{二次創作 短編小説}「東方プロジェクト」文×はたて 「なんでもない日々の なんでもない今日を」

表紙

なんでもない朝に 〜文編〜

鳥の声、眩しい光。涼やかな風に私は目を覚ます。樹々の葉擦れの音が優しく私を包んでくれる。
こんな朝にはもう一度身を委ねて眠りたい。
意識は自然と、再び心深くに吸い込まれ。
「あら、やっと起きたの?」
私の意識が強引に連れ戻される。
朝から聴くには少し高くて耳に響く声。
「あんた、起きてんでしょ?」
「・・・寝てますよ」
「はいはいそうですね〜」
適当な返事。私の至福のひと時を邪魔しておいてよくそんな態度を。
私は仕方なしに体を起こす。
私を起こした張本人、はたての姿はもう部屋にない。
廊下を歩いていく音が聞こえた。
このままならもう一度眠ってもいいかもしれないが、きっと彼女はまたあの声で起こしに来るだろう。
「仕方ない、起きますかね」
立ち上がりぐっと背伸び。太陽の光を体で受けていると少しばかり元気をもらえる気がする。
「よしっ」
寝巻きから着替え、私は台所へ向かった。
「ん?あぁ、おはよう文。起きたのね」
「あなたの声で二度は起こされたくないもので」
「何よそれ」
台所に入ると美味しそうな匂いが出迎えてくれる。私はとりあえず顔を洗う。エプロン姿で作業中の彼女の前では、今まさに彼女用の朝食が盛り付けられていた。
「あんたも食べるよね」
「いいえ、結構です」
「あっそ。なら私一人で・・・」
「あ〜もう冗談ですってば。食べます!私も食べますから〜!」
「じゃあ自分の分は自分でよそってね」
「はいはい」
私は自分の分をよそって居間へ。机を挟んではたての向かい側に座る。
「いただきます」
「いただきます」
二人で挨拶。ここまではいつもと同じ。
なんでもない朝食の時間。
「それにしても今日はやけに寝てたわね」
「そりゃ昨日は文々。新聞の発行と配達の日でしたからねぇ」
発行するにも昨日の昼から印刷屋に持って行き、刷り上がるのは日が変わる頃。それから夜のうちに配達してきて、帰ってきたのは遠くの山が白み始めた頃だ。
だから当然起きる時間も遅くなってしまうわけですが。
「まぁ脱稿日ぐらい良いじゃないですか」
「そうね」
はたても納得いたように頷く。まぁ多分彼女も分かってくれていたからいつもの時間には起こさなかったんだろうけど。
「そういえば、はたて」
「何?」
「あなた、なんでこの家に住んでんだっけ」
「はぁ?忘れたの?」
「あぁ、自宅が爆発して帰れなくなったんでしたっけ」
はたてが吹き出す。
「ちょっ!そんなわけないでしょ!」
「あら、違いましたか」
「当たり前よ。私が実家に居辛いだけよ。別にここじゃなくてもいいのよ」
「そうですか。なんかインパクトというか、面白みのない理由ですねぇ」
「事実に面白みなんて加えなくていいのよ。あるがままでいいの」
「そんなんだから新聞も面白みに欠けるんですよ」
「あんたみたいに無駄に脚色してるのもどうかと思うわ」
はたてのくせに言ってくれますね。
「面白みもないのであなたの居候の理由はやっぱり家が爆発四散したってことで」
「だから発想がぶっ飛びすぎ」
「え〜、あや〜、そんな昔のこと覚えてない〜。キャハッ」
「え〜・・・」
あ、何その本気で引いた顔。やめてください。せめて罵ってくれた方が心に負う傷も浅い。
やめて、そんな目で見ないで。
「ま、まぁ、そんな昔のことは忘れてしまいましたよ」
「たった130年前の話だけどね」
「私はそれ以上に覚えておく大切なことがたくさんあるのですよ!」
「ふ〜ん、そっか・・・」
あれ?深追いしてこない。はたてなら食いついてくると思ったのに。
予想外でちょっと先を繋ぐ言葉に詰まる。
「ごちそうさま」
私が何か話し出すより先にはたてが立ち上がる。
「あたし、これから用事あるから、片付けはよろしく」
「え、えぇ。わかりました」
それだけ言い残すとはたては居間を出て行く。
私も残ったご飯を飲み込んで台所に向かった。

