私と彼女 -裏- #8
私は馬乗りになりそいつの首を絞めた。
「うっ……!うぐっ……!!」
抵抗するそいつは私の腕に血が出るほど爪を食い込ませてきた。
兄貴が死んで、兄貴を苦しめたこいつが生きているのが本当に許せなかった。
「なんで……なんでてめぇが生きてて兄貴が死ななきゃいけなかったんだよ!!ふざけんな!」
気づいた時にはそいつは気絶していた。
私は頭に血が上っていた為、そんなことお構い無しに割れた窓ガラスの破片を手にしてそいつを刺した。
くそっ……!くそっ……!くそぉ!
気づくと私の手からは血が出ていた。
「っつ……!」
涙が止まらなかった。何度も泣き叫んだ。まるで私の感情全てが流れ出して行くようだった。
外は綺麗な満月で、部屋を明るく照らしていた。
「……っは!」
冷や汗をかきながら目が覚めた。
「なんだ、夢か。」
それにしてもリアルだった。
手にはまだ感覚が残っている。
犯人の顔は……、覚えていない。
けれど誰がどんな風にして兄貴を追い詰めたかは分かった。
――一週間前。
「私、実はあなたのお兄さんが自殺しようとした理由知ってるの。」
「え?」
「遺書って言っていいのかは分からないけど、彼が飛び降りた日、制服のブレザーが彼の机に綺麗に畳まれて置かれていてね、その中に小さなノートが入ってたの。
それには日記みたいにな文章で色々なことが書かれてた。私、彼が自殺した理由を曖昧にしたくてそれを持ち帰ってしまったの。」
内容は恐らく私が直接見て読んだ方が良いからと、翌日実物を持ってきてもらった。
家に帰りノートを開くと、そこには沢山のメモや文章が書き連ねてあった。
そして最後に書かれているページを見ると、
"父さん、僕はもう疲れました。
ごめんなさい。"
と乱雑に書かれていた。
「父さん」って、あの日病院に来た夫婦の旦那さんの方か。
何か他にヒントがないかとページをめくって見た。
*
このノートに、今まで僕に起きたことを書き連ねていこうと思う。
小学生の頃、テストの点数や、成績が落ちると父さんに必ず怒鳴られた。
母さんは自分に矛先が向くのが怖くて、毎回黙って見ていた。
内容はだいたい同じだった。
なんでこんな出来損ないに育ったんだ、私の教育が悪いと思うか?こんなに完璧に育ててきたはずなのに。
兄さんを見習え、父さんの後を継いで有名大学の医学部にまで入った。
お前の生みの親はバカだったから仕方がない。
辛かった。お父さんとお母さんのことを言われるのがとても辛かった。
でも母さんだけは、そんな僕に優しく接してくれた。
何度もごめんねと謝ってくれた。
(中略)
大学の推薦に落ちた。
僕はもう終わりだ。
きっと、この先も僕の心は父さんの言葉のナイフでボロボロになっていくだろう。
もう疲れた。
最後に妹に会いたかった。
いつも「お兄ちゃん、お兄ちゃん」と付いてきて可愛かった。
今でもまだ約束を覚えていてくれているだろうか。
迎えに行けなくてごめんな。
*
ノートを持っている手が震えた。
兄貴も私とは違うタイプの虐待を受けていた。
怒りというには言葉が足りない、何かもっと強い感情が溢れ出してしまった。
私は女に連絡をして兄貴の義理の母親の電話番号を聞いた。
「――突然すみません。」
と電話をかけ、お父様に聞きたいことがあるのでと持ちかけ一週間後に会う約束をした。
その当日。
教えて貰った住所に行くと、そこには他の家より一回りも二回りも大きな家が建っていた。
出迎えてくれたのは義理の母親だった。
「さぁ、お上がりになって。」
とリビングへ案内してくれた。
暫くすると、外から車の音がして義理の父親が帰ってきた。
「本日はお時間いただきありがとうございます。」と挨拶をした。
改めて見ると、ノートに書かれていたような暴言を吐くとは到底思えないような人だった。
「また会えて嬉しいよ、時間は少ししかないが。用件はなんだね?」
口に出すのが怖かった。
けど、私が戦うしかないのだとそう思った。
「私の、実の兄のことでお伺いしたいことがありまして。」
「なんだね?君が知りたいのなら私たちが知っているあの子の事は全部話そう。」
父親はタバコに火を付けた。
「知りたいのは、兄が自殺した理由です。」
そう言った瞬間家の空気が変わり緊張感に包まれた。
母親がちらりと父親の様子を伺う。
「そんなもの、私たちに分かるわけがないじゃないか。君は変なことを聞くね。」
煙を吐きながらタバコの火を消した。
「私は……。私はあんたが犯人なんじゃないかと思ってる。」
真っ直ぐに父親を見て言った。
「バカバカしい、何を言うかと思えば。そんな訳無いじゃないか。わたしはあの子を手塩にかけて必死で育ててきたんだよ?有り得ない。
そんな事を聞くためにわざわざここまで来たのかね。私は仕事に戻るよ。」
席を立った瞬間、母親が父親に向かっていきなり怒鳴った。
「そんなこと?あの子が死んだのは間違いなく貴方のせいよ!
あの子がどれほど悩んでいたか……。」
「なんだと?お前も見ているだけの無能な母親だったくせに何を偉そうに!」
母親の胸ぐらをつかんで殴ろうとしたのを、私は急いで止めた。
すると逆上し始めたため、「やめろ!」と叫ぶ父親が暴れるのを必死で止めた。
すると鈍い音がして急に父親がよろけた。
母親の方を見ると先ほどまで使われていた灰皿を持っていた。
「もう耐えられない、貴方にはうんざりよ!」
「お前……、何をするんだ!」
と叫び再び母親を殴ろうとした所を私は押し倒した。
すると父親は近くにあった暖炉に頭を打ち付け息をしなくなった。
母親は我に返り震え出した。
「どうしよう、私なんてことを!どうしたらいいの……。どうしたら……!」
困惑する母親を見て、私は咄嗟に
「お母さん、貴方は何もしてない、悪いのは全部私だ。殺したのも私、いい?今から言うことをよく聞いてください。」
不審な人物がいきなり押しかけてきて旦那を殺したと通報してください、私が犯人になって逃げる、貴方は目撃者としてここに居てください。
と言った。状況が掴めていない母親は「そんなことできない。」と暫く断っていたが私は必死に説得した。
「貴方もこの人の被害者で、兄貴に唯一優しい言葉を掛けてくれた人だから私は助けたい。お願いします。」
と必死でお願いした。
母親は仕方なく言われた通りに警察に通報し始めた。
その間、わたしは灰皿についた母親の指紋を拭き取り自分の指紋をつけ、急いでその場を立ち去った。
暫く離れたところで、私は彼女に電話をした。
……が、取らなかった。
そこで留守電を残した。
「人を殺してしまった。これから暫く逃亡するので会えない」とできる限りいつものテンションで明るく言った。
その後数回彼女から折り返しが来たが、私は取ることなく携帯の電源を切った。
今思うと、逆に心配をかけることをしてしまったなと後悔している。
このときの私は恐らく何も考えて居なかった。
そしてこれからのことなんて予想もしていなかったのだ。
#8 -終わり-
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