鈴木忠平「嫌われた監督」の読書感想文

 文春連載時から追っていた鈴木忠平「嫌われた監督」の感想文を書きます。

  「ここまで使命のために孤立を貫いた人はいたのだろうか?」というのが読み終えた感想です。確かに優勝という使命を果たすためには、妥協せずに己を貫くことが必要でしょう。ですが、ここまで徹した人はいたとは思えないです。

 2004年に川崎を開幕投手にした際、落合、森繁和、川崎しか知らなかったというのは有名ですが、もう一人の投手コーチである鈴木孝政も知らなかったというのを知って、あ然としました。投手コーチに話を通さないといけないというのは想像がつくのに…それでも、「機密を保持するには、機密を知っている人は少ない方がいい」という鉄則を通したのです。鈴木孝政はシーズン終了後退任するのですが、「不信感を持って、辞めるのはしかたがない」と落合は考えていたはずです。これだけでも、「使命を果たすために、嫌われる覚悟を持たないといけないのか」と背筋が寒くなりました

 立浪に代えて森野をレギュラーにするとき、立浪にはなんの説明もなかったようです。一般的にはベテランへの敬意と、チームに監督への反感を持たせないために、ベテランを外すときは、本人に説明をするのは想像がつくのですが、落合はそれをしませんでした。「力が衰えたらポジションを明け渡すのがプロとして当たり前だし、世代交代を許す立浪が悪いので、説明の必要はない」ということでしょう。しかし、そう考えても自分を悪役にしないように、ベテランに説明するでしょう。そういう振る舞いをしない落合には震えます。

 ドラゴンズは過去、清原、立浪、松井といったリアル10年の一人の逸材には取りに行ったそうです。しかし、落合はスカウトが推した太田ではなく、「スケール感や大器といった、抽象的な言葉はいらない、確実にチームに貢献できる選手が欲しい」という理由で野本を取りに行きました。高校生を取ってスターに育てるのはロマンなのですが、ロマンより勝利を選ぶ落合には震えます。

 今後落合がNPBで指揮を執るとは思えません。たとえば落合がライオンズの監督になって、西口や稼頭央が機密を漏らしたら「彼らをクビにしろ、代わりは俺が連れてくる」とフロントに要求するでしょう。でも、フロントは「彼らは将来ライオンズで指揮を執る人間だから、クビはやめてくれ」と嫌がるでしょう。そうなると、落合は「監督よりコーチを優先するのはありえない。なら俺が辞める」と退団を選ぶでしょう。

 落合に指揮を執らせるなら、「将来監督の座を用意している幹部候補生でも、落合の気に添わないなら、クビにしてもいい」という覚悟を持たないといけないでしょう。それができるフロントがNPBにあるのか?と思うと、答えはNOでしょう。落合こそ、使命を果たすためには、世界中を敵に回してもかまわないという考える、プロ野球界唯一の人間でしょうね。読んでいて何度背筋が寒くなったか。異能の指揮官を描き切った作品なので、読書の秋に凄く推します!!

追記 鈴木氏のアポなし取材に快く応じる信子夫人は、かなりの癒しキャラでした。落合も世界最高の理解者である信子夫人がいるからこそ、世界中を敵に回す覚悟があったのだなと思いました。夫婦愛を描いた作品としても読めます。

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