私と彼女 -表-
「おい!居たぞ!!」
どうしよう、見つかった、見つかってしまった。
けれど彼女の居場所はバレていない。
まだ大丈夫、私は彼女を守れる……そう思った。
――何もない普通すぎる職場で平坦な生活をしていた私は、ある日とある人と出会った。
きっかけはよく行く喫茶店。
いつもの店でのランチの途中、お手洗いに行こうと思い席を立ったのだけれど、女子トイレから出てきた男性に驚き、変な声をあげてしまった。
「ふぁえ!」
「あ、ごめんごめん。よく勘違いされんだけど、一応女ね。ガハハ!」
男性さながらの大笑いをしながら弁解してきたのが、紛れもないその彼女。
変な声を出した私を見て「おもしれぇ女」と思ったのかは分からないけれど、その後彼女は何故か私の席へ声をかけにきた。
「ねぇ、私ここよく来るんだけどさ、君もよく来るの?」
急に話しかけて来るなんて怖すぎる。私は無視したけれど、彼女は諦めずに話しかけてくる。
「えっと……、ここの店のパスタ美味しいよね。マスターが手作りしてるこだわりのでさ!」
え、何この状況。もしかして私、女の人にナンパされている?もしくは何かの勧誘されるとか?壺を買いませんかって言われたらどうしよう。
あの変な空気の後で急に話しかけてくるし、図々しく向かいの席に座ってくるし、なんだかめちゃくちゃ顔見てくるし……。何この人。
完全に無視しながら紅茶を飲んでいると、彼女が私の横にあった本に気がついた。
「あ、その本面白いよね。」
「ンゴフッ!」
思わず咽せてしまったが、これには流石の私も思わず反応せざるを得ない。
実はこの本を読んでいる人に久しく出会ったことが無かったため、その言葉を聞いた途端私の目の前はキラキラと輝いていった。
「こ、こここの本、知ってるんですか?!」
「うん、昔友達が読んでたんだ。なかなか不気味だよね。」
「そう、でもそれが良くて――」
その本の内容的には、女の子が読むには少し不向きの不気味な短編集だ。私は昔からこの本が好きだったためよく読んでいた。それを知ってるだなんて、私にはとても嬉しいことだ。
早いかもしれないが、いい人認定するとしよう。
「ところで君、ここの出身?」
「生まれはこっちです。九歳までこの辺りに住んでたんですけど、引越しちゃって。就職で戻ってきたんです。」
「へぇー、そうなんだ!私も同じ感じだよ、因みに何年生まれ?――」
偶然にも私たちは同じ地域に住んだことのある同い年だった。
そうして完全に意気投合し、更に色々な話をしていく。
暫く話したところで彼女について分かったことは、生き別れのお兄さんが居るということ。
そんな話、フィクションの中だけだと思っていた。
まさかそんな人にこうして出会うだなんて。
「そうですか……また会えるといいですね。」
「うん、そうだね。まぁ、生きてるかどうかも分かんねぇんだけどさ!」
彼女は笑って居たけれど、どこか寂しそうだった。
一方の私はと言うと本が好きなことくらいしか話すことが無く、それについてずっと語っていた。今楽しみに待っている新作の話や、これまで読んで面白かった作品、映画化した本の原作の話など。
彼女はそれを退屈そうにする事なく、面白おかしく聞いてくれた。
……あ
ずっと話すのに精一杯で気づかなかったけれど、彼女はとても丹精な顔立ちをしている。
長いまつ毛に高い鼻、下瞼の真ん中には泣きぼくろもある。こんな綺麗な顔立ちをしていたのか。
「なに?どうかした?」
「い、いえ。別に、何でもないです。」
少し意識してしまった。でもそれに負けるとも劣らない男性口調と笑い方をしていたのでプラマイゼロだ。なんならマイナスかもしれない。
そんな不思議な出会いを果たした私たちは、その喫茶店でよく会うようになった。次第に色んな所へ遊びに行くようにもなり、やっと仲良くなれた
