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妻が妊娠しまして

こんにちは、破壊光線です。

突然ですが実は妻が妊娠しておりました。9月頃の出産を予定しております。大変嬉しいことですね。ですがさすがに人間の命を育むということはそれ相応の覚悟が求められますからかなり葛藤もありました。今日はその葛藤や今までの日々を書いていこうと思います。

嫁の方からの提案

まず子どもが欲しいというのは嫁からの提案でした。結婚してからも何となくイメージはしていたけど、結婚式が終わったあたりからやはり欲しいなと言われた感じです。年齢的にも夫婦共々27歳ですから、至極真っ当なタイミングだと思います。俺も育てるならこのくらいがいいなと思っていたのでタイミング的なものに反対はなかったです。

ですが俺はこの提案にうんとはすぐに言えませんでした。

理由は単純に俺の心の問題です。

金銭的な面で言えばお互い共働きで行くつもりなので、正社員2馬力であれば全く問題は無いと思います。
そしてまだ父親になった訳でもないですが、父親になる覚悟というのもちゃんと個人的には持てていると思います。どんな父親を目指すか、どう育てたいか、そういったビジョンも漠然とですが見えています。家事についても現状ほぼほぼイーブンでやれているので、嫁だけに負担が回らないような立ち回りはできるかなと思っています。

では何が問題か。それは自分の過去です。

過去の総ざらいという苦行

子供を意識するとどうしても自分の過去を想像してしまうんですよね。不幸自慢をしたい訳では無いので端的に言いますが、俺は妻に出会い結婚するまでの人生、中々に地獄みたいな人生を歩んでいます。人並以上の幸福を頂けている今、後ろを振り返りたい訳でもないですし、わざわざメンヘラ発動してカミングアウトしたい訳でもないですが、どうしても子どもというものと向き合おうとすると過去を見なくてはならない。それが本当につらいです。仮に過去を振り返らない強さを持ったところで、過去を振り返らせられた時強くあれるかは全く別ですからね。

自信があることが自信のなさにつながってしまう矛盾

過去がつらいという話をざっくりしましたが、流石に俺自身としてはいい歳ですし、完璧にとは言えないものの自分の中で何とか飲み込んで受け入れて生きています。現に今幸せかと言えば100%「はい」と答えるでしょう。

問題はそこに至るまでの過程です。

恋活の話の最初に書いたように、うつ病だった過去もありますし、あの手この手を使ってやっとこさ彼女を作る社交性を得た男です。結果の大小はさておいて、恋活に限らず今までの人生でかなり努力をしてきたと思います。だからこそつらい。
俺は自分の努力に自信を持っていますが、その努力に自信があればあるほど、その努力が大変だったと知っているほど「息子にこいつを越えさせるのか?越えられるのか?」という不安と絶望が重くのしかかります。センスの無さを努力でどうにかしてきたタイプの人間にとって、自信があるということが自信のなさに繋がるという矛盾を抱えているのです。

実際問題、
「自分がそういう過去を歩んでいようと子どもとは別問題」
「そういうことを知っているのならそうならないよう子育てをすればいい」
「俺が今大丈夫なら子どももまた大丈夫」
と言ってしまえばそうなんでしょう。ですがそう簡単に割り切れる訳でもないですし、何より新しい命を預かるわけです。生半可な覚悟でやれるはずもないですよね。

それでも育ててみようと思う

そんな悩みを抱えてはいるものの、それでも子育てをしようと思った理由は色々ありますが、やはり決め手は嫁からの後押しです。
実は嫁には「過去はしんどいものだった」とだけ話していて、実際どのような人生だったかを全く話してなかったんですよね。話すだけで泣くので話したくもないですし。ですが黙っていたら嫁の方に「子供つくる気がないなら別れるし、理由も聞いてない」と怒られたので、しっかりと話しました。
妻はシンプルに絶句していましたが「いい話ではないけど話を聞けてよかった、少なくとも子どもを作らなくても別れないで済みそう」と言ってくれました。本当にありがたいです。それと同時に俺も話してもらって、それを受け止めてもらったのだから今一度考えて、覚悟を決めて妊活を始めたという感じです。

そうして何とか妻は妊娠して、今2人でマタニティライフを楽しんでいます。次からはマタニティライフの奮闘やら何やらを書いていき、そのまま育児の話とか書きたいなと思います。


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