食器の洗い物も朝食二人分だけしか残っていない。昨日の夕飯ははたて一人だったし自分で片付けたのだろう。
私はさっさとそれらを洗って水切り用の食器カゴに立てる。
ちょうど終えたところではたてが玄関に向かう足音が聞こえた。
「はたて!」
私は玄関を出ようとする彼女を呼び止める。
「何?」
「いってらっしゃい」
その一言。見送る時の決まり文句。
だけど私が見送る時、はたてはいつも少しはにかんだ笑顔で返事をする。
「うん、いってきます」

なんでもない昼を 〜文編〜

「暇ですねぇ・・・」
私は誰にともなくつぶやく。
朝にはたてが出かけてしまってから、私は部屋で一人横になっていた。
今日くらい取材もお休み。だって昨日新聞出したばかりですし。
「今日ぐらいはゆっくり羽根でも伸ばしてもいいじゃないですか〜」
とは言ったものの、することがないというのは暇で暇でしょうがない。
どうしたものか。
「散歩でもしてきましょうか・・・!」
私は起き上がり窓の外を見る。
快晴。心地よい風が私の髪を揺らす。なにも考えず飛び出したくなる、そんな空。
「行きますかっ!」
私は開け放った窓から一気に飛び出した。

駆ける空はどこまでも澄んでいて、輝いていた。どこか目覚めきっていなかった体がようやく起きたような感覚。全身で太陽の光を受け止める。
心地がいい。
やっぱり家に篭っているよりは空の上の方がいいな、私は。
誰も追いついてくれないけれど。
しばらく空を漂う。
目を閉じてもなにも聞こえない。
喧騒なんて無い。権利も義務も無く、人付き合い等の難しいことも無い。何も無いからこそ心地よい場所。
見上げた先には群青に濃くなっていく空が、足元には流れ行く雲が。その先に小さくなった世界。
この光景が好きだ。
自分がどこまでも高くなれた気がして。誰よりも強くなれた気がして。
私はすっと全身の力を抜く。
一瞬の浮遊感、そしてすぐに重力が私を引っ張る。
最初はゆっくり、徐々に強く速く。
私は目を瞑り、風だけを感じる。
そのまま私は高空から大地へと落ちていく。
落ちて落ちて、もうすぐ地面だろうなと思った時だった。
「文さん!!」
突然の叫び声に目を開けると、もう目の前に誰かの人影が。
「え・・・!?」
いつもの私なら避けられたかもしれない。
いや、どうだろう。自信無いな。
まぁ結果として。
私とその誰が声を上げるより先に、大きな水しぶきが上がった。

