歌声のないおくりもの

硝子戸が開いて
きみの姿が遠くに見えた
左の眼が壊れたぼくには
きみの顔立ちすらはっきりわからなかったのに
きみが笑っていることだけわかった

そんな曖昧なきみなのに
ほんの1秒前まできみはぼくの世界のどこにもいなかったのに
ぼくはもう気付いていた気がするんだ
きみの中にゆらめく星に

あの日のきみはきみによく似た誰かで
でもぼくに見えたのははじめから
よく似た誰かの向こうにいるきみだった

あの日からずっと
夏によく似た秋からずっと
ぼくは星の行方を探してる

きみが気まぐれに言葉を投げたのがぼくだったことを
きみはきっとあの日に知った
あの日からずっと
悪戯な小鳥がぼくの窓辺で囀っている

あの小鳥が単なる気まぐれで
ぼくの窓辺にとまるのか
ぼくにはいつまでもどうしてもわからない

ぼくにはあの夏は永遠に来ないはずだったのに
ぼくはほんとうは知っていた気がするんだ
あの夏は絶対に来るはずだったって
どうしてなのかはいつまでもどうしてもわからない

空の見えない縁側で
きみに手渡した冬の模様は
ぼくがほんとうは誰なのか
きみに伝えるための手紙

確かめたかったんだ
ぼくが見つけたきみの中にゆらめく星は
ほんとうにぼくの探していた星だろうか

きみは落ちてきたばかりの雪のようで
雪の中にぼくと同じ星が光った気がした
ぼくは答えにたどりついたと思ったけれど
あの星があんなに光ったような気がしたのはあのときだけ
きみが祈りを捧げていたのがぼくのためであったなら
そうであったなら
答えはほんとうに簡単なのに

世界は壊れてしまったから
ぼくの小さな世界もとっくに壊れてしまっていたから
ぼくは残った右眼できみを見ることができない

ぼくにはあの空の見えない縁側が精一杯で
きみの庭に平気で入り込んだりしないのに
きみにとってはぼくも侵入者と同じなのかもしれない
ぼくは小鳥の囀りや映写機の中に
星の行方を探そうとすることしかできなくなってしまった

大きな世界は春に壊れて
星を探す旅は次の春に壊れて
もう旅は終わったはずだったのに
小鳥はまだぼくの窓辺でときどき囀っていて
ぼくは春を憎むべきかどうかいつまでもどうしてもわからない

ぼくの拾った写真の日付は
世界の誰もまだ知らないはずの日付
きみとぼくとで作る幸せが映っていたけれど
それは意地悪な誰かがしのばせた合成写真かもしれない
きみとぼくに同じ星がゆらめいているのなら
それは神様が落とした宝物の地図

ぼくの願いはひとつだけ
きみが元気でいてくれること
けどもうひとつだけ願うなら
きみの選ぶ道の先であの写真が撮影されているように
きみのその美しい星が美しくあたたかいままでいられるように

たとえ星が光を失ったって
ぼくはそれでも
きみの星は世界でいちばん美しいと言い続けるだろう
きみに聞こえなくても
きみに届かなくても
聞こえないままのほうがいいのかもしれないけれど

きみの中にゆらめく星が
ぼくを見つけていなかったとしても
壊れた左眼の幻だったとしても
雪のように無垢で愛しかったきみの姿だけは
ぼくがこの右眼で見たほんとうのきみ
そのままでいてほしい
きみが次の冬も春も夏も秋も
そのままのきみでいられるように
ぼくは聞こえない歌を遠い窓辺で歌ってる
小鳥がほんとうのことを教えてくれる日まで

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主にフィギュアスケートの話題を熱く語り続けるブログ「うさぎパイナップル」をはてなブログにて更新しております。2016年9月より1000日間毎日更新しておりましたが、現在は週3、4回ペースで更新中。体験記やイベントレポート、マニアな趣味の話などは基本的にこちらに掲載する予定です。お気軽に遊びに来てくださいね。

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