし、炎をはらい、大地を砕く。
それと共に、能力を行使した術者にまで刃が伸び、切り裂く。
倒れる彼ら。
それに見向きもせずに、彼女はランディーの前に立つ。

「すごい・・・。」
セルヴィウスの口からはそんな言葉しか出なかった。
あの最初の爆発の時。
しゃがみ遅れたセルヴィウスも含めて、
フィリー、シュネーゲの三人は一瞬のうちに闇に食われ、
そのすぐあとには神殿の真反対にいた。
どうやらフィリーのおかげだったらしい。
その後すぐにフィリーは下の側に戻り、シュネーゲもあとに続いていった。
残されたセルヴィウスはただその二人の戦いっぷりに目を見張るのが精一杯だった。
最初は十人ぐらいいた相手の能力者も、今や残り三人。
そして今まさにシュネーゲの前に倒れる能力者。
もう少しで倒せる。
そう思ったその時。
セルヴィウスが自分の頭に違和感を覚える。
最近何回か味わったことのある感じ。
過去の、もうひとりの自分の記憶と今がかぶった時に起きる頭痛。
今回は
どうして・・・。
その頭の中にひとつの映像。
倒れた人たち。
その中心で手を掲げるひとりの青年。
それと同時に、起き上がる人々。
この記憶は・・・。

「こんな雑魚ばっか連れてきてどうすんのさ。」
ランディーを前にフィリーが言う。
「さすが、ゼルディスに見込まれてただけあるな。」
さすがにランディーも少し後ずさる。
「こんなのばっかでどうすんのさ。全滅でもしたかったの?」
その言葉に、ランディーの顔が歪む。
しかし、恨みなどではなく、笑みへと。
「確かに、死んでもらったほうが楽かもなぁ・・・。」
「なに?」
フィリーの後ろではまた誰かがシュネーゲにやられていく。
「どう言う意味だよ、それ。」
「簡単なことだ。なぁ、ボーディン。」
その人の名前に逆にフィリーが驚きの顔をする。
彼らがいたであろう場所をフィリーが振り返る。
「あぁ、そうだね。」
そこには両手を掲げるボーディン。
「お前、いたのかよ・・・。」
「あぁ。私のような統合者(ヴィザー)も戦場にいたほうがいいからね。」
彼の手が上がる。
「まずい・・・、シュネーゲ、離れろ!」
「“死者の行進(デッドマンマトリョーシカ)”。」
その言葉と同時に、
先ほどまで倒れ、死んだはずの能力者たちが、
動く。
「なんだこれは!」
シュネーゲも再び動き出した屍に驚きの声を上げる。
「くそっ。こいつらはそのためだったか。」
そう悔やんでいるフィリーの前で、
「さぁて、死者の遊びの始まりです。存分に楽しんでくださいね?」
ボーディンが笑っていた。

第八話“奇襲”

地下都市アーシアの門前。
「ここら辺のはずだが・・・。」
「いや、でもここには何もなさそうだけど・・・。」
数人の能力者が悩んでいた。
それもそのはず。
彼らの目の前に、今は大きくそびえ立つ元からあったかのような岩の壁がそびえ立っていた。
そう、今は。
「よぅ。狩猟者(ハンター)の皆さん。」
その岩壁の頭上に、突如ひとつの影。
「前は思いっきり刺してくれたからなぁ。」
彼の腕が自分の腹を撫でる。
「あいつ、英雄(トーア)か!」
「やれ!」
相手にもそれ相応の反応が見える。

だが、
「んな暇やるかっての!」
彼が地面に両手を付け、
「大地の大牙(メイデンクラッシャー)!!」
言葉とともに狩猟者達の立っていた地面から大きな岩の針が無数に出現する。
数人の逃げ遅れた者が針に貫かれ命を落とす。
しかし残った彼らはぎりぎりのところで各々の能力を使い回避する。
針は辺りを埋め尽くすように生え、狩猟者に降りる場所を与えない。
彼らもそれが分かって上に飛んだのだが。
彼なのいる場所は、空。
そう、気体しか存在しない場所。
「かかったな・・・。」
先の技を放ったホルンフェルスの後ろ。
彼らのさっきいた場所からだとちょうど死角となる場所に、もう一人の英雄が立っている。
「吹っ飛べ、地砕きの大渦(デストリーストローム)!!」
言葉とともに彼らの眼下の地面を中心に、先の岩の針をももぎ取るような竜巻が姿を現し、彼らを襲う。
飛ばされた者、風を避けても一緒に飛んできた岩にやられる者。
再び数人の能力者が戦場から姿を消す。
「くっ、さすが英雄。たった六人でこの大陸を守る実力は本物だったか。」
狩猟者の中のリーダー的存在も苦い顔。
しかし、そこからは彼らも黙ってはいない。
奇襲は最初は有利なもの。
戦況が読めれば相手も動き出す。
数人が地面の針を砕く。
幾人かが空中を飛んで進む。
「“闇”の能力って汎用性たかすぎ。」
ホルンフェルスが見たままの感想を言う。
ある方では闇でできた刀が刺を切り裂き、闇の銃が火を噴く。
またある方では闇でできた翼が彼らを空中にとどめている。

「これで終わりだぜ!英雄!」
刺を乗り切ったのか、一人の狩猟者がホルンフェルスに近づく。
彼の手は闇と一体化して剣と化していた。
そんな彼に対して、ホルンフェルスはわざとギリギリで相手の攻撃をかわし、
「地鳴る大針(デスニードル)」
彼の腹部へ、岩で針状に強化された腕を振るう。
針は難なく彼に突き刺さり、彼の体から力が抜ける。
そうやって倒していても、徐々に戦況は英雄側から狩猟者側へと移り始めていた。
「どうしたぁ!その程度じゃそのうちあんたら死んじまうぞ!」
リーダー的な能力者がシュツルムに迫る。
その時、彼の顔に笑が浮かぶ。
それと同時に狩猟者内から声が上がる。
「おい、あれなんだ?」
「なんか機械っぽいが。」
その機械と呼ばれるものが、彼らの戦場を囲うように三つ。
地下から持ち上げられたのか、それぞれの下にはリフトがある。
円状の鏡と真ん中のライト。
そこで彼らの顔に明らかな焦りが生じる。
「「まさか・・!」」
「そ。俺たちも保険を用意してたってわけさ。」
次の瞬間。
目をくらませる程の光が辺りに満ちる。
それはその機械から発していた。
なぜそんな機械が使われたのか。
それは、
「闇、もとい“影”なんて、この戦場になくなっただろ?」
頭上の太陽と三つの光源。
戦場は明らかに先ほどとは比べ物にならないくらいの光に満ちている。
宙に飛んでいたものは皆落ち、彼らの武器となる剣や銃が無に帰す。
「さて、あんたにもやられてもらおうか・・!」
そう言ってシュツルムは目の前の能力者に向けて技を放とうとして気づく。
彼が全くうろたえていない。
それに、彼の足が、
「浮いてる・・?」
驚いたシュツルムの様子を楽しんでいるかのように彼は言う。
「お前、俺をこんな急ごしらえの傭兵どもと一緒にされちゃ困るねぇ。」
少し距離を置いて地面に着地。
そうして彼はシュツルムに向かって。
「跪け(アーネスト)!」
言葉とともに、シュツルムの肩にいきなり重りが乗ったような重量感。
「なんだ、これ・・・。」
膝を地面につき、地面に倒れないように必死で腕を突っ張るシュツルム。
「シュツルム!」
状況的にまずそうな彼を見てホルンフェルスが駆け寄ろうとするが、
「浮け(フラグ)!」
彼の一言でホルンフェルスの体が宙に浮く。
「なんだこの能力!」
驚く彼を前に、狩猟者の彼が笑う。
「所詮英雄もこの程度。俺一人で充分なのか?」
「なにぃ!?」
どんなに頭に来ても反撃できなければ意味がない。

しかし次の言葉に怒りよりも恐怖が芽生える。
「もう一人来てっけど、やっぱ必要無かったよな。」
「えっ!」
狩猟者の目線の先。
それは隠されているはずのアーシアへの入口。
その前に誰か立っている。
小さな幼い女の子。
その子が何をするのかと見ていると、
両手を前に突き出す。
(大丈夫、あの壁は普通の能力者じゃ開かないくらい頑丈だ。)
そう信じ込もうとするホルンフェルスの目の前で。
幼女の手の間の空間が若干歪んだように見えたその直後。
爆音。
まるで大型の爆弾が爆発したかのような音と共に、岩壁に大きな穴があいていた。
「嘘だろ・・・!」
そちらに行こうにも、二人共動ける状況ではなかった。
その幼女がアーシアへ入っていく。
「さぁて、ここからは彼女の虐殺(おあそび)の時間だ。」
その言葉が英雄二人にはやけに重く感じた。

第九話“思考操作”