「はぁ、はぁ・・・。全く、一体誰ですか、私の軌道に入ってきた人は・・・」
身体中ずぶ濡れで私は河原に身を投げる。まぁ体に傷ができなかったのはせめてもの救いですかね。
ふぅ、と溜息。日の光を遮る木々を見上げる。
と、川の方からゲホゲホとむせるような声が近づいてくる。
「ぶ、無事ですか、文さん」
これまた全身ずぶ濡れの椛が、水を滴らせながら河原に上がってくる。
ということは。
「ぶつかってきたのはあなたでしたか、椛」
「ぶ、ぶつかってきたって・・・。あ!そ、それより大丈夫ですか文さん!!」
「こんな格好にしておいてよく言いますよ」
「あ、いやそういうことではなくて・・・」
私が濡れ濡れになるのはいいのですか。
「あの、お身体とか、大丈夫ですか?」
「身体?えぇ、傷などはありませんが」
「それは良かったです。・・・じゃなくて!その、身体の調子が悪いとか無いですか?急に空から落ちてきたので・・・」
そういうことでしたか。
「要らぬ心配ですよ、椛。別に何かがあって落ちてきたわけでは無いですから」
「な、なんだ、良かったぁ・・・」
力が抜けたように河原に横になる椛。
そんなに変でしたかね、私。
「ところで椛、私そんなに急に降ってきました?」
「え、だってなんの前触れもなく急に力が抜けたように見えて・・・」
おかしい。
私がいた場所は肉眼でそんなにはっきりと見える場所では。
「あっ・・・!」
私が聞こうとする前に椛の方が自分の発言から察したみたいです。ちょっと顔を背けるところなんか、もう聞くまでも無いですね。
「千里眼、任務中に別の場所を見ていては怒られますよ?」
「・・・今日は、非番で・・・」
「なんだ、そうでしたか」
まぁ非番だからといって好き勝手覗かれるのもいい気分ではありませんね。
・・・ちょっとくらいお咎めを受けていただきましょう。
「覗き見とは良い趣味とは言えませんねぇ」
「す、すいません・・・!」
「それに結果として、こんなにずぶ濡れにして」
「すいません・・・」
少し縮こまる椛。頭についた大きな耳まで垂れてしまって。
私はその耳に近づいて囁く。
「それでですね、このままでは、寒くなってしまうかもしれませんねぇ・・・」
相手がゾクゾクしているのって楽しいですよね。
「ですから、責任持ってあなたが。私の服・・・脱がせてください」
「あ、あああ文さん・・・!?」
勢いよく振り返った椛と目が合う。
あ、これは思ったよりも・・・、すごく近い。
「あああ、文さん!だ、だめです!!」
慌てて距離を取る椛に、つい私は笑いが漏れる。
「椛、冗談ですよ冗談。そんなに顔赤くして、馬鹿正直ですねぇ」
「も、もう文さんっ!」
おや、ちょっとからかい過ぎましたかね。
「それじゃぁ、もう覗き見なんてしないことです。いいですね、椛」
「・・・はい」
なんとも自信のない返事。でもまぁ、いつものことか。
「それでは、私は帰りますね。こんなずぶ濡れでは本当に風邪を引きかねません。あなたも早く着替えた方が良いですよ」
「文さん」
帰ろうとした私を彼女の声が止める。
「なんです?」
「あの・・・。さっきみたいなこと、あまり、他の人には、しないでくださいね・・・?」
こちらに背中を向けているけれど、なんとなく今の椛の表情は見えた気がした。
少し寂しそうで、悲しそうで、それでいて少し頬を赤く染めた顔。
私はそっとその背中に抱きつく。
抱き寄せた体がビクリと震えるのを感じる。
「あなたがそんな、馬鹿正直だから、可愛いんです・・・」
そっと囁く。
「・・・そういうところ、好きですよ」
それだけです。
私は椛から離れる。
「あ、文さん、今なんて・・・」
「いいえ、別に」
私は笑って手を振る。
足は止めない。彼女の方も見ない。
「それでは、またいつか」
私はまた空に戻った。

なんでもない夜は 〜文編〜

「ただいま戻りましたよ〜」
椛と別れてから、私はまたしばらく空をうろうろ飛んでいた。空が夕焼けに染まる頃、ようやく私は家に帰ってきた。
「あら、まだ誰もいませんか」
家に誰かいる様子はない。はたてもまだ帰っていないみたいだ。
「それなら、さっさと風呂入ってしまいますかねぇ」
いつの間にか濡れた服も乾いてしまったが、やっぱり気持ちのいいものじゃない。
私は風呂の外へと周り湯を沸かす。あくまで作業ではあるけれど、河童さん提案の発火装置は大変役に立ちます。
いやー、にとりとは友人で本当に良かった。
早々に湯が沸いたので私はさっさと風呂を済ませた。

 * * *

「ふぅ・・・。一風呂浴びた後はさっぱりしますねぇ」
風呂はやっぱり気持ちがいい。こうして窓からの夜風に涼んでいるのも。
「ただいま〜」
と、私がのんびりしていると玄関の方から声が。
「おかえり、はたて」
「えぇ、ただいま〜ってなんで!?」
部屋に入って来たはたてが固まる。
「ん?どうかしたのですか?」
「あ、あんた!服くらい着なさいよ!」
「いいじゃないですか風呂上がりくらい。それに裸ではないじゃないですか」
ちゃんとタオルを巻いて。
「ほぼ裸同然よ!せめて浴衣くらい着ときなさいよ!」
やけに彼女の顔が赤い。別に同性なんだからいいじゃないですか。
「それより、はたても早く入ったらどうです?」
「はぁ、全く・・・。あんた、ちゃんと服着ておきなさいよ」
「はいはい」
私の返事より先に部屋を出て行ってしまうはたて。
なんなのでしょうね、思春期なのでしょうか。
まぁもう一度怒られるのも嫌ですし、浴衣に着替えておきましょう。