と思った矢先に、彼女は突然姿を消した。
――彼女が消える数日前。真剣な顔で私にあるお願いをしてきた。いつもはふざけてばかりの彼女がそんな顔をするのは珍しいので、同じように耳を傾ける。
「あの……お願いがあってさ。この写真と、これを預かってて欲しいんだ。」
手渡されたのは、無邪気な笑顔でこちらを見る二人の子供の写真と、お菓子のオマケで付いてくるような小さめのおもちゃ。
この写真、きっと彼女とお兄さんだ。
それは見た瞬間に分かった。
「これ……なんで私に?」
「んー、そうだなぁ。大事な人だから!」
彼女は照れ隠しなのか頭を掻き、次の用事へ行くからと、急ぎ足で去ってしまった。
私はこの時、これから何が起きるのかまだよく分かって居なかった。
その後暫く彼女から連絡が来ることは無く、数ヶ月が過ぎた頃、仕事帰りにスマホを確認すると1件の着信があった。
あれ、この番号……
気づいた途端にすぐかけ直したが、やはり相手が電話に出ることは無かった。同時に留守電が残されていることに気づき、再生してみる。
『あ、もしもしー?やっぱ仕事かぁ!出れないよなぁー。実は話したい事あってさ。あのさぁ、えっと……』
一瞬言葉が詰まった後、いつもの明るいテンションで
『私、人殺しちゃったんだよねー!ガハハ!』
と入っていた。
え……?
耳を疑うような言葉に、時が止まった私を置いて留守電の主は話し続ける。
『まぁ、そういう訳で色々なものから逃げないといけないからさ、多分もう連絡取れないし会えないや、ごめんな。』
先程と同じように明るく笑い、最後に
『じゃあなー!』
という呑気な言葉で再生が終わる。
何これ、どういうこと。思考が追いつかない。これは嘘?それとも本当?でも、彼女がこんなくだらない嘘をつくとは思えないし……だとすると本当なの?
でもなんで……
とりあえずもう一度願掛けするように電話し直してみるも、やっぱり取らない。その後も数回かけてみたが結局取らなかった。
一体何があったの……
その日から数日間ずっとモヤモヤしつつも、普段と変わらぬ日々を強要された私は、この日もいつも通りに仕事を終え、帰りのバスに揺られながら眠気と戦っていた。
最寄りのバス停の名前が出たところで、「とまります」を押したとき、突然スマホの着信音が車内に響き渡る。乗客の間で無言の犯人探しが行われたが、それは紛れもなく私だった。
マナーモードにするのを忘れていた、最悪……
一体誰よこのタイミング、で……
着信画面を見ると、そこには彼女の携帯番号が表示されていた。
「え?えっ!」
連続して車内に音を響き渡らせた私に、必然的に乗客からの冷たい視線が浴びせられたけれど、今はそれ所じゃない。バス停に着いたところで、そのまま乗客に小声で謝りながら降りる。
急いで電話に出ると、聞き慣れた笑い声が聞こえた。
「ガハハっ!慌ててやんの。」
「ちょっと、ふざけないでよ!今まで何して……」
あれ?電話越しの声が近くから聞こえる。
辺りを見回すと、向かい側の歩道から彼女がこちらに向かってブンブンと手を振っていた。
「え……?」
これは夢?はたまた幻?でもそんな事はどうでもいいや。私は走って彼女の元へ向かうや否や、頬を引っぱたき強く抱きしめた。
その気持ちはぐちゃぐちゃだ。もう二度と会えないと思っていた人が目の前に現れたのだから。
「バカたれ!ふざけんな!良かった……」
「それ、思った感情全部声に出てない?」
「うるさいなぁ。」
今の心情が言葉にも表れ、もう会えないと思っていた不安から解き放たれたのと、無事で生きていて嬉しい気持ちと、これが最後かもしれないという寂しさ、それが全部混ざって目からは涙が零れてきた。
「心配かけてごめんな。」
スンスン泣く私の背中を優しくさすって、彼女は戸惑いながらも慰める。
