記憶をすり抜ける声

メッセージを送っているのは、プレゼントに応募したいからだ。懸賞が好きなのだ。


もちろん、万が一読まれてもいいように、それなりに文章や内容はきちんと考える。

その番組はメッセージをそのまま読み上げるため、綺麗な文章で送るようには心がけている。喋ることのプロであるアナウンサーが読み上げると、こんな風に自分の文章は聞こえてくるのか。それを確かめるのは、とても耳に心地よく、楽しい瞬間だ。


プレゼントが当たる確率よりはずっと高いけど、メッセージが読まれる確率もそれほど高くない。せいぜい月に1回あればいい方だろう。

だから、何の気無しにその日も送っていた。


テレビの画面越しに聞こえてきたのは、私のペンネームだった。慌ててテレビの前に飛んでいく。

綺麗な女性アナウンサーが、可愛らしく少しポーズもつけるようにして読み上げてくれたそれは、私の送ったメッセージだった。


まさか、採用されるとは。前にも似たような分野のメッセージを読まれたことがあるので、担当者の好みのネタなのかもしれない。


メッセージを読まれて、それについてコメントされている時間なんて、ほんの僅かなものだ。瞬く間に過ぎていくそれを目と耳で確かめながら、私は可笑しくなってきてしまった。

私は私の本音を、何万人も見ているであろう媒体で言ってしまったのだ。けど、その本音の主が私であるということは、私しか知らないのである。こんな不思議なことがあろうか。


それは誰に対しての本音なのか。誰に対しての願いなのか。それを知っているのは私だけだ。当たり前だけれど名前なんか出していない。テレビ局のスタッフも、視聴者も、誰ひとり知らない。

その誰かがこの番組を見ている確率も限りなく低い。番組の存在すら知らないと思う。この先も目にすることすらないだろう。視聴者からの投稿コーナーなど、アーカイブにも残るまい。


もちろん、それが私だということだって誰ひとり知らないのだ。わかっているのは番組の視聴者だということだけ。どこの誰かもわからない視聴者からの投稿で、おそらくもはや覚えている人間すらおるまい。

けれど、誰かに伝えられずにいる、きっともう伝えることもないであろう本音が、心の底にいつも隠している本音が、アナウンサーの口から各家庭の茶の間に流れてしまっているのである。伝えたい本人も不在で、誰から誰への話なのかも誰ひとり知らぬまま。知っているのは私だけ。まるで、その場にいる全員にちゃんと見えているのに誰にも気付かれていない、手品のトリックみたいだ。


ひとつの言葉にはたくさんの意味があって、同じ感情を表す言葉でも、実際はその感情には多様なバリエーションがある。それも確かに持っているけれど、当たり障りのないバリエーションでしか、私は伝えていない。そのバリエーションにしか聞こえないように、伝えていた。

けれど、ずっと隠し続けているもうひとつのバリエーションは、電波に乗って遠くまで流れていってしまった。あんなに必死になって隠していたのに。


確かに映像に残ったのに、誰の記憶にも残らぬまま、どこかの誰かの本音は消えていく。それでいいのだ。私はきっと、ずっとずっと忘れないから。


そう、あれは君への本音。君への願い。けど、君は永遠に知らないままでいるんだろう。何かの間違いでそれが届くのは、君の本音もまた同じものであった時くらい。けど、それはきっと物理的に不可能で、そして君の本音を確かめることを諦めてしまった今は、きっともう届くことはない。

けれど、誰もそれが誰なのか知らないけれど、こんな形で本当のことを言ってしまったことが途轍もなく可笑しい。こんな単純な、簡単な言葉なのに、正しい意味で使うこともできなければ口にすることも文字にすることもできなかったなんて。本当に、ばかみたいだ。


人通りの激しい大通りで必死に商品の宣伝をしているお兄さんの叫んでいた言葉なんて、誰も覚えてない。もしかしたら何万人も聞いてるのに、誰ひとり覚えてない。それと同じ。けど、その言葉は、確かにそこにあったのだ。もう取り出すこともない記憶を積み重ねて、ほんの僅かなことだけを瞼の裏に残して、人は生きている。

一瞬声になった私の想いは一瞬だけ命を持って、それで救われたのかもしれない。そう、思いたい。



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主にフィギュアスケートの話題を熱く語り続けるブログ「うさぎパイナップル」をはてなブログにて更新しております。2016年9月より1000日間毎日更新しておりましたが、現在は週3、4回ペースで更新中。体験記やイベントレポート、マニアな趣味の話などは基本的にこちらに掲載する予定です。お気軽に遊びに来てくださいね。


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