戦いは最初に比べてさらに激化していた。
はじめは優勢だったフィリーたちも徐々に押されつつある。
なにしろ。
相手は屍。
死ぬことはおろか、止まることすらない。
人を殺すことになんの躊躇もない。
「どうする、シュネーゲ!」
シュネーゲの近くに移動してきたフィリーが叫ぶ。
「こちらが劣勢なのは目に見えている。一旦引いたほうがいいかもしれない。」
そう言いながらもシュネーゲは目の前の死人を切り倒す。
だが埒があかない。
「このまま戦うしかないか?」
フィリーが言うとシュネーゲも頷く。
「だな。セルヴィウスもいるんだ。下手に動けばそちらに被害が出る。」
そう二人で頷いたとき、
「フィリー!あいつの能力ってなんなんだ?」
セルヴィウスが聞いてきた。

フィリーたちが戦っている中。
セルヴィウスは一人神殿の影から見ていることしかできない自分を悔やんでいた。
しかし、それと同時にこの状況の打開策を考えるようになった。
どうやったら奴らのスキを突けるか。
この状況をひっくり返せるか。
その時、
「このまま戦うしかないか?」
フィリーのその声が聞こえる。
その言葉だけならこの状況、自分という重荷がいるところで不思議ではない。
しかし、その言葉が“フィリーの”口から出たということが奇妙で、
それに。
その時の敵側、ボーディンの顔に笑が生まれたことがなにより不思議だった。
だから、
「フィリー!あいつの能力ってなんなんだ?」
そう叫んでいた。

(バカっ!叫んだら居場所がバレるだろ!)
フィリーはそう思いながらも、もうやってしまったのだから仕方ないと叫び返す。
「ボーディンの能力は“闇”と、“思考操作”。あと、二つの能力を合わせてできる“死体操作”だ!」
この緊張状態の中、咄嗟に人の口から漏れる言葉を制御し切るのは難しい。
だが、長い戦闘中に相手の思考を操るなら問題はないだろう。
今の発言に一瞬ボーディンの顔に焦りが見えたのが何よりの証拠。
つまり。
「シュネーゲ!歯、食いしばれ!」
突如セルヴィウスがシュネーゲに突進。
そのまま頭部を殴る。
「んなっ!」
一瞬よろけたものの、なんとか体制を立て直すシュネーゲ。
今の行動にそこにいる全員がその行動の真意を探ろうと一瞬止まる。
「何してる!気が狂ったのか!」
叫ぶフィリー。
しかしその言葉には返答はせず、セルヴィウスはシュネーゲ、フィリーに叫ぶ。
「気が狂ったのは二人だよ、フィリー!シュネーゲ!
 やつが思考操作と知っていながら、なんで敵に有利なことをするんだ!
 このまま戦ってたら俺たちが負けるのは明白なんだろ?
 なのになんでそのまま戦いを続けるんだ!
 最初の爆撃を避けたように逃げればいいじゃないか!
 フィリーにはできるだろ、そのくらい。」
その言葉に嘘はなく。
だからこそその言葉の意味を理解した二人は我に返る。
「まさか、死体操作と並行して俺たちの思考も操作していたなんて・・・。」
シュネーゲが苦い顔をする。
「そっか。そういうことか!ま、わかったから良かったけどな。」
フィリーはなんだかすっきりしたような顔だった。
「なんか頭がもやっとすると思ったらそういうことだったのか。」
確かにフィリーにも“幻”や“悪夢”のように人の思考に潜入する能力がある。
その部分が何か感じていたらしい。
セルヴィウスに自覚があったかわからないが、シュネーゲを先に殴ったのはよかったのかもしれない。

「なるほどなるほど。さすがはセルヴィウス、といったところですかね。」
能力を暴かれた本人、ボーディンはそれでも余裕そうな表情だ。
「でも、能力がわかったところで、今のあなたたちに逃げ道はありませんよ?」
確かに、周りは完全に屍に包囲されている。
その上、片側にはボーディン。反対側にはランディーがいるのだ。
「私の“暗闇の抜け穴(ブラックムーブメント)”でも、
 一度に三人となると神殿裏に飛ばすのが精一杯だし・・・。」
フィリーの能力でもこの状況の打開は難しいらしい。
けれど、二人が正気に戻ってくれたのがなによりだ。
あとはなんとかここを逃げ切れれば。

「あら。なんだか大変そうね。」
セルヴィウスたちを囲む屍の包囲網の外。
誰かがゆっくりと近づいてくる。
木々の間、影になって顔が見えない。
敵か味方か。
そんな彼女の顔が見える。
その顔を見て最初に驚いたのはフィリーだった。
「な、なんで。お前がこんなところにいんだよ、シリア・・・!」
「あら、お久しぶり、フィリー。」

第十話“英雄の失態”

(クソッ!なんだってんだ!マズい、マズイぞ・・・。)
ホルンフェルスの脳内は今、焦りや不安で埋められていた。
普通には壊すことは困難なはずの壁をいとも簡単に粉砕した少女の能力。
そんな能力者が街に入れば一大事である。
一応市民の避難はしているものの、避難所が見つかればおしまいである。
(何とかしてあっちに行かねぇと・・・。)
その気持ちはシュツルムも同じようで、この今自分たちを縛っている能力を解除しようとしているようだ。
だが、能力を行使する能力者、もとい統合者(ヴィザー)は危機感すら持っていないよう。
そればかりかこちらを見下しているかのようだった。
「さて、君ら英雄には死んでもらっていいんだが・・・、
 どうせだからあの娘の所業を見てもらおうじゃないか。」

さっきの幼女の姿はアーシアに入ってしまい、姿はもう見えなかった。
しかし。
「おああああぁあァァァァァ!!」
街の方から聞こえたのは誰かの絶叫。
それだけで彼女が何をしたのかは明らかだった。
(人がいたのか!?でも、全員避難させたはず・・・)
その時、二人はある失敗を思い出す。
「ほら?大事な市民の一人とお別れだ。」
相変わらずいらだちを覚えるが、目の前で自分の失敗を暴かれるほどの苦痛はない。
それが命を引換とするならな尚更。
「そして・・・、お前らもこの世界からおさらばだ。」
そう言って彼が手を挙げたその時。
バチッ
強力な何かが彼の頬をかすめ、目の前の地面を焼く。
「そんな、まだ誰かいたのか!?」
彼が頭上を仰ぎ見る。
そこにいたのは、
「お久しぶり、エルンスト様。」

アーシア内部。
壁を破壊し、侵入した幼女。
その彼女はあるものを探していた。
彼女にとっての人間(おもちゃ)。
ヴァスタンドからおあずけされていたものを探しに。
しかしこの街に肝心の人間(それ)がいない。
「あれぇ?みんなどこ行っちゃったのぉ?」
声を上げてみるも人はいない。
はずだった。
しかし目の前の道に一人。
警備員と思われる服装を着た男。
英雄達の犯したミス。
“市民は逃がしたが、警備兵を逃がし忘れた。”

「ねぇおじちゃん!」
遠くから幼女は呼びかける。
その声に警備兵は振り返りちょっと困ったような顔をする。
「君、逃げていなかったのかい?今この辺は危険だよ。
 さっき門が破壊されたらしいからね。」
そう言う彼に、彼女は何も隠していない、純粋な笑みを浮かべて、
「シュリーは大丈夫!それよりもねおじちゃん。わたし、おじちゃんの声(うた)が聞きたいな。」
「歌?」
突然の言葉に戸惑う警備兵。
「うん!おじちゃんの絶叫(うた)が聞きたいな!」
その瞬間。
ベゴッ ブグチャッ
肉と骨もろもろ全てが押しつぶされるような音と共に、彼の右腕が力なく垂れ下がる。
「・・・え?」
重傷の時ほど傷を負った瞬間の痛みは感じない。
神経までやられるのだから。
しかし、それに体が反応した時には。
「おああああぁあァァァァァ!!」
男が腕を抑えながら崩れ落ちる。
潰れた血管からは行き場をなくした血が飛び、薄くなった腕もろとも一体を赤に染める。
白い骨片が肌を貫き姿を見せ、機能しなくなった筋がミチミチと音を立てながら潰されていく。
「おあぁっ、あぁっ、あぁぁぁぁぁ・・・!」
何とも言えない自分の絶叫と激痛の中で、彼の頬に何かが触れる。
それは、
「いい声(うた)、ありがとね、おじちゃん!」
少女、もとい幼女の細く、か弱く、柔らかい手。
目の前には純粋さそのものの可愛らしい笑顔。
(予想より、意外と、幼いん、だな。この娘・・・。)
男の頭が現実を無視したことを考え出す。
思考回路がちぎれ、離れ。
しかしそれもありがたかったのかもしれない。
直後に彼の体は内部から一気に破裂。
辺りにはバラバラになった肉片が飛び散り、幼女を中心に放射状に赤く染まっていた。
そんな爆心地の中心で。
「絶叫(うた)が上手な人は、血もおいしいのかな?」
興味津々の目がその惨状を見下ろしていた。

