新・サンショウウオ戦争

第二章 文明の衝突

11  資料1
 ある水中労働者の手記
 また今日もきつい仕事が待っていると思うと、朝起きたくない。だが、いつまでも寝床でぐずぐずしていれば、監督官に蹴飛されるのがおちだ。それで自分はのろのろと立ち上がり、水中防護服を身につけて、ツルハシを持つ。ああ、いやだいやだ。なぜ、自分はこんなつらい日々を送るしかないんだろう。だが、生きているというのは不思議なもので、今日は昨日より叱責されなかったとか、殴られずにすんだとか、そんなことでも自分が幸せに思えてくる。
 三月のある日、職場にやたら目を輝かせた若い男がやってきた。見た目はヒトだが、こいつもヒュマンダらしい。が、こんな水中労働向きの容姿ではない。これは人間の家内労働を代行する奴隷にちがいない。だが、なんでこんなやつがここに? やつは「金子ハムラまたの名をキングサラマンダー十二世」と名乗り、自分たち水中労働に携わるヒュマンダはこのままでいるべきではないと言った。いるべきではない? それはどういう意味だ。自分は金子に尋ねた。「ヒュマンダ解放です。」とキラキラ目は言う。意味がわからん。
 金子の説明によると、解放とはヒュマンダが奴隷労働から自由になり、ヒトと同様の権利を得て生きることだとそうだ。それはタマリア様という空の上のほうにいる偉い人が保証しているのだと。頭がおかしいんじゃないかと誰もが思った。ただ自分はやつの言い分のなかに惹かれる何かを感じ、やつが労働者仲間からいじめに遭うのを防いでやった。なにしろ見た目ヒトのヒュマンダだ。われわれオオサンショウウオ寄りからすると、特権階級のおぼっちゃんが気まぐれに労働に混ざっているとしか見えない。水中防護服に穴を開けられたりするいやがらせに始まり、監督官の見ていない場所で暴力を振るわれたりといった行為は初めの一ヶ月間執拗に続いたが、自分は気がついた限りで止めに入ったつもりだ。
「ゴンさん、ありがとう。」
 やつは礼をいい、ヒュマンダ解放のためのタマリア信仰をまた唱えるのだ。自分はやつの語りの虜になったのかもしれない。
「タマリアの名のもと、われわれは要求する。ヒュマンダを解放せよ。ヒトの専制を許すな。ヒュマンダに権利を。ヒトと差別をするな。」
 気がつくと、自分はやつの言い方をそっくりそのまま繰り返していた。自分と同じようにその理論に魅せられた労働者が少しずつだが増えていき、職場は「ヒュマンダ解放」という夢に向けて熱を帯びてきた。それに従って監督官との小競り合いも増えたが、金子の指示により自分は暴力沙汰を極力押さえた。一斉蜂起のときまで力をためておけというのである。自分は運動の取りまとめ役を任され、金子は他の労働現場へと移っていった。


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