 * * *

はたてがお風呂から上がったら夕飯の時間。
私だって手伝えます。朝は準備したくないだけです。
浴衣姿の二人で夕飯を作り食卓へ。
「今日も材料買ってきてくれたんですね、ありがとうございます」
「あんたが買いに行かないからでしょ?」
「私が買いに行く前にはたてが行ってしまうんじゃないですか」
「文は食料が底を尽きるまで買いに行かないっていう癖をやめなさい。もっと早く、次は文が買いに行ってきてよね。い・い・わ・ね?」
「はいはい」
私は適当に話を流して箸を進める。それでも一人のときには無かった賑やかさがあった。
それは私にとっても少し嬉しいことなんだなっていつも感じている。
一人も、好きだけど。

 * * *

夕飯を終え、片付けも終わった。私たちは同じ部屋に布団を並べる。
以前は別々の部屋で寝ていたけど、今はなんとなく同じ部屋。
そう、なんとなく。
「はたて、もういいですか?」
「えぇ」
「それじゃ、電気消しますよ〜」
パチン。
部屋が暗くなり、光源は窓の外から差し込む月明かりだけ。青白い光の下で私は目を瞑る。遠くから虫の声が、風の囁きが聞こえる。
力が抜け、気がまどろんで行く。
ゆっくりと眠気が私を連れて行こうとした頃。
「・・・ぁ、ゃ・・・」
囁くような、風に流されてしまいそうな声が聞こえる。
それと同時に、さわさわと浴衣越しに誰かの手が私に触れる。
「・・・あや・・・」
少しずつ声が近づいてくる。体をなぞる手も少しずつ上の方に。
またですか。
「・・・はたて」
「あ、や・・・。起こし、ちゃった?」
「いいえ。私も眠れていませんでした」
そんな私の言葉に小さく微笑む彼女。
浴衣は着ていなかった。
でもこれがいつも通りなのだ。
毎日ではないにしろ、私にとってはよくあること。
こういう時、私は言ってあげるのだ。
「・・・おいで、はたて」
はたての手がそっと私の浴衣をはだけ、彼女は私の胸に顔を埋めるように抱きつく。
私の背中側へ回された腕が触れる曲線は少しくすぐったい。
「・・・あ、や・・・」
私の胸の中で名前を呼ぶ彼女。その頭をそっと撫でる。それだけのことでも、彼女の緊張が抜けていくのが分かる。
体温って暖かいものなんだと、毎回気づかされる。
「文・・・」
「なんですか?」
「文、あのね、あたし・・・」
私は返事をしない。
ただ彼女の言葉を待つだけ。
彼女の吐息が私の胸の間をくすぐる。
でも、それだけ。
「・・・なんでもない」
はたてはいつも、最後まで言ってくれたことがない。
だから今日も何もない。
いつもと変わらない、なんでもない日。
ぎゅっと私を抱く腕に力がこもる。
そんな彼女の頭をもう一度撫でる。
「なんでもない、ですか」
それ以上私が言うこともない。
ただ目の前の抱きついてくる温もりに身を任せる。
きっとこのままずっと。
これからも変わらない時間を過ごすのでしょう。
なんでもない日々の、なんでもない今日を。

なんでもない朝に 〜はたて編〜

早朝。夜の空に眩しい光が満ち始める。
あたしはゆっくりと体を起こす。
日の上り方からして、いつもより寝てしまったみたいだ。
「あれ、文・・・」
昨日の夜は新聞の発行の為にいなかった文がいつの間にか帰ってきていた。倒れるように布団にうつぶせで眠る文。
「布団敷いといて正解だったわね」
文の顔を覗き見る。スヤスヤと眠る顔は普段の彼女には似つかわしくないほど綺麗。
「綺麗ね、本当・・・」
正直羨ましい。
そんな文の顔をもう少しだけ見ていたい気がする。でもあたしは文から離れてそっと部屋から抜け出す。朝もおちおち寝てはいられない。
台所、窓を開けると鳥の声が聞こえる。顔を洗うと、エプロンをつけて朝食の準備にかかる。
今日は何にしようかしら。
昨日の夕飯は一人だったしおかずもあまり作らなかったから、余り物もない。
仕方ない、全部作るしかないか。
あたしはなるべく手際よく朝食を作り始めた。