そんな彼女の頭上から。
「ひゅー。なかなか派手な催しじゃないか?狩猟者(ハンター)さん。」
「だぁれ、お兄さん。」
幼女シュリーが近くの看板の上を見る。
そこに一人の男がしゃがんでいた。
英雄と呼ばれているはずの男が。
「あれ?俺のこと知らない?残念だなぁ。一応君の宿敵って感じで現れたはずなんだけど。」
そう言って看板から飛び降りる。
その看板の高さは有に十メートルはある。
そこから飛び降りれば普通はただでは済まないはず。
だが、彼はなんの躊躇もなく飛び降り、普通に着地する。
「しゅくてき?」
幼女の方は言葉の意味が分かっていないようだ。
「そそ。君が殺す・・・いや、殺る(あそぶ)相手ってことかな。」
その言葉に彼女の顔が明るくなる。
「お兄ちゃん私と遊んでくれるの!?」
何とも嬉しそうだった。
それが彼には少し悲しかった。
だって、昔は自分も・・・。

「なぁ、君。名前なんていうの?」
「なまえ?シュリーはシュリーだよ?」
「そっかシュリーちゃんか。」
「お兄ちゃんは?」
「俺か?俺は・・・、そうだな。この大陸の英雄、ヴァンダーとでも名乗っておこうかな。」
「ヴァンダーお兄ちゃん?」
「そうだよ。よろしくね、シュリーちゃん。」
「よろしく!」
そう言って笑う彼女は殺しの意味すら分かっていないようだった。
「でも、ヴァンダーお兄ちゃんはさっきの見たんでしょ?」
さっきの。
「あぁ。確かに一部始終ではないけどね。」
「なんかヴァスタンドおじちゃんが、とーあ?さんはこのまちの人(おもちゃ)を守ってるから、
 壊れるまで遊んでいいって言ってたよ?
 でも、ヴァンダーお兄ちゃんはなにか違う・・・?」
「すごいね、シュリーちゃんは。あぁ。確かに“普通”の英雄じゃないからな。」
「え?」
「別に俺は人の生き死にに興味がないってことさ。」
そう言いながらも自分から彼女に近づいていくヴァンダー。
「君の惨殺(おあそび)に、俺は適任なのかな?」
彼女の目の前にヴァンダーが立つ。
「う~ん。でも、遊んでみればわかるよ!」
「そっか。あ、それと!ヴァスタンドは英雄の中に統合者・・・、強い人は何人いるって言ってた?」
「う~ん・・・。二人?だったかな?」
シュリーの記憶はなぜかやたら曖昧だったが。
「良かった・・・。ありがとう。」
「それじゃ、あ~そぼっ!!」
彼女の腕が動く。

ホルンフェルス達を抑えていた統合者、エルンストが驚愕の表情を浮かべる。
「なんで、なんでこんなところに救済者(リリーファー)がいるんだ!」
「なぜって?私たちはこの世界で弱きものを救い、平衡を保つための存在。」
宙に浮く一人が言う。
「しかし、今回の戦闘はそれが崩れかねないのが現状。」
その隣、もう一人も口を開く。
「だから私たちが均衡を守るために介入させていただいたまでです。」
二人の女性。
その二人の特徴。
それは、まさに鏡映しかと思うほど似ているのだ。
「双子・・・?」
ホルンフェルスの声に彼女らは微笑んで、
「そうですよ、英雄、ホルンフェルス様。我らは双子の能力者。」
「待て!救済者にいる双子の統合者っていうのは・・・!」
エルンストの同様には全く動じず、彼女らは頷く。
「えぇ。私たちが、」
「“双生の天使”と呼ばれているのです。」
彼女らの背中から、真っ白な大きな翼が姿を現した。

第十一話“登場”

「お久しぶり、フィリー。」
目の前に現れたシリアに驚くフィリー。
しかし驚いているのは彼女だけではなかった。
「なぜ、貴女がこのような場所に!?」
「お久しぶりです、ボーディン様。」
軽く頭を下げるシリアに驚いたままのボーディン。
「あの人、確かあの時いたメイドさんだよな?」
セルヴィウスの確認にフィリーが頷く。
その上で、
「なんであんたがここに?何しにきた!?」
「そんな喧嘩腰にならなくてもいいのに・・・。」
ゆっくりと彼女たちの方に近づいていく。
「ちょっと、古い友人に手助けを頼まれてね。」
彼女はセルヴィウス達に敵意はないようだ。
でも逆に言えば、
「英雄(トーア)の仲間ってんなら仕方ないな。」
彼女の上方。
一人の男が手を振りかざす。
「ここで死んでもらおうか!」
襲いかかろうとするランディーを止めたのは、
「バカ・・・彼女を見てはいけない!」
ボーディンだった。

しかし、
「注意が遅いですよ、ボーディン様。」
伏せていた彼女の目が開く。
その瞳がランディーを貫く。
焼け付くような、燃え上がる緋色の瞳。
「誰に・・・手を出そうとしてるんです?ランディー様。」
直後、ランディーの体が地面に“落ちる”。
着地もできず無様に転がった彼には目もくれず、シリアはそのまま歩き出す。
屍が襲いかかるも、彼らも見えない何かに止められるかのように彼女の前に崩れ落ちる。
「こんな能力、あるものなのか?」
シュネーゲも驚いていた。
能力には一人ひとり特徴を持ってはいるが、似たような能力が多い。
そうでない者たちがある種“強者”となり得るのだが。
「だが、この能力は知らないぞ・・。」
屍の包囲網を難なく通り抜け、フィリーの横に立つシリア。
「体の調子はどうですか?」
「え?」
「どこか痛む場所などは?」
「いや、特にない。」
「そう。なら良かったわ。」
彼女の群青の瞳が見下ろしていた。

「まさか、前よりも進化しているというのですか・・・?」
自分の操っていた屍たちがことごとくやられたことを歯噛みするボーディン。
「ご承知の通り。これが“原石”の力です。」

原石
能力者の中で生まれつき能力が開花していた者たち。
しかし持つ能力が強大であればあるほど、使い方のわからない者たちが多い。
そのため、誰かからの教育があることによって、本人の持つ能力の最高点に近づけるのだ。
彼女はその中のひとりであるらしい。

「珍しいものです。この場所にこうして似通った能力者が三人も集まるなんて。」
フィリー、シリア、ボーディン。
全員何かしら敵の思考に関与する能力者である。
その中で、
「原石は、そういないでしょう?」
つまり、現状ではシリアが同系統の能力者では一番強いことになる。
「さて、この状況。どうしますか、ボーディン様?」
彼の方に近づくシリア。

その時。
「確かに。原石、もとい能力者とは面白いものだな。」
彼らの頭上。
「仕事が遅いぞ、ボーディン、ランディー。」
金のラインの入った赤い胴体黒い鎧をまとった機械。
「ゼルディス・・・!」
セルヴィウスとゼルディス の目が合う。
「ほぅ。なかなかいい目つきだな、セル。」
「なんだと?」
「安心しろ。お前には用があるからな。」
ゆっくりと地上に降り立つ彼に対し、フィリー、シュネーゲがセルヴィウスとの間に入る。
「いくらお前でも、今回ばかりは渡せない。」
「そうだな。そのことに関しては同意見だ。」
立ちふさがる彼らにゼルディスは笑む。
「いいだろう。俺が直々に相手してやろう。」

大陸で戦闘状態が続く中。
アーシアに程近い場所で待機していた男に誰かが声をかける。
そんな彼に振り向きながら男は彼を拠点内に招く。
「まさか今回お前が来ているとは知らなくてな。」
「そうか。それよりこんなところに来てよかったのか、ルービア。」
「そんな昔の呼び方はやめてくれ、ガイア。」
「お前も呼んでるじゃないか。まぁいい。」
「それにしても、この大陸にこんな拠点いつ築いたんだ?」
「“移動”してきただけだ。」
「なるほど。」
「で、なんでお前はこんなとこに来たんだ?用がなきゃ来ないだろ?」
「特に大したことじゃない。」
「で、なんだ?」
「もうゼルディスが来たらしい。」
「何?もう来たのか。」
「あぁ。だから今回の戦い。決着がつくのは時間の問題だろう。」
「・・・・。」
「だから、お前に頼みたいのはゼルがセルを持ち帰ってからのことだ。」
「俺が何をすればいいんだ?」
「お前には・・・・―――――。」
「・・・・・・そうか。それくらいならしてやろう。」
「そうか。助かったよ、ガイア。」
「だから、自分が呼んで欲しくないなら自分も呼ぶなってな。」
「悪い。つい昔の癖でな。」
「まぁいい。用事はそれだけか?」
「あぁ。今回はな。また何かあったら頼むぞ。」
「了解だ。それじゃぁな、ルービア・プロコフィエル。」
「あぁ。またな、ガイア・ヴァスタンド。」
そう言って彼はその拠点をあとにした。

第十二話“終盤戦へ”前編

「ヴァンダーお兄ちゃん!あ~そぼっ!」
シュリーがヴァンダーへと近づく。
その伸ばされた手の中。
ぐにゃりと空気が歪みだし。
「これは・・・っ!」
驚くヴァンダーの目の前でそれが爆発を起こす。
地面を穿つ程の強力な力。
後方の家屋もろとも崩れ落ちる音。
シュリーは前方、たった今自分で吹き飛ばした場所を眺める。
そこからは人の立てる音は何もしない。
「な~んだ。お兄ちゃんの絶叫(うた)、聞こえなかったなぁ。」
残念そうな顔をしてそこに背を向けたシュリー。

