問答日記⑩
偶然を装って彼の周辺をうろうろしていれば良かったんだろうか。それも程度の問題で、近くに気になるお店があったから来てみました、程度のことをたまになら構わないのだろうけど、こういった感情からの行動は加減ができなくなりがちである。他人から見れば明らかにやりすぎなのに本人だけが気付かない、なんてことにもなりたくない。それに、相手にその気がなければいちばん迷惑なパターンになってしまう。
幸か不幸か、私にはそれもできなかった。生活の維持すら精一杯で、そんな余裕がないのである。
思い込みだけで動いて迷惑をかけることになっていたかもしれないので、余裕がなくて良かったという気持ちもありつつ、動けていたら運命が動かせたかもしれない、逆にさっさと嫌われてさっさと見切りをつけられたかもしれない、とも思ってしまう。
もし本当に、彼の動揺が私のためだったとしても、私はそんな自分にも自信が持てない。結局人間は金のあるなしで判断されるのだ。どんなに真面目に生きてても、事情が様々にあっても、金のない人間は本人に問題があるように思われるし、逆に仕事に出ているにもかかわらず一切仕事をしていなかったり、他者を貶めて生きていても、それなりの生活を保っていればまともな人間だと人は思ってしまいがちらしい。世の中結局金なのだ。世知辛い。
親や伴侶や子供や会社のネームバリューを失えば、私と同じような状態に陥る人は本当は掃いて捨てるほどいるはずだけど、ひとりで生きていくしかない状態にまで追い込まれたのは私の責任だとしか言われないだろうし、それも間違いではないのだろう。助けてくれる人がいたから生きてこられたのだけど、絶対的な支えは実際には何もないまま生きてきた。支えを得られるような人間だということではないのだろう。
見た目も良くない、若くない、健康状態も良くない、家族も友達もいない、おまけに金もない。信用されるポイントがどこにもない。
彼が求めているのが子々孫々の繁栄で、若い相手を求めているのだとしたら絶対に期待には添えない。私は若く見られるだけで実際は若くはないし、この健康状態では絶望的だ。
それでもいいと言われたところで、私のように本当に何もない女をそばに置いていてこの人のメリットになるとも思えない。彼の周囲には、私と違って沢山持っている人がいくらでもいるはずだ。彼はそこから選び出せばいいことで、本当はそうしたかったり、実はそうしているのかもしれない。そうだったら耐えられないくせに、そう思う。
こうなると、彼にとっては単なる遊びで、すぐに捨てられるのがもしかしたらいちばん救いがあるんじゃないだろうか。けど、あんなウブな態度を見せる人にそんなことができるとはどうしても思えない。陰で遊びまくってるかもしれないじゃないかと思おうともしたのだけど、あんな不器用な人には無理じゃないんだろうか。
ここで初めて霊感的な話を入れ込むが、私はある日夢を見た。その夢の中で、私はその人のことを大切に思うからこそ諦める、その人から離れるとその人に話している。それは私の本当の本音である。本音のすべてではないけれど、あまりにも本音過ぎて夢から覚めてびっくりした。
大好きだからって、それで全部がうまくいくわけじゃない。言えばいいってものでもない。うまくいかなければ次に行けばいいという話でもない。そんないい加減な感情じゃない。いい加減な感情じゃないから、怖い。
余計なことは絶対にしたくなかったのに、結果として余計なことになってしまったんだなと感じることもあった。もう、駄目だと思った。いつもなんの間違いもなく、真っ直ぐで誠実でいられるわけなんかないし、この人だってそれは同じだと感じる。それはおかしなことじゃないと思う。それをどこまで許せるか考えていくのが人間の人生なんだと思う。
けど、私は真っ直ぐでいられない自分が許せない。何もない私には、無償の愛以外相手に与えられるものは何もない。それすら無いのだと自分に見出すことは、事実上の敗北宣言だった。
続く
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