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雨が止んだら -花火大会-


チリン、チリン……

 風鈴の音と共に私は昼寝から目覚めた。
目覚めたと言っても目が開いたわけではなく、夢から覚めたの方が正しいだろうか。

(ダメだまだ眠い、目が開かない……)

気持ち良くもう一眠りしようとしていると台所から母の声が聞こえてきた。
「雨衣、起きてるの?あんたそろそろ準備しないといけないでしょ?」

え?なに……
あ、そうだ、そうだった。
今日は花火大会で、巡ちゃんとお祭りに行く約束をしていた。
寝ていてうっかり忘れてしまっていた。

 待ち合わせは午後六時、時計を見ると今は四時十五分を回ったところだった。
「やばっ!」
勢いよく床から起き上がったが腕枕をしていた為、腕がビリビリした。
「いでで!」
我ながら情けない声を出したもんだ。

片腕を抑えながら和室に行くと既に浴衣が用意されていた。
「母上よ、我はこれを着ねばならぬのか?」
「何言ってんの。あなたそれ以外に浴衣ないじゃない。巡ちゃんと浴衣で待ち合わせなんでしょう?」

ちきしょうめ、とんだ約束をしちまったもんだ。
巡ちゃんから珍しく「浴衣が着たい」とか言われたもんだからノリでいいよと返事しちゃったけれど……

 私はこのとき昔の自分を叱ってやりたかった。
なんて派手な朱色の浴衣なんだ。
その所々には花火の柄なんか付けちゃって。
こんな派手なもの、恥ずかしくて着れないや。
数年前の自分は何を考えていたのだろうか、全く見当がつかない。
きっと巡ちゃんは毎年着ている紺色の大人しい浴衣で来るだろうなぁ。
その隣にこんな幼稚で派手な浴衣はいかがなものか。
しかも、中学二年生もなって。

「母上よ、私は身長が伸びた気がする故、これは着れぬ!きっと丈が短いはずじゃ!!」
「うるさいなぁ。とりあえず合わせてあげるから、そこ立ちなさい。」
無理やり障子向きに立たされた。

そして……なんという悲劇だろうか。
サイズはぴったりだった。
なんならぴったりすぎて怖いほどだった。
これにより、147センチという中学生にしては小さい自分を初めて恨んだ。
去年から身長が五ミリしか伸びていないことにも腹が立った。
浴衣を買ったときから合計二センチだ。

今から買いに行くには時間がないし、母も数年前に浴衣を処分してしまったので我が家にあるのは父と弟の甚平だけだった。ちなみに、母の身長は163センチなのであったところで着れないのがオチ。
あぁ、私は今悲劇のヒロインだ。

 そしてぶーぶー文句を言って半分母に怒られながら着付けをしてもらった。
よくよく考えると、着付けが当たり前にできる母は中々すごい。帯も簡易帯ではなく、ちゃんとした一本の長いのを結べる。
どこで習ったんだろうか。
「ねぇ、お母さん。お母さんってどこで着付けを習ったの?」
「これはね、おばあちゃんからの伝承なんさ。おばあちゃんもひいおばあちゃんから習ったんだってさー。」
「はえー。」

母の実家は意外と所作や言葉遣いにうるさい家なので、何となく理解出来た。
ちなみに私からしたらおばあちゃんは少し怖い存在だ。子供の頃、お箸の持ち方でしこたま注意された。他にも言葉遣いを正された。
普段喋っているのはおそらくその反動なんだと思う。個人的にもおかしいことは分かっているのだ。なんならわざとそうしているような所もあったりなかったりする。(これはここだけの話だ。)

「ねぇねぇ、お母さん。私にもいつか着付け教えてくれるの?」
「あんたが習いたいならいつだって教えてあげる。」

なんだか嬉しかった。
母から何か教えてもらうのなんて幼少期以来な気がしたから。
小さい頃はよく色々な事を聞いていた。「空が青いのはなんで?」とか、「トマトってなんで酸っぱいの?」とか、「虹って神様が降りてきてる証拠だってほんと?」などなど。

その度に母は細かくデタラメを言って幼い私を納得させてくれた。
大きくなって、それがデタラメだったと知っても特に何も思わなかった。寧ろ、そんなデタラメをよく思いついたなと母に感心すらした。
私は多分、この親の子供だからこういう性格なんだなとつくづく納得する。実は、私の憧れは母だ。将来はこんなお母さんになりたいと思っている。

「さぁて、できましたよー。気をつけて行っておいで。急がないと遅れちゃうよ。」
母は完璧なまでに着付けをし、更には着崩れした時の直し方まで教えて送り出してくれた。
「ありがと、行ってきます!」

 待ち合わせ場所に行くと、既に巡ちゃんが待っていた。
「ごめん、結構待った?」
「いや、全然。五分前に来たから。」
巡ちゃんはやっぱり紺色の綺麗な浴衣だった。
一方私は幼稚な朱色。

「雨衣ってその浴衣似合うよね。」
「何だって?幼稚だと言いたいのかい?」
「違うよ、毎年その浴衣見る度に『あー、今年もちゃんと夏が来たな』って思えるの。」

ほほーう。なんだ、なんだ。段々とこの浴衣のことが好きになってきたぞ。
心無しかこの花火の柄も綺麗に見えてきた。

「おうおう、嬉しいこと言ってくれるじゃねぇかお嬢ちゃんっ!お礼にたこ焼き奢っちゃうぜ。」
「言ったからね、絶対だよ。」
巡ちゃんは稀に見る真剣な眼差しでこちらを見てきた。
たこ焼き、相当食べたいんだ……

「巡ちゃんって案外食いしん坊だよね。」
「うるさい、毎日お弁当プラスおにぎり二個のあなたに言われたくない。」
こんな事を言っていたが、巡ちゃんは私にいちご飴を奢ってくれた。
巡ちゃんってツンデレだよな、ほんと。

花火の時間になり、いつもの場所で少ない人だかりの中夜空を見上げた。

「たーまやー!」
「かーぎやー。」
打ち上がる大輪の花に向かって二人で叫んだ。

「巡ちゃん、ありがとう。」
「え、何が?」
巡ちゃんはキョトンとしている。
「ううん、なんでもない!今日、晴れて良かったね。」
「本当にね。私たちが揃うと雨しか降らないのに。」

その日は珍しく晴れだった。
確か予報では雨だったのに。

今日は悪い一日になる予定だったけれど、とても良い日だ。
忘れられない日になりそう。

これからもそうであってほしい。

 私の足には少し小さくなった下駄。

 鼻緒が擦れて少し痛かった。

-花火大会-
~終わり~

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