だが、後ろを向いたはずの彼女の目の前に、
「いやぁ、こんな能力初めて見たよ。シュリーちゃんは強いなぁ。」
ヴァンダーがなんの変化もなく立っていた。
正確には、羽織っていたコートの裾が少し吹き飛んでいるくらい。
「あれ?ヴァンダーお兄ちゃんがこっちにいる・・・?」
シュリーは本当に不思議そうにヴァンダーを見つめて、
「えい!」
一瞬で彼の真横に移動すると、彼の右手を握る。
「お願い、お兄ちゃんの声を聞かせて?」
「あ・・・」
ヴァンダーが気を回すまもなく、その握られた手が内部から破裂。
手首より先が放射状に辺りに散る。
けれど手首より先を飛ばされたはずの本人の顔は、驚きだけ。
その顔も徐々に呆れを含んだような顔。
その彼の“緋色の瞳”が幼女を見下ろす。
「いきなり手先吹っ飛ばすのは、少女の戦闘としてちょいとエグすぎないかい?」
その声と共にシュリーの隣から人影が消える。
「消えた!」
シュリーが驚く。
そのまま辺りを見渡して、
「いた!」
ヴァンダーは近くの家の屋根に立っていた。
「ねぇ、なんで叫んで(うたって)くれないの?」
ヴァンダーが屋根から飛び降りるのと同時に、彼の乗っていた家が上から押しつぶされたかのように潰れる。
「なんで泣いて(うたって)くれないかって?」
彼の“発光した紫色”の瞳がシュリーをとらえる。
「だって、歌って一緒に歌ったほうが楽しいだろ?」
「え?」
シュリーの足元。
その地面が大きく口を開け、彼女を飲み込む。
地面に飲み込まれた彼女にヴァンダーは言う。
「捕まる気分はどう?シュリーちゃん。」
その言葉に呼応するかのように口を閉じたはずの地面が無理やり吹っ飛ばされ、
「ちょっと、面白いかも!」
笑いながらシュリーが現れた。

「双生の天使・・・。」
実は英雄(トーア)たちもこの言葉を聞いたのは初めてではなかった。
この大陸よりも遥か遠い場所でもその名前だけでも知られていることだろう。
何しろ彼女らの戦闘への介入は壮絶なものであるからだ。
“どんなに強い能力者でも、彼女ら相手では敗北を味わう。”
そんなふうに言われる程に。
「エルンスト様。今ここで戦闘を休止、または英雄様との交渉をするというのであれば、我々は介入しません。」
いきなり無理難題を押し付ける天使の片方。
「なに!?」
「両者互いに戦闘放棄、が、一番いいのですけれども。」
「・・・悪いが、そりゃできねぇ相談だ。」
「そうですか。では、今回の我々の介入は、戦闘者の同意の上、ということでやらせていただきます。」
その言葉と同時に彼女らが戦闘体制に入る。
「そういえば、自己紹介がまだでしたね。」
片方がそう言うと、もう片方が先に名乗る。
「私はライチャート・レーゲンと申します。どうぞお見知りおきを。」
「私はライチャート・サメンスタ。よろしくお願いします。」
「それでは、参りましょうか。」
エルンストと双生の天使が同時に動いた。

アーシア内部。
「ありゃ。上ででかい揉め事でもあるみたいだな。」
シュリーとの戦闘中。自分たちが起こしたのとは別の振動にヴァンダーが上を見る。
「屋根に大穴開けないでくれよ?」
そうつぶやいていると、
「どこ見てるの、お兄ちゃん?」
ヴァンダーの真後ろに回り込んだシュリーの手先から再び爆風。
しかし、それの直撃をくらっておきながら、
「危ない危ない。頭吹っ飛ばされたらおしまいだからな。」
煙の中から現れた“右手”がシュリーの後ろ襟を掴む。
「ふぇ?」
その手が彼女を持ち上げる。
「お、降ろしてよぅ。」
ちょっと苦しそうなシュリーを気にはせず、ヴァンダーはただ確認する。
「シュリーちゃんの能力は“圧力操作”、で合ってるのかな?」
「あつりょくそうさ?」
「ついでに原石でもあるのか。」
「げんせき?」
全くわからないという顔をしたシュリーにヴァンダーが言う。
「ちょっと、お話しないか?二人で。」
「お話?」
「そ。叫ぶ(うたう)には少し疲れたでしょ?」
「う~ん。でも、お話は楽しいからしたいな!」
そんな無邪気に笑うその顔が、昔の自分とかぶって。
「・・・・・・。」
「どうしたの?体痛いの?」
シュリーが心配そうに覗き込んでくる。
散々“体を破壊しといて”それはないだろうと呆れつつも、
「いや、大丈夫だよ。それじゃ、ちょっと場所を移動しようか。ここよりもいい場所に。」
「うん!」
ヴァンダーはシュリーの手を握る。
その手をじっと見つめるシュリー。
「吹き飛ばすなよ?今はお休みだ。」
「うん、わかった。」
シュリーを連れてヴァンダーは歩き出す。
彼らが去ったすぐ後。
彼らのいた場所は地下の配管が潰された影響で大爆発を起こしたのだが、
彼らがそれを知っていたのか知らなっかたのか・・・。

「クソッ!こんな強いもんなのか!?」
エルンストは苦戦を強いられていた。
「重力・・・。それもなかなかこの世界では上位に位置する能力ですね。」
彼の能力“重力”は確かに強い。
しかし、上位能力になればなるほど使うまでの時間がかかる。
その上使う暇がなければ意味がない。
「それに、能力を使いこなせていなければ無意味です。」
双生の天使の一人、レーゲンが両腕を広げる。
「“神の審判(シャイニングレイン)”」
その彼女の頭上から、大量の光線があたりに降り注ぐ。
「ぐあぁ!」
エルンスト自身も自分の能力で移動速度を増しているが、それでも逃げきれない。
そんな中、英雄達は彼の能力が一瞬途切れたスキに、なんとか体制を立て直そうとしていた。
それを確認した上で、エルンストは一気に移動。
英雄たちが自分とレーゲンの間になるようにする。
(これで奴らもむやみに打ってはこれないはず・・・。)
そう思ったのも束の間。
「甘いですよ、エルンスト様。」
エルンストの体を光の雨が叩く。
「な、んで・・・!」
明らかに彼女からの攻撃は英雄を貫通する軌道だった。
それなのに、英雄には傷一つなかった。
そこでバランスを崩したエルンストの後ろ。
「ほォら、吹っ飛んじまえよ、三流ゥゥゥゥ!!」
もう一人の双生の天使、サメンスタが叫ぶ。
と同時に彼女の手を中心に光が渦巻き始め、爆発。
「ぐあぁぁぁぁ!」
彼が宙を舞う。
「言っていませんでしたね。私の能力は“光の中に含まれる様々な光線を対象にだけ有害なものにする能力”。」
自己紹介のごとく簡単に言うレーゲン。
「そんで、あたしの能力は“自分の知っているあらゆるものを創世する能力”。
 中でも光の関係するものに関しちゃァ右に出るものはいねェ。」
サメンスタも続いて言う。

戦闘中に知れたことだが、
どうやらサメンスタの方が妹で、戦闘時は性格が真逆になるようだ。

「程々にしなさい、サメンスタ。」
「へへっ。いいじゃないっすか姉上。吹っ飛んじまってもさァ。」
そんな会話の裏には、次で終わりにすると似たような意味が含まれていた。
(マズい・・・、これほどのものとは・・・。)
エルンストが動こうとするも、やられ過ぎでまともに動けそうにない。
「さて、それでは最後に・・・。」
(このままじゃぁ・・・!)
エルンストが最期の時を迎えようとしたその時。

「もういいですよ、救済者(リリーファー)。」
その声にその場にいた全員が声のした方を向く。
そこにいたのは、
「プロコフィエル・・・。」
「なんだか大変な状況だなぁおい。」
英雄の一人、プロコフィエルが立っていた。

第十三話“終盤戦へ”後編

「プロコフィエル・・・!」
今までどこに行っていたのか知らなかったホルンフェルスとシュツルムには彼が現れたのは突然だった。
「よう、二人共。それと・・・。」
プロコフィエルは二人の天使に向き直る。
「よう、双生の天使。」
そんな彼に対して特に驚かないレーゲン。
「これはこれは、プロコフィエル様。どうされたのですか?」
「どうされたも何も、このままじゃエルンスト死んじまうぞ?」
「?」
「アンタラが殺しちまっていいのか?」
「・・・あぁ、そういうことですか。」
レーゲンが何か察したらしい。
サメンスタを引き上げさせる。
「英雄側に一人入ったので、現段階では戦闘上、両者互角とみなし、介入を中止させていただきます。」
「マジっすか姉さん?」
「本当です。それでは、失礼します。」
「チッ。・・・・・・・・・それでは、失礼いたします。」
最後の舌打ちを残してサメンストが戦闘前の話し方に戻る。
「勝手に介入しといて、勝手に帰る気か・・・っ!」
エルンストが怒りをあらわにするが、
「勘違いしないでください。私たちはあくまで“戦力を互角にする”という目的で介入したまで。
 あなたが直々に我々との勝負を挑むというのなら、その時は戦いをお受けしましょう。」
「もっとも、もう少し強くなってからでないといけませんが。」
「くっ!」
「では、これにて。」
それだけを残して彼女らは飛んでいってしまう。
「さて、話は終わったか?」
プロコフィエルがエルンストの方に歩みだす。
「悪いが、今度は俺たちとやり合ってもらおうか。」

