当日欠航の船旅に想いを馳せながら綴る「食聖」の観劇記録
記録的な長雨が日本列島に襲いかかった8月。
仕事柄、一年で一番忙しいお盆の繁忙期を終えた8月19日。
今回もゆずるの女(紅ゆずるさんのことが大好きな友人)からお誘いを受け、約2ヶ月ぶり、人生二度目の明治座へと私は足を運んでいた。
ブロードウェイミュージカル「エニシングゴーズ」の観劇記録を残していこうと思う。
あらすじは以下の通り。
大恐慌からようやく落ち着きを取り戻した1930年代半ばのニューヨーク。
ナイトクラブの大スター、リノ・スウィーニー(紅ゆずる)はウォール街で働くビジネスマン、ビリー(大野拓朗)に首ったけ。
彼女は折からのロンドン行きにビリーを誘うが、つれない返事しか返ってこない。
それもそのはず、ビリーは社交界の華、ホープ(愛加あゆ)にゾッコンなのだ。
出航の日、ビリーは偶然にもリノと同じ船でロンドンへと旅立つ上司のホイットニー社長(市川猿弥)を見送るため港へやってくる。
そして、あろうことか母親のイヴァンジェリン(一路真輝)に連れられたホープが、英国紳士オークリー卿(廣瀬友祐)と船上で結婚式を挙げることを知るのだった。
なんとか阻止しようと慌てて船に飛び乗るビリー。
そこへグラマラスなショーガールを連れたリノ一行と、神父に変装した指名手配中のギャング、ムーンフェイス(陣内孝則)が情婦のアーマ(平野綾)を連れて乗り込んできたから、さあ大変!
それぞれの想いと思惑を乗せた豪華客船S・S・アメリカ号。
リノをはじめ、個性豊かな乗客たちの恋の行方は……?
一筋縄ではいかない、何でもありエニシング・ゴーズな船旅が、今始まる!!(公式HPより)
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と、ここまで書いたのが明治座へと向かう東急目黒線の車内。
電車にがたんごとんと揺られていたら、なんと急遽公演が中止になることを友人からのLINEで知る、というまさかすぎる展開。
いやここまで書いたのに!?と思いながら、ひとまず下書きに保存。
その後、この下書きをどうしようかと逡巡した結果、消すのも勿体無いし以前ゆずるの女に送った感想文の一部をまとめてみようかなという思いに至ったので、
私が宝塚歌劇団時代の紅ゆずるさんを見させていただいた作品「食聖」の感想を中心に、ちょっとまとめてみようと思う。
-「GOD OF STARS-食聖-」-
「食聖」を観劇したのは2019年9月28日、11時。初めての東京宝塚劇場だった。もうあれから2年近い月日が経つとは信じられないくらい、あの日の感動を鮮明に覚えている。
ここでは割愛するが、訳あって一人で観劇することになったこの日。事前情報を何も入れていなかったので、行きの電車であらすじだけでも目を通しておくつもりだった。
ザッと読んで、大まかなストーリーは理解。
でも相関図を見て、天界??牛魔王???と脳内にハテナが並び始めたところで日比谷に到着。なんともいえない感情を抱きながらひとまず喫煙所で一服。
…とても不安な気持ちになったことを良く覚えている。
最初にポスターの写真を見た時も同じように不安が募った。華々しく退団するトップスターがおたま持ってキメ顔って、本当にそれでいいの?なんて。
しかし、そんな風に思っていた自分を深く反省することになる。開演直後に猛省。
1幕、もうとにかく最高だった。
高揚感と溢れる多幸感で3500円の元は5分でとれた。
オープニングの曲は今でもお気に入りだ。アニメソングのような華やかで賑やかでポップな曲調も素敵だったが、なんといっても歌詞が良かった。
退団が決まっていて新たな未来へ羽ばたこうとしているトップスター紅ゆずるに「今始まる素敵な冒険そう未来をこの手で作ろう」と歌わせて、
