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第9話 ウサギとの初対面

陥った。

2022年の4月に入ってから黒陽の依頼をどうしても受けなければいけない状態に陥った。そう「陥った」が一番正しい状態だった。

それでも、やるならば一生懸命、みんなの為になるように努力しようと、いつものように仕事を進めてきた。

もう、障がい者就労支援施設の仕事をして8年だ。双子園だけではなく、たくさんの就労支援施設の情報が私のところに押し寄せていた。色々と依頼も来ていたが、私は双子園との歩み以外はすべてお断りした。

それでも、陽陽の店に似つかわしい商品の一つがお弁当とお惣菜であった為、唯一ポパイ園にだけ関わろうと思ったのが2022年2月だった。電話をして商品リサーチをしたかったが、先の説明にも記したように実際の商品にありつけたのは2022年4月12日であった。

4月に入って「大きな商店街でポパイ園のお弁当やお惣菜、お菓子なんかを販売しませんか?」と初めて電話した時、電話の向こうで感じの良い女性がとても喜んでいたことは伝わってきた。その電話の相手がウサギだった。

喜んでもらってよかったなあ。たくさん売上を取ってもらおう。そんな仕事になったことを、今でもよく覚えている。それが、こんなことになろうとは。。。

2022年7月25日。Twitterにもアップしたが、おろしとんかつにかかっている「自称完全手作りおろしソース」は、おそらく7月4日に私が食べたお弁当にかかっていたものと同じか、同じベースのソースであることは間違いないと思う。

「こんな商品は、売ってはいけない」と判断した黒陽が自分で食べたらしくブチ切れていた。

「不味いし、どう考えても手作りのわけがない!ウサギに文句を言ってやる!!」

と全身から湯気を出す勢いで、塩対応の私の前からさっき去って行った。ま、私も同じソースの弁当でキレたから気持ちはよくわかる。

もうすぐ初納品から3ヶ月になる。それでもそんな粗悪な商品がまだやってくる。

黒陽が7月4日のソースの話をしたときウサギは「う~ん。。」と黙り込んだという。純粋な手作りだったら、1秒だって黙り込む必要なんてない筈だ。

その後も「大根おろしソース」が使われた商品が何度か納品されていて、その度にウサギは「絶対に手作りです」と引かなかったらしい。

黒陽が配送の男性に「大根おろしの機械はあるか?」と聞いたそうだが「創立以来見たことはないから、おろし金だと思います」という返答だという事だった。

そしたら余計におかしいじゃないか。あんな滑らかすぎる大根おろし、おろし金では不自然過ぎる。

だったらあのツヤは何で出してる?原材料に記載されているキサンタンガムじゃないの?手作りの大根おろしにわざわざ、キサンタンガムを用意して混ぜるの?手作りがウリの製造で?

まあ、お米がすり替わっていて、玉子焼きもこっそり既製品が使われているくらいだから何が起きても、もう驚けない。

だからこそ思う。ウサギよ、お前は本当に悪党なのか?それとも違う背景があるのか?教えて。。。くれなくていい!どっちでもいい。

もしも、本当の悪党であるならば地獄で会おうな。私は1人殺しちまったから地獄に行くんだ。少なくとも私はそう思っている。理事長は1人なくしたんだって。亡くしたんじゃない、なくしただ。きっと、なくした方が重い。