アーシアの四方には、それぞれ地上から十数メートルはある見張り台がある。
その西端の見張り台に登る人影が二つ。
「ヴァンダーお兄ちゃん。どこまでいくの~?シュリー疲れちゃった・・・。」
後ろを歩いていたシュリーが言う。
「あともう少しだ。そこについたら話をしよう?」
先を行くヴァンダーがシュリーを元気づけようとしている。
そんなことを続けながら、どうにか頂上まで着いたのだが、
「わぁぁぁ~!!きれ~~~い!」
いきなりはしゃぎ出すシュリーに驚かされるヴァンダー。
「落っこちんなよ。」
一応注意しながら、ヴァンダーも手すりに近づく。
ヴァンダーがなぜここに呼んだのか。
それは、アーシアの地で一番綺麗な風景を見れるからであった。
遠くには陽の光を反射する海が広がり、眼下にはうっそうと茂った木々たち。
遠くには頭の白い山々。それぞれの場所を通るかのように綺麗な川が流れている。
「綺麗だろ・・・?」
「うん!すっごく!」
その喜ぶシュリーの横顔を見ているヴァンダーは、ふっと自分の頬を伝うものに気づく。、
「・・・・・・・・・・。」
それをシュリーに気づかれないようにして、しばらく味わった後。
「なぁ、シュリーちゃん。」
唐突に彼女を呼んだ。
「なぁに、ヴァンダーお兄ちゃん?」
「頼みたいことがあるんだ。いいかな?」
「うん?」
「ここのこと、誰にも言わないでくれないか?」
「?・・うん、いいよ?」
「ありがと。ほんと、シュリーちゃんは優しいな。」
そう言って、ヴァンダーが唐突にシュリーを胸に抱き寄せる。
直後。
アーシアの西端にある見張り台の頂上が、爆発した。

ドゴンッ
地面の揺れと共に何かが爆発したような音が響いた。
「今のはなんだ!?」
ホルンフェルスが辺りを見渡す。
そして、
「あれ、は・・・?」
遠く、見張り台と思われる場所が上から崩れ始めていた。
頂上はもう形もない。
「もしかして、さっき街に入ってった少女(ハンター)の仕業か?」
シュツルムが言う。
「お前ら、街への侵入を許したのか?」
その問いにホルンフェルスとシュツルムは黙る。
「まぁいい。今は目の前のやつを倒すぞ。」
プロコフィエルがエルンストの方に向かう。
しかし、
「いくら俺がやられてたって、貴様らの能力じゃ俺にはかなわねぇよ!」
その言葉と同時に、三人は地面に押し倒される。
“重力倍加”
「さて、さっきまでの威勢はどうした英雄(トーア)さんよぉ。お前も所詮その程度か?」
「・・・・・・・・。」
「プロコフィエル。お前も統合者(ヴィザー)と聞いていたんだがな。残念だよ。」
「・・・・・・ククッ。」
「なんだ?何がおかしい?」
突然笑みを浮かべるプロコフィエルに不審がるエルンスト。
「いや、俺が統合者って知られてるってことは、もう暴れたって大丈夫ってことだよな?」
そのプロコフィエルの言葉に一瞬エルンストが身構えるが何も起こらない。
「なんだ何も起こらないじゃないか。」
そう言ったとき、何か様子がおかしいことに気づく。
自分の足元。
焦げるような臭い。
「まさか・・・!」
「・・・丸焼きだ・・!」
一気にエルンストが立っていた場所が焼ける。
「なんだ今のは!お前の火の能力は手からしか出せなかったはず・・・。なのに何故・・・!」
「おいおい、勘違いしてんじゃねぇぞ?」
今のスキに体の自由を取り戻したプロコフィエルが言う。
「統合者が全員、“別系統の能力を二種類以上”持っているとでも思ってんのか?」
「どう言う意味だ・・。」
「俺の能力は“炎”と・・・“熱”だよ。」
彼の眼前から光線のようなものが打ち出される。
それをギリギリのところで回避するエルンスト。
「熱か。能力がわかれば戦いやすい。」
「それはどうかな?」
「何・・?」
プロコフィエルの後方に、ホルンフェルスとシュツルムが構える。
「今は三対一だって事を忘れるなよ?」

第十四話“終盤戦開始”

シリアの参戦でなんとかボーディンからの攻撃を食い止めることに成功したセルヴィウスたち。
逆転の兆しかと思ったその矢先、
狩猟者(ハンター)のボス、ゼルディスが姿を現した。
「安心しろ。お前には用があるからな。」
そうセルヴィウスに向かって言い放つゼルディス 。
その前に立ちはだかるシュネーゲとフィリー。
その二人に対して、
「いいだろう。俺が直々に相手してやろう。」
ゼルディス は悠々と言うのだった。

先に動いたのはフィリーだった。
消えたかと思った直後には、ゼルディス の後ろに移動し、どこからか取り出した剣を振るう。
普通だったら避ける隙のない速さ。
だが、
「そういえば、お前は“移動”が得意だったな。」
後ろからの声。
振るったはずの剣は空を切る。
「うそっ!」
直後、黒い闇の銃弾がフィリーを後ろから襲う。
だがもう、そこにフィリーはいないのだが。

それを放ったゼルディス の真下。
そこに回り込んだシュネーゲがそこに氷の槍を出現させる。
しかしそれも、今度はゼルディス の作り出す闇の刃に切断され、彼に届くことはない。
「お前の能力も、もう片方は実戦には不向きだからな。」
シュネーゲの背後。
ゼルディスの移動に気付くのが遅れた彼が、腕のひと振りで飛ばされていく。
「シュネーゲ!!」
セルヴィウスが駆け寄ろうとするが、シュネーゲの目が彼の足を止める。
来るなと言っていた。

「なんなんだよ、お前!特性とかそんなもんを完全に無視したような技をポンポンと・・・っ!」
フィリーの顔も苦しい表情だった。
そんな彼女に対して、
「特性が“一つしかない”から、俺にはかなわないのさ。」
フィリーが地上に降り立とうとしたその時。
「暗黒爆滅(グランドブレイズ)!!」
彼の真下の地面を中心に闇の刃が幾枚も生まれ、大地ごとえぐるように彼女らを襲う。
「ぐあぁっ・・!」
攻撃を食らった勢いは彼女が木にぶつかって止まる。
今の攻撃は周囲にいた屍たちも切り刻み、シュネーゲも吹き飛ばしていたようだ。
その、クレーターのような場所の中心で彼が言う。
「能力には様々な種類があり、その中にまた様々な系統がある。
 その中でも、“光”と“闇”の能力は系統、つまり汎用性が高い。
 ある者は闇の能力の中でも“切断”を得意としていた。
 またある者は同じ能力でも“銃撃”を得意としていた。
 そしてまたある者は今度は“移動”を得意としていた。
 だが、彼らは決定的に“頂点”とはかけ離れているのだよ。」
「なにが、言いたい・・・っ。」
フィリーの挑むような視線に表情も変えずにゼルディス は微笑み。
「つまりは、皆得意な系統を“一つ”しか持っていないということだよ。」
一瞬でフィリーの目の前に移動したゼルディスが手をかざす。
その手の中に一気に闇が凝縮され、銃弾が形成される。
「もっとも、俺は“その程度ではない”んだがな。」
その銃弾が放たれようとしたその時。

「待て、ゼルディス!」
ゼルディスの背に声が響く。
ゆっくりと振り向く彼の視線の先。
セルヴィウスが武器を構えて立っていた。
「まったく。メインが途中で出てきたらダメじゃないか・・・。
 まぁいい。お前を先に片付けといてやろう・・・っ!」
ゼルディスとセルヴィウスがにらみ合う。

第十五話“大敗”

フィリーは呆れていた。
どう考えても今の状況は絶望的でしかない。
今回のゼルディスの狙いは明らかにセルヴィウスだった。
だからこそフィリーやシュネーゲが前に立っていたというのに、
自分から前に出てしまったら意味がない。
「さて、お前はどうしてもらいたいんだ、セル?」
ゼルディス のその声には明らかに余裕が含まれていた。
当たり前だ。とフィリーは頷く。
ゼルディスの底知れぬ能力のことはセルヴィウスよりフィリーの方が知っている。
その上で思っているのだ。
今のセルヴィウスじゃ勝てないと。

