いまの僕たちにおけるアイドルってどんな存在やねん
バンナムフェス2ndなるものに行ってきた。初日なのでアイマス、ラブライブ、アイカツ、電音部などの、バンナムが抱えるアイドル(?)コンテンツがメインのライブフェスだ。
これに行ったことで今のアイドルって我々にとってどんなものかぼーっと考え直したので、頭の整理の為に書いていく。
なんか、AKB全盛あたりと比べてアイドル自体がなんとなーく下火になってきたかも、という感覚がある人は読んで欲しい。そうでない人も、分かるかもしれないので読んで欲しい。
まず、アイマス、ラブライブ 、アイカツ辺りの話をする。これはもう10周年だの言ってるキャラクター達で、2010年代を駆け抜けたコンテンツだ。
今ももちろん人気はあるが、僕は、このキャラクター達の発するメッセージはもう古いのかも、ということだ。
2000年、不景気のどん底に、それを明るく照らすようなモーニング娘が現れたように、2010年代は震災で傷ついた心を励ますように、0から駆け上がっていく姿をみせてくれるAKBやももクロが出てきた。
この2010年に活躍したアイドルたちと同じ出方をしててきたのがアイマスたちである、と思ってる。
(プロジェクトの開始は震災前だけど、大きく成長したのは、やっぱりその後だ、としておく)
つまり、女の子たちが0から、夢に向かって突き進む姿が、価値観も生活も一変しながらも生きていく我々の背中を押したんだと思う。
2010年代のアイドルは、頑張る姿に己を重ねて、ファンを元気づける存在、として、愛されたんだろう。
それが、もしかしたらもう古いのかもしれない、と、ライブを観ながら感じていた。
実際、ライブでは誰かを励ますような歌詞が多く、心打つようなメッセージに溢れ、ステージ上の笑顔や活力は、まさに元気を分けてもらうような、そんな感覚になった。
これはとても素晴らしく、ずっと続くんだろうな、と思ったんだけど、もう今は、2020年代は、誰かが誰かを救うような世界ではないんじゃないか、と感じてる。
ザ・ヒーローのキャプテンアメリカやアイアンマンから、親愛なる隣人スパイダーマンに「ヒーロー」が渡された様に、我々を救ってくれるのは、見知らぬ誰か、ではない。
日常で傷つき悲しむ我々を救ってくれるのは、ステージ上から渡される笑顔、ではないのかもしれない。
いや、あの笑顔は僕をその時救ってくれたけれど、翌日の今、あの笑顔はもう遠い。
コロナにより分断が急速化し、自分の居場所も分散した今、救われた自分はもう、一部分の自分にしか過ぎないというか、また別の自分に立ち返ってくるというか。
とにかく、2020年代に僕たちを救ってくれるのは、ステージ上の、キラキラしてる誰かが、励まして救おうとするメッセージではないんじゃないかと思ったんだ。
じゃあ今のぼくたちを救ってくれるのはどんなメッセージなのか、どんな存在なのか。
ここに結局、答えは出ていない。これから考え続けることなんだろうと思う。
それこそ、歌やステージという場所だけでなく、よりコアな自分(家や仕事終わりに動画をみてると現れる)のところまでくるVtuberなのか?メタバースの世界にこそアイドル的存在の新しい何かがある気もする(身体がアイドル達が伝えるメッセージ空間に分断されずに同一化してるから)
ここの勘所を押さえることができれば……と思いながら生きていこうと、決断したライブでした。
あと別の話だけれど、2010年のアイドルは彼女たちの努力をアニメやゲームで描くことで、「ここまで頑張った」を伝えることで、ファンを元気づける作用をもたらします。
ここをウマ娘は、描かれるストーリーを伝えずとも、モデルになった馬自身に既にストーリーがあるので伝えたくていい、ということをしてるのでかなりズルい。(それを考えずにとりあえず擬人化女の子アイドルにすりゃいいと思っているモノにはヒップドロップしたい)
価値観がどうとかいう前に、アイドル達の努力を事前に伝えられてしまうから、そりゃウマ娘には勝てないな、という感じ。(キャラゲーは歴史上の人物を題材にしたFGOには勝てないよな、みたいな)
はい。
皆さんも一緒に、これからのアイドルとは我々の何を救ってくれるのか考えましょう。キーワードは「本気の分断によっての孤独感がやばい」みたいなことだと思うんだけども
バイナラ39!