朝食を作っていたが、なかなか文が起きてこない。
「まだ寝てんのかしら・・・」
昨日遅かったのは分かるけどいつまで寝てるのよ。
あたしは寝室に向かう。起きないなら起こす他ない。
「文〜、起きなさいよ〜」
扉を開けるとまだ眠っている様子。
「まったく、いつまで寝てんのよ・・・」
文に近づいて頬をつつく。むにゃむにゃと口が動くだけで特に反応はない。
「文〜!朝よ〜!」
叫んでも起きそうにない。これはまた後で起こしに来ないといけなさそうね。
とりあえず一旦朝食の準備に戻った。

朝食が出来上がったのはいつもより少しだけ遅い時間。まぁ起きた時間も遅かったんだし仕方ないか。
あたしはもう一度文を起こしに寝室へ。
「文?」
寝室を覗くと文がもぞもぞ動いている。
「あら、やっと起きたの?」
声をかけると、ぎゅっと枕に顔を押し付ける文。
返事はない。
「はぁ・・・。あんた、起きてんでしょ?」
「・・・寝てますよ」
「はいはいそうですね〜」
寝てる人は返事しないっての。
起こしに来てあげてるのに仕方ない人。起きないなら朝食一人で食べちゃうからね。あたしだって作りたてが食べたいのよ。
とりあえず文は起きているみたいだし、あたしは台所へと戻った。

自分の分の朝食を盛り付けていると、寝ぼけ眼の文が台所に入ってくる。
なんだ、起きたんじゃない。
「おはよう文。起きたのね」
「あなたの声で二度は起こされたくないもので」
「何よそれ」
朝っぱらから失礼なこと言うのね。
「あんたも食べるよね」
答えは分かっているけれどとりあえず聞いてみる。
「いいえ、結構です」
「あっそ。なら私一人で・・・」
「あ〜もう冗談ですってば。食べます!私も食べますから〜!」
「じゃあ自分の分は自分でよそってね」
「はいはい」
文の返事を後ろに、あたしは先に居間へ向かった。

居間の机に朝食を並べあたしは文を待つ。一足遅れて自分の朝食を持ってきた文が机を挟んではたての向かい側に座のを待って。
「いただきます」
「いただきます」
二人で挨拶。
これはいつも通りの光景。私が朝食を作り二人で机を挟む。
なんでもない朝食の時間。
「それにしても今日はやけに寝てたわね」
寝すぎなんじゃないかと思うくらいだったわ。
「そりゃ昨日は文々。新聞の発行と配達の日でしたからねぇ」
知ってるわよそのくらい。
でももしかして普段の時よりも時間がかかったりしたのかしら。
「まぁ脱稿日ぐらいいいじゃないですか」
「そうね」
まぁ文が遅く起きようがあたしに影響あるわけじゃないし。
「そういえば、はたて」
「何?」
「あなた、なんでこの家に住んでんだっけ」
急な話題にあたしは咳込みそうになったのを堪える。
「はぁ?忘れたの?」
「あぁ、自宅が爆発して帰れなくなったんでしたっけ」
その返しは反則でしょ。
「ちょっ!そんなわけないでしょ!」
「あら、違いましたか」
「当たり前よ。私が実家に居辛いだけよ。別にここじゃなくてもいいのよ」
「そうですか。なんかインパクトというか、面白みのない理由ですねぇ」
「事実に面白みなんて加えなくていいのよ。あるがままでいいの」
事実なんて大抵面白みもないものよ。
「そんなんだから新聞も面白みに欠けるんですよ」
「あんたみたいに無駄に脚色してるのもどうかと思うわ」
「面白みもないのであなたの居候の理由はやっぱり家が爆発四散したってことで」
「だから発想がぶっ飛びすぎ」
どうして家が吹っとばなきゃいけないのよ。
「え〜、あや〜、そんな昔のこと覚えてない〜。キャハッ」
「え〜・・・」
えー・・・。
気付いたら声が漏れてた。これ心がそのまま漏れ出すって感じなのかしらね。
いや〜、文にそのキャラ付けだけは無いわ〜・・・。
慌てたような様子で文が言う。
「ま、まぁ、そんな昔のことは忘れてしまいましたよ」
「たった130年前の話だけどね」
「私はそれ以上に覚えておく大切なことがたくさんあるのですよ!」
「ふ〜ん、そっか・・・」
そっか。
あたしのこと、それ以上に覚えておく大切なこと、か・・・。
まぁあたしの居候の理由は大したことじゃ無いかもしれないけど、それでもなぜかそう言われるとそれはそれで寂しい気がした。
ハッと我に帰る。
あ、つい考え込んでしまった。文が少し不思議そうな顔であたしを見つめている。
それが妙に気恥ずかしい。
「ごちそうさま」
文が何か話し出すより先にあたしは食器を持って立ち上がる。
「あたし、これから用事あるから、片付けはよろしく」
「え、えぇ。わかりました」
若干文が驚いているのが伝わって来る。
あたしは少し早足で台所に向かい、食器を置いてすぐにそこから離れた。