「フィリーから離れろ!」
「なんでだ?もともとこいつは我々狩猟者(ハンター)の正規メンバーだ。」
「それはそうだが・・・!」
「それにもし狩猟者を裏切ったのなら、まぁわかるよな。」
ゼルディスの手が、再びフィリーをとらえる。
「お前は、何がしたい。何が目的だ・・・!」
セルヴィウスの問いになんのためらいもなくゼルディスは答える。
「そうだな。お前の心臓(いし)が欲しいな。」
自分の心臓の位置を指さして言う。
そこではティジアウスと呼ばれた者の心臓、“エネルギー水晶”が光っていた。
「お前にもあるだろう?これが。今ここにあるもう半分が・・・。」
「それが、欲しいってのか・・・?」
「そうだな。」
「・・・・それは、む・・・」

「おっとすまない。」
セルヴィウスの答えの途中でゼルディスが止める。
「人の話の最中に首を突っ込んできた奴がいるな・・・。」
そう言ってゆっくり振り向く。
そこに立っているのは、シリア。
「えっ!なんでバレて・・・!」
「無駄に首突っ込むのは良くないぞ・・・?」
驚くシリアに向かってフィリーが叫ぶ。
「技を中止しろっ、シリア!」
「思考滅裂(マイングレイズ)。」
フィリーの言葉も遅く、ゼルディスの声と共にシリアが崩れ落ちる。
まるで体の力が全て抜けたように。

「さて、話を戻そうか。」
そうしてまたゼルディスは何もなかったかのように、セルヴィウスに向き直る。
「なんだ、今の・・・っ!」
「なぁに。ただ脳内の信号が正しく伝わらなくなっただけだ。」
さらりとそんなことを言う。
「この・・っ!」
気のそれた時を狙って、フィリーがその場から移動しようとするが、
「無駄だよ。お前じゃ動けはしないさ。」
フィリーの腕、足に無数の闇の小さな手が巻き付いていた。
「いつのまに!」
身動きの取れないフィリーに対して、
「先にお前も片付けといてやろう。」
ゼルディスが手をかざす。
「やめろぉ!」
武器を前に突っ込んでくるセルヴィウスだが、ゼルディスはそちらすら向かない。
そしてセルヴィウスの持っていたそれが。
ゼルディスに触れたところからぐにゃりと潰れるように曲がり出す。
「んなっ!」
「お前の武器など避ける必要もない。」
直後、フィリーに向けられた手からとてつもない光が放たれる。

だがそれだけ。
それなのに、今のフィリーは息を荒げ、苦しそうに悶えていた。
「能力が当たり前だと思っている者の典型だ。
 “闇”に浸り過ぎだな、フィリー。」
その言葉に言い返すこともできないようだ。
「だが、お前は使える。殺す気はないさ。」
また振り向くゼルディス。
この短時間で能力者を三人もダウンさせた怪物が、今セルヴィウスに歩み寄る。
「さて、この戦闘もこれで終わる。全て計画通りだ。」
「なんのことだ!」
距離を保ちつつセルヴィウスが言う。
「こちらの話だ。お前が気にすることはない。」
突如、目の前からゼルディスの姿が消える。
「えっ!」
下がり続けていたセルヴィウスの足はそのままの勢いで後ろに下がり、
背中が何かにぶつかる。
「人は目を頼り、目に見えている恐怖から真っ先に逃げようとする。」
その声に背筋が凍る。
「逃げようとする足はそうそうすぐに止めれる訳はない。」
その声は彼の背後から響いてくる。
「そうして余計危ない物に自分から首を突っ込む。」
ゼルディスの腕が、後ろからセルヴィウスの首に回る。
「そうだろう?セルヴィウス。」
「あ、あぁっ。」
逃れ用にも、手も足もいつの間にか何かで縛られているかのように動かない。

「やぁ・・ぇ・・ろぉぉ・・・!」
声もまともに出せていないフィリーが叫ぶが、
「残念だったな。ゲームオーバーだ。」
その言葉を最後に、セルヴィスとゼルディスの姿がその場から消え去った。
後に残ったのは無様にもやられた三人組だった。

第十六話“水晶”

「さってと。こうして逃げてきたわけだが・・・。」
真っ暗な部屋の中。
さっきまでの戦いの音も何も聞こえない。
その部屋の中に二人の人影があった。
片方は縛られてはいたが。
「しかし、ここまで直ぐに終わってくれるとは思ってなかったんだがな。」
そう言いつつ、後ろに担いでいた人を下ろす。
「セルヴィウス。お前はどうなんだ?この状況。」
「・・・・最悪だね。」
「そうか。まぁそれもそうだな。」
投げ出されていたセルヴィウスの目もようやく暗がりに慣れてきていた。
部屋には机とベッドとタンス。
それ以外に特別なものは置かれていなかった。
そんな周りの状況を確認した後、
「お前は、なんでこんなとこに俺を・・・?」
「言っただろ?お前の心臓(いし)が欲しいんだってな。」
「それを取ってなんになるんだ?」
「・・・まぁ話してやってもいいか。」
そう考えながら話し出す。

エネルギー水晶。
もともとの物質やら原理やらは解明されてはいない。
ただ、ロボット達の心臓として機能しているそれはある種特殊な状況にある。
彼らの心臓は基本グランディオ王国地下にある巨大な大元から切り取られたもの。
もともと外に何の影響も見せないそれが、一度欠片として切り取られたその時から、
その欠片にはそれぞれの特殊な能力が宿るのだ。
しかしその能力を使うためのエネルギーはどこから補充されるのか。
実際、彼らロボットたちも人間のように食事をしたりしている。
けれどそれがエネルギーになっているわけではないのだ。
そのエネルギーは、大元のエネルギー水晶から送電されるかのように蓄えられる。
ただ、その能力の施行について、最大の能力を引き出すためには、やはりそれ相応のそれが必要である。
その必要不可欠分が、大体大元から切り抜かれるときの大きさなのだ。
しかし、それが少しでもかけていたり、使えない場所があれば。
最大限と言える力は発揮できない。
もちろん。
半分になってしまえば尚更なわけで。

「つまり、エネルギー切れってやつさ。」
ゼルディスが説明を終える。
「わかってもらえたかな?」
「わかってもらえたもなにも、そんなむちゃくちゃで勝手な理由で、
 俺の心臓が使われなきゃならないのはおかしいだろ!」
若干怒りかけたセルヴィウスに対して、ゼルディスが勝手に頷く。
「まぁそうだよね。そりゃそうだわな。そういうと思ってたよ。」
そして、
ゴッと鈍い音と共に、セルヴィウスの視界が揺れる。
と共にぼやけ出す思考。
「だから悪いな。眠っててくれよ。すぐ終わるさ。」
「おま・・なに、を・・・して・・・」

言葉は最後まで伝わらなかった。
そのままセルヴィウスが意識を失うのを見届けると、
ゼルディスは彼を担いで歩き出す。
そして、部屋の奥。
小さな扉を開けてその中へ。

扉の先は小さな実験室のようになっていた。
様々な機器が並べられ、そのどれもが動いていた。
その機器のあいだをもう一人、誰かが動き回っていた。
「おい、ベディエン。準備はいいのか?」
ゼルディスにそう呼ばた彼が言葉を返す。
「あぁ、一応準備は出来てる。そいつをここに寝かせといて。」
彼の示した診療台のようなものの上にセルヴィウスが乗せられる。
その彼に手際よくベディエンがコードやら何やらをつなぐ。
そして。
「では、手術でもしましょうか。」

第十七話“手術という実験”

暗い部屋の中。
キーボードを叩く音だけが響く。
その男の見つめる画面には、今も隣の部屋で進みつつある準備の様子が写っていた。
「状況はどうだ?」
「順調ではある。」
ゼルディスの問いに軽く答える。
「セルヴィウスの脳への影響は?」
その問いには少し難しそうに答える。
「まぁ、さっきまでセルヴィウスの脳波、神経信号、循環システムなんかを調べてたわけだが、
 やっぱり最高位の能力者だけあって、常人とは違うところがいくつかあったよ。
 信号の伝達速度、及び処理速度が普通の数倍はあるし、
 なにより、使ってる脳波のパターンが多すぎる。
 脳内の使ってる部分が多いと違うものなんだねぇ。
 能力者の脳は実に興味深い。」
そうして再び画面に向き直るベディエン。
そんな彼に、
「今は何してるんだ?」
「あぁ、これかい?
 今やってるのはさっきサンプルとして計測した脳波や信号を使って、
 それと同じ信号を送れるような演算を作ってるところさ。
 んで、これをお前の脳内(メモリ)に記録してやれば、まぁ使えるだろうって話しさ。」
「そんな簡単に行くのか?」
「出来ると思って今回やってるんでしょ?あんただって無駄なことはしないだろ。
 まぁ、実際にはもう一つの機械で、脳内から記憶だけ抽出してるから、それも一緒に。
 そうすりゃお前の中で“擬似的に”セルヴィウスを呼び出して、彼の能力を行使することだってできる。」
「そうなのか。今やっていることはどれくらいで終わりそうだ?」
「ま、もうすぐ終わるよ。」
そしてそんなことを話していたにもかかわらず、
「終わったよ。」
一瞬ゼルディスが離れた隙に、画面には“FINISH”の文字。