ここで話すのも何だからと、私たちはとりあえずその場を離れ、人目のつかない所へ移動した。
ここからは質問攻めしないと気が済まない。
今まで何をしていたのか、あの留守電は本当か、これからどうするのか。
彼女にマシンガンの如く詰め寄るも、一つ一つゆっくり説明してくれた。けれど殺害した人の情報や動機については
「それはさすがの君にも教えられないなぁ!」
ニカっと笑って誤魔化すだけだった。
けれど、既に犯行がバレていて警察に追われており、明日には私のところにも事情聴取が来て自身が捕まるのも時間の問題かもしれない、ということは教えてくれた。
「……だから、覚悟していてほしい。それだけ言いに来た。私のことはどうとでも言ってくれて構わないけれど、共犯者だと疑われない為に君のことは守りたくて戻ってきた。」
「え、これからどうするの?」
「行けるとこまで行く。時間を少しでも稼ぐ為に。」
それなら……
「それなら、二人で逃げようよ。」
勝手に動いた口から発せられた言葉に、彼女は呆れた顔を見せる。
「私より馬鹿なの?君。」
「うん、そうかもしれない。」
ニコッと笑う私を見つつ彼女はため息を吐いた。
「そんなことできるわけない。君を危険に晒さない為に戻ってきたのに。第一本当に共犯者にされたらどうするのさ……」
「私、貴女とならどうなってもいいよ。」
だって、二人ならきっと大丈夫だもの。絶対に大丈夫。
それを告げると、やっと折れてくれ一緒に逃げる事を決意してくれた。
そして、色々あった数ヶ月間のことをゆっくり話し始め、次第に本当はずっと一人で不安だったこと、この先どうしたらいいか分からないことを話してくれた。
こんなに小さくなっている彼女を見たのは初めてで、私は彼女を抱きしめた。
「うぐっ……痛い。」
「あ、ごめん。」
強く抱きしめすぎた。
そしてそこから、これまで話してくれなかった家庭環境や、生い立ちなんかも泣きそうになりながら、ぽつりぽつりと話し出す。
「え……そんな事があったの……?」
私は言葉を失った。だって彼女の人生はあまりにも辛い、辛すぎる。
小さい頃に親を亡くし、家族と言える存在が唯一血の繋がっている兄しか居らず、しかしその兄とも物心つく前に分かれてしまった為、記憶がほぼない。そして引き取られた遠い親戚からは毎日虐待を受け、中学のときにあるきっかけで家出に成功した後はどうにか自力で生きてきた。
というのが、簡潔的な彼女の生い立ちだ。
生まれて初めて頼ったのが君だったと言われ嬉しくもあったが、私なんかで良かったのだろうかとも思った。
「じゃあ私、これからずっとあなたの傍に居る。約束する。絶対離れないから。」
「ハハッ、なんじゃそりゃ。でも……うん。ありがとう。」
そこから2人で作戦を練る。
彼女は警察へ顔が破れているため、もし嗅ぎつけられていた場合は私達が一緒に行動することはできない。もし見つかってしまえば彼女は即逮捕だろう。
そこで私は変装用のウイッグ、服、メイク道具等を揃え彼女に変装してもらい、待ち合わせをして合流することにした。
普段は男性にしか見えない彼女だが、それなりの格好をすれば、私やその辺に居る女性よりも綺麗になれるだろうと思い、作戦には打って付けだと思った。
「お願いお願い!」
「ぜっっったいに嫌だ!もっと他に良い方法あるだろ!」
「手っ取り早いのはこれしかないって!」
半分無理やり変装させてみた。やっぱり、女性の姿になった彼女はとても魅力的で綺麗だった。
「すごい……綺麗。」
「あぁ?悪い冗談やめてよマジで。」
不貞腐れる彼女だったが、急に何かを思い出したようにちょっと行きたい所があると言い出した。
私は不安だから一緒に居ようと言ったが、彼女はどうしても一人で行きたいと言って聞かなかったので、数時間後に待ち合わせをすることを約束した。
「絶対ね、無事で居て。」