次のトップスターを担い新しい時代を切り開いていく礼真琴に「さあ作ろう新たな世界をそう未来をこの手で掴もう」って歌わせるなんて、この対比の歌詞が巧すぎて震える。天才。
それでいて、「俺こそGOD OF STARS」って紅さんと礼さんがそれぞれ歌ったあと、ユニゾンの「君こそGOD OF STARS」からの紅さんソロで「俺こそGOD OF STARS」で締める構成もまた抜群に良い。天才すぎる。
曲だけではない。キャラクターも良かった。
紅さん演じる「ホン」の憎たらしいけど憎めない、生意気で自信家で愛くるしい感じ、とても似合っていたし、要所要所で「ばぁーか!」「うるっせぇんだよ!」と悪態つく様はあまりにもナチュラルで、さては普段からやり慣れてるな?と思ったくらい。
大切な退団公演でありながら、終始ドタバタコメディが続く。でもトップの引き継ぎ感はしっかりと表現している。その演出も良かった。
現在のトップコンビでもある礼真琴さん(リー役)と舞空瞳さん(クリスティーナ役)の最後のやりとりは勿論のこと、小林寺で紅さん(ホン役)が言った「無理って言葉が嫌いなんだ!少ない時間の中でできる限りのことをしたい」みたいな台詞は、にわかの私でさえグッときた。
私が紅さんのファンだったら絶対にあのシーンで泣いた。
2幕も勿論のこと素晴らしくて、
私が思い描いていた宝塚のショーが「Eclair Brillant」には詰まっていた。
華やかで品があってクラシカル。
一時間って結構長いかなと思ったけど、圧倒され続けていたらあっという間だった。感動してる間にどんどん先に進んでいくからほとんど記憶がない。
ボレロは一糸乱れぬってこういうことだなと思うほど息を呑む緊張感があって、燕尾は三味線の音が最高に格好良くて痺れた。革靴が床を擦る音とか、靴の底が板を叩く音がダイレクトに響いてめちゃめちゃゾクゾクした。
人生初お目にかかった階段降りにも感激したなぁ…拍手喝采…
そんなこんなで私は紅さんを見に行ったわけだが、そこで一番驚いたのは礼真琴さんのポテンシャルの高さ。兎にも角にも歌唱力がエグすぎる。
歌って良し、踊って良し、芝居して良し、スタイル良し、顔良しってずるい…
これだけ抜きん出た才能があって、しかも首席入団…それこそ絵に描いたような直球の堅物優等生タイプなのかなと思ったけど、そうでもなさそうなところが面白い。
勿論、実直で生真面目そうな印象は受けたけれど、紅さんをそばで見てきたからなのか、軽やかな抜け感みたいなものもある気がして、芝居の間の取り方も絶妙だった。勘がいいのかな。
紅さんがカリスマ性のある天才肌だとしたら、あ、この人は努力の人だなって直感で思った。二番手に甘んじない誠実さがあって、それでいて華のある人だなあ、と。
そして同時紅さんと添い遂げ退団されたあーちゃんこと、綺咲愛里さん。
可憐で華奢で控えめな、私がイメージする宝塚の娘さん、っていう感じの人。シンプルに私はお顔が可愛いくて好き。
でも守られるだけの弱くて儚い存在じゃなくて、真摯に向上していこうとする芯の強さと熱さのある人なんだろうなっていう印象。
紅さんに寄り添う姿に、心からのリスペクトと信頼関係が見えて、この二人は熱量が一致しているというか、初めは紅さんの持ってるポテンシャルに圧倒されながらも必死に綺咲さんが追いかけて、でもいつしか同じ理想を求めて、今は足並み揃えて同じ景色を見ているっていう感じがした。
「食聖」は役者ありきの当て書き、というのを公式サイトで読ませていただいた。
そこに登場するキャラクターはみんな人間味があって、可愛らしくて、愛おしくなるような設定。これが当て書きというなら、星組はなんて素敵な組なんだろうなあ、と思う。