「終わったか。」
そう言うと、ゼルディスが立ち上がり、実験室の中に入っていく。
「配線はやるから、まぁそこに寝ててよ。」
「わかった。そこらへんは任せる。」
ゼルディスがセルヴィウスが寝ているのと隣の診療台のような場所に横になる。
「麻酔かけるから、しばらく動けないけどいいかな?」
「ロボットに麻酔なんて効くのか?」
今のゼルディスの体は機械だが、
「そこも、機械用の麻酔があるから大丈夫。」
「そうか。なら始めてくれ。」
そう目をつぶるゼルディスに向かって、
「今回みたいなことは初めてだから、手術後にあんたの精神が表立って出てくるとは限らないからな?」
「あぁ。それでもやってくれ。」
「了解。」
そう言って、ベディエンはコードをゼルディスの体に接続し始める。
「あぁそれと・・・。」
ベディエンが言い淀む。
「なんだ?」
「いや、その・・・誰か、襲撃者が来るって、言ってたよな・・・?」
「あぁ。およそもうすぐしたら来るだろうな。」
「それが分かってて、なんで実験なんて・・・」
そう言う彼にゼルディスは複雑な顔をする。
「まぁ、なんだ。“可愛い子には旅をさせよ”ってやつだ。」
「?」
「あいつにも、“自ら犯した失敗”ってのを味わわせないとな。」
「よく分からん。」
「まぁわからなくていいさ。それより、その襲撃者が来たら、お前は殺されない程度に止めればいい。」
「・・・・わかった。だがお前は?」
「さぁな。」
一瞬の沈黙。
そして、
「さっさと始めてくれ。」
ゼルディスの口にマスクがはめられ、頭にまでコードが繋がれ、そして。
「実行開始。」
手術(じっけん)が始まった。

ちょうど同じ頃。
その実験の行われている塔の前。
門番二人が、見事にやられていた。
その横で、
「取り戻してやる・・・。」
彼女の決意がつぶやかれた。
その進む道こそが、大きな過ちを犯すことになるとは知らずに。

第十八話“実験失敗”

その男は今も画面を見つめていた。
実験は順調に進行中。
「このままやってくれればなんとかなるが・・・。」
その男、ベディエンがため息混じりに言う。
今回の実験は彼にも初めてであり、結果は未知数。
いつ問題が生じてもおかしくなかった。
「だがまぁ、あいつの精神じゃぁそうそう壊れないだろうけど・・・。」
ベディエンもまた、実験中の彼、ゼルディスのことは高く評価していた。

今は実験は難所に差し掛かっていた。
つまりは、元となるゼルディスの脳(メモリ)に、
媒体であるセルヴィウスの意識、思考回路、精神等を移動させる段階。
失敗すれば、どちらかの精神に多大な影響を与えかねない状況。
そんな時、警報ブザーが鳴った。
「・・・来たか・・・、でもこのタイミングとは・・・。」
予想はしていただけに最初は驚きはしなかった。
しかし、自分の見つめる画面の端に、襲撃者の顔が撮された時。
ベディエンの顔も驚きの表情に変わる。
「こいつって・・・、フィリーか・・・?」

ベディエンが予想していた襲撃者はもっと違う方面、
詳しくいえば英雄(トーア)や救済者(リリーファー)の誰かかと思っていたのだが。
まさかそれが仲間だったとは思っていなかった。
それもフィリーだとは。
「あいつら・・・、兄弟喧嘩でもしたか・・・?」
そう思うも彼女の表情から違うことはわかった。
彼女とゼルディスの昔の関係しか知らない者からすれば予想しないことなのだが。
だが、来てしまったからには仕方ない。
ゼルディスにも“死なない程度に止めろ”と言われてしまったのだ。
「これだけでもさっさと終わってくれ・・・!」
ベディエンが願えるのはそれだけだった。

階下で音がする。
もうすぐそこまでフィリーが来ているのが分かる。
だが、まだ実験は終わっていない。
あの難所すらも。
ドゴン、と。
鍵の締まる扉に重たい音が響く。
軋む金具。
その音が何回か続いた後、
豪快に、扉が内側に飛ぶように外れる。
そこに立っているフィリーは、ベディエンが昔見たフィリーとは雰囲気がまるで違った。
まぁこの状況なら仕方ないのだが。

「・・・ベディエンさん・・?」
フィリーも驚いたようで、一瞬とぼけたような顔になるも、直ぐにまた表情が硬くなる。
「実験、してたのはあなただったんですか・・?」
フィリーの質問に、ベディエンがなんとか答えようとする。
時間の稼げそうな答えを。
「フィリー。君が私のことを覚えていてくれて嬉しいよ。
 それに私がいろいろ実験してることも・・・」
「あなたの実験は少々奇怪でしたから。あの頃の私は面白いと思ってました。」
けれど。と言葉を詰まらせ、それでもフィリーは言う。
「あなたの研究、実験がこんなことに使われるものだったと知っていたら・・・。
 あの頃に全て葬ってしまいたかった。
 こんなところでの再開なんて、嬉しくないです・・・。」
「フィリー・・・。」

「それを踏まえて、そこをどいてください、ベディエンさん。」
ベディエンがちらりと脇を見る。
正確には自分の後方にあるディスプレイへと。
“精神転移率90%”
まだ足りない。
いま中断したらゼルディス、セルヴィウス双方に問題が生じてもおかしくない。
「どいてください、博士。」
フィリーの声だけが響く。
確かにゼルディスにもあのように言われた。
今のフィリーには殺されかねない。
だけれども、

「それはできない。特に今は、通すわけにはいかない・・・!」
ベディエンが実験室への扉の前に立ちふさがる。
「・・・・。」
「実験の、今の段階では双方に影響が出てもおかしくはないんだ!
 どちらが生きる死ぬではないく、両方共倒れの可能性だってある!
 この実験自体未知数なんだ。
 君の介入で君が助けようとしてるであろう人も危険に晒してしまうんだぞ!」
無言のフィリーに語りかけるベディエン。

しかし。
「すいません博士。私にはそう言う詳しい話は理解できませんので。」
一瞬で真横に移動してきたフィリーに飛ばされ、机にぶつかる。
「ただ、私はその人を助けたいだけなんです・・・。」
「だから、今やっては・・!」
べディエンもわかってはいた。
今のフィリーでは自分の感情を制御できはしないと。
事実、声をかけても、フィリーは止まってくれはしなかった。
無理矢理に実験室の扉を開けて入っていってしまう。
(マズい・・・。)
もう一度ディスプレイを覗く。
99%
だが、間に合いそうにない。

今まさに、実験室内でフィリーがゼルディスに向けてナイフを振り下ろそうと。

振り下ろそうと・・・?

「・・・っ!やめろフィリーぃぃぃぃぃ!」
今ゼルディスを殺せば。
ほぼ完全にセルヴィウスの精神も殺すことになる。
ベディエンが駆け出してもフィリーの腕が止まることはない。
振り下ろされる。
間に合わない。

そのはずだった。
なのに。
何かためらいがあったのか、一瞬振り下ろす腕がぶれる。
速度が緩む。
その一瞬のおかげでベディエンが追いつき、フィリーを抑える。
「落ち着けフィリー!まだダメなんだ!」
「・・・っ!うるさいうるさい!私は、私はぁ!」

突如暴れだしたフィリー。
ベディエンも直後に対処を間違えたと自覚した。
ここは実験室。
多数の機械があり、そのどれもが精密であり。
さらに、今回の実験で重要不可欠の機械が近くに置いてあっても不思議ではない。
フィリーの振った腕の先。
パネルのついた機械が殴られ飛ばされ、倒れる。
ガシャンと嫌な音と共に、機械面にエラーの文字。
その機械の名前を、
“精神安定維持継続装置”という。

実験室外のディスプレイ。
緑色の“精神移動成功”の文字の上に乱雑に並べられていく警報通知。
倒れた機械から漏れる言葉は繰り返す。
『精神に揺れを確認。制御困難。制御下から離別。暴走を確認。』
床に二人倒れ込んだフィリーとベディエンの目の前で。
野獣とかした“彼”が目を開く。
「・・ぅが・・・、ごああァァアァァァァアァァァ!!」
腕を、足を止めていた拘束具がいとも容易く引きちぎられる。
台から起き上がる彼に、人間のような雰囲気はない。
ギョロリと彼の目が動き、二人を見据える。
真っ赤に、どす黒く発光する機械の瞳。
「ぁ・・・あぅぁ・・・。」
恐怖に動けない二人。
そんな二人を無視して彼は反対側、今はただの人形とかしたセルヴィウスの方を見る。
そして。
ゴシャァ
彼の左胸に思いっきり腕をさし、引き抜く。
その手に握られているのは“欠けたエネルギー水晶”。
それが取られた瞬間、一気に崩れ壊れていくセルヴィウスの体。
それを見つめることもなく、ただ彼は。
「グオオアァァァァァァァァ!!」
絶叫だけを残し、壁を破壊して逃げ出してしまった。

第十九話“戦闘終了”