「うん、大丈夫。任せとけって!」
解散したあと数時間が経ち、予定通りの時刻。不安になりながら移動していたが、私の方は案外簡単に合流場所まで行くことができた。
後は彼女からの連絡を待つのみ。
しかし、合流していてもいい時間に彼女は来なかった。心配していると、そこから数十分程経った頃に電話が来た。
『おいっすー、そろそろ着くわー!今からそっち向かうねー!』
相変わらずのトーンで話してきたので、ホッとした。今考えると、このとき彼女は平然を装っていたのかもしれない。
私たちは無事に合流した後、目的地であるバス停まで向かった。そこから朝イチの高速バスに乗る作戦だ。
こんなシビアな状況にも関わらず、彼女は相変わらずマイペースというか、どこか落ち着いていて、楽しそうで、私と行きたい場所を見つけては約束をしたりとはしゃいでいた。
「こんな時によくはしゃげるね。」
「え?こんな時だからだよ!」
目的地へ到着する頃、彼女は女装からいつもの服へ着替えてしまった。
「あ!せっかく似合ってたのに……」
「いやー、やっぱり落ち着かなかったわー!」
そしてようやく目的地へ辿り着き、私たちはベンチでバスが来るのを待った。
あ、そうだ……
私は家から持ってきたものを、彼女へと差し出す。
「はい、これ。先に渡しとく。」
ん?と不思議そうにする彼女に渡したのは、預かっていた写真とおもちゃだった。
「お、これ……。」
嬉しそうにそれを見つめる姿を微笑ましく見ていると、彼女は私におもちゃを返してきた。
「これは持ってて。私のお守り。子供の頃からずっと持っててさ、兄貴からもらったやつなんだけど、どんなに辛いことあってもこれがあったから生きてこれたんだ。」
ポンっと手のひらに置かれた、コロコロと転がる小さなおもちゃを見つめながら、なんだか彼女の分身をもらったようで私はとても嬉しくなった。
しかし感傷に浸ったのもつかの間、
「っあー!腹減った!!!」
彼女が大声を出した。さっきまでの雰囲気が台無しじゃないかと思ったが、「何か食べる?」と聞くと「うん!」と頷いて道路を挟んだ先にあるコンビニを指さした。
「何か買ってきて!!!」
半分呆れたが、もう慣れたことなので私は仕方なく彼女の為にコンビニへ向かう。
「 」
「……ん?」
彼女が何か言った気がしたが、何を言ったかは聞こえなかった。
道路を渡った辺りだっただろうか、突然男性の大きな声がした。
びっくりして振り返ると、複数の人から彼女が囲まれており、拘束されていた。
「……え?」
私はよく分からなかった。
どういうこと?
あの人たちは……
こんなはずじゃなかった。
こうなるなんて思ってなかった。
どこでしくじった?
もしかして最初からバレていた?
色んな思考を巡らせたがその一瞬では分からなかった。
気付くと私は腰が抜けてしまい、そこから動けずにひたすら泣いていた。
「ごめんなさい!ごめんなさいっ……!」
それしか言えなかった。私が守ると約束したのに。
ずっと傍に居ると誓ったのに。
結局今まで守られていたのは私の方だった。それに最後まで気づけなかった。
上手くいくなんて、最初からそんなもの無かったんだ。彼女は始めからそれを分かっていたんだ。なのに私のわがままを聞いてくれて、全て分かってて一緒に居てくれたんだ。
涙は止めどなく流れて来る。
ふと洋服に手を当たったとき、ポケットに何か入っていることに気づいた。
乱雑に畳まれた紙は一枚の写真だった。
裏には、雑な字で
『君に出会えてよかった。』
と書かれてた。
私はそれを抱きしめながら泣いた。
「私もだよ、ありがとう……」
呟いたその言葉が彼女へ届くことはなかった。
私と彼女 -表-
〜終わり〜
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