敵対していた人も、遠く離れ離れになっていた人も、あっちの人もこっちの人も、最後にはみんな同じ場所に集まって、盛り上げて、目的や手段は違えど一つになって努力して、慕い慕われて、上下関係はありながらもそれぞれ言いたいことを言い合えて、笑い合えて、そんでもってあの大団円。
仲間であり、切磋琢磨しあえるライバルでもあり、家族でもある、まさに星組のそんな姿を映したようなエンディングだったんだろうな、と。
「食聖」拝見後の私にとっての紅さんは、
とてつもないコメディエンヌで、圧倒的なヒーローで、底抜けにハッピーで超絶ピースフルな大スターとなったのだ。
その後、退団した紅さんがステージに立つ姿を、ソロコンサートと熱海吾郎一座の舞台で二度見させていただいたけれど、
このステージを、新しい門出を、これまでずっと応援してきたファンは一体どんな気持ちで見守っているのだろうかとふと考える。
想像でしかないが、それは多幸感であり、寂しさであり、応援する気持ちであり、愛であり、ファンにとっての全てなのではないのだろうか。
「当たり前に皆さんと会えない今がこんなにも寂しい」と紅さんもおっしゃられていたけれど、簡単に会えない距離になり、どこか遠くに行ってしまったような、離れていってしまったような気持ちがあって、ぽっかり穴が空いていたところに、一気に紅ゆずるエキスが流れ込んできたら、そりゃたまらんだろうなあ。
宝塚を離れても、わたしは私だよ、今までと何も変わらないよ、って、ちゃんと表現してくれて、変わらない距離感でいてくれて、勇気づけてくれて、笑顔にしてくれて、明日からも頑張ろうと思わせてくれる。紅さんの人柄があるから、目には見えずともそこには根拠がある。信じられる理由がある。
「女優とは、女、優しい、と書くので自分とは掛け離れた言葉」なんておっしゃってたけれど、そういうことを素直に真摯に言葉にすることができる人だから、凄く気遣いのある、仲間に対してもファンに対しても周りに対しても行き届いた優しさを与えられる素敵な人なんだろうなあと思う。
私が知る紅さんはごく一部でしかない。こんな風に長々と書いてしまって恥ずかしいほど何も知らない。
けれど、あの飾らない姿や、豪快に笑う姿、慈しみに満ちた優しい微笑みを思い出すと、星組で愛され慕われたように、これからも彼女の人柄がこの先の道筋も照らしていくんだろうなと思う。
なんでもすぐに手に入るような便利な世の中で、スマホが一つあれば様々な情報を得られるし、色々なエンターテイメントを楽しめてしまう。それでも、安くはないお金を払って、自ら足を運んで、労力を果たして実際に生の舞台を見に行くということは、きっとステージに立つ演者にとっての活力でもあることながら、
同時に、ある程度の苦労をしてでも会いたいと思って行動できるファン側の活力にもなるのだろうと思う。
こんな時代で、色んな障害があって、思うように活躍の場を広げられないこともあるかもしれない。思い描いていた未来とは違っているかもしれない。
そうだとしても、今できるすべてを出し尽くしてくれていることが伝わるから、私は、紅さんを応援している人たちは幸せだと思う。
だってあんな、人一倍笑いに貪欲なコメディエンヌで、ヒーローでありながらヒロインで、誰よりも一番ハッピーで、人柄が滲み出るピースフルな大スター、出会えたことだけで幸せだと思う。だから、どんなに遠く離れても、直接会える機会が減っても、憂い嘆くようなことはない。きっと、逆境にこそ発揮されるパワーで、想像もしていないような景色をいくつでも見させてくれるはずだから。
今回は残念ながらエニシングゴーズを観劇することは叶わなかったけれど、またいつか、ステージに立つ姿に魅せられることを夢見て。(拝啓ゆずるの女へ。次の舞台決まったらチケットの手配宜しくね)
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