 * * *

台所から食器を洗う音がする。文が片付けをしてくれているのだろう。
私は外に行くための服に着替える。
用事なんて本当はなかったけど、外に出たい気分ではあった。
準備を終え、私は玄関に向かう。
靴を履いたところで文の声が聞こえる。
「はたて!」
「何?」
振り返る私に文はとびきりの笑顔で一言。
「いってらっしゃい」
見送る時の決まり文句。
時折見せるその笑顔が堪らなく眩しくて。
「うん、いってきます」
あたしはいつも、上手く笑顔を返せているか心配になるの。

なんでもない昼を 〜はたて編〜

「はぁ」
溜息が漏れる。木の枝に座りながら私は幹に背を預ける。
見上げた空はあたしの気持ちなんて知らないみたいな快晴。
「はぁ・・・」
また溜息が漏れる。
特にすることもなく家を出てきちゃったし、用事なんてない。取材の予定だって今日はないから、事件でも起こらない限りなにもない。
ただ、普段の幻想郷はとってもなにも起こらない。
「今日も幻想郷は平和です〜、ってね」
私は身体の力を抜いて目を閉じる。
最近は暑すぎもせず寒すぎもしない。一年の中でも過ごしやすい時期だとあたしは思う。木陰は日も当たらないし、足元を流れる穏やかな川のせせらぎは気持ちを落ち着かせてくれる。
少し休むには丁度いい場所。
ちょっとだけ私は目を閉じた。