塔の一角。
実験室には、今まさに開けられた大穴が口を開けていた。
その実験室の中で、座り込む二人の人影。
「まさか、こんなふうに暴走するなんて・・・。」
その一人、ベディエンがつぶやく。
その横。
怯え切った様子のフィリーは何も喋らない。
「大丈夫か、フィリー?」
立ち上がり、手を差し出しても、フィリーは握らない。
ただゆっくりと膝を抱え、縮こまってしまう。
「私が、私のせい・・・?私が・・・」
そのか細く漏れる声があまりにもベディエンには惨めに見えて。
「立ってくれフィリー。君がそうやってるのは似合わない。」
そう声をかけた。

本当はベディエンだってそうやって悲しんでいたい。
自分の実験の失敗。その代償が、古い友人の暴走だなんて信じたくもない。
実験のことを言い出した彼を止めることも、まだ幼いフィリーを止めることさえもできなかったのだから。
だけど。
それでも過ぎた事は仕方ない、と。
そうやって区切りをつけて、その上で進んでいかなきゃならない。
それが、この無慈悲な世界の真実。
だけど。
ベディエンもわかっていた。
まだ刺激が強すぎるのかもしれない。
こんなことはまだ受け入れられるほど強くないかもしれない。
フィリーは成長途中なのだから。

だけど彼は言った。
「フィリー。今そうやってうつむいてたって仕方ないんだ。
 せめてあの暴走を止めるように、努力しようじゃないか。」
その言葉に、少しだけ顔を上げるフィリー。
「私は、セルを助けようとして来たんだよ?
 それなのに・・・、その人だって、助けられなかった。
 ゼルディスだって、あんなになっちゃって・・・。」
「だからこそ・・・」
「だからこそどうしろって言うの!あんなにしちゃってごめんなさいで終わるの?
 私はそんなためにここに来たわけじゃないのに、無いのにぃ・・・!」
またフィリーが崩れ落ちる。
こんな光景をベディエンは前にも見たと思ってしまった。
自分の非力さを悔やむ彼女の背中。
それ故に間違った力を求めてしまう少女。

もしかしたら、とベディエンは思う。
ゼルディスはそれを正したかったんじゃないだろうか。
ゼルディス自身ではなく、他の誰かに、本当の力の意味をフィリーに教えて欲しかったんじゃないだろうか。
これがどんなにベディエン自身の誤解だとしても。
それが間違っていると彼自身思わなかった。
だから。
「なら、フィリー。もう一度考えよう?君が悩んで、泣いて。
 その時は昔みたいに、ずっとそばにいてあげるから。
 だから、顔を上げて?」
そのベディエンの言葉に、フィリーの頭が持ち上がる。
「別に・・・、私は。私は泣いたりなんか・・しない・・・っ。」
そう言いつつもベディエンに抱きつくフィリー。
その行動に、ちょっと元に戻ったかも、とベディエンも思うのだった。

その頃、大陸ヌーヴ・アンクラでも、戦闘終了の合図があった。
正確にはヴァスタンドの砦付近から、撤退命令の煙が上がったのだ。

「わりぃが、俺も退散させていただくとしようか・・・!」
プロコフィエル達と戦っていたエルンストが引く。
「待てよ、お前!」
追おうとするシュツルムをプロコフィエルが止める。
「何すんだよ!」
「今は無駄に攻める必要はない。
 奴らが勝手に帰ってくれるなら、被害が少なくて済むんだ。
 それだけでもマシだ。」
「まぁ、そりゃそうだが・・・。」
文句ありげな表情だが、それ以上何も言わなかった。
確かに大陸を守る役目を果たすには、そう言う選択肢もありではある。
それに今は何よりも。
「まずはヴァンダーの安否の確認だ。」
そう言ってプロコフィエルは歩き出す。

大陸中央、神殿横で。
シュネーゲとシリアが肩を並べて座っていた。
敵であるランディーとボーディンは撤退し、辺りには無残にも残された死体が転がっていた。
「まったく。ここまでやられるとは・・・。」
シュネーゲがため息をつく。
「ホントだね。昔のあんたには考えられないくらい。」
「そうか?」
「そうだよぅ。あのガイアともやりあうぐらいだったのに。」
「あの頃とは違うんだよ、もう。」
「・・・・そう。」
しばらくの沈黙。
先に口を開いたのはシリアだった。
「あんた、これからどうするの?」
「どうするもなにも。今まで通り、この大陸を守るだけさ。」
「セルヴィウスは?」
「あぁ。まぁ助けに行くだろうな。」
「なら、頑張りな。」
「おぅ。お前もだけどな、メイド長。」
二人はしばらく、神殿の壁に背をあずけたまま、空を見上げていた。
戦闘後の、青く澄んだ空を。

しばらく後に、プロコフィエル、シュネーゲ、シュツルム、ホルンフェルスの四人に伝わることだが、
ヴァンダーの“英雄(トーア)の神器”が発見されたらしい。

英雄の神器とは、
英雄はもともとただの一般市民の中から選ばれたものが特別な力を授かった者のことだ。
その特別な力を授かる時、普通は先代の英雄から、“英雄の神器”と呼ばれるものが渡されるのだ。
それは英雄たちが代々受け継いでいる特別な力の源が封印されている。
その封印を大陸中央にある神殿で解くことによって、初めて英雄になれるのだ。
だが、この神器が作られる方法は二種類しかない。
一つは先代の英雄が直々に自分の力を神器に封印する方法。
もう一つは、先代の英雄が瀕死となった時に、その力を失わせないために、強引に神器が生成される方法。

だが、今回の場合は後者のほうが可能性として高い。
現にヴァンダーの行方もしれず、生存確認すらできないのだから。

この事実を彼ら残った英雄たちが知ったのは、戦闘終了後二日後のことだった。

第二十話“舞台移動”

狩猟者(ハンター)たちの襲撃から早くも数日が立っていた。
荒らされた土地は直され、壊された建物の瓦礫も撤去が終わり、再建の準備が始まっていた。

一番被害のあった都市、アーシアは今も他の街から応援を呼んで復旧を急いでいる。
そのアーシアの病棟。
「またここに来るとはな・・・。」
シュネーゲがベッドに座っていた。
仲間と合流した際に、彼の怪我について言われ、仕方なく入っているようだ。
「俺としては入院なんてしなくても良かったものを。」
彼は考えていた。
先日知らされた事実を。
“ヴァンダーの生存確認”それと、“セルヴィウスの逃走”。
一応彼らの方にもセルヴィウスの使われた実験が失敗したと伝わっていた。
しかし、逃走した事実があっても、どこに行ったのかが未だつかめていない。
(両方ともこれからの情報次第か・・・。)
しかし、ヴァンダーのことは、あまり望まないほうがいい。
ここ数日も姿を現していないのだから。
そんなことを考えていると、扉がノックされる。
入ってきたのはプロコフィエル。
「もう大丈夫か?」
「最初からそんな怪我ではなかったしな。」
「そうか。」
「それで、新しい情報でも手に入ったか?」
その言葉には彼も黙り込む。
「まぁそうだろうな。」
予想していただけに驚きも少なかった。
「もう数日したら、彼の捜索は打ち切る。」
プロコフィエルが言い放つ。
シュネーゲも頷く。
「そのほうがいいだろう。それ以降は、セルヴィウスの方を優先させよう。」
「そうだな。」
二人の会話はそこで途切れる。
窓の外は今日も明るかった。

「今までどこに行っていたんだ?」
アクティビウスの質問にシリアは真正面から答える。
「申し訳ありません。少々出かけたところでひと騒動ありまして。」
「そうか。まぁこれからは出歩くにしても、気をつけることだな。」
「はい。」
立ち去るアクティビウスの後ろ姿から目をそらす。
普段と変わらぬ青空に、届かぬ言葉を彼女は囁く。
「私はここら辺が限界・・。あとは、頑張ってね・・・。」
彼女は再び自分の仕事に戻っていった。

「ヴァスタンド、あいつはどうした?」
アジトに帰り着いたエルンストがヴァスタンドに問う。
「あいつとは?」
「シュリーだよ。」
「あぁ、あいつか。あいつはどうやらやられたようだ。」
「あいつが!?本当かよ。」
「敵の自爆に巻き込まれたようだ。」
「そうか。あんな奴でもやられることはあるんだな。」
そう言いながら去っていくエルンスト。
だが、ヴァスタンドは考える。
(なぜ、あの英雄(トーア)の男はシュリーをかばうように爆破されたんだ?)
現場を“見ていた”ヴァスタンドは考える。
何故その英雄が、シュリーをかばったのかを。
太陽の光の届かない地下で、彼は答えを探す。

大陸ヌーヴ・アンクラから遠く離れた大陸のある街。
その混雑した道を、一人の青年と一人の少女、もとい幼女が歩いていた。
手を離さぬようにギュッと握って、二人は人ごみのあいだを縫う。
まるで誰かから逃げるように。
その身を隠すように。
そんな彼らの上にも、平等に、澄んだ青が広がっている。

そして。
この世界、この星のある場所で。
「ぐぉぁ、あぉあぁ・・。おあぁぁァァァァァ・・・!!」
野獣のような、それでいて苦しそうな叫びが、大空に響いていた。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?