2022年4月12日13時10分。

ランチをやっているというポパイ園内のカフェで昼ご飯をいただこうと少し早めにやってきた。ウサギとの待ち合わせは14時からだった。

ポパイ園の敷地は結構広くて、カフェがどこかわからなかった。だから、屋外でお惣菜を販売していたお兄さんに「お昼ご飯が食べられるカフェはどこですか?」と尋ねた。

「はい!こっちです!」使命感スイッチが入ったお兄さんは「早く案内して差し上げなければ!」と言わんばかりに全力でダッシュだ。

「おいおい、早すぎるよ。ついて行けないよ」

と思ったけれど同時に楽しかった。障がい者と言われる人たちと関わると、そういうのが波動が高くて楽しい。ホッとする。

最初に救われた経験をさせてくれたのが双子園に通う利用者さんと呼ばれる障がい者の男性だった。打ち合わせの場所で担当者を待っていると

「こら!あっちへ行っていなさい」
という双子園の職員を振り払って一人の男性が私のそばに来て言った。

「※▽〇◇※◇〇?」

「何て言ったかわからないです。わかるように言ってくれますか?」

私は誰に対しても同じように喋る。誰に対しても機嫌を取ったりもしない。

男性は一瞬「う~ん。。。」と黙り込んだがリトライ。

「よ・こ・づ・な、かった?」

ああ、そういうことね。
「私は仕事中でテレビも見ていないしラジオも聴いていないからわからないです」

「そうか。。。」とばかりに若干がっかりした感じで男性は去って行った。

その頃、私は仕事で実績を出しまくっていた。とある商品のPRイベントでは驚異の大行列を作り、驚いたメディアが一斉に私に向いたが違う人間の手柄にして、そこにスポットをあててもらった。

違う地域の第一回産業祭でも、尋常じゃない集客をして市長や議員が私を取り囲み「今度、食事でも」とか「こんな凄い人、誰が連れてきたの」という状態で、基本的に健常者の多くが私の実績にすり寄ってきていたことくらい気が付いていた。

そんな状態で何も思わず、ただ「横綱勝った?」と聞きにきた人間の何も無さに、とてもとても救われたことは今でもエネルギーになる。彼は元気かな?まだ、お相撲の勝敗を気にしながら双子園で仕事をしているのかな?

そんなことを思い出していたら注文していた熱々のポパイドリアがテーブルにやって来た。

ポパイドリアはとてもとても美味しかった。さすが、お弁当やお惣菜を大々的に売りにしている障がい者就労支援施設だなと、掘り当てた充実感で嬉しかった。

12時45分。
そろそろ、ウサギと会う準備の為にトイレに行ったりしようかな?と思ったタイミングでポパイカフェのスタッフの女性が私に話しかけてきた。年は50歳前後かな?小柄で色黒だ。その会話は、ごくごく普通の店員とお客の他愛ない会話でしかなかった。だから、内容も全く覚えていない。

なのに、だ。

「14時から、こちらの佐高さんとお約束をしているんです」と私が言った途端にスタッフの女性が物凄く顔色を変えた。違う動物にさえ見える程に顔色を変えた女性は小声でこう言った。

「佐高さんには今の話、絶対に言わないでくださいね」

え?言わないでと言われても、そんな中身のある話していないけれど?と私は戸惑った。でも、戸惑ったけどそのことにそんなに重きを置かずに私は席を立った。

佐高こそ、ウサギの苗字だった。

2022年4月12日13時57分。


私は物事にかなり気を遣う。だから待ち合わせに遅れてもいけない、けれど、早すぎてもいけないと3分前にポパイ園の事務局を訪ねた。受付の女性に用件を告げていると、それを聞いていたカフェに案内してくれたお兄さんが「ウサギさんだ!」と大きな声で言った。その時は、当然そのウサギの言葉の意味が全くわからなかった。

13時59分。カフェで待つように言われた私は、再びカフェの店内に入り店の真ん中あたりにある佐高さんという初めてお会いする女性が着きやすいであろうと考えた席の向かいを選んで座った。ポパイドリアを美味しくいただいた席は一端っこの席だった。

カフェに入る時「佐高さんには言わないでくださいね」と言った女性スタッフが意味ありげな目くばせをしてきたが、私は無視をしない程度の95%のポーカーフェイスで対応した。

14時3分。3分過ぎても佐高さんらしき人は現れなかったので、私はどの角度から佐高さんがやってくるのだろうとキョロキョロしてしまった。だって、カフェの入口は二つあったから。