 * * *

「お?そこにいるのは、はたてじゃないかい?」
まどろんでいたあたしを誰かの声が現実に引き戻す。
木の下から聞こえた声に薄眼を開けて確認してみると、そこに立っていたのはリュックを背負った河城にとりだった。
「あぁ、なんだにとりか・・・」
「あれ、もしかして寝てた?いや〜ごめん。でもそんなところで寝てたら危ないんじゃないかい?」
「寝てても落ちたりしないから安心して」
私はぐっと背伸びをする。
「それにしても珍しいね、はたてがこんなところに一人なんて」
「それを言うならにとりもじゃない?」
にとりの家はもっと川の上流にある。こんな下流の方まで降りてくるのも珍しい。
「そっか、言われてみればそうかも」
にとりはそう言って笑う。
「今日はちょっと人里に用事があってね。それで、はたては一人で考え事かい?」
「別に」
何か考えていたわけじゃない。わけじゃないんだろうけど。
自分でもよく分からない。
「文と何かあったのかい?」
「え?」
「いや〜最近二人で同棲してるんだったよね?何かあったのかなって」
「気になるの?」
「そりゃ〜、私の盟友二人の問題だもの、気にならないわけがないって」
「そう」
でも特に何かあったわけじゃないしなぁ・・・。
「そういえば、にとりはよく私たちのこと『盟友』って呼ぶけど、なんでだっけ」
「それは私とかたい約束を交わした友だからさ〜!忘れちゃったのかい?」
「かたい約束・・・」
何かそんな重要な約束、した覚えはないんだけど。
「まぁ覚えてるわけないさ。だってそんなものしてないんだからさ〜」
「え、なによそれ」
やっぱりしてないんじゃない。
「でもそれじゃ盟友って・・・」
「私は、はたてや文を手伝えることがあったらなんでもするさ〜。はたてはどう?」
「あたし?そりゃあたしだって手伝えることなら手を貸すけど」
「そう?ありがと」
にひひと笑うにとりに、あたしの頭の中には疑問符が浮かぶ。
答えになっていないような・・・。
「はたて。約束なんてなくていいんじゃないかな」
「え?」
「だってお互い、約束していなくても信頼できる仲じゃないか〜」
そう言ってまた笑う。
あたしも釣られて笑ってしまう。
なんでかな。にとりの言葉は素直に受け止められる。言葉の裏を考える必要なんてない居心地の良さが。
だから少し聞いてみたくなった。
「ねぇ、にとり。それじゃぁ、盟友と友達の違いってなんだろうね」
「ん?なんだい藪から棒に」
「いや、ちょっと聞いてみただけ」
「そうね〜。う〜ん、分ける必要なんてあるのかな〜」
特に悩むこともなくにとりは言う。
「一度話をして、一緒に将棋でもして、そうして気付いたら話のできる相手になってる。そういう相手はみんな盟友なんじゃないかな」
なんて単純な。
「じゃぁ、親友とか、恋人とか、そういうのは・・・」
にとりなら分ける必要ないって言うのかな。
「ん?それも分ける必要あるの?」
あぁ、やっぱりそう言うんだ。
でもそんなにとりの答えに安心したあたしがいる。
「他人、盟友、夫婦や親族。だいたい区分けはこのくらいじゃないかい?」
「でも、そう簡単にはいかないのよ〜・・・」
心で安心しても、口ではそう言ってしまうあたし。
「はたては考えすぎさ〜。文もそうだけど、天狗はみんな考えすぎさ〜」
「もう、にとりは単純すぎ」
「そうかな〜」
本当に心も言葉も単純。でもそんな彼女だから、あたしも一緒に話してると気が楽になる。
「あっ、そろそろ行かなきゃ」
「それならあたしも付いて行くわ」
枝から道へ飛び降りる。
「いいのかい?」
「えぇ。あたしも人里に用事があったの思い出したの」
家の食材がまた少なくなってるんだった。
「そっか。それじゃぁ行こうか、盟友」
歩き出すにとりと並んで歩く。
「ところで、文とはいつからの付き合いなの?」
「う〜ん、幻想郷ができた頃からかなぁ・・・」
「そんなに前!?」
里を目指し、なんでもない話をしながら。

なんでもない夜は 〜はたて編〜

にとりと一緒に買い物してから帰ってきたら結構遅くなってしまった。辺りも少しずつ暗くなって、夜風が少し冷たい。
家に着くともう明かりはついていた。文は家にいるみたいね。もしかして今日は一度も外に出なかったのかしら。
「ただいま〜」
「おかえり、はたて」
声をかけると居間の方から文の声がする。あたしは靴を脱いで居間の方へ。
「えぇ、ただいま〜ってなんで!?」
居間にはなぜかタオル一枚の文が。
「ん?どうかしたのですか?」
どうしたもこうしたもない!
「あ、あんた!服くらい着なさいよ!」
あぁもう!いきなりなんて格好してんのよ!
自分でもわかるくらい顔が熱くなってる。
「いいじゃないですか風呂上がりくらい。それに裸ではないじゃないですか」
「ほぼ裸同然よ!せめて浴衣くらい着ときなさいよ!」
本当なんでこういうところはずぼらなのよ。へんなところでこだわるぐらいならもっと日常的なところをどうにかしてほしい。目のやり場に困るのよ。
まぁ、同性なんだけど・・・。
「それより、はたても早く入ったらどうです?」
混乱してるあたしを余所に、文は平然と風呂を勧めてくる。
なんだか一気に力が抜ける。
「はぁ、全く・・・。あんた、ちゃんと服着ておきなさいよ」
「はいはい」
あたしはさっさと居間を後にする。着替え用の浴衣を持ってお風呂へ。
湯加減は丁度いい感じ。もしかして文が入った時はちょっと熱いぐらいだったんじゃないだろうか。こういうところでは気が効くというか、気が効きすぎるんだから。
それにしても私ばっかり変に慌てちゃった。でも文に他意が無いからこそ余計に困る時もあるの。どう反応していいか分からない時が。

 * * *

あたしがお風呂から上がったら夕飯の時間。文も手伝ってくれて二人で夕飯の準備。どうせなら朝も手伝ってくれればいいのに。
二人で出来上がった夕飯を持って食卓へ。
「おいしいですね・・・」
ぼそりと文の口から漏れた言葉は、多分彼女も気付いていないんだと思う。だからあたしが返事をすることはない。
「今日も材料買ってきてくれたんですね、ありがとうございます」
「あんたが買いに行かないからでしょ?」
「私が買いに行く前にはたてが行ってしまうんじゃないですか」
「文は食料が底を尽きるまで買いに行かないっていう癖をやめなさい。もっと早く、次は文が買いに行ってきてよね。い・い・わ・ね?」
「はいはい」
他愛もない話をしながら食事を進める。実家にいた頃にはなかった風景。
どんなに小さくても、あたしにはすごく嬉しいことだった。

 * * *

夕飯を食べ終え、片付けも終わらせた。あたしたちは同じ部屋に布団を並べる。以前は別々の部屋で寝ていたけど、文が一緒の部屋で寝ることを許してくれた。
なんとなく。文はそう言っていた。
「はたて、もういいですか?」
「えぇ」
「それじゃ、電気消しますよ〜」
文はいつもそう確認してから電気を消す。
パチン。
部屋が暗くなり、光源は窓の外から差し込む月明かりだけ。青白い光の下、少し揺れだした気持ちを抑えるようにあたしはぎゅっと目を瞑る。
遠くから虫の声が聞こえる。
どこか暗闇に飲み込まれてしまいそうな感覚。一人になってしまうんじゃないかと、私の気持ちが抑えきれないほどに暴れ出す。
正直に怖いのだ、私は。
暗闇が怖いんじゃない。何が怖いのかも分からない。
だけど時々、無性に自分が壊れそうな感覚に襲われる。
「・・・ぁ、ゃ・・・」
あたしの口から声が漏れる。
ダメ。声を出しては・・・。
「・・・ぁ、ゃ・・・」
でも、でもでもでも。
壊れそう。
どことなく伸ばした手は横に眠る文の体に触れる。
触れる。触れる。
布越しに暖かい肌を感じ、私の中の自壊しそうな心が守られたような気持ちになる。
「・・・あや・・・」
あたしは無意識でその暖かさに近づいていく。
少しずつ彼女の方へ体を引きずっていく。
浴衣がはだけ脱げても、そうして文の体に触れられる面積が増えることに喜びを感じてしまう。
最初は文の腰のあたりに顔を埋める。
そのまま少しずつ彼女の頭の方へ。
それはまるで全身で文の中に包まれていくような。
「・・・あや・・・」
「・・・はたて」
ぼそりと落とされて声に私は顔を上げる。
「あ、や・・・。起こし、ちゃった?」
「いいえ。私も眠れていませんでした」
文、もしかして眠らなかったのかな。
そう考えると自然と頬が緩んでしまう。
自己満足でもいいの。今はそう感じさせて、文・・・。
「・・・おいで、はたて」
その言葉で私は文に抱きつく。
背中の方に腕を回して、その背中を撫でる。
少しだけ文の身体がびくりとするけれど、抱き寄せた身体を伝わってくるその動きが心地よい。
「・・・あ、や・・・」
無意識に漏れた声。文の胸に顔を埋めるあたし。
とっても柔らかい胸の中で、文に頭を撫でてもらえている。あたしはその幸せに身を預ける。
本当に、暖かい。
「文・・・」
「なんですか?」
「文、あのね、あたし・・・」
文は何も言わない。きっと私の言葉を待っていてくれている。
だけど私は、ただただ文の胸の中で息をすることしかできない。
「・・・なんでもない」
まただ。また私は言葉を飲み込む。
何やってんのかな、あたし。
文の胸にさらに埋もれる。
彼女の顔も見えない。ただ、確かな鼓動と暖かさを感じる。自分が文の傍に居られるんだと実感出来る。
それだけが、どうしようもなく嬉しい。
「なんでもない、ですか」
文が何か言ってくることもない。
あたしから離れることもなく、その手はまた優しく頭を撫でるだけ。
それだけ。それ以上はない。
だから変なところで気が効きすぎるの、文は。
あたしはただ抱き寄せた温もりに身を任せる。
言葉にできないのなら、今あるこの時を、このままずっと。
これからも変わらない時間を過ごしたい。
なんでもない日々の、なんでもない今日を。


なんでもない今日をなんでもない明日のために


なんでもない今日をなんでもなく生きよう

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