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ロールキャベツコンプレックス

母は、食べ物の好き嫌いに厳しい人だった。

苦手なものを残すことは許されず、全て食べ終えるまで見張られた。
慌ただしい朝でも、容赦はしない。出社しないと遅刻するような時間になっても、母がねばるので、観念して食べたこともある。

あるとき、母が目を離した隙に、嫌いな食べ物を窓から外に捨てた。それが後日バレて、ひどく叱られた。
「食べ物を捨てるなんて、お前は何様なんだ!」と怒鳴られて、ビンタを食らった。
おかげで、私はあまり好かない食べ物も食べられるようになった。

私が小学5、6年生のときのこと。
休み時間に、友達と好きな食べ物ランキングを発表しあっていた。

「ハンバーグ」
「スパゲティ」
「グラタン」

各々、言い合っていく。
これくらいの年齢の時は、洋食に憧れめいた感情を抱いていた。

「ロールキャベツ」
と誰かが言ったとき、私はかたまった。

「ロールキャベツって何?」
と心の中でつぶやいたが、友達の前で、知らないなんて言い出せず、適当に取りつくろって帰ってきたのだと思う。

家に帰って早速、母に問うてみた。
「お母さん、ロールキャベツって知ってる?」
「ああ、お母さん、あれ好きじゃないから作らないのよ」

衝撃だった。
あれだけ、子供に好き嫌いを禁じてきた人が、堂々と嫌いなものを避けていたとは。

どうやら、母は、茹でたキャベツが苦手らしくて、食卓に並ぶキャベツはたいてい千切りキャベツか野菜炒めの一部として、だった。
そのせいで私は、みんなから愛されているロールキャベツなるものを知らない人生を歩まされたのだ。

私は、親元を離れてから、初めてロールキャベツを口にした。

レストランで友達とメニューを決めているときに、「ロールキャベツ!」とリクエストされたのだ。
ドキドキしながら、「いいねえ」と。食べたことがない、とは言わなかった。
食べ方の作法を間違えないように、友達が食べる姿を確認しながら食べた。
美味だった。

それから長い年月が経った。
いまだに、私はロールキャベツを食べるときに、少しドキドキしてしまう。

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