「遅れて来るタイプの人間なんだな」と自分の中で査定のようなことを思っていると「どうも、初めまして」と電話で聞いた感じの良い声がして品の良い女性が目の前に立っていた。

完全美人と言うにはちょっと遠いが、まあまあきれいな女性というのがウサギに対しての第一印象だった。

そして、お決まりの名刺交換。佐高さんの名刺には佐高という名前と同じくらいの大きさで「ウサギ」と書いてあった。

「ウサギ?」当然、私は首を傾げた。

「ああ、園の中で呼び合う名前なんですよ。佐高という名前のスタッフが多いので、園の中の呼び名を別に決めてみんな呼び合っているんです。ですから、カメさんもウサギって呼んでくださいね」

ああ、そうなんだ。まあ、楽しそうでいいか。私の本名は当然カメではないけれど、カメキャラで生きようと思っていたから、そこにウサギさんが来たんだ。なんか面白いぞ。

それがまさか、ウサギとカメのバトルになろうとは、誰が想像したであろう。

「ああ、そうなの双子園とそういう関係なんだ」


ウサギとの初めての打ち合わせは軽やかに進んだ。作れる商品と売れそうな商品。そして、将来的にポパイ園に大きな売上を取ってもらう計画も話した。ウェブでの大きな宣伝のこともとても期待していた。

「ポパイ園の理事のお一人には双子園の理事の方もおられるんですね。双子園さんとはずっといっしょにやっていて、あまり喋らない感じとか口の悪い感じとか、異端な感じが双子園の理事長に似てるって時々言われるんですよ」

理事長も私も、とても口が悪い。初めて澤さんにお会いした時
「責任職とお聞きていましたけど、澤さんってお若い方なんですね」と私が言ったら理事長がニヤニヤしながら「結構、歳とってんだよ」と言ってたなあ。懐かしい。

双子園は大きいから理事の一人がよその施設の名誉理事なることもそんなに不思議なことではない。だから私は、コミュニケーションのレベルを上げる為に双子園の話題を出しただけのことだった。

「あ、先生のことをご存知なんですね」どうやら、ウサギは双子園の理事長の事を先生と呼ぶらしい。まあ、理事長が歩んできた背景からそう呼ばれることは至極普通のことだ、け・れ・ど・も。。。

実はウサギの旦那とウサギ、そして理事長とに深い関りがあるらしく、ウサギはそのことを口にしたんだけど、なんか書きたくないから書かない。

でも、ちょっと「私の方が先生とは距離が近いんです」というマウントを感じたので取らせてあげることにした。私はそういうことにとても優しい。

福祉にも多少なりとも派閥がある。同じ派閥内であれば大きな組織である双子園の理事長と距離が近いことはカッコよく見える気持ちも理解できる。だから、ウサギの言動にも納得していた。

「うちで製造している白はんぺんの材料は双子園から仕入れているんですよ。作り方も双子園から教えていただいたんです」

あ、そうなのね。そんな感じだったのね。

「だったら、双子園の皆さんが仰ると思います。カメが怖いと」

「え?え?そうなんですか?」

「澤さんなんかが仰ると思います。お金もとらないし、しっかりやってくれるけど、辛口だし怖いよ~!カメさんって」

最近は優しいんだけどね。双子園の食品製造と離れているから。現在私は双子園にとって無音だ。だからこそ、金さんが時折「お元気ですよね?」と心配してメールをくれた。でも、以前より熱く、そして、ある意味人生かけて工賃のことをやっている。双子園にはちゃんと報告しているんだけど。

ポパイ園は双子園と親しい関係なんだ。。。色々リンクして仕事するにはちょっと楽しいかもね。

その時はそんな感じに楽しいことしか考えていなかった。ウサギという感じの良い担当者と明るい未来を作ってくれるお弁当やお惣菜の存在。リンクする双子園の仲間達。。。

だから
「佐高さんには今の話、絶対に言わないでくださいね」が、ボディブローのように、その後、効いてくるなんて夢にも思わなかった。







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