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雨が止んだら -目が悪い-


 私は、目が悪い。
特に雨の日の前日から翌日までは視界が酷くブレる。お陰様で梅雨の時期は結構な頻度で目が悪くなり、近くまで寄らなければ誰か分からない事がしょっちゅうある。

 朝、いつも通りの通学路を歩く。

 むむむ?あれは何だ。恐らく人だとは思うが……

 ほら、またこうなるのだ。
 こちらに向かって手を振っている気はするが、誰だかさっぱり分からない。
 一歩一歩近づいて確認する。

だが……まだ分からない。

そしてまた一歩と近づく。今度は先ほどよりも大きな一歩。

「あ、巡ちゃん。」

「おはよ。やっぱり誰か分かってなかったんだね。にしても、そのしかめっ面やめた方が良いよ、面白いけれど。」
「だって見えないんだもん!自然と変な顔になっちゃうよ!」
「そんなに見えないならコンタクト買ってみれば?」
「いやだよ、異物を私の綺麗な目の中に入れるだなんて!おめめ汚れちゃう。」
「単純に怖いだけでしょう?」

 ぎくっ!やはり勘づかれていたか。きっとここで強がってもどのみちバレるのがオチなのだ。仕方ない、認めよう。

 それにしても最近本当に乱視が酷いのだ。やはり眼科に行くべきかしら。それともメガネ屋さんへ行ってメガネでも作るべきかしら。
 とりあえず、母へ相談してみよう。

 その日、家に帰ってから母に相談した。
「え?眼科?メガネ?あんたそんなに視力下がってんの?」
「うむ。」
「でも、去年の学校の視力検査平気だったじゃない。」

 あんたのことだからただの漫画の読みすぎじゃない?と言われた。


――翌日。

「おはようである!」

 私は巡ちゃんにドヤ顔で挨拶した。巡ちゃんは呆れ顔で私におはようを言った。

「雨衣、何それ……」
「おうおう、何かって?これは見ての通りメガネでござるよ。」
クイッと上げてまたドヤ顔して見せた。
巡ちゃんはやはり呆れ顔で、小さくため息を吐いた。

「昨日の今日で……随分と行動が早いね。」
「思い立ったらすぐ行動だよっ!」

 巡ちゃんには呆れられたが、私の視界は実に良好であった。なんなら人の鼻毛まで、三メートル先から見えそうなくらいだ。アフリカの少数民族になった気分。ウンババウンババ!と突然ジャンプしながら言い出した私に、流石の巡ちゃんも驚いた様で、何してんのとドン引きされた。

 その後、クラスの民々からも沢山質問された。まぁ、だいたいみんな「そのメガネどうしたの?」だったけれど。私はその度ニヤついてガリ勉君のように
「フフフ……買ったのだよ」
と自慢げに話した。

 しかし、これは数ヶ月前の話。私は今メガネを掛けていない。その理由はまぁ、簡潔に話すとただ単に面倒くさくなっただけなのだけれど。
 授業中の居眠りには不向きだし、体育だってメガネがズレてやりにくい。今までバスケットボールの授業をしている時、まぐれで入っていたスリーポイントシュートもそのせいで何度も失敗してしまった。バレーボールもレシーブが上手くできなくなった。

「ちきしょうめ!悔しいぜまったく!」
巡ちゃんに愚痴った。しかし、巡ちゃんは最初からこうなることを予想していたらしく、
「雨衣には不向きだと思っていたよ。というか、なんで視力悪い方がなんでもできるのよ。」
 コンタクトを勧めたのは私の行動が分かっていたかららしい。なるほど、やはり巡ちゃんはなんでも分かっているな。
 ぐすんぐすん泣きつく私に巡ちゃんはしょうがないなぁと言いつつも聖母のように優しくよしよししてくれた。実際は呆れ顔で全然気持ちもこもっていなかったかもしれないが、その時の私には聖母に見えたのである。

「ねぇ、雨衣。私、裸眼の雨衣も好きだよ?」
「えー、やだよぉ。少数民族ー!」
「……どういうこと?」

 でもそれから一ヶ月も経たないうちに、結局私はメガネを掛けて学校へ行くのをやめた。もちろん家や遊びに行くときなんかでは一応たまに着けている。
一応、たまに。
でないとうちにはとても怖い鬼が住んでいる故、何をされるか分からないからだ。最初の内は、やはりガミガミ言われた。

「だから何回もちゃんと掛けるのか聞いたでしょ!あんたはほんとにいつもこうなんだから!少しは物事を考えてから行動しなさい!」

 あー、今思い出しても耳を塞ぎたくなる。自分のお年玉で買ったから別に良いじゃないか。(まぁ、半分は弟のだけれど。)

 でも、なんだか今では目が悪いのも良いなと思えてきた。そりゃあ、良いに越したことはないのだろうけれど。

 私の場合、それは上手く表現できないけれど、例えば遠いところに知り合いらしき人が居たとして。その人がこちらへ向かってくるのに対して私はしっかり目を見て挨拶したり、笑顔になれるだろう。目が良ければ、恐らくそれはできない。私は案外目を見て話すのが苦手だからだ。

 もちろん友達の顔は見て話せる。でも飲食店での注文や、近所の人との交流のときなど、私はなんだか恥ずかしがり屋が出てしまって上手く話せなかったりする。

 そしてメガネを掛けて分かった。近くにいるその人だけを見つめられればそれで良いのだと。大事な存在がくっきりはっきり見えれば、それだけで十分だ。周りは割とどうでも良い。もちろん、イケメンは遠目からでも見たいけれど。
 それに、巡ちゃんも裸眼が好きと言ってくれたし。なんなら、それがメガネを掛けなくなった大きな理由かもしれない。

 目が悪いのは少しだけ苦労するけれど、その分私にとっては良いことも多い。

「巡ちゃん、どう?」
「……え?何が?」
「ほらー!今の水無月雨衣だよ!何か変わったでしょう?」
「あー……えっと、前髪切った?」
「ちがう!全然違う!いや、そうだけどちがう!気づいて欲しいのはそこじゃない!」
「あぁ、裸眼に戻したの?」

 巡ちゃんは微笑んで、そっちの方が雨衣らしいよと言ってくれた。水無月雨衣はその言葉だけで大満足だった。

 目が悪いのを気にしていた水無月雨衣がメガネを買ったのは、少しだけメガネの友達に憧れていたから。その子がどんな世界を見ているのかが気になって、同じ様になってみたかった。どんな風に感じ、どんな風に生きているのか。
 視界が良好なのは確かに良かった。楽しい。鼻毛も見えるし。でも私はこっちの自分の方が好きと言うことが分かった。
 そうして気づいたことが三つある。

 一つ目は、遠くからでも巡ちゃんの顔が見えると言うこと。
 二つ目、巡ちゃんは実のところ遠くに居る時は、意外とちゃんと笑顔だったということ。
 三つ目は、そもそも私にメガネは必要無かったということ。

 わざわざ無理する必要も無かったのだ。

 巡ちゃんは今日も遠くから手を振り笑ってくれるだろうか。
 そうやって、私を迎えてくれるだろうか。
 今日もいつも通りの通学路を歩き出す。

 「巡ちゃん、待っててね。」




-乱視の日-
